戦闘的に走れ!

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カテゴリ:マセラティ( 1 )


2008年 09月 21日

「セイウチさん、先ずは叩いてください!」☆「セイウチさん、時計動かないと不便ですか?」

いつも感じて、いつも感謝し続けていることなのですが・・・。
僕は、趣味であるクルマに関しては、ホントに恵まれている人なんだと思っています。

今回は・・・。
僕が小学生の頃から、お世話になっている方に、クルマをお借りしました。
それは・・・。
ステアリング中央で、ボローニャ市のシンボルマークが輝いている、こんなクルマです。
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そのクルマとは・・・。
マセラティ・グラントゥーリズモなのですが、チョット大きめの2ドアークーペに、乗るのは久しぶりです。
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マセラティという自動車メーカーに関しては、自分の為の再認識を込めて、簡単に書いてみます。
Maserati(マセラティ)はイタリア・モデナ市の自動車メーカーです。
自動車メーカーの歴史は、かのフェラーリよりも長く、自動車史の中では、名門中の名門と言っても、過言ではありません。
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マセラティ・グラントゥーリズモに関して、調べてみました。
前後重量配分は49:51。
同クラスの平均より広い後部座席をもち大人4人が乗れる室内。
室内は、ポルトローナフラウ製レザーなどを使った贅沢な仕上がり。
最高出力405psを誇る4.2LのV8エンジンに6ATが組み合わされる。
走行状況に応じてギアシフトのモードを調整するアダプティブコントロールシステム。
ステアリングと速度により光軸を制御するアダプティブヘッドライトなども採用される。
ピニンファリーナーのデザイン。
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僕は、このマセラティ・グラントゥーリズモには、前々から興味津津だったのですが・・・。
乗り味に関しては、感覚人間の僕では、上手に伝えられるハズはありませんので、各自動車雑誌の試乗記を参考にしてくださいませ。

最初の印象だけ書いてみると・・・。
いざドライバーズシートに座ってみたら、新友M君のアストンマーチン・ヴァンキッシュSを、何故か思い出してしまいました。

写真は、以前に、ご紹介させて頂いた 『3台乗り比べ遊び』 をした時のものです。
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M君のアストンマーチン・ヴァンキッシュは、後部座席が無い2シーター・バージョンなので、後部座席が、とても広い、マセラティ・グラントゥーリズモとは、厳密に言えば、使い勝手が大きく違います。

でも、ドライバーズシートから、眺める、その景色は、何故かアストンマーチン・ヴァンキッシュSを、思い出してしまいました。
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こうして、今回、マセラティ・グラントゥーリズモを、お借りしているワケですが・・・。
今更ながら、気付いたことがありました。
それは、あの 『3台乗り比べ遊び』 をした時のことでした。

F430、カレラGT、ヴァンキッシュSの3台で、乗り比べをしたワケですが、あの時に、何気に、少なからず違和感を感じてしまった、ヴァンキッシュSだったのですが、その理由は、この3台の中で、ヴァンキッシュSだけは、クルマ作りの方向性が、異なっていたからのようです。

あの時の正解は、M君に、もう1台の愛車である、ガヤルドを持ち込んで貰えば良かったと、今更ながら思いました。
(僕はホントに、クルマに関しては恵まれていて、M君いつも感謝していますよ)

K君のF430の内装を見れば、マセラティ・グラントゥーリズモや、アストンマーチン・ヴァンキッシュSの方向性が、大きく違うことを、教えてくれるようです。
(写真では見えませんが、純正ロールゲージが組み込まれています)
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マセラティは、スーパーカー・ブームの頃の、(ジウジアーロによるデザインの)ボラ(1971~1979年)やメラク(1972~1982)のミッドシップの印象が強く残っている、自動車メーカーですが、マセラティは、3500GT(1957年~1964年)、5000GT(1959~1964年)、セブリング(1963~1969年)、メキシコ(1966年~1973年)というように、FRのクーペGTを、生産するメーカーでもありました。

写真は3500GT。
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写真はメキシコ。
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遠い昔から、数々のレースに参戦し、市販する主力車種のクルマは、クーペGTというのは、アストンマーチンと、マセラティだったワケで、その歴史的背景から捉えても、そして、その実績から捉えても、この2つの自動車メーカーには、共通する部分が多いような気がしています。

