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カテゴリ:オールドカー 旧車( 6 )


2009年 10月 16日

あぁいいな!

日頃から、お世話になっている、クルマ屋さんに遊びに行きました。
今回、お邪魔したクルマ屋さんは、都心からは、チョットばかり離れてはいる、埼玉県桶川市にあります。
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4年間の正規BMW営業在籍時代に、なんと4年で300台以上を販売し、今までの生涯販売台数では、間もなく2000台をも超えるという、そんな凄腕の 「アントニオ伊藤さん」がオーナーである 『PAZOO Auto Mobilesさん』 に、行って参りました。

久しぶりに、それも突然に、お邪魔してしまったにも関わらず、社長の 「アントニオ伊藤さん」 と、スタッフである 「べりーHIROSHIさん」 のお2人が、暖かく迎えてくださり、とても嬉しかったです。

この日の僕は、ジェンセン・ヒーレーに乗って行ったのですが、この道20年のアントニオ伊藤さんが、ジェンセン・ヒーレーというクルマを知りませんでした。
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僕は、こんなふ~に、メーカーや車名が、広く行き渡って居ないという、そんなクルマが大好きなので、クルマの知識に関しては、こと全てと言っていいほど、アントニオ伊藤さんには負けてしまう、そんな僕が、彼から1本取れたようで、シメシメしてやったりと思ったのでありました。

ジェンセン・ヒーレーが生産されていた頃(72年~76年)は、アントニオ伊藤さんが、まだ小学校に入るか入らないかという、そんな時代になるので、アントニオ伊藤さんが知らなかったのも、まあ当然のことになるのですが、当時のジェンセン・ヒーレーは、かの 「コーンズ・アンド・カンパニー・リミテッド」 がインポーターでありました。
(画像は当時のCAR GRAPHIC掲載広告より)
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当時のコーンズは、ロールスロイスとベントレーとジェンセンという、英国生まれの自動車メーカー3社の日本総代理店で、フェラーリやランボルギーニやマセラティといったスーパーカーと呼ばれるジャンルのクルマの日本総代理店は、横浜にショールームが有った、あのスーパーカーブームで有名は「シーサイドモーター」でありました。

まだ都内では、コーンズのショールームが、首都高5号線沿いの側道(護国寺付近)にあった頃で、コーンズのショールームは、この場所にしか存在して居なかったという、そんな遠い時代のお話ではあります。
因みに、その豊島区雑司ヶ谷にあった、コーンズのショールームは、サービス工場も併設していました。
そして、その同じ場所は、現在はヤナセがサービス工場として使用しているので、今でも直ぐに判る場所ではあります。

いずれにせよ、日本国内における輸入車のシェアーが、1パーセントにも満たなかったという、そんな遠い昔の時代のお話ではありますが、ポルシェ(三和自動車)のショールームだけは、目黒と六本木と銀座という、交通の便の良い、都心のド真ん中に、3ヶ所も存在していたことが、とても印象に残っています。

そんなワケで、お久しぶりにお会いしたアントニオ伊藤さんだったのですが、ここには、心底から驚かされてしまったという、そんな素晴らしいクルマが置いてありました。

そのクルマとは、1968年から1976年まで生産された、メルセデスベンツ280CEであります。
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この時代のメルセデスベンツ280CEは、W114と呼ばれているのですが、僕の大好きな時代のクルマであります。
(因みに6気筒エンジン搭載車をW114と呼び、その他のエンジン搭載車をW113といいます)
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このクルマは、ヤナセで販売された正規物(当時のインポーターはヤナセ系列のウェスタン自動車)で、初年度登録は、75年12月という、1975年式になります。
ダークグリーンのボディの輝きは見事で、メッキの部類にも、少しも歪んで輝いたりするような箇所が有りません。
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ラジオはオリジナルで・・・。
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バックシートもご覧の通り、使った形跡さえなく感じてしまいます。
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ナビシート側から覗いてみれば、ダークグリーンのボディにマッチした、同色のシートカラーで、とてもお洒落であります。
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ドライバーズシート側から覗いてみれば、チョットばかり大きめのステアリングで、僕の大好きな時代のクルマが、ここには有ったのでした。
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エンジンルームを覗いても、リアトランク内を覗いても、下回りを覗いても、まるで新車のように輝いていて、オリジナルを保って、とても綺麗にフルレストアした、クルマだ~なあと思っていたのですが、それは、僕の大きな間違いでありました。
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このクルマは、ワンオーナーで、しかも走行距離が「2778キロ」という、そんな貴重なクルマでありました。
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70年代のクルマで、ワンオーナーで有るクルマは、探せば沢山有るかも知れません。
僕のジェンセン・ヒーレーも、最初の登録ナンバーを継続する為に、前オーナー様のご厚意に甘えて、名義変更していないので、車検証のうえでは、ワンオーナーのクルマにはなります。

