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2007年 12月 01日

巻き戻して思い出を!(カイエンでMちゃんとデイト妄想編)

最近の僕は、ヒョンなことから、カイエンS(デモカー)に乗っていました。
僕の日常生活で、カイエンSを使ってみた感想をチョットばかり・・・。

カイエンは、僕の仕事場のガレージでは、大きさ的(車幅的)には、チョットばかり苦労します。
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画像では、なんとなく、スペース的に問題ないようにも見えますが、ドライバーズ側のドアーからは、こんなふーに乗り降りが不可能の状態です。
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この駐車場は、通路も極端に狭いので、車庫入れは、けっこう大変です。
でも、僕は、こんな悪条件に成れば、成るほど燃えるタイプでもあります。

全く同じ、この場所に・・・僕は、S600、カウンタック、348TS、512TR、F40(親友の)・・・等も停めていたことがあるので、車幅的には、このカイエンSも納まります。

ただ、クルマを運転席側に寄せてしまうので、いつも助手席側のドアーから、乗り降りしないと、使えない状態になります。

過去の経験でも、カウンタックだけは、ガルウィングなので、とても扱い易かったのですが、他のクルマは、ドアーの厚さが30センチ前後あったりしたりで、助手席側のドアーは開くけれど、自分が降りられないというような不都合が起きていました。
(348TSの時には、常にタルがトップを外したままにしていて、ドアーを使わず上から乗り降りするという、なんともアクロバット的な使い方をしていました)

つまり、隣のクルマが停まっていると、駐車出来ても、降りれないことになり、隣のクルマが停まっていると、自分のクルマに乗ることが出来ないので、出掛けられないという、なんとも不自由な経験を何度もしていました。

なんとも不自由なのですが、僕は、クルマに一種の不自由さを求めるという、とても変わった人なので、こんな不自由さは、それほど気にはなりません。
(他に足としてのクルマがあるということが、大きく左右してはいますが)

カイエンは、今までに、幾度となく運転していて、延べでの走行距離は、3000キロ以上にはなっているのではないでしょうか。
カイエンに、いつ乗ってみても、僕が、最初に楽しいな~あと感じることは・・・それは・・・とても不純な・・・僕の心の感想です。

それは、下の写真のように、女の子ばかりが歩いているような場所では、女の子と視線の高さが、ほとんど同じになるということです。

このことで、僕が何を言いたいのかは、皆さまのご想像通りだと思ってくださいませ(笑)
(その反対に、着座位置の低いスポーツカーに乗っていて、自転車に乗っている女の子と、すれ違ったりするのも好きだったりしていますが・笑)
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今回、僕は、カイエンを仕事に使ってみたのですが・・・。
極端に狭い路地などに、入り込まない限り、大きさ的(車幅的)にも、まあまあ扱い易いと思いました。

仮に、狭い路地に入ってしまった場合であっても、それほど不自由ということはないのですが、(デモカーに擦り傷が付くのがイヤだったので)すれ違う自転車に、気を遣ってしまい、少々疲れるという程度のものです。
僕は・・・クルマとは、多少は傷つくものと思っているので、これが自分のクルマであったならば、こんな狭い路地であっても、さほど気にならないのではないかとも思っています。

ウィークデイで、月末が近づいて来ると、行かなければイケナイ場所が、とかく増えてしまう・・・・僕は、こんな仕事をしています。

信号待ちが2回とは出来ないという、落ち着きが全くない僕なので・・・前方のクルマが詰まってしまうと・・・次の約束の時間があったりすので・・・・もう・・・それは、それは・・・イライラ感が湧いて来てしまったりします。