それゆえ、僕が、マセラティ・グラントゥーリズモのステアリングを握って、アストンマーチン・ヴァンキッシュSを思い出したのは、あながち方向違いではないと、そんな勝手な解釈をして、自分に言い聞かせることにしました。

それにしても、なんとも素敵なクルマですね!
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僕は、クルマの運転が大好きなのですが、過去を切り捨てることが出来ない、そんな性格が災いしてか、何故か、運転している、そのクルマが歩んできた、そんな歴史を振り返りたくなってしまいます。

今回は、僕の、そんな面倒な性格のために、こんなワケの判らないことを書いてしまいましたが、お付き合い頂き、嬉しく思っています。
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そして・・・。
こんなふ~に、華麗でキュートな、素敵なボディーラインに、電柱と電線が映ってしまった、こんな写真がありました。
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僕は、この電柱と電線を見て、電気を思い出したワケですが、電気を思いだしたら、遠い過去の思い出が、蘇えって来ました。

僕は、88年型のマセラティ・ビトゥルボ・スパイダー.と、共に生活をしていたことがあります。
たしか、2年あまりの同棲生活だったと記憶しています。
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ビトゥルボとは、イタリア語でツインターボを意味するワケですが、たしか世界初のツインターボ・エンジンを搭載したのが、このマセラティ・ビトゥルボだったと記憶していますが、間違っているカモしれません。

このマセラティ・ビトゥルボ・スパイダーは、親友が新車で購入し、その10ヶ月後ほど後に(5000キロほど走ってあったと記憶しています)、僕が格安で譲り受けたものでした。
そして、マセラティ・ビトゥルボは、デ・トマソのグループ傘下の時代に誕生したクルマでした。
僕のマセラティ・ビトゥルボは初期型の2.5LのV6SOHCツインターボを搭載しているクルマでした。

今から20年も前の、そんな旧いお話で、恐縮なのですが・・・。
このマセラティ・ビトゥルボ・スパイダーは、シルバーブルーメタリックの外装に、濃紺の幌、そして内装はタンという、とてもお洒落な組み合わせで、ヒンという言葉とは無縁の僕には、全く似つかわしくないクルマで、そして、これも僕に似つかわしくない、ミッションはナント、3速オートマでした(初期型なので輸入設定がATのみでしたが)。

とても、お洒落な内装で、女の子のウケだけは、今まで、乗ったクルマの中では、ベスト10に入ると思ってはいます。
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僕は、クルマの運転が大好きで、そして壊れるクルマが大好きです。

以前にも、『壊れたクルマ楽しい思い出・並行E36M3編』や、『壊れたクルマ楽しい思い出・中古914編』を、投稿させて頂いたことがあります。

壊れるクルマが大好きな、そんな僕でも、このマセラティ・ビトゥルボ・スパイダーの思い出は、本当によく壊れるクルマという、そんな楽しい思い出で、満ち溢れているクルマになります。
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壊れた回数でも、壊れて置き去りして帰って来てしまった回数でも、修理代を注ぎ込んだ、その費用でも、このマセラティ・ビトゥルボ・スパイダーは、僕の自動車史で、輝けるナンバー1の座に君臨している、そんなクルマでもあります。

寒くなると、朝起きてエンジンを掛けようとして、チョークを引き、5回位までに、エンジンを始動させられないと、キャブレターが、ガソリンを飲み過ぎでカブってしまい、もう2度とは、かかりませんでした。

こんな場合は、キャブレターを掃除すれば、よいのですが、そんな時間は勿体ないと思っていた、そんな時代の僕だったので、その日は乗らないと決めていました。
(翌朝になれば、何故かかかります)

2ヶ月ぐらい乗らなかったことがあったのですが・・・。
バッテリーは当然死んでいて、ブースターケーブルで繋いで掛けて・・・。
エンジンは掛って、快調だな~あと思っていたら・・・。
数キロ走る毎に、エンジンが止まってしまいます。
こんなことを、何度かしているうちに、エンジンが掛からなくなってしまいました。
この時は、白いタオルを、窓ガラスに挟み(この作業をする時が一番の快感だったりしていますが)、交通の妨げをしない場所に、路駐して、タクシーで帰って来てしまいました。

そして、翌朝、お世話になっている修理屋さんに依頼して、クルマをローダーで引き取って来て貰いました。
そして診断の結果は・・・。
ナントです!
ガソリンタンク内にサビが発生し、そのサビの細かい破片が、燃料ポンプやら、燃料パイプやら、はてやキャブレターまでと、ガソリンが回る、あらうる箇所の隅々までを、見事なまでに広がっていたのでした。