ジェンセン・ヒーレーは、1975年10月が、初年度登録なので、この280CEとは、僅か2ヶ月違いの登録ということになります。
まるまる34年が経つワケですが、僕のジェンセン・ヒーレーの走行距離は59000キロになりました。

34年で59000キロの走行距離は、少ないほうだと思ってはいますが、僕のジェンセン・ヒーレーは、車検を受けずに、放置していた時期が、数年間ありました。
(自動車税だけ支払って)

対する、このメルセデス280CEは、名実共にワンオーナーであり、車検を毎回欠かさずに、ディーラーにて継続していて、その記録簿も完備されています。

ウィンカーレバーには、新車で納車された、あの35年前の記念品が、ぶらさがっていたままでした。
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このクルマのオーナー様は、多忙で使用する時間がなかったとのことですが、まるで自動車博物館に温存されていたような、こんな素晴らしい個体のメルセデス280CEが、一般オーナーの元で、存在していたことに、正直な気持ちとして、僕は驚きを隠せませんでした。

驚きを隠せなくなってしまった僕は、タイヤを覗いてみたのでした。
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驚きを隠せなくなってしまった僕は、タイヤを覗いて、更にビックリ仰天したのでした。

それは、この280CEに履かれていたタイヤは、ピレリ・チュンチラートCN36で、なんと製造年が1975年でありました。

なんと新車で納車された時の、34年も前のタイヤのままで、それが、見事なまでに新品のタイヤの山を残していたのでした。
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『PAZOO Auto Mobiles』では、この極上のメルセデス280CEを、「ASK」つまり「価格応談」として、販売しています。

当時の新車価格を調べてみたら、703万円になっていました。
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「ASK」つまり「価格応談」として、販売しているワケですが、僕が勝手に、このメルセデス280CEの販売価格を決めてしまうというのは、とても理不尽なことだとは思ってはいます。

この極上の状態を見れば、1000万円超えになっても、当然のようにも思えています。
でも、可能ならばリズナーブルな値段で、販売して欲しいな~あと、勝手に思っています。

そうなると、750万円という金額が、僕の頭の中に浮かんでくるのですが・・・。
いずれにせよ、今年になって7台のクルマを手に入れてしまった僕には、残念ながら、購入することが出来ません。

ご興味がある方は、『PAZOO Auto Mobilesアントニオ伊藤さん』 に、ご連絡してくださいませ。

アントニオ伊藤さんには、セイウチと言って頂けると判ると思いますが・・・。
といって、僕はブローカーではなく、こんな素晴らしい個体を、単に、皆様にご紹介したかっただけです。
念のため(笑)

メルセデス・ベンツ 280CE(W114)
初代コンパクトクラスのウエストラインから上をピラーレスのハードトップにアレンジしたクーペで、68年11月にデビュー。
ホイールベース、全長ともサルーンとまったく等しく、全高だけ45mm低くされている。
スウィングアクスルに代えて採用したセミトレーリングアーム/コイルの後輪懸架をはじめ、シャシーはセダンと共通。
直6DOHC2746cc・インジェクション仕様の185PS。
W114のトップモデル。
280CE(5速MT)は、CG誌74年3月号のテストで最高速度201.38km/h、0-100km/h加速9.9秒、0-400m加速15.98秒の高性能を記録している。
77年、ジュネーブショーでデビューした新Cシリーズ(W123)に後を譲った。

by seiuchi-porsche9 | 2009-10-16 12:18 | オールドカー 旧車
2009年 03月 16日

探しものはなんですか?

探しものはなんですか?
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見つけにくいものですか?
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カーセンサーもエンスーの森も
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日本中を探したけれど
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見つからないのに
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まだまだ探すつもりですか?
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探しものは何ですか?
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見つけにくいものですか?
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まだまだ探すつもりですか?
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見つからないのに
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まだまだ探すつもりですか?
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まだまだ探すつもりですか?