そんな身勝手な僕のイライラ病も、助手席に女の子を乗せていたりすると、全く発病しないワケで、これは、単にワガママ身勝手病だとも思っています。

カイエンに乗っていると、まるで助手席に女の子を乗せている時と同じように、不思議と、僕にはイライラ感が湧いて来ません。

それは、カイエンのドライバーズシートから眺める光景が、こんな感じで・・・前のクルマに・・・イライラしたところで、仕方がないじゃない!・・・という・・・大きな気持ちに成れるからだと思っています。
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前方の見通しが良いということは、とても素敵なことで、こんな状況の場合には、その素敵さは、何ものにも勝るものではないかと、僕は思ってしまいました。
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これといって、何も悪いことはしていないのに・・・。
これといって、何も思い浮かぶこともないのに・・・。
何故か、そのクルマの直ぐ後ろには入りたはくなく、その間に1台いて欲しくなるというのは、僕の器の小ささを物語っているようです。
(あのK君だったら、こんな場合でも、何気に抜き去って行き、いつのまにか視界から消えて行きますからね)
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この日の僕は、常磐自動車道を下りました。
思いのほか、常磐自動車道はガラガラに空いていて、カイエンSの速さ、そして加速感を、改めて実感させて頂きました。
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着座位置が高いということは、視線が高いということにもなり、前方や後方を走っているクルマを見極めるのに、とても都合が良いと書かさせて頂きました。

そして、着座位置が高いということは、こんな場所でも、最大級の恩恵を、こんな小心者の僕に与えてくれます。
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ご存知の通り、高速道路上に設置されている、無人式速度取り締まり装置(オービス)は、上の写真のように、ドライバーに、オービス本体が発見し難いように、設置されている場合が多いようです。

ここの場合は、ドライバーの視線の先に歩道橋を入れて、その手前に設置してあるオービスを、その歩道橋と同化させて、目立たないようにしてあるワケですが、こんな場合には、視線が高いカイエンは、なにかと都合が良いのではないかと思いました。
裏を返せば、オービスの一番のターゲットは、乗用車ということのようです。

全てに満点を与えてしまいたいくらい、魅力的に思えるカイエンなのですが、少しだけ不満があります。
それは、僕にとってはという前提があるのですが・・・。
その不満とは、スピードメーターです。

日本の場合、高速道路の速度制限は、100キロの場合が殆どです。
(中央高速道は80キロなので、もしもの時の20キロの差が、とても大きく感じてしまい、僕は東名高速で行ける場所は東名高速利用を好んでいます)

カイエンSのスピードメーターは、30キロ刻みになっていました。
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僕は、20キロ刻みの速度計のほうが好みです。
その理由は、速度制限が40キロ、60キロ、80キロ、100キロと、20キロの倍数になっている道路を利用する機会が多いからです。

慣れてしまえば、不自由さは感じないのかも知れませんが、このカイエンSのスピードメーターを見て、その一瞬で、100キロに合わせるという、その作業はチョット難しく、このメーターに慣れていない、この僕は、最初に90という数字が目に入ってしまうというワケです。

カイエンのスピードメーターを、眺めてみると、その針が真上を指した場合が、120キロと150キロの中間点になります。
つまり、その速度は135キロということになっています。

アウトバーンは、速度制限がある区間もあれば、速度無制限の区間もあります。
その速度無制限区間にも、推奨速度というのが決められています。
アウトバーンでの、その推奨速度は、130キロです。

僕は、カイエンのスピードメーターは、このアウトバーンで走ることを思い浮かべて、その視認性を含めて、このスピードメーターが設計されたのではないかと想像しています。
大好きな想像だけは自由なので、間違っているカモしれませんが・・・。

いずれにせよ、これは、単なる慣れだけの問題だとも思っています。
ただ・・・。
仮に、自分のクルマだとしたら、50キロと100キロ、この2つの目盛りには、なんらかのマーキングをしてしまいそうです。
(速度制限50キロ区間は取り締まりも多いので)

常磐自動車道のインターを降りると、パチンコ屋さんがありました。
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最近、よく目にする 『1玉1円』 のパチンコ屋さんです。
100円で100玉、1000円で1000玉の貸し出しですから、なんか主婦の財布にも優しそうに思えますね。
(僕は滅多にしませんが女の子のお客さんが多いお店には密かに憧れてはいます・笑)

仕事が終わってみれば、もう夜でした。
そうです、僕は、茨城県つくば市に来ていました。
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『つくば科学万博』 が開催された、あの 『つくば市』 に来ていました。