2ヶ月放置して、ガソリンを満タンにしていなかった(ガソリンが満タンならばタンクは腐食しませんから)、そんな僕が悪いとはいえ、60年代や70年代前半のクルマではないのだから・・・と、その時の僕は思ったのでした。

ガソリンといえば・・・。
僕の会社での駐車場は、一番左端に駐車すると、チョットばかり勾配の強い、左下がりになっています。
僕は、そこの場所に、頭から入って、マセラティ・ビトゥルボ・スパイダーを駐車したことがありました。

そして駐車場に戻って、エンジンを掛ければ、エンジンはウンともスンとも答えません。
僕は、自分で修理することは殆ど出来ませんが、壊れるクルマが大好きなだけに、その故障の原因が、電気系なのか、燃料系なのかぐらいは、判ります。
セルを回せど、ガソリンがキャブに送られない状況でした。

当時のクルマは、燃料ポンプ(フェーエルポンプ)が作動していれば、セルを回した時に、その作動音を立てていたので、燃料ポンプが作動していることは、耳で聞き取れます。
つまり、燃料ポンプに、ガソリンが送られていない、そんな状況でした。

ガス欠かな~あと思って、燃料計を見れば、まだ4分の1ほど残っています。
僕は、自分で修理することは出来なくても、修理屋さんに修理を依頼する場合には、なんとなくでも、その故障の原因が、自分で判っていないと、頼めない人です。
つまり、自分だけで、最後の最後まで、故障と闘って、独りモガク、そんな状況が大好きなんです。

先ずは、考えてから行動したほうが、結局は早いのは、仕事と同じなので、あらゆる妄想をしてみました。
そして・・多分?・・・そんな結論が出ました。

駐車場に停めてあったトラックのエンジンを掛け、マセラティ・ビトゥルボ・スパイダーのATをニュートラルにして、そのトラックと、ロープで繋ぎ、マセラティ・ビトゥルボ・スパイダーを、駐車場の平坦な場所まで、引きずり出しました。

そして再び、エンジンを掛けてみれば、エンジンは掛かりました。
「やった!」
と・・・、僕は、この快感が大好きでもあります。

エンジンが掛った、その理由は簡単で、ガソリンタンク内のガソリンが、左端に偏ってしまい、ガソリンタンクから、燃料ポンプにガソリンが送られていなかったからでした。
僕は、オジンですから、FRの昔のクルマで、ガソリンタンクが、リアーバンバー近くの後方にある場合は、ガソリンが残っていても、上り坂でガス欠する、そんなクルマもあることを、実体験として知っています(MGなんかは、そういうクルマです)。

過去に、ガソリンが残っているのに、ガス欠した、そんな場面を思い出して、ついでに、その場面を一緒に居合わせていた、そんな当時の彼女をも、同時に思い出して、僕は、こういう時間の潰し方が、何故か、とても大好きみたいです。
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このマセラティ・ビトゥルボ・スパイダーは、正規物だったので、譲り受けた当初は、当時の輸入元兼販売元で、メンテを受けていました。

ただ、当時は修理工場が狭く、メンテ出来るマセラティの台数が限られていて、修理を受けるのに、順番待ちをするという、そんな状況でした。

週に1度は、なにか問題発生という、こんな感じのクルマだったので、修理の順番を待っていては、乗ることが殆ど出来なそうです。
そこで、ディラーと話しあった結果・・・。
『動かなくなったら、取りあえず修理工場に電話してください』
・・・という結論になりました。

ある時、キーを回しても、ウンともスンとも、しなくなりました。
バッテリーを繋いでも、ウンともスンとも、しませんでした。

こうなると、電気系なワケで、僕の文系の頭では、手も足も出せません。
そこで、約束通りに、電話を掛けてみました。

「キーを回しても、ウンともスンとも、しなくなりました。」
『メーターの上あたりのダッシュボードを、手で叩いてみてくれます』
素直な僕は、叩いてみます。

「叩いても、やっぱりダメみたいです」
『もっと強く叩いてみてくれます』
素直な僕は、叩いてみます。

「叩いても、やっぱりダメみたいです」
『そうですか、じゃあボンネット開けてください』
素直な僕は、ボンネットを開けました。

「開けましたよ」
『左側、助手席の前あたりに、リレーボックスが有るの判りますか?』

素直な僕なので・・・。
「判りますよ」
『判りました!それじゃ、そのリレーボックスを、先ほどよりは弱目に叩いてみてください』

素直な僕なので・・・。
「リレーボックス叩いてから、キー回しましたが、やっぱりダメでした」
『やっぱりダメでしたか、それじゃ今度は、先ほどよりは強めで、1発バッチという感じでお願いします』