マートラ・シムカ バゲーラ

マートラは1969年にシムカと提携を結んだ。これによって当時生産されていたM530は、クライスラーとはライバル関係にあるフォードのエンジンを積んでいるということで、モデルチェンジが急がれることになる。その結果生まれたのがマートラ・シムカ・バゲーラで、1973年に発表された。スチール製モノコックとFRPパネルの組み合わせによる2ドアクーペ、ミドシップ・リアドライブのパワートレーンはM530から受け継ぐものの、パワートレーンはシムカ1100のそれを用いた横置きとなり、エンジンも1100スペシアル用1300cc直列4気筒OHVとなった。史上初の2+2ミドシップというM530の特徴を受け継ぎ、横一列3人乗りのキャビンとなっていたことも特徴である。サスペンションはフロントが1100と同じダブルウィッシュボーン、リアが新設計のセミトレーリングアームとなっていた。2年後には1400ccのバゲーラSが登場。このモデルはバンパーまわりの形状もそれまでとは異なる。'78年にはシムカがクライスラーからプジョーの手に渡ったことに合わせてタルボ・ブランドとなったため、ネーミングはタルボ・マートラ・バゲーラとなった。1980年に後継車のムレーナが登場したことで生産を終えている。


AMC ペーサー

全長はサブコンパクト、幅はキャデラックといわれたサイズ、助手席側のみ長い非対称ドア、極端に低められたフード、大型の曲面ガラス(バブルグラス)の多用など、特徴あるプロポーションとスタイリングとなった。
エンジンはペーサーの斬新なコンセプトに合わせ、カーチス・ライトが北米での製造権をもちGMがシボレー・ベガで使用する計画で製造予定していたバンケルロータリーエンジンを搭載する前輪駆動車として計画された革新的なクルマとなるはずだった。
ぺーサーは発表当時、ライバルたるシボレー・べガやフォード・ピントとは比べものにならないほどに前衛的なスタイルとされたグレムリンの思想をさらに強め、サブコンパクトという括りさえも大幅に越えた革新的セダンである。2540mm(100インチ)のホイールベースと4356mmの全長、それに1956mmというAMC社内でも最大の全幅が与えられ、アメリカ車の常識を大幅に打ち破る革新的なディメンションが完成した。VWゴルフの大成功以来、ヨーロッパで流行していた2ボックス+リアハッチバックのボディ形状とされるが、ヨーロッパの先例とは異なり、駆動方式はコンべンショナルなFR方式が採用された。エンジンは水冷直列6気筒OHVで3800cc(OPで4200cc)とされ、3速コラムMT、ないしはATと組み合わされた。巨大な金魚鉢のようなグラスエリアが特徴的なボディは、現代の目で見ても充分にモダーンな革新的、かつ魅力的なものである。'77年にはテールのみ延長、スペースユーティリティーを更に高めたエステートワゴンが登場する。しかし、アメリカ車としては余りにも先進的だったコンセプトは同時に色褪せるのも早く、ビッグ3からヨーロッパの血統を引いた2ボックス車が出揃うと、ペーサーは急速に商品力を低下させていった。結局、'80年をもって生産を終えるが、アメリカ車の歴史に残るエポックメイキングな設計思想は、将来も永らく記憶に残り続けるに違いない。


僕の大好きなクルマとは・・・・。
やっぱり・・・。
「このクルマは何って名前なんですか?」
・・・こんなふ~に聞いてくださる人が多いクルマなんじゃないのかと・・・。
・・・・きっと、こういう答なんじゃないかと・・・。
ハッキリしてきたような気がする、今日この頃なのです・・・。

ペーサーはここにはあるのですがね・・・。

バゲーラはこれじゃ・・・なんですよね。
(前期型が好きなんです)




2メーター近い全幅に、4メーターちょっとの全長・・・。
やっぱり目立つと思うのですよね・・・。





追記
前回の記事は、かの有名サイト 『Mr.YASU‘s Sprts Car Fan』 で取り上げてくださいました。
YASU様、どうもありがとうございました。


by seiuchi-porsche9 | 2009-03-16 23:32 | オールドカー 旧車
2007年 06月 17日

古今東西・お疲れさま!

