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2009年 07月 07日

クルマに乗るということと戦後の日本家屋はWelcomeではないと思う(その3)

前回の続きです。
1897年に、ベンツクーペが、初めて自動車にドアを採用してから、1世紀以上が経っていることは、前回も書きました。
そして、ガルウィングと、スライドドアについては、2回に分けて、書かさせて頂きました。

今回は、クルマで1番多用されている、一般的なドアについて、僕の思うところを、書かさせて頂きます。

先ずは、今回もWikipediaから、ドアという用語を調べてみました。
扉(とびら)、ドア(door)とは一般に建物、部屋や家、自動車・鉄道車両・航空機などの乗り物の出入り口につけられる建具である。
扉の機能は、主に内外を隔てるものであるが、その理由は様々である。
一般の住宅・建築物では風雨や動物・望まれない部外者の侵入を阻むものであるが、乗物では逆に移動中に乗っている者(乗員)ないし物(貨物)が外部に飛び出さないようにするためにも設けられる。
・・・とあります。

(写真はマセラティ ギブリ)
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Wikipediaにも書かれているように、クルマでのドアの機能は、移動中に乗員ないし貨物が、外部に飛び出さないように、するためにも、設けられるとあります。

ドアが無いクルマでは、悪路を走行している時や、コーナーを走行している時などに、何かの拍子で、落ちてしまう可能性は高そうではあります。

(写真はフィアット 31/2HP)
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たしかに、上の写真の、ドアの無いフィアット3 1/2HPよりも、下の写真の、ドアの有るフィアット510のほうが、落ちる心配はなさそうではあります。

(写真はフィアット510)
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でも僕には、ドアの無いフィアット31/2HPのほうが、ドアの有るフィアット510よりも、『乗ってみない!』 と囁いている姿に、思えて仕方がないのです。

下の写真は、フィアット16-24HPというクルマなのですが、ドライバーズシートの1列目には、ドアは無く、後部座席にはドアが有ります。

この時代の貴婦人などは、ドアの有るクローズボディーの後部座席に、座ってみたいと思ったのだと想像しますが、その理由は、このクルマに乗って、目的地である、何処かに連れて行って欲しいという、そんな気持ちが1番強く働いていたからではないでしょうか。

クルマ自体に興味があって、クルマを運転すること自体にも、興味があるとしたら、ドライバーズシートのある、1列目に座りたいと思うのではないでしょうか。

(写真はフィアット16-24HP)
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ただ、僕には、疑問に思うことがあって、クルマ自体に興味があって、クルマを運転すること自体にも、興味があるからといって、単に、ただそれだけの理由で、ドライバーズシートのある、1列目に座りたいという、そんな感情が、自然と湧き出て来るものなのか?、ということなんです。

下の写真は、フィアット・ブレベッティというクルマなのですが、上の写真、フィアット16-24HPを1度見てから、下の写真を見てください。

下の写真のフィアット・ブレベッティは、後部座席の幌を開けていますが、上の写真のフィアット16-24HPと同じように、後部座席にはドアを備えているクルマです。

クルマ自体に興味があって、クルマを運転すること自体にも、興味があるとしたら、ドライバーズシートのある、1列目に座りたいと思う感情が湧き出すのは、このフィアット・ブレベッティでも、同じだと思っています。
でも、下の写真を眺めていると、後部座席でも、いいので乗ってみたいという、そんな自然な感情が、湧いて来ないでしょうか。

少なくとも僕は、下の写真は、上の写真よりも、後部座席に乗ってみたいという、そんな感情が、湧いて来ます。

(写真はフィアット・ブレベッティ)
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このブログを読んでくださっている、皆さま全員が、上の写真を見て、僕と同じように、フィアット・ブレベッティのほうが、フィアット16-24HPよりも、後部座席でも、乗ってみたいと思ってくださるとは、思ってはいません。

でも、きっと何人かの方々は、僕と同じように、感じてくださったと仮定して、話を進めさせて頂きまので、ご了承してくださいませ。

では何故、フィアット・ブレベッティのほうが、後部座席に乗ってみたいという、そんな感情が多く、湧いてくるのでしょうか?

下にもう1枚、写真を載せてみます。
(写真はジャガーSS1・フィクスドヘッドクーペ )
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この写真を眺めていると、1列目のドライバーズシートであろうと、2列目の後部座席であろうと、乗ってみたい!という、そんな感情は、先のフィアット・ブレベッティよりも薄れて来てしまう、そんな自分がいます。

何故、僕は、どの写真のクルマも、大好きなクルマだというのに、こんなふ~に、感じ方が違うのでしょうか?

人間は皆、赤ちゃんで誕生して、母親の乳を吸って、段々と大きく育っていくワケですが、自分の子供の頃を、思い出してみれば、興味を持ったことと言えば、既に面白いこととして、経験したことがあることと(あの人と遊べば楽しいとか、カードは楽しいとか、そういうことは自然と覚えますから)、経験や体験したことがないことであっても、自然と、目に飛び込んで来たものには、興味を持ちました。

たとえば、吠えている大きな犬を見れば、自然と怖いと感じ、ヌイグルミを見れば、何となく、感覚的に、可愛いと感じる、そんな感情は自然と湧いてきたのでしょう。

つまり、フィアット・ブレベッティの写真は、1列目の座席にはドアは無く、2列目の後部座席は、ドアが開いていて、中がよく見えるので、どちらにも自然と興味が惹かれるという、そんなことではないかと、僕的には思えるのです。

極端な例になりますが、たとえば、サッカーに興味のある、そんな少年が居たとして、道を歩いていて、その道沿いのグランドでは、サッカーの試合をしていたとします。
その歩いている道と、グランドの堺に、高く積まれた、コンクリートブロックの塀があれが、サッカーの試合すらしていることも、気付かないカモ知れません。

もし、その歩いている道と、グランドの堺が、ネットフェンスか何かで出来ているとすると、歩いている道からも、良く見えるワケで、その少年は、ネット越しに、その試合が終わるまで、観戦しているカモ知れません。

そして、僕が、もっと強く思うのは、サッカーというもの自体を、全く知らない少年が、同じように、同じ道を歩いていたとしたら、コンクリートブロックの塀の向こうで、サッカーの試合が、行われていれば、サッカーを知っていて興味がある少年と同じように、気付かないことでしょう。
でも、サッカーというもの自体を、全く知らない少年が、同じ道を歩いていて、ネットフェンスの向こうで、サッカーの試合が行われていたとしたら、その少年の目には、自然とサッカーの試合が入って来て、もしかしたら、これを、きっかけに、この少年はサッカーに興味を抱くことに、成るカモ知れないということなのです。

つまり、目に飛び込んで来なければ、興味が湧くという、そんな可能性すら存在し得ない!と、思えるのです。

人間は、知らないことには臆病です。
下の写真は、フィアット501ですが、ドアが開いているにも関わらず、このクルマに乗りたい!という感情が、僕には、全く湧いて来ないのです。
その理由は、僕は、この人達を知らないし、車内が全く見えないので、何となく不安を感じてしまうからなのです。

(写真はフィアット501)
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男は、何歳に成っても、子供なんだと、僕は思っています。
社会人に成ったしても、男の子は、やっぱり、そのまま男の子なんだと思っています。
目に入って来るものには、取り敢えず興味を持つ者なのだと、思っています。