『つくば科学万博』 以来ですから、22年ぶりの訪問ということになるようです。
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つくば駅の周辺は、綺麗にライトアップされていました。
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いつも見慣れた街並みとは違って、人通りが少ないことが、とても魅力的に感じました。
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知らない町を、訪れることは、とても新鮮に感じて、僕は大好きです。
着座位置の高いカイエンと過ごした一日は、とても新鮮でした。

新鮮なカイエンと共に訪れた、この新鮮な町との素敵な一日は、あーっという間に、僕の思い出になってしまいました。

★ここからは、僕の大好きな妄想遊びです★
こんな支離滅裂な僕のブログを、毎回見てくださっているという、奇特な(笑)女の子がいらっしゃると、先日、ある方に教えて頂きました。

その奇特な方を、女の子と書いてしまうと、なんとも馴れ馴れしい気もするので、女性と書くことにします。

その女性の名前はMさんといいます。
Mさんと書くと、やっぱり何気に寂しいので、Mちゃんと呼ぶことにします。

Mちゃんとの妄想日記を書くと、僕は約束をしました。
だから、ここからはMちゃんとの妄想ドライブ日記を書かさせて頂きます。

大好きな妄想遊びで、僕だけしか楽しめないと思うので、ここで止めて頂いても大丈夫ですよ!
でも・・・ここまでも長いでしたか?(笑)

待ち合わせ場所は銀座。
(neoさんが大好きな8丁目付近ではなく2丁目付近でした)
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待ち合わせの時間には、早く着き過ぎてしまったので、真面目な僕は、独り撮影教室を開きました。
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今回のドライブコースは、勝手ながら、僕の思い出巡りでもあるので、銀座から赤坂に向かいました。

赤坂 『ひとつき通り』 は、今では、赤坂のメインの繁華街ではなくなりつつあって、学生時代の僕の思い出が消えて行くようで、なんとなく寂しいです。
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カイエンに乗っていて、チョットだけ不満に思うことが、速度計以外に、もうひとつだけありました。

それは、(カイエン・ターボ以外ではオプッション設定になっているようですが)パークアシストシステムです。

説明書きによると・・・。
『グリーン、イエロー、レッドの光によって、車がどの程度まで障害物に接近しているかを確認することができます。
また警告音は、障害物との距離が縮まるにつれ音の間隔も短くなります。』
・・・とあるのですが・・・。

このパークアシストシステムに全てを任せて、その情報だけを頼りにしてしまうと、こういった道路状況では、前に進んではイケナイことになってしまいます。
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このパークアシストシステムが備えている、周囲の障害物を察知する感度が、あまりにも幅があり過ぎるように、僕には思えるのです。

このパークアシストシステムが、レッドを示していて、鳴り渡る音の間隔も短くなっていき、今は危険だよ!と知らせている、そんな状況であったとしても、ドライバーである自分自身の情報に頼って、そしてドライバーである自分自身の判断を信じて、先へ先へとカイエンを進ませて行かなければ、走れない場面が都心では沢山あります。

パークアシストシステムのうえでは、既に衝突しているような感覚で走らないと、都心では使い難いということになるので、少なからず疑問を持ってしまうというワケです。

信号待ちで停車している時などに、その自分のクルマの、その脇をバイクが走り抜けて行く場合が、往々にしてあります。
その瞬間にも、警告音は鳴ったりするので、慣れないとビックリしたりします。
因みに、僕のガレージでの車庫入れは、鳴り響いているというよりも、鳴き続けているという感じです。

妄想の世界での、Mちゃんとのドライブは、学生時代の僕の行動範囲に近づけたいので、赤坂から六本木に向かいました。
(ミッドタウン前にて)
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学生時代の僕にとっての六本木とは、(東洋英和女学院に彼女が通っていたということもあって)ロアビル周辺を指していました。

だから・・・六本木といえば・・・それは・・・東京タワーが見える!・・・場所という図式になっていました。
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六本木といえば、バブルも思い出しますが・・。