西国の方々へ♪
お疲れさまでした!
(某ショップにて撮影)
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僕のキルスイッチ君へ♪
いつもありがとう!
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(1)フロント・ボンネット内のバッテリー・カバーを外します。
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(2)993RS用の純正キルスイッチを流用して、バッテリー本体横に取り付けます。
(3)バッテリー・カバーの一部を、握りこぶしが入る程度の大きさの穴を開けて完成。
(注1)ガレージ内で施錠が不要な方向き。
(注2)フロント・ボンネットの開閉方式がワイヤー方式向き。
(注3)フロント・ボンネットの開閉方式が電磁式の場合、フロント・ボンネットをハーフ・ロック状態で応用可能。
(注4)時計のみ再時刻設定の必要あり。

画像は穴が開けられたバッテリーカバーと、ノーマル(標準)のバッテリー・カバー。
(自宅にて撮影)
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1954年生まれの君へ♪
エンジンは快調!
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屋内保管半世紀、数十年振りに太陽を浴びる。
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メルセデス・ベンツ220S。
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フルオリジナルの内装ウッドとシート。
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トランク内の床は木製。
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1954年、取り説に日本版はない時代のヤナセ物、ワンオーナー。
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純正工具フル完備。
ジャッキーは1本もので、長さは1㍍20㌢以上。
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ラジオは真空管。
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ヘッドライトは東芝製。
(親友宅にて撮影)
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当時のカタログから。
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一般の方へ♪
987が懐かしい、庶民の原宿駅。
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一般でない方へ♪
987が懐かしい、皇族専用の原宿駅。
『何故、2222ではないの?』
こうやって聞かれる喜びが大好きでした。
あえて、2223と遊び心でズラシて良かったと思っています。
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心配性の986ボクスター・オーナー、そして987ボクスター・オーナーの皆さまへ♪
データー収集は実体験ゆえ完璧です。
正確なガソリンタンク容量は、62リッターです。
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おまけ。
マクラレーンSLRに乗る!
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カレラGTに乗る!
(某君ゴメンなさい)
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そしてバイクに乗れない!
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Kazuさんへ♪
御要望にお応えして、上記画像削除は延期しましたが、ただ今削除しましたデス(笑)
仕事も完了しましたデス。
そんなワケで、21日はコンサートに行ってきました!
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by seiuchi-porsche9 | 2007-06-17 17:39 | オールドカー 旧車
2006年 11月 02日

キミノヒトミニコイシテル!(こんなにそばに居るのに)

石川県小松市にある日本自動車博物館の続編です。
やっぱり、ポルシェから・・・。
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リビエラブルーは外せません。
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次回はメルセデスに触れようと思っています。
あくまでも予定ですが・・・。
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トライアンフ・スタッグ
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トライアンフTR4
(ルーカスのライトと、スミスのメーターに憧れていたのは小学生の頃・・)
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トライアンフとMGは、やっぱり今でも大好きです。
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(読みにくいので補足です)
羊のお面をかぶったライオンとはこの車のことでした
アストンマーチン
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僕の中での最後のイギリス製ライトウェイトスポーツカー。
このクルマの車名を知っている人自体がレアです。
(まったりryoo2006さんを除く・笑)
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館内の一部ですが、どこもかしこも見渡す限りクルマです。
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実は、ここの景色にやられていしまいました。
大好きなMGが手前に並べられています。
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反対側に廻るとこんな景色です。
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特にこの2台に見入ってしまいました。
ふれんちBLUEです。
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大好きな、シトロエンDSです。
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こちらも大好きな、シトロエンSM。
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Yoshi兄さん大変です!
シトロエンだらけです・・・・。
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実は、今これが欲しいです!
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でも、ジャガーもいいですね・・・・。
黄色のロータス・ヨーロッパも大好きですので、主体性全くありません!
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僕は、こうして石川県小松市にある日本自動車博物館を見学してきました。
でも、短時間だったので、来春にまた訪れることにしています。
今度は丸2日間、開館から閉館までを、この日本自動車博物館で過ごすことに決めています。
ここまでは、誰も付き合ってくださりそうもないので、一人で行きます。
僕をそう思わせてしまうほど、僕は日本自動車博物館を気に入ってしまいました。

僕が、この日本自動車博物館を短時間でしか見学出来なかったのは、その前に石川県立航空プラザに立ち寄ったからでした。
こちらも簡単ですが、画像を載せていただきます。
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この石川県立航空プラザに立ち寄った一番の目的は、YS11のフライト・シミュレーターを体験することでした。
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こうしてビデオで予習です。
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自分の順番が来るまでは、こうして見学します。
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フライトは、羽田飛行場(東京国際空港)から離陸し、横浜へ飛び立ち、また羽田飛行場に着陸するという簡単なコースでした。
石川県ということもあって、横浜ベイブリッジや、ツバサ橋を知らない方が多かったのが、意外なことでした。
以下は画像だけですが、本来の指定されたコースですと、横浜ベイブリッジの上空を飛べません。
多少はコースアウトをしてもOKとのことでしたので、指定されたコースから外れて、空からの景色を楽しんでしまいました。
その結果は・・・・時間切れで着陸に失敗してしまいました。
乗員乗客とも●▲■だったのは間違いがないことのようでした・・・。
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手前に見える橋が『横浜ベイブリッジ』、その先に見える橋が『鶴見つばさ橋』です。
(首都高速湾岸線)
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指定されたフライトコースから外れて飛行して行くと、矢印で戻るように促されます。
パイロットが観光気分なので、セスナなみの高度で飛行しています。
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僕はこうして着陸に失敗して、乗員乗客とも●▲■してしまったのですが、とても楽しい経験をさせて頂きました。
次回は必ず成功させようと思っています。
とても楽しかった一日なのですが、なんと9月18日の出来事でしたので、僕らしい投稿になったと思っています。