女は、大人に成ると、女性に成るのだと、僕は思っています。
女が、女の子であった、そんな子供の頃は、ドアの有るクローズボディーの後部座席に、座ってみたいと思うのではなく、男の子と同じように、最初に目に飛び込んで来るハズの、ドライバーズシートの有る1列目に、座りたいと思ったことでしょう。

でも、大人に成って、女性に成ると、後部座席のドアが閉まっていようと、そのドアの向こう側にある快適さが、手に取るように想像出来るのでしょう。
その快適さとは、移動の為の快適さであって、クルマを操る楽しさや、加速や減速なんかの性能とは無関係の、居住性の良さで度合を測るという、そんな快適さで有ることが、クルマ好きの男には、なかなか理解出来ないことになるのでしょう。

子供である男は、形で捉えられないと、幸せや安心とかが感じられなくって、女性は、形の無いものに、幸せや安心を求めるという、きっと、そんなことになるのでしょう。
いずれにせよ、男は目に入って来るものに、興味を惹かれやすいのだと、僕は思っています。
言い換えれば、男女問わずの子供と、大人の男は、目に入って来るものに、興味を惹かれやすいのだと、僕は思っています。

若者が、クルマ離れをした!
そんな言葉を、よく耳にするワケですが、クルマに興味を抱かなくなってしまったのは、クルマにも、多少と言うよりも、大きな原因が有るのではないかと、僕は思っています。

これは、あくまでも、僕の持論なので、賛同を求めたりはしませんが、僕は、こんなふ~に捉えています。

下の写真は、初代フォルクスワーゲン・シロッコです。
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そして、下の写真は、1983年型のニッサン・スカイライン2000RSターボ です。
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更に、下の写真は、1985年型のニッサン・サニーです。
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この上の3台のクルマが、格好良いとか、格好良くないとかは、全く別の問題なのですが、この3台のクルマを見てみれば、現在のクルマと大きく違って、クルマの外から車内が、良く見渡せるということに、気付くと思います。

僕は、幼稚園の頃から、クルマが大好きでした。
街中を走り去って行く、そんなクルマを、何時間でも眺めていられました。
そして、僕は、その大好きなクルマを運転している、そんなドライバーの顔や、仕草さえ、同時に眺めていました。

クルマを運転している人の顔や、仕草を、眺めていると、僕も、早く大きく成って、大人に成って、自分で、クルマを運転したいという、そんな気持ちが、自然と湧いてきていました。
僕は、クルマが大好きです!
でも、今、仮に免許を持っていなくって、自ら運転出来なかったとしたら、今でも、クルマが大好きだと言える、そんな自信がないのも、事実なんです。

僕が、子供の頃に、もし、今のクルマのように、サイドウィンドの高さが低くって、左右のドアの上下の高さが高い、車内が一瞬にして見渡せない、そんなクルマばかりが走り去って行く、そんな街中を、何時間も飽きずに、見続けていられるのか、僕には、チョットばかり自信がないのです。

僕にとっては、クルマが馬ならば、ドライバーは騎士のようなものでした。
大人に成って、自動車免許を取得して、騎士に成って、クルマという馬に乗る。
僕は、きっと、こんな感じに、夢を広げていたのだと、今でも思っています。


80年代以降のクルマは、横からの衝突安全性の確保ということもあって、サイドウィンドの上下の高さが、とても小さくなりました。
それは、仕方がないことだとは、思っています。

もう1度だけ、書かさせてください。
男は目に入って来るものに、興味を惹かれやすいのだと、僕は思っています。
言い換えれば、男女問わずの子供と、大人の男は、目に入って来るものに、興味を惹かれやすいのだと、僕は思っています。

子供と男は、自然と目に飛び込んで来て、それが、形で捉えることが出来ないと、受け入れることが出来ないものだと思っています。
クルマという馬しか見えなくって、それを操っている人間の楽しそうな姿が、同時に飛び込んで来なければ、よほど、最初からクルマに興味がなければ、やっぱり、興味を持つハズがないのじゃないかと、僕は思うのです。


形の無いものに、幸せを求める女性は、クルマ自体に、最初から興味が有る女性以外は、クルマには、利便性以外の何ものも、きっと、求めないのではないかと、僕は思うのです。

こんなふ~に、僕は思っているワケですが、こんなふ~に捉えると、今の世の中で、主流で売れている車種にも、何となくではあるけれど、妙に納得してしまうのです。
 
下の写真は、親友T君の356Cです。
(因みにルビーストーンレッドです)
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こうして、サイドウィンドを降ろすと、身近に感じて来ます。
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更に、ドアを開けると、もっと身近に感じて来るハズです。
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だから僕は、クルマにチョットでも興味が有る子供が居た時には、たとえ、チョットぐらいクルマに傷付けられるようなことに成ったとしても、ドアを開いて、車内に入れてあげて、ステアリングやシフトノブや、その子の望み通りの、その全ての箇所を、手当たり次第に、ベタベタと触らせてあげようと決めていて、いつも実行しています。

僕が小さかった、あの頃に、泥だらけの靴で入って、ドライバーズシートに座らせてくれて、爪の間が泥だらけの、そんな掌で、手当たり次第に、あっち・こっちと、触らせてくれた、あの見ず知らずのオジサン達は、申し訳ないけれど、今では、顔も思い出せないけれど、僕の中では、永遠にヒーローなんです。

ムダに年を重ねて来てしまった、今の僕には、世界や、日本を動かせるような、そんなヒーローには、もう成れるハズもなく、こんな、ちっぽけなヒーローにしか、成ることが出来ないのです。
でも、それが、僕には、楽しくって仕方がないのです・・・。
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そして・・。
最後に独りごと。

昔、自分の願いが映り出せる、そんな魔法の鏡を、頼りきって、信じきってている、そんな人に、届いていて欲しいと、心から願っていた時がありました。
つまり、自分の思いや、自分の願いを、誰かに判っていて欲しいと、願っていた、そんな時代がありました。

今の僕に、長男から魔法の鏡が届けられたとしたら、きっと、こんなものが映っているハズと思い、長男に、クルマを買い与えました。
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きっと、彼には、甘い父親として、永遠の思い出に成るのだと思っています。

by seiuchi-porsche9 | 2009-07-07 07:16 | クルマ雑学(クルマ雑談)
2009年 07月 05日

クルマに乗るということと戦後の日本家屋はWelcomeではないと思う(その2)

前回の続きです。
1897年に、ベンツクーペが、初めて自動車にドアを採用してから、1世紀以上が経っていることは、前回も書きました。
そして、ガルウィングについても、前回に書かさせて頂きました。