あのタクシーを奪い合った、あのバブル全盛期の六本木とは、全く違う方向性のタクシーが、今では走っています。
プリウスのタクシーなのですが、最近よく見かけるようになりました。
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飯倉片町の交差点には、ミツワ自動車のショールームがあったので、学生時代の僕にとっては、この飯倉片町の交差点こそが、ポルシェの聖地という感じでした。

まるで披露宴会場のような、あの分厚い絨毯の上に、飾られていたポルシェ911が、今でも僕の脳裏に焼きついています。

当時の僕にとっての、ミツワ自動車のポルシェ・ショールームの敷居の高さは、自分の身長の何百倍、いや何万倍にも感じていました。

そんな憧れだった、ミツワ自動車のポルシェ・ショールームも、今では、ポルシェどころか、ランボルギーニも飾られていません。
今や、何もクルマが飾られていない寂しいショールームになってしまい、あの頃の僕の青春と一緒に、何処かに消えてしまったようでした。
(裏手にはアウディーが飾られていますが)
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中学1年の夏休みに、大好きだった女の子と一緒に、昼間の東京タワーを登ったことがありました。
思い返してみれば、それが、僕にとっての初めてのデイトでした。
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あの時から、もう何十年も経っているというのに、僕の手には、その時の、そのIちゃんの手の温もりが、まだ消えずに残っているようです。

手を繋いで歩いていただけで、心臓が飛び出してしまうほどドキドキした、あの頃が、こんな今の、こんな僕の、女の子に対する、全ての原点だとすれば、東京タワーとは、なんとも、やっぱり、この僕には特別なものでは有りそうです。
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そんな思いで多き東京タワーは、今宵は素敵にライトアップされていて、その陰影の黒い影の部分こそが、まさしく今の僕を象徴しているようでした。
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あの頃と同じ東京タワーに、近づいてみれば、なんとも綺麗なライトアップでした。
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そんな美しさを、カイエンにも分けてあげました。
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『カイエンと東京タワー』・・・・こんなタイトルの宿題を提出しようと思いつきました。

またしても、三脚を持参して来なかったという、なんとも情けない僕なのですが・・・。
僕の自前三脚も、なかなか上出来かなーと思ったのですが・・・。
左上に標識があることまでは、全く気付かなかったという、なんとも悲しい結果の写真になりました。
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他の写真も、いつもの如く納得しないままの提出になりました。
言い換えれば、これが実力ということになるのでしょう。
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東京タワーが、中学時代の思い出多き場所ならば、その後の、僕にとっての思いで多き場所といえば、それは『キャンティ』
です。

『キャンティ』 は、飯倉片町の交差点付近にあります。
(当時は左の日本語の看板はなく、ここにお店があることさえ気付き難かったです)
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初めてキャンティーに行ったのは、高校1年の夏休みでしたから、僕が16歳の時でした。
5歳年上の女性に連れて行って頂いたのですが、その女性は、僕の従兄弟の彼女でした。

その彼氏である、その従兄弟が、アメリカに留学してしまい、僕は、その彼女に、遊んで頂いていたというワケです。

当時の彼女の愛車は、いすゞべレットGT(1600)でした。
免許もなかった、当時の僕は、このクルマの助手席で過ごす時間が、とても心地良く感じていました。
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当時の僕には、単に楽しいとしか感じられなかったのですが、その彼女は、5歳も年下の男の子と遊んでいたワケで、こんな子供とは、恋に落ちる心配もなく、アメリカにいる彼氏にも、貴方の従兄弟だからと、言い訳が立ったから、なのではないかと思っています。

そんな従兄弟と彼女の恋は実らなかったので、今となっても謎のままではあるけれど、僕は、きっとそうだと、今でも信じているのです。
彼女は、フェリス女学院に通っていたので、僕が横浜に、何度となく行くようになったのも、その彼女の影響なのですが、なんとも素敵な大人の女性そのものでした。