今回は、画像主体に投稿させて頂きました。
11月1日はAIちゃんの誕生日でした。
彼女の望み通りに画像を沢山掲載しました。
とても安上がりな誕生日プレゼントになったと思っています(笑)。
AIちゃん、お誕生日おめでとうございました!
今回は、とても私的な投稿だったかな・・・・。

■追伸 更に私的な投稿を(笑)
昔のダイハツのエンブレムって、お城の時代もあったんですね!
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by seiuchi-porsche9 | 2006-11-02 22:34 | オールドカー 旧車
2006年 10月 31日

だんだん君に逢えないことに慣れはじめていく!

仏車への思い出も、ある程度は吹っ切れたので、石川県小松市にある日本自動車博物館の写真を掲載しようと思います。

敷地面積27,000㎡、展示面積12,000㎡の中に、常時各国から集められた国産車、外国車が約500台展示してあり、日本最大の規模の大きさです。
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重厚な赤レンガ造りの2階建ての建物です。
ヨーロッパの宮殿を思わせる赤レンガ造りの、クラシックな建物の中は3階建てです。
中1階,中2階を含めて、5つのフロアに所狭しと並べられています。
入り口です。
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画像のみですが・・。
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ホンダT360クローラシステム。これも現存する唯一の物だそうです。
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国産車だけで、しかも写真だけで終わってしまいました。
輸入車は次回に・・・。

追伸 おまけですPA●DAさん!
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by seiuchi-porsche9 | 2006-10-31 20:59 | オールドカー 旧車
2006年 03月 03日

哀愁の60年代!

今回も、いきなりですが、 PANDAさんのブログを拝見して、こんな素敵な記事を発見しました。

『リヤフェンダーに904を見た。 904とはケイマンの祖先?1960年代に活躍したポルシェのミッドシップレーシングカー。』

このケイマンとは Kazuさんの素敵にモデファイされた黒ワニのことです。

そこで僕のアジトで60年代の残像を探してみました。
平凡パンチなどという週刊誌を、ご存知の方は・・・・かなりお年寄りです!
65年2月8日号です。なんと!50円です。
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兄は僕より6歳年上だったので、僕は平凡パンチを小学生の頃から愛読していました。
兄は平凡パンチの表紙を切り取り、そのイラストを生かしてオリジナルの定期入りを作成したりしていました。当時のファッションは、VANやJUNの全盛期でアイビールックです。
僕も兄の影響で小学生ながらマドラスチェックやペイズリー柄のボタウンダウンのシャツにバックベルトが付いたバミューダーなんて格好をしていました。僕は、この平凡パンチのイラスト表紙で教科書のブックカーバーを作って使っていたので、今から思えば、とても不思議な小学生だと廻りの人は思っていたことでしょう。
中学に入学するともっとエスカレートして、生意気にもウェイジンのコインローファーとかに触手が伸びますが、高校に入ると長髪のロッカーに変身しています(笑)
大学の頃には2重人格者のように、バイトではニューヨーカー、私生活では丘サーファーという具合でしたが・・・・。

さてさて、クルマのブログでした。
このフェアレディ1500(SP310型)は、62年登場の2代目フェアレディです。

直立した大径のステアリング、フロントタイヤハウスより後方にあるサイドミラー、ダシュボードに直か付けされたルームミラー、メッキの三角窓、当時のスポーツーカーの基本なのですが、僕は今だにこういうものが大好きです。
ダシュボードのフロントガラスに沿って取り付けられたタノ(トノ)カーバー用の留め金。
タノ(トノ)カーバーを取り付け、サイドウィンドウも全開のオープン状態のまま停車している、当時の数々のオープンカーの光景は小学生なりに刺激的でした。
フェアレディはドアーの外側にタノ(トノ)カーバーの留め金がないのでサイドウィンドウを閉めたままタノ(トノ)カーバーを使用出来ますが、僕が特に好きだったのはドアー外側にもタノ(トノ)カーバーの留め金が数箇所にあった英国車タイプでした。