今回は、ミニバンなどで多用されている、スライドドアについて、僕の思うところを、書かさせて頂きます。

先ずは、今回もWikipediaから、スライドドアという用語を調べてみました。
スライドドアは、自動車の乗降用ドアの一種。
通常のドア(ヒンジドア)は、外へ開閉するが、スライドドアは、車のボディーに平行に開閉する。通常のドアに比べ大きく開き、ボディーに平行に開くためドアを開けてもスペースをとらない。
このような利点から、ミニバンや1BOXカーの後部ドアを中心に多くの車種で採用されている。
日本車で採用され普及したのは1970年代前半に登場したトヨタ・ハイエースとダイハツ・ハイゼットからである。
貨物車(特に軽ワゴン車)は主に両側スライドドア、乗用ワゴンは左側(右側通行圏向けの輸出車は右側)のみ装備が基本であったが、1999年に登場した2代目日産・セレナは両側装備を基本とし利便性が発揮されたことから、他社にも広がった。
日産・プレーリーなどFF車ベースの車両は初期から両側にリアスライドドアを採用していた。
一方、1994年に登場したダイハツ・アトレーが軽自動車で珍しく一部グレードに片側スライドドアを採用し、乗用イメージをアピールした例もある。
・・・とあります。

(トヨタ・ポルテ)
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Wikipediaにも書かれているように、クルマのボディーに平行に開閉するスライドドアは、通常のドアに比べ大きく開き、ボディーに平行に開くためドアを開けてもスペースをとらないので、衝突安全性に関しての問題は別の機会に譲るとして、スライドドアを持つクルマが、今の世の中の主流に成ったとして、不思議ではないようにも思えます。

前回の投稿でも、書かさせて頂きましたが・・・。
僕は、とても変わっている人なので、ドアを開け閉めする、その当事者の、その瞬間、その瞬間の心模様が、何気に、いつも気になっている人であります。
ドアを開け閉めするのは、人間であって、自動ドアでもない限り、主役は人間で、ドアは脇役、あるいは、その瞬間の行為の、目的物なのでないかと思っています。

前回の投稿で、ガルウィングという開閉機構は、街を1日歩いて、何千という建物を目にして、その全ての建物の内部を、こと細かく見学したとしても、目に出来るものではないでしょうと、書きました。
それゆえ、ガルウィングのクルマを目にした時に、新鮮さと貴重さを、多くの人達が感じるのではないかと、僕的には思っていますとも、書かさせて頂きました。

同じように、スライドドアを街中の建物から、探してみようと思います。

スライドドアと機構が違っていても、人間の動作として、扉を横に動かして開け閉めするものを、今回の場合は、スライドドアと同じというように、大きく解釈していますので、この点だけは、御了承してくださいませ。

クローゼットの扉として使われていたりしています。
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扉が閉まっているので、スライドドアの向こうには、何が有るのかは判りませんが、スライドドアの向こうに、居室が有ると想像する人は居ないハズで、何かMONOが収納されている、つまりクローゼットの扉で有ると想像するのが、一般的ではないでしょうか。
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ホテルであろうと、オフィスビルであろうと、分譲マンションであろうと、賃貸マンションであろうと、スライドドアが使われている場合は、殆ど収納の為のドアとして使われいる場合が殆どです。

欧米人にとって、ドアを横に動かすスライドドアという概念は、きっと、大昔から、MONOを収納するドアということになっているのだと、僕は思っています。

僕は、変な人なので、スライドドアのクルマに、乗り込む時の欧米人の心模様を、想像してみようと思います。
家族や友達なんかと、大勢で出かけて行くのは便利だし、開口部が広くって、乗り降りも楽だし、車内も広くって(スライドドアだと車内は必然的に広いハズですから)、クルマで移動するには、このうえなく便利という、そんな感じで方をしているのではないかと、僕は想像します。

そして、スライドドアである以上、車内に入るのは、人間ではなく、MONOであるハズという、そんな無意識の中の意識が、当初は有ったハズだと、僕は思っています。
それが、効率という言葉で装飾されて、ミニバンを筆頭に、自然と受け入れられるように成り、スライドドアは収納の為の扉という、そんな旧い概念が消え去ろうとして、いるのだと思っています。

ただ、この考えは、クルマに対してだけのものであり、こと建物の中で、スライドドアを使用する場合は、そのスライドドアの向こうには、収納スペースが有るハズで、たとえ部屋に使えるほどのスペースが、スライドドアの向こうに有ったとしても、それは洗濯機なんかが置かれているユーティリティルームか、効率優先のバスルームとかのハズで、建物で使われているスライドドアの向こうには、長い時間を過ごす、リビングルームや、ベッドルームや、プレイルームや、パーソナルルームなんかではない、というのが、欧米人にとっての常識なのではないかと、僕的には思っています。

僕は、日本人なので、欧米人のことは全く判らないワケですが、想像するに、スライドドアの向こう側に入って、その中にある、シートに座わって、超時間を過ごすという、そんな行為を取らざるを得ない、スライドドアのクルマには、当初は、かなりの抵抗感が有ったのでは、ないかということなのです。

(シトロエン・ベルランゴ)
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同じくシトロエン・ベルランゴですが、同じスライドドアであっても、窓が有るか無いかで、その印象は大きく違っています。
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スライドドアを、洋式の建物の中で、探してみて、僕は、欧米人にとっての、スライドドアを開け閉めする時の、心模様を想像したワケですが、次に、日本人にとって、同じようにスライドドアを、開け閉めする時の、心模様を想像しようと思います。

前回の投稿で書かさせて頂いた、ガルウィングというドアは、日本の建物、つまり和式の建物には、洋式の建物と同様に、存在しませんでした。

では、スライドドアが使われている、そんな和式の建物の写真を数枚、載せてみます。

誤解を招くといけないので、もう1度書かさせて頂きますが、スライドドアと機構が違っていても、人間の動作として、扉を横に動かして開け閉めするものを、今回の場合は、スライドドアと同じというように、大きく解釈していますので、この点だけは、御了承してくださいませ。

先ずは玄関先。
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玄関内。
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和室続き間。
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和室と日本庭園。
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このように、和式の建物の中で、スライドドアを探してみれば、そこには、スライドドアが沢山使われています。

引き戸は、『日本の文化』と言っても、過言ではありません。

高級な料亭でも、豪華な旅館でも、有名デパートの中に有るような、お寿司屋さんや天麩羅屋さんであっても、その店が、高級に成れば成るほど、引き戸が使われている箇所が、多くなっています。
それほど、日本人にとっては、引き戸は、受け入れやすく、日本特有の和を感じさせてくれるモノでもあります。

言い換えれば、ドアを見慣れた、今の日本人にしてみれば、引き戸をみると、和を感じるということになるのカモしれません。

欧米人にとって、スライドドアは収納の為の扉と書いたワケですが、面白いことに、和室で収納を目的とする押入れの扉も同じく、スライドドア(引き戸)ではあります。

欧米人にとっては、建物の全てがドア(一般的に言うところのドア)で間仕切られていている、と言っても過言ではなく、スライドドアが使われる箇所は、収納目的の場合が、殆どということになりそうです。

それに対して、日本人は、玄関から入る時も、廊下から部屋に入る時も、部屋から部屋に入る時も、広縁もしくは、部屋から庭に出る時も、押入れから布団を出す時も、その全てが、引き戸を利用していたと言っても過言ではないワケです。

仕組みの違う、ドアとスライドドアを使い分けていた欧米人は、とても賢くも思えたりしますが、日本人も負けてはいなくって、押入れや、個室の間仕切りに使われる襖、外部からの光を入れる障子、外部からの侵入者や風雨から守る雨戸と、同じ仕組みの引き戸であっても、仕上げの方法を何種類にも分けています。