横浜に行くと、その女性を思い出すのですが、今でも、僕だけが連絡方法を知っているという、なんとむ不思議な間柄のオバサンとオジサンになっています。

だから、当時の本当の真相は、彼女に聞けば判るワケですが・・・5歳年下の僕に興味があった・・・と僕は自惚れていたいので、そんなことは聞いたりしません。

当時の5歳の年齢差は、今では、もっと大きく感じてしまって、なんとも身勝手な、今の僕がいるのでした・・。

大学に入ると、僕は頻繁に 『キャンティ』 を利用するようになりました。
とは言っても、お金がなかったので、お茶メインでの利用ばかりでした。

当時は、こういった夜遅くまで、お茶が飲めたり、食事を楽しんだりするお店が少なくって、法庵寺(六本木7丁目)の向かい側にあったEST(エスト)、赤坂郵便局の近くにあった系列店のEST(エスト)青山店、原宿にあったベビードール(衣類ではなく喫茶店)とシミズとか、都心でクルマが停められる、お店といえば、それは限られていた時代でした。
そして、現在でも営業を続けているのは、『キャンティ』 だけです。

『キャンティ』 は松任谷由美さん(当時は荒井由美)が、デビューするキッカケになった、お店としても有名なのですが、彼女と僕は、同じ頃に通っていたことになるようです。

あれから、何十年も経ってしまったワケですが、その後も、時々お邪魔していました。
思い出に残っている出来事は沢山あるのですが、作家某氏とは、何度も遭遇していて、お店の前に、ランチアテーマ8・32が停まっていると、彼がいらっしゃると僕にも判りました。
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ランチアテーマ8・32は、ランチアテーマ(4ドアーセダン)に、フェラーリ308の V8 エンジンを横置きに載せた、 なんとも素晴らしい発想のクルマで、僕の中では、前輪駆動版の 『羊の皮を被った狼』 という位置づけになるクルマです。
僕は、このランチアテーマ8・32が大好きで、目にする度に憧れていました。

某氏の車歴には、アルピーノV6ターボ、アウディー100CD、アウディー80GLEと、僕の車歴と重なっている部分も多くって、なんとなくクルマに関しては、共通点があるのかも知れません。
お会いした時に、何度となくお声がけして頂いたのが、今では素敵な思い出です。

硬派俳優で有名な某氏の隣の席に座ったことがあって、気さくな某氏から生ガキを御馳走になってしまったとか、今では超売れっ子になってしまった、お笑い系の方々に話しかけられたりとか(僕は1人で女の子を5.6人ほど連れていたので)、楽しい思い出が沢山あります。

僕は、別に芸能人に憧れがあるワケでもなく、単に利便性から 『キャンティ』 に通い始め、そして、このお店が好きになりました。

だから僕の場合は、たまたま僕の好みで、行くようになったお店が、『キャンティー物語』 という本が出版され、テレビ番組にも成るほど、著名人ご用達のお店だったということになります。
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昔から変わらない蟹のポタージュスープとフランスパン。
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デザート色々。
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そして、メニューにはないものもオーダー可能です。
この日の僕は、昔のメニューにはあった 『マロン・シャンティー』 を作って頂きました。
昔とは器の形が違うけれど・・・生クリーム以外は、全て栗という・・・昔と同じ味付けで・・・とても美味しい一品でございます。
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僕は、こんな楽しい妄想ドライブをMちゃんとしました。

そんなMちゃんに、ジョンレノンが書き下ろした 『In My Life』を捧げます。
(僕がまだ小学生の頃の曲ですが大好きです)
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In My Life(和訳)

生涯忘れられない場所がある
姿を変えながらも 生き永らえているところ
消えてしまったところ そのまま残っているところ

どの場所にも 恋人や友と過ごした
忘れがたい思い出がある
もういなくなった人もいるし 生きている人もいる
いずれも この人生で愛してきた人たち

でも かかる友や恋人でさえも
貴女の前では 霞んでしまう
新たな恋の思いにふける時
鮮やかな想い出も 色褪せていく

通り過ぎた人々や出来事を
懐かしむ気持ちは持ち続けよう
立ち止まって 思いをはせることもあるけれど
私の人生で 貴女にこそ一番の愛を捧げよう

★12月8日はジョンの命日、そして12月はクリスマス★
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★注・下から覗けます(笑)★

by seiuchi-porsche9 | 2007-12-01 15:25 | ポルシェ・カイエン
2006年 03月 14日

ポルシェ9PA!(カイエン)!