素直な僕なので・・・。
「流石ですね!今度は掛かりました」
『ダッシュボード内の配線同士の接点と、リレーボックス内のリレーの接点が、ビトゥルボの弱点なんですよ』
「な~あるほどね!今回と同じ症状が出た時には、また同じように叩いてみますね」
『ハイ宜しくお願いします』

僕は、この時から、何度となく、同じようにエンジンが掛からなくなると、先ずはダッシュボードを叩き、それでもダメな時は、ボンネットを開けて、リレーボックスを叩いて、エンジンを掛けていました。

そして、マセラティ・ビトゥルボ・スパイダーには、あの格好良い、オーバル型のアナログ時計が、標準装備されていました。
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この格好良いゴールドのそれは、スイス製ということなのですが・・・。
これが、時として、止まってしまいます。

この時も、電話相談室で、お聞きしました。
「時計が動かなくなりました」
『時計を軽く叩いてくれますか』

素直な僕なので・・・。
「叩いたら動きました」
『ダッシュボード内の配線同士の接点と、リレーボックス内のリレーの接点が、ビトゥルボの弱点なんですよ』

そして、時計が止まれば、僕は時計を軽く叩いて、時計を動かしていました。
何度となく、叩いては復帰させ、叩いては復帰させを、繰り返していたのですが・・・。
ついに、時計は動かなくなりました。

とりあえず、いつもお世話になっている修理工場で、時計を脱着して貰い、直接12ボルト電源で繋いでみました。
それでも、時計は動くことがなかったので、これは配線の問題ではなく、時計自体の故障だと判りました。

販売元の話では、時計は修理に出すのと、新しい時計に交換するのと、さほど金額が変わらないと言われてしまったので、新しい時計に交換しました。
(たしか7万円前後)

そして、その交換した新しい時計は、数ヵ月後に、また動かなくなりました。
「交換した時計が、また動かなくなりました」
『12ボルトで作動しているのですが、その電圧が安定していないようで、壊れやすいようです』
「ということは、また交換しても、壊れてしまう可能性が高いってことですよね?」
『セイウチさん、時計動かないと不便ですか』

こうして、僕のビトゥルボの、あの格好良い時計は、2度とは動くことがありませんでした。
(ビトゥルボ後期型からは、この時計は電池式に進化しています)

そして、あの叩き続けたダッシュボードからは、いつもカタコトと音がするように成り、あの叩き続けたリレーボックスは、叩き所が良くなかったのか、ついに箱ごと割れてしまいました。

これを機会に、新品のリレーボックスを購入し、いつもお世話になっている修理屋さんに持ち込み、リレーボックス内の接点を全て作り直して貰い、更にダッシュボードを外して、全ての配線を引き直して貰いました。

こうして僕のマセラティ・ビトゥルボ・スパイダーは、新車以上に信頼出来る、新車以上に快調な、そんなクルマに生まれ変わりました。

そして、2万5千キロを超えた頃、オートマのミッションが、壊れました。
「オートマのミッションが、壊れました」
『今、何キロ走行していますか?』
「2万5千キロほどです」
『2万5千キロも壊れなかったのですか!』

こうして、チョットお転婆だったラテン娘と僕の同棲生活は、楽しかった思い出だけ残して、あっけなく幕を閉じたのでした。

全ては遠い昔の、真実なお話ですが、マセラティ・ビトゥルボ・スパイダー(82年デビュー)の名誉のために、フォローさせて頂けば、この時代のクルマは(特に欧州車)、多かれ少なかれ、壊れていたワケで、信頼出来るのは、おおかた独車という、そんな時代だったということです。

僕は、マセラティ・グラントゥーリズモのステアリングを握って、遠い昔の、僕にとっては、これぞクルマという、そんな時代を思い出したのでした。

by seiuchi-porsche9 | 2008-09-21 00:12 | マセラティ