(余談ですが、僕は写真のように照明器具が曲がって取り付けられていると夜も眠れなくなるタイプではあります)
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ガラスをはめ込んだ、障子が登場するのは、かなり後の時代に成るのですが、下の写真のように、障子の下の部分が、上下に移動して、ガラスを通して、外が見れる障子を 「雪見障子」 と言います。
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下の写真も、同じく 「雪見障子」 ですが、障子の上の部分が、上下に移動して、ガラスを通して、外が見れる障子を 「月見障子」 と言うのですが、雪見と月見と言うような、なんとも風情の有る、この感覚は、日本人特有のものに感じて、僕は誇りにさえ感じます。
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こんなふ~に、日本人にとっては、スライドドア(引き戸)は、とても受け入れやすいモノであったハズなのですが、僕を含めて、そんな純和風だった、日本人の生活様式だけを知っている人は、既に居ないワケで、和洋折衷と言うよりも、殆ど欧米化していると言っていい、現在の日本人にとっては、舶来品である自動車には、最初からドアが付いていて、スライドドアの自動車には、多少の抵抗感があったのカモ知れません。

それでも、僕は、スライドドア(引き戸)に対する、欧米人と日本人の思いは、大きく違っていると思っているので、日本人のほうが、受け入れやすかったとは、思っています。

欧米人にとって、スライドドアのクルマは、収納の扉という概念があるハズなので、クルマ側から「Welcome」 と決して言っているワケではないと、欧米人が感じているハズだという、そんな確信に近い自信だけは、僕にはあります。

下の写真は、嫁入り時に使用していた、江戸時代の駕籠で、乗降口が垂れに成っています。
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下の写真2枚は、大名などの身分が高い方の駕籠で、乗降口は引き戸で出来ています。
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自動車は、「馬車文化」が有ったからこそ、誕生したのは、百も承知しています。
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それゆえ、自動車は、「駕籠文化」で有った、日本では誕生し得ぬモノで有ったことも、百も承知しています。

百も承知しているにも、関わらず、僕の想像の世界は広がっています。
もし、カール・フリードリヒ・ベンツではなく、日本人が、自動車を発明していたとしてしたら、そして、世界で初めて自動車にドアを採用したのが、1897年のベンツクーペではなく、日本人の生み出した自動車だったとしたら、そのクルマのドアの仕組みは、きっと一般的なドアではなく、「引き戸」になっていたハズと、僕は確信しているのです。

そして、世界で最初に引き戸が付いた、そんな自動車を見て、欧米人は、クルマ側から、「Welcome」 と決して言っていると思うどころではなく、引き戸そのものに、きっと、拒絶反応を示したと、僕は想像しています。
そして、何故か、日本人だけは、クルマ側から、「Welcome」、すなわち「いらっしゃいませ」 と、言っているように聞こえていたのではないかと、僕は想像するのです。

つまり、欧米人にとっての引き戸は、収納の扉という概念であって、そこから出入りすること自体が、「Welcome」とは、到底思えないハズで、対する日本人にとっては、玄関の引き戸を開けて、料亭の仲井さんや、女将さんが、「Welcome」、すなわち「いらっしゃいませ」 と、言っているように聞こえるハズで、欧米化する前の、そんな日本人であったならば、引き戸のクルマは、とても受け入れやすいクルマで有ったと、僕は想像しています。

仮に、自動車にドアを最初に付けたのが、日本人であったとしたら、上に掲載させて頂いた、大名駕籠2枚目の写真のように、引き戸と上に開く扉を組み合わせるという、そんな知恵を取り組んだクルマを、考え出していたカモしれないとも、思えるのです。

引き戸ではなく、ドアに慣れてしまった、日本人にとって、スライドドアのクルマを、受け入れるという、そんな気持ちは、千差万別なのカモ知れません。
(仮に自動車の最初のドアが引き戸であったとしたら、高性能の引き戸のスポーツカーも登場していたカモ知れないワケで、スポーツカーという、そんな先入観も大きく違っていたのカモ知れないのですが、やっぱりドアの方が都合が良さそうではあります)

いずれにせよ、欧米人にとって、出入りするのはドアという概念は不変そうで、アメリカのホームドラマなんかで、よく見られる、玄関ドアを開けて、「Welcome」と、友達の家族なんかを、迎い入れている、そんな光景も浮かんで来るワケで、ドアとは、「Welcome」という言葉と、なんとなくではあるけれど、マッチしている、そんな関係が、僕的には思うのです。

ドアとは、そんなふ~に、暖かく、「Welcome」と迎えてくれるMONOであるのに、自動車のドアに対しては、僕はそうは思えないのです。
次回は、最終回として、自動車の一般的なドアーについての、独断と偏見を書かさせて頂こうと思っています。
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by seiuchi-porsche9 | 2009-07-05 06:55 | クルマ雑学(クルマ雑談)
2009年 07月 04日

クルマに乗るということと戦後の日本家屋はWelcomeではないと思う(その1)

1897年に、ベンツクーペが、初めて自動車にドアを採用してから、1世紀以上が経っています。



Wikipediaで、ドア(door)という用語を調べてみると・・・。
一般に建物、部屋や家、自動車・鉄道車両・航空機などの乗り物の出入り口につけられる建具である。
戸(と)とも言うが、扉は開き戸、戸は引き戸の事を指す事が多い。
こういった扉の機能は、主に内外を隔てるものであるが、その理由は様々である。
一般の住宅・建築物では風雨や動物・望まれない部外者の侵入を阻むものであるが、乗物では逆に移動中に乗っている者(乗員)ないし物(貨物)が外部に飛び出さないようにするためにも設けられる。
人や物の出入りを主目的しない建物の開口部は窓に分類される。
・・・とあります。

Wikipediaで書かれているだけあって、「な~あるほどね!」と思うことばかりではあります。
Wikipediaだけではなく、ネット検索をして、ドアについて、色々と調べてみたのですが、そのどれもが、ドアに関しての機能性を説明するものばかりでした。

僕は、とても変わっている人なので、ドアを開け閉めする、その当事者の、その瞬間、その瞬間の心模様が、何気に、いつも気になっている人であります。
ドアを開け閉めするのは、人間であって、自動ドアでもない限り、主役は人間で、ドアは脇役、あるいは、その瞬間の行為の、目的物なのでないかと思っています。

だから、僕は、自動車に限らず、あらゆる場所で使われて、街を1日歩けば、何百と遭遇する、そのドアの開閉の仕方に、とても興味があるという、そんな変わった人であります。

クルマのドアで、例えてみますが、ガルウイング(因みにカモメの翼という意味ですが)のクルマがあります。
ご存知の通り、ガルウイングは、メルセデス・ベンツ・300SLが、1954年に市販車として、初めて採用したもので、メルセデス・ベンツ・300SLというクルマ自体が、鋼管スペースフレームという構造上、ガルウィングにしなければ成らなかったという、そんなクルマでもありました。

支持金具(丁番)はルーフに2ヶ所あるメルセデス・ベンツ・300SL。
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その後、トヨタ・セナやマツダ・オートザムAZ-1などの、国産車にも採用されましたが、ガルウィングといえば、スーパーカーという、そんなイメージが定着していると、僕的には思っています。