後年、中古のMGやトライアンフを手に入れて、タノ(トノ)カバーのセンターにチャックを装着し、助手席側と後部の幌だけはタノ(トノ)カーバーで覆い、ドライバーだけがタノ(トノ)カーバーから上半身をだして運転する・・・・このスタイルに自己陶酔していました。実際、真冬でもタノ(トノ)カーバーの中は、ヒーターがビンビンに効いて、顔と手だけが寒さと格闘していました。
たとえて言うなれば、真冬の夜道をコタツに入りながら全力疾走する、もしくは熱めのバスタブにつかりながら雪の降る夜道を走る、こんな感じですが、雰囲気だけでも伝わりますでしょうか?

話しは戻り、フェアレディ1500(SP310型)は65年の春に初代シルビアと同じ1.6リッターのSP311型に変更され、67年にフェアレディ2000(SR311型)として2リッターのU20型を搭載しましたが、このモデルで2代目フェアレディは幕を閉じています。
69年に登場した3代目がクーペボディのフェアレディZです。直6のL20型SOHCやDOHC4バルブのS20型が搭載されました。

僕の学生時代のバイト先には、10年落ち前後の1500や1600のフェアレディが下取りとして入庫してくることが度々あったので、実際に購入した経験もあります。当時は1500や1600に乗っていると2000が憧れでした。速いことがクルマの魅力の全てみたいな幼い考え方をしていたので、自分好みのクルマの本質を見抜けなかったのだと思います。とは、いってもこの本質というのは今だに理解は出来ていませんが・・・・。

今になって凄く後悔していることがあります。それはフェアレディ1500が、この数年来欲しいクルマのメインの座の一部になりつつあるからです。理由はフェアレディ1500は後部座席がある3人乗りだからです。後部座席は横向で極端に狭く実用性には欠けるのですが、こんな発想のクルマが大好きなのです。

ツードアーでスリーシーターという設計のクルマは数が少なく、僕にとっては凄く興味を抱かされるクルマになります。マクラレーンF1もスリーシーターですが、高額すぎます。そして、もともと僕の好みは小さいエンジンのクルマです。仏車で大好きな3シーターがあって、これの極上物を人生最後の目標にしていますが、いつかご紹介させて頂きたいと思っています。
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同じ号の平凡パンチの記事は、長島さんの結婚式ですから、かなりの時代を感じさせてくれます。
ミケロッティーのコンテッサ・クーペはRRで、これも今乗るととても楽しそうで、パーツの手配にはご苦労していらしゃると思いますが、現オーナーの方がとても羨ましく思っています。
同じRRであったシボレー・コルベアに兄の友人が乗っていたので、会う度にお願いして何度も乗せて頂きました。
フォルクスワーゲン、ルノー、コンテッサ、コルベア、そしてポルシェとRRのクルマが数多く存在していましたが、RRを継続しているのは911だけになりました。
とてもムリがある構造なのだということを、心の隅で思い出しながらステアリングを握ることも時には必要なことだなと、個人的には思っています。
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ロータス49を操るグラハム・ヒル。68年に不慮の事故を起こしたジム・クラークに続き、彼も僕の中でのヒーローだったけれど、75年に自ら操縦する自家用ジェット機が墜落して不慮の事故をしてしまいました。
マクラーレーンがメーカー名でなく、レーサーの名前と聞いて驚くような若さに戻りたいな!
そんなブルース・マクラーレンも70年にグッドウッドで不慮の事故をしてしまいました。
僕にとっては、ロン・デニスのマクラーレンではなくマクラーレンはブルース・マクラーレンそのものだと今でも思っています。

※最初の本文でジム・クラークとグラハム・ヒルを間違えてしまい、、 mipple11さんの助けをお借りして修正させて頂きました。どうもありがとうございました。
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69年に発売された、このアルバムはオークションに出品すると数十万の高値がつく場合もあるけれど、僕の青春は僕だけのものだから絶対に出品なんかしないつもりです。
そんな彼も40歳で人生に幕を下ろしてしまいました。

僕が、その40歳になることなんて、当時はとても想像もつかないことでした。
いつのまにか年上になってしまった僕がここにいます。

by seiuchi-porsche9 | 2006-03-03 00:08 | オールドカー 旧車