02年にカイエンが登場した時に、僕等は正直ガックリしてしまいました。
僕等の中でのポルシェは、スポーツカーというカテゴリーのクルマだったからです。
スポーツカー、百歩譲ってもグランドツアラーだったからです。
クロカン/SUVに牽引されて行くポルシェは想像できても、クロカン/SUVのクルマ本体のフロントボンネットに、ポルシェクレストのエンブレムが装着されていることは正直な感想として許せませんでした。

いつものポルシェ仲間達は、
『やっぱりF1出なきゃダメだよ、これからは乗馬仲間だね!』
『トラクターメーカーも将来性ありそうだし、少数派だから牛も捨てがたいと思はない?牛馬混合でもいいけれど・・・』と語り合って、早々にポルシェと別れを誓っていましたが・・・・。
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僕はフォルクスワーゲン・ポルシェ914が大好きなので、914と同じように、フォルクスワーゲンとポルシェが共同作業で作ったクルマを許せる人です。ただSUVというコンセプトに抵抗がありました。もともと、僕はクロカン/SUVというジャンルのクルマを、自ら進んで購入しようとは思わないタイプなのです。

僕は、仕事で乗っていた93年トヨタ ランドクルーザー(80系4.5Lガソリンエンジン)だけがクロカン/SUVの所有歴です。
ランドクルーザー所有時は、街中でその大きさ(巾1900長5000程)に苦労し、燃費(3~5/ℓ)のあまりの悪さで唖然としていました。

ただクルマに対してだけは、異常なまでの興味を示す僕は、このランクルの実力を試すために、河川敷や山岳、そして砂浜、果ては神社の階段と走行テストを繰り返していました。
アウトドアーが好きなのではなく、ランクルに乗ると、にわかアウトドアー派になっていました。
4トン半トラックを牽引してみるという無意味なこともしたりで、ランクルの本来の使用方法だけは、ある程度は理解したつもりでいます。

つまり、ランクルというクロカン/SUVのジャンルのクルマを所有したことによって、自分の生活が少し変わりました。
考えてみれば可笑しなことなのですが、クルマによって立ち往生した経験は多々あっても、自分の行動を規制された思い出があるのはランクルだけになります。

ですからポルシェのニューモデルであっても、5ドア5シーターのSUVカイエンだけは、もう許してください!という気持ちが強かったのです。ランクルより全長は200ミリほど短くても、巾がランクルより更にチョットだけ広いカイエンを考えると満腹感で一杯でした。
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そうしてカイエンは、いざデビューして爆発的に売れていくのですが、こうなると僕の本性であるミーハー的な部分が前面に押し出されてきて、実験しないとダメ!ダメ!と、僕の心と頭の中で連呼されるようになります。

僕の最初の試乗は友人のカイエンターボでした。
ソリ黒に内装も黒で見事なまでの特殊社会御用達仕様車でした(笑)
速さには日頃から麻痺状態なので、東北道でのカイエンターボの速さにはそれ程の衝撃は受けませんでした。

ただ久し振りに、着座が高くて目線が高いクルマに乗って気付いたことがありました。
目線が高いことは、ある程度の交通量がある場合の高速道路走行では凄く便利で、前にクルマが多少いたとして、数百メートル先まで見渡せます。
前が見やすければ、後ろも見やすいワケで、これならば大好きな特殊車両の発見も早くて確実になります。
これは、未確認走行物体により、時として躊躇するGT3よりも『ハイウェイスター』になる素材なのではないかと不謹慎な考えが、第一に僕の頭の中を過ぎりました。