またまた余談ですが、トヨタ・セナのガルウィングの支持金具(丁番)は上(ルーフ)と横(本来のドア取り付け部)の2ヶ所で、後々に登場した、マクラーレンF1や、エンツォ・フェラーには、セナと同様な方法が採用されています。
それゆえ、トヨタ・セナには今でも惹かれている、そんな僕ではあります。
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下記は、僕の大好きなマクラーレンF1の写真ですが、やっぱり欲しいクルマNO1の座は、死ぬまで変わらなそうでもあります。
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ただ、ドアを開けた時には、支持金具(丁番)が、1ヶ所のほうが格好良いと、僕的には思っています。

ランボルギーニ・ムルシエラゴ(因みにコウモリという意味)
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いずえにせよ、ガルウィングは、ガスダンパーが劣化すると、開閉操作が重く成ってしまうということもあって、開閉頻度が多い(つまり使用頻度が高い)ファミリカーには不向きな構造ではあります。
そして、何よりも雨が降ったら、乗り降りに支障もきたすし、車内は雨水で、水ビタシに成ってしまいます。
それゆえ、使用頻度が多いクルマへの採用は、不可能と言っていいほど、独特の構造のドアではあります。

ガルウィングに関して、今まで書いてきたことは、機能面ばかりで、僕の本来の書きたいこととは、ズレテはいます。
僕は、このガルウィングを開け閉めする、その瞬間の人間の心理状況、そんなことに、興味があるワケですから・・・。

ガルウィングという開閉機構は、街を1日歩いて、何千という建物を目にして、その全ての建物の内部を、こと細かく見学したとしても、目に出来るものではないでしょう。
それゆえ、ガルウィングのクルマを目にした時に、新鮮さと貴重さを、多くの人達が感じるのではないかと、僕的には思っています。

華のあるクルマという言葉が有るとすれば、僕的には、ガルウィングであるクルマが、1番先に思いつくのは、そんな理由かも知れません。

この注目されるであろう、ガルウィングのクルマは、所有すること自体が喜びであり、それを操ることの喜びでもある、と僕的には思っています。

ガルウィングのドアを開いて乗りこみ、そしてドライバーズシートに、潜り込むように座り、更に手を大きく伸ばして、ガルウィングのドアを閉めるというのが、このガルウィングに乗る時の、一般的な動作です。

以前に僕は、カウンタック(アニバ)と、生活をしたことがあるので、僕の書くことは、それほど大きくは、ズレテはいないハズと思っているということを、大前提に書かさせて頂きますが、この手を伸ばして、ガルウィングのドアを閉めるという動作は、「さあ、これから運転するぞ!」という、そんな無意識の中での感情が、1番大きく感じられるクルマだったであったと、今でも思ってはいます。

つまり、ガルウィングのドアの開け閉めは、ガルウィングでなく、どんなクルマのドアの開け閉めよりも、大きな動作を、必要とするワケで、乗り手である、この僕が、「さあ、これから運転するぞ!」という、そんな自覚の無い、そんなハッキリした意識が、ガルウィングのドアを上に持ち上げるという、そんな動作をする前に、既に出来上がってしまっているという、そんなクルマであったと思っています。

僕は、カウンタックと一緒に生活をしていた頃、片道150キロぐらいの場所にしか、ドライブに行った記憶しか、残っていないのですが、「さあ、これから運転するぞ!」という気持ちと、「今こそ、運転しているぞ!」というような、そんな感覚が、コクピットに納まっているだけで、とてつもないほど、強く感じられて、短距離を走るだけであっても、僕に、大きな満足感を与えてくれていたからなのだと、今でも思っています。

これを僕的な視点で、捉えさせて頂ければ、それは、買い物をしに乗って行くとか、何処かの観光地を訪れるとか、つまり、何かにしろ用事という目的があって乗るのではなく、クルマを運転するぞ!という、そんな目的だけで、乗っていたクルマであったと思っていて、これを、僕的な方法で直訳すれば、クルマが主役で、僕は脇訳で、つまり、全ての主導権はクルマが握っていて、僕は、そのクルマの全ての操作方法が、僕に合おうと、合うまいと、そんなの関係ないと、言い切っている、そのクルマ自体が発している、クルマからの一方的な主張や、僕に合わせようとは決してしない、その横柄な態度が、何よりもの魅力だったのだと、思っています。

つまり、ガルウィングのクルマは、乗り手に対しては、「Welcome」 と決して言っているワケではなく、乗り手であった僕の、乗りたい!運転したい!という、そんな強い意志が、先ずは最初に存在しているワケで、これを第三者的な目で眺めてみれば、きっと僕は、『クルマを運転させてください!』 と、あくまでも、乗り手である僕が、受け身に成っているとしか思えないハズで、実は、このことこそが、僕にとっては、ガルウィングのクルマを所有して、そしてガルウィングのクルマを運転するということに関しての、最大の魅力に成っていたのではないかと、思っています。

ただ、誤解して欲しくないのは、クルマを運転するということに関する魅力とは、クルマを運転して楽しむという事とは、上手に説明は出来ないのですが、僕の中では、全く別の次元の話ではあります。

僕の独断と偏見が許されるならば、クルマを運転することに関する魅力があるクルマとは、スーパーカーの部類を指し、運転して楽しむクルマとは、小排気量のライトウェイトであるクルマを指しているようです。
今現在の僕の思うところは、そういう位置づけなのではないかと、思うのです。

そんなふ~に思っている僕ではあったので、カウンタックで街中を走るということは、街中自体が、クルマを運転することに関する魅力を発揮する場所には、どう考えても思えなくて、カウンタックで街中を走るということは、それは単なるビラカシにしか思えなくって、とてつもなく格好良くないないことと思っていて、どんな使い方、どんな乗り方をすれば、格好良く見えるのだろうと、常に考えて乗っていたクルマでもありました。
そして、僕が得た結論としては・・・クルマが殆ど走っていない場所を走る・・・という、ことでありました。

先に書かせて頂いた、街中を見渡せばガルウィングはという、そんなクダリなのですが・・。
病院やエステに使われている機材にも、クルマのガルウィングを想像出来るものも有るような気はしています。
でも、病院を例にすれば、先生であっても、看護師さんであっても、カプセルを開け閉めする動作をする時には、「今から検査するぞ!」という、そんな意識がハッキリ有るワケで、カプセルの中で横たわっている患者さんにしてみれば、『今から検査されるぞ!』という、そんな意識がハッキリと有るワケです。

(画像はエステの酸素カプセル)
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僕は、ドアというものは、その開け閉めする、その動作の大きさが、大きければ大きいほど、その大きい動作のドアを、取り囲む人達の目的意識が、ハッキリしていると、そんなふ~に思えて成らないのです。

映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」では、デロリアンが使われているワケですが、デロリアンのガルウィングを見て、「クルマをタイムマシンにしよう」、という発想が浮かんだという話は有名ですが、それはガルウィングの動作の大きさに、無関係であったとは、僕的には思えないのです。
(因みに「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で当初に考えられていたタイムマシンは冷蔵庫です)
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そして、僕が思うところのガルウィングのクルマとは、ガルウィングが開いている時には、大きく手招きして「Welcome」 と言っているようには見えるけれど、ドライバーズシートに座って、大きく手を伸ばしてガルウィングを閉める大きな動作からして、やっぱり、決してクルマからは、「Welcome」と発していないのではないかという、そんな結論になるのでした。
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次回は、スライドドアーについての独断と偏見を書かさせて頂こうと思っています。

by seiuchi-porsche9 | 2009-07-04 13:04 | クルマ雑学(クルマ雑談)
2008年 09月 28日

本当にあった怖い話!

今は・・・夜中の3時10分過ぎです。
世間では、夜会だのG500納車だのと、楽しそうなワケですが・・・(笑)

対する僕は・・・。
昨夜は、お通夜に行き・・・。
そして、今は・・・。
月曜日の午前中が、期限の仕事をしています。

そして、チョット記憶が曖昧そうなので・・・。
調べたいことが起きてしまい、探しモノをしていました。

ダラシガない僕なので・・・。
僕の仕事場は、部屋中がゴミ箱のように、色々なモノが飛び散らかっています。

そして、30分ほど探し続けて、やっと見つけました。

そして、偶然、こんな日に焼けた1枚の紙も、見つけました。
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これは、97年か98年頃に、僕が描いた、なんとも下手なイラストです。
多分、ツーリングの幹事をやって、そのツーリングの「案内しおり」の表紙にでも、使ってみようと思い、描いたような記憶があります。
(たしか東京オフの時に、伊豆の地図でも、こんな落書きをしていたと思いますが)

ナントモ下手くそに、描かれているポルシェは、友達と僕の、当時の愛車です。
僕の愛車が993RSで描いてあるのと、ジョークでパトカー風に描いたポルシェが、横浜在住のN君の993カレラSなので、993カレラSが登場した97年以降で、僕の993RSが95年8月から99年3月までの所有なので、97年から99年の間に、描いたのだと思います。

一番上に大きく、986ボクスターが描かれているワケですが、当時は、986ボクスターが愛車だった、友達が居ないので、多分、986ボクスターがデビューしたばかりで、一番ホットな話題だったから、描いたようです。

986ボクスターの登場は、97年からなので、993カレラSの登場と、同じ西暦になります。

そして、右上に小さく描いてあるのが、996カレラのようです。
996カレラが、正式に販売が開始されたのが、98年なのですが、仮に、正式に販売されていたとしたら、996カレラを、もっと大きく描いたと思うので、僕が、このイラストを描いたのは、97年の冬か、98年の春先のようです。

僕は、こんなふ~にして、過去の出来事を思い出すワケですが、テレビの深夜放送で、映画(洋画・邦画を問わず)を見ても、(旧車好きなので)クルマが登場してくれば、大よそ、何年頃に作られた映画だということが、判ります。

だから、どうだというワケではないのですが、僕の思考回路は、どうしても、無理やりにでも、クルマと女の子に、結びつけてあげないと、動きが鈍感のようです。

こんな、どうでも良いようなことを、何故、長々と書いているのか?
・・・というと。
早い話が、仕事に、少しばかり厭きてしまっているからなのです。

そんなワケで、30分間の休憩で、投稿してみようと思ったワケです。

それにしても、もう少し上手に描けないものなのでしょうか?
・・と、チョットばかり、自分が悲しくなっています。

下の絵は、『彼女のカレラ』 の麻宮騎亜先生が、描いてくださった我が愛車なのですが、やっぱりプロって、素晴らしいな~あと、改めて実感した次第です。
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さて・・・。
今回の投稿のタイトルなのですが・・・。

探しモノをしていると、ロクなことしか、頭に浮かばないようで・・・。
こんな夜中に、独り机に向い、眠気と闘いながら、イヤイヤ仕事をしていると、なんか「本当にあった怖い話!」を、僕が実体験してしまいそうで、なんか、とても怖いな~あと、僕が、そう感じてしまったからなのです。

だから、「本当にあった怖い話!」 というタイトルは、単なる思い付きのワケです。
といって、これで終わらすのも、ツジツマが合わない気がするので、何かを書きます。

3分間ほど、今、考えていたのですが・・・。
怖い話かどうかは別にして、今までの僕の人生の殆どが、クルマとの戯れであったワケで、やっぱりクルマのことを書くことにします。

以前に、『周り回って!(今は昔)』 というタイトルで、学生時代にバイトしていた、あの中古並行専門の怪しいクルマ屋での体験談を書いたことがありました。

その時は、「2個1(ニコイチ)という言葉は有名ですが、現実には3個1(サンコイチ)もあれば、このように5個5(ゴコゴ)もあります。」というように、店頭に並べる商品(中古車)の仕上げ方を、書かさせて頂きました。

バイト時代から通算してみれば、もはや1000回以上の、クルマの売買を見て来ているワケで、やっぱり、沢山の思い出深き出来事がありました。

今回も、そんな話を書いてみることにします。
ただし、そんな怖い話ではありませんから・・・。

★「本当にあった怖い話」★
話は、今から10数年ほど前に遡ります。
僕の新友にA君という人がいました。
(今でも新友ですが)
当時、A君は、とある輸入車に乗っていました。
その輸入車は、純粋な意味でのスポーツカーでした。

そのスポーツカーを、B車と呼ぶことにします。
A君は、たしか、このB車に4年ほど乗っていたと記憶していますが、B車とは違うメーカーの輸入車が欲しくなりました。
A君が、欲しくなったクルマを、C車と呼ぶことにします。

つまり、A君は、B車からC車に乗り換えることになったワケです。
そこで、A君は、C車を販売しているディラーから、C車を買うことにしました。
そして、今までの愛車であったB車を、そのディラーに引き取って貰うことにしました。

つまり下取りに出したワケです。
そしてA君は、念願叶って、C車を手に入れ、乗りまわしていました。

C車が納車されてから、数週間経った、そんなある日・・・。
A君は、とある自動車雑誌を見ていました。
その自動車雑誌には、A君が、かって乗っていた、B車の写真が乗っていました。
つまり、その自動車雑誌には、とある中古車屋さんの広告が載っていて、その広告に、A君のかっての愛車であった、B車そのものが、載っていたというワケです。

A君は、かっての愛車であった、B車が懐かしくなって、そのクルマ屋さんに行きたくなりました。
(余談ですが、かっての僕も、964カレラ2を手放した時に、八王子にあったミツワ自動車の 「中古車展示場」 に並べられている、その964カレラ2の姿を、ひと目見たくなって、見に行ったことがあるので、そんなA君の気持ちは判るような気がします。)