目線の高さだけではなく、実際に中高速コーナーの足も素晴らしくて、コーナーもレーンチェンジも含めてボディがほとんどロールせず、4輪全てで確実にグリップする感覚が自然に伝わってきます。エアサスの恩恵がこんなにあるとは思っていませんでした。
4輪が感覚的には、それぞれ4分の1づつの車重を支えて走行しているように受け取れるのです。
実際は正確に4分の1づつのハズがないのですが、感覚的にでも、そう思えれば、僕の場合はもっともっと踏めます。

僕には、この4分の1づつの車重を支えているという感覚をGT3では持てません。
GT3では、殆どリアリアで、コーナを曲がれば左前前輪40で、左後輪70強に移り変わった・・・こんな風にいつも受け止めながら走っています。(こんなことを考えて走るから遅いと友人には言われていますが)僕は、この移動していく感覚が嫌いではありません。カイエンターボの感覚は996ターボと似ているのですが、このカイエンの目線の高さは911と比較することの無意味さを教えてくれます。

5人乗車可能で、少なくとも4人の大人がゆったりと座って移動できるカイエンと2座+おまけ2座の911と比較することは、殆どの人、いや全ての人が行わないでしょう。でも僕の概念では、ポルシェAGが生産する全てのクルマのカテゴリーはスポーツカーなのです。この時は300キロほどしか走りませんでしたが、テスト結果はまさしくスポーツカーでした。

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その後、カイエン、カイエンSをそれぞれ1000キロ前後ステアリングを握り、カイエンターボには更に200キロ前後乗りました。

カイエンに乗るときは、いつも大きくて不自由そうでイヤだなぁ・・と必ず思います。
やっぱり、カイエン置いて他のクルマで行こうかなぁ・・・・と必ず思います。
でも、でも、でも、でも、でもです。ひとたびスタートしてしまうと運転が楽しい、ドライブが楽しい、と感じてしまいます。
僕にとっては、こんな不思議なクルマがカイエンです。

ただ、たまに、本当に時々だけ乗るから、この巨大なクルマの中で、ポッツンと一人か二人で乗っていても楽しめるのでしょう。
もし、僕の家族構成がクルマは4人乗車でないと楽しめない状況だとしたら、僕は間違いなくカイエンを購入すると思っています。
家族で乗る場合の僕の選択肢はカイエンSだと思っています。

このように購入する動機も、購入する必然性もないクルマでも、自分勝手に想像だけを膨らませて接すると、全てのクルマは楽しく感じてしまう僕がいます。

カイエンを理由にポルシェを嫌いになるどころか、カイエンを理由に更にポルシェを大好きになっていける僕は、ポルシェがトラックを生産してしまっても、トラックを理由にポルシェを更に大好きになっていくことでしょう。

ただ、もし僕がカイエンを購入した場合には、自分のカイエンを、『ポルシェ・カイエン』、とは呼ばないで、『ポルシェ9PA』と呼ぶでしょう。

何故って、僕は9から始まる全てのポルシェが大好きだから・・・・。

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(雪の旧軽井沢でJAFに助けを借りたカイエンV6.です。ノーマルタイヤでも登りはバッチリでしたが、帰りの下りは全く止まらずでした。今回だけは何とかなるが全く通じずJAFの御世話になりました。JAFが到着しても雪でカイエンV6はユーターンする場所も見つからず、お互いに顔が見えていた方が楽という結論になり、結局は画像とは違う方法にしました。つまりカイエンV6とJAFサービースカーはフロント同士を牽引ロープで結びました。★つまりカイエンV6は4キロほどバックで走行し、JAFサービースカーが滑らないように補佐して頂きました。バック大好き人間の僕でしたが、流石に4キロバックは辛かったです。その後、カイエンV6の向きをかえカイエンV6のお尻とJAFサービースカーのフロントを牽引ロープで結び直しました。トータル牽引7キロ強で、JAF無償の範囲とのことでした。JAFのロードマンに、これだけバック牽引したことはないと誉められました!これは1年前の出来事ですが、深く反省しているのでお許しを)

上記一部訂正させて頂きました。

(テックアート・マグナムTECHART MAGUNAM・・・・フルエアロ・22インチ他)

by seiuchi-porsche9 | 2006-03-14 01:02 | ポルシェ・カイエン