そしてA君は、かっての愛車B車を見に、その中古車屋さんを訪ねました。

彼は、自分の愛車を見に来たと、告げるのも不思議な気がして、お客さんを装い訪れました。

A君のかっての愛車は・・・。
その、お店のショールームの中央に、綺麗に磨かれて、展示されていました。

そのプライス・プレートを見てみれば、A君が手にした金額とは、かけ離れた金額が書かれているのは、これが商売ですから、当然のことと、A君は受けとめました。

そして、A君の息が止まってしまうほど、A君を驚かせてしまったのも、このプライス・プレートでした。

詳しい数字は、あえて書きませんが、そのプライス・プレートに書かれた、B車の走行距離は、A君が手放した時の半分ほどになっていました。

A君は、とても驚いたワケですが、ナントA君は、このB車に興味があることを伝えて、そのクルマ屋さんと商談を始めました。

A君は、こと細かく書かれた整備記録簿と一緒に、B車を手放しています。
だから、商談をしながら、その整備記録簿を見てみようと思ったワケです。

商談も進み、如何に、このB車というクルマが、程度の良いモノかという、そんな話を延々と、聞かされ、ワンオーナーで極上モノですから、絶対お買い得だと、勧められます。

極上なのか、何処かに不具合があるかは、A君が、世界で一番知っているワケですから、この光景は、まるでドラマです。

でもドラマではなく、本当のお話なワケです。
そして整備記録簿を見せてくださいと、A君はお願いしました。
そして、見せられた整備記録簿は、ペラペラの紙が数枚でした。

つまり、納車直後に受けた整備の記録だけが数枚でした。
そして、その数枚の整備記録の紙は、全てコピーのものでした。

不思議に思ったA君は、コピーであることの理由を尋ねたワケですが・・・。
『前のオーナーさんが、とてもクルマに愛着があったらしく、思い出にと、整備記録簿を手放さなかったので、コピーだけさせて頂いております。それほど、前オーナーさんが愛着を注いだ、おクルマですから・・・』

ここまで会話を進めてしまえば、今更、「このクルマは僕が乗っていたクルマです!」なんって、言える雰囲気ではなくなっていて、この、お話しは、これで終わりです。

今にしてみれば、A君ではなく、僕がとても後悔していることがあります。

このクルマ屋さんに、A君に内緒で行って・・・。
「僕は10万円で何も喋らなくなります!」
・・・と伝えてこなかったことです(笑)
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さて、お仕事しますが、なんか、どうでも良いような話題で、ゴメンナサイです。
でも、なんです。
ご希望があれば、この手のお話は、まだまだ有りますよ・・・・。

追伸・30分投稿で終わってないみたいです(さあ頑張りますね!)
    皆さまのブログには、後ほどお邪魔させて頂きますので宜しくお願いいたします。

by seiuchi-porsche9 | 2008-09-28 03:48 | クルマ雑学(クルマ雑談)
2006年 10月 22日

算数だけでも!(Crippled Inside )

オーバルレッスンに参加したことは、前回に書きました。
オーバルレッスンのことは、これで終わりにしようと思っていました。

ここで終わらなくなってしまうのが、僕のとてもクドイところなんです。
というのは、このコースを眺めてみてください。
今回の、オーバルレッスンに使用されたコースです。
縦方向の数字は、144メートルです。
横方向の数字は、56メートルです。
つまり、28Rのコーナーが2つと、88メートルのストレートが2本組み合わせられた、オーバルコースでした。
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僕は、このオーバルコースを走っている時には、ストレートの方がはるかに距離があるものだと思って、走って来ました。
実際に走って感じていたことは、ストレートでスピードを乗せて、コーナー手前でトレイルブレーキをして、イーブンスロットル(加速も減速もしない状態)でコーナーを抜けて、立ち上がりながら、スピードを増してストレートを抜けていく・・・・この繰り返しが上手に出来ないかったと書きました。

今更ながら、多分、僕だけなのでしょうが、ハタと気付いたことがありました。
このオーバルコースは何メートルあるのかと、疑問に思った時に、今更ながら、多分、僕だけハタと気付いたのでした。

ストレートは、88メートル。
コーナーは、87.92メートル。
ストレートは、88メートル。
コーナーは、87.92メートル。

当たり前のことなのですが、つまり、これの繰り返しなんですね。
僕が、ハタと気づいたことは、ストレートとコーナーの長さが殆ど同じだったということでした。

88メートルのストレートを走行して、その後に、87.92メートルのコーナーを抜けていたという感じではなく、88メートルのストレートを走行して、その後に、50メートルのコーナーを抜けていたという感じでいました。

このオーバルコースの全長は、
ストレートが、176メートル。
コーナーが、175.84メートル。

つまり、全長は351.84メートルで、コーナーとストレートの比率が、殆ど50対50だったということに、僕は今更ながら、ハタと気付いたのでした。

コーナーでの限界速度を覚えるということが、いかに大切なことなのかを再認識するとともに、コーナーは、ストレート換算すると、思いのほかに長いということを、今更ながら気付いたのでした。

このオーバルコースをインベタで走行して、20秒フラットで廻ろうとすると・・・。
351.84メートル=20秒ですから、
351.84メートル÷20秒×3600=63.3312km
つまり、必要な平均速度は、約63.3キロになります。

18秒で廻ろうとすれば、
63.3312km÷9×10の計算の方が早いので、
約74.3キロの平均速度が必要になります。

16秒で廻ろうとすれば、
同じく、63.3312km÷8×10の計算の方が早いので、
約79.1キロの平均速度が必要になります。

コーナーを走行できる限界速度を60キロと仮定して、コーナーの入り口からコーナーの出口までの全てを、60キロ維持で走行出来ると仮定すると、
速度60キロの1秒間に進む距離は、16.6666・・・ですから。
16.67に切り上げて考えると・・・。
2つのコーナーは、175.84メートルですから・・・。
175.84メートル÷16.67メートル=約10.5秒です。

20秒を目標にすれば、ストレートについやせる時間は、9.5秒です。
18秒を目標にすれば、ストレートについやせる時間は、7.5秒です。
16秒を目標にすれば、ストレートについやせる時間は、5.5秒です。

2本のストレートの合計の長さは、176メートルですから、
176メートル=9.5秒は、時速66.7km
176メートル=7.5秒は、時速84.5km
176メートル=5.5秒は、時速115.2km
これが、必要な平均速度です。
実際には、ストレート1本の88メートルの立ち上がり速度と、ストレートエンドの速度が、60キロと仮定されているので、ストレートの最高速度は、かなり必要になります。

コーナリングの限界速度が60キロから、65キロや70キロに上げることが出来れば、ストレートでの必要速度は下がっていくことになるし、コーナリングの限界速度が下がれば、ストレートでの必要速度が上がっていきます。

この計算はインベタの最短距離での計算です。
実際に、アウト・イン・アウトの軌道をとれば、1周での走行距離は伸びていくので、平均速度は更に上がっていきます。

このオーバルコースで、(アウト・イン・アウトのライン取りをして)、いかにストレートを長くとるライン取りをして、コーナーは短く、そのクルマの持つ限界速度で抜けていく・・・・今更ながら、コーナー手前でトレイルブレーキを使って限界速度に合わせて、イーブンスロットル(加速も減速もしない状態)でコーナーを抜けて、立ち上がりながら、スピードを増してストレートを抜けていくという大切さを知りました。

頭の中では、理解できても、実際にはどうしようもないのですが、それでも頭の中だけでも、判ろうとしています。
こういう無駄な抵抗から始めてみようと思っています。
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腕もないのにオーバルを間違えて、着用しなかったので、モテギで記念撮影だけしてきました。

by seiuchi-porsche9 | 2006-10-22 03:09 | クルマ雑学(クルマ雑談)
2006年 09月 10日

Paranoidその②(情熱☆熱風■せれなーで! )

前回は、こんなことを書きました。

クルマは壊れて、自分の思い通りにならないものだと思って来ました。
自分の思い通りにならなくて、時として、ご機嫌をそこねるのが、クルマの魅力だと思って来ました。
オーバーヒートと、エンジンブレーキという、自動車用語を子供の頃に、自然に覚えたとも書きました。

18歳で免許を取得した僕は、オーバーヒートという事態を、何度ともなく経験してきました。
最初の経験は、父の会社にあった日産チェリーGL1000でした。
日産チェリーは、チェリー・クーペ・X-1が、名車として今でも有名です。
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チェリー・クーペ・X1の上級車種には、リベット留めのオーバーフェンダーが、標準装備された、チェリー・クーペ・X-1Rというものがありました。

この日産チェリー・クーペ・X-1Rとは、チョットした縁があって1ケ月ほど乗っていました。
1ケ月という短い付き合いだった理由は、斜め後方の視界が悪いどころか、視界ゼロと言ったほうが判り易いような視界の悪さからでした。

独特のクーペ形状のスタイルに加えて、更に悪いことには、その日産チェリー・クーペ・X-1Rには、新車オプションにあった、大きなバイザーが、リアガラスの全面に取り付けられていました。

このクルマのリアガラスは、大きくて、そして勾配も強く、ほぼフラットというものでした。
そのリアガラスに、ブラインドのような黒いバイザーが取り付けられていました。

ドライバースシートに座って、後方で確認出来るものは、リアガラスに取り付けられた、黒いバイザーのスリットの隙間から、垣間見れるものが、後方視界の全てという感じでした。

リアガラスの縦方向の寸法が小さく、後方の視界が良くないクルマは沢山あります。

当時の僕の経験の範囲だけですが、ロータス・ヨーロッパも。後方の視界が良くないクルマでした。

僕が譲って頂いたロータス・ヨーロッパは、ルーフの前方に小さな四角い穴が開けてあり、その四角い穴に潜望鏡が取り付けられていました。
前オーナーが、47GTを真似して、色々と改造してありましたが、今の資料では潜望鏡は見当たりません。
このロータス・ヨーロッパは、とても楽しいクルマであったと同時に、楽しいほど壊れました。
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この潜望鏡は、ルーフに取り付けられたミラーに映る後方の視界を、室内のミラーに反射させて、映し出すという原始的な方法でした。
でも、今後、ロータス・ヨーロッパを手にするようなことが、仮にあったとしたら、真っ先にイジッテしまいそうなくらい、お気に入りでした。

ランボルギーニ・ガヤルドのリアガラスの高さが、あと5センチほどあったら、現在市販されているスポーツカーの中で、僕の理想のスポーツカーの首位に躍り出てくることは、間違いがないことだと思っています。
僕は、それほどまでに、ランボルギーニ・ガヤルドは気にいっています。

ランボルギーニ・ガヤルドは、親友M君の黄色のガヤルドを、かなり運転させて貰っているので、次の機会にでも、大好きな、ランボルギーニ・ガヤルドについて、触れてみようと思っています。
(実は、5月に行った、p96993rsさんの993RS、M君のガヤルド、僕の996初期型GT3の乗り比べについて、今だに書いていません。もう9月ですね!)
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チェリー・クーペ・X-1Rのリアガラスは、ドライバーズシートから離れたところにあります。

ストラットが入って、視界がよくないリアガラスが、ドライバーズシートから離れたところにあるという状況は、ミッドシップのように、高さがないリアガラスを、ドラーバーズシートに近い後方に設置されている状況よりも、後方の視界は悪くなります。

住宅の窓ガラスに取り付けられたブラインドの、その隙間は近くで見た時と、離れてみた時とでの、透視度は大幅に違います。
それと、同じ現象が、クルマのリアガラスでも起こるワケです。

更に、チェリー・クーペ・X-1Rは、リアガラスの傾斜が緩いので、水はけは良くなく、汚れ易くと・・・後方の視界に関してだけは、絶望的なクルマとして思い出に残っています。
こんなことならば、思い切って黒いバイザーを取り外して、乗っていたらと、凄く後悔しています。

チェリークーペ・X-1Rのエンジンは、日産自動車の名機A12搭載車です。
現代の前輪駆動からは、想像も出来ないような、もっと荒々しい前輪駆動特有のクルマなのですが、フロントタイヤをキューとホイールスピーンさせて、スタートして行く、あの感覚は、今、思い出しても、ゾックとする最高のものでした。

最近は、チョット走っただけで、FFだと判るクルマがなくなってしまいました。

それは、FFというクルマに対する自動車技術の進歩ということなのでしょうが、100馬力もないエンジンで、1トンにも満たない軽めのボディーを、フロントタイヤでグングンと引っ張っていく、あのFRとは、全く別物の感覚を与えてくれた、こんなFFのクルマがあった時代を知っていることは、とても嬉しいことだと思っています。

アルファロメオ147GTAは、僕が大好きだったFFらしさが、今だに漂っているクルマだと思っています。

アルファロメオ147GTAは、往年のFRでないアルファロメオなので、本来ならば、僕の好みとするアルファロメオとは、異なっています。
それでも、アルファロメオ147GTAのステアリングを握るのが楽しくって仕方がないのは、僕の意に叶ったFFのクルマだからです。

アルファロメオ147GTAのステアリングを握り、フル加速します。
シフトアップした瞬間に、ステアリングの握りを緩めると、一瞬何処に飛んで行くのかが判らなくなります。
アルファロメオ147GTAの、あの感覚が、僕の心をくすぐり続けています。

アルファロメオ147GTAのエンジンは、フロントタイヤより前方ぎみに重心があります。
つまりエンジンが、フロント・オーバーハングして載せられています。
フロントが重くて、リアが軽めという、判り易い仕組みです。

僕は、アルファロメオ147GTAを、バックギアに入れて、フル加速をしたことが、何度かあります。
アルファロメオ147GTAを、バックで逆さまに走れば、往年の空冷911の走りに似ているのではないかと、試してみたのですが・・・バック走行では、判りませんでした。
こういう遊びが、僕は大好きなのですが、アルファロメオ147GTAは、往年の空冷911を逆さまに走らさせたクルマだと、今でも思っています。
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日産チェリーは、日産自動車で初となる、エンジンが横置きの前輪駆動車でした。

初代チェリーは、1リッターのエンジンと、1.2リッターのエンジンの2本立てで登場しました。
チェリーGL1000は、字の如く、1リッターのエンジンを載せた、2ドアーセダンでした。

僕が乗っていた、チェリーGL1000は新車だったのですが、チョットした渋滞に巻き込まれてしまうと、水温計はどんどんと上がって行き、120度もあっという間に過ぎ、最後には水温計も振り切るというクルマでした。
そのままの状態でいると、ボンネットの先端と、ボンネットと左右のフェンダーの隙間から、白煙が舞い上がります。

ラジエーター内で沸騰した冷却水が、ラジエーターキャップの隙間から溢れ出していて、それが湯気となって、ボンネットの先端と、ボンネットと左右のフェンダーの隙間から、白煙が舞い上がっているように見えるワケです。

強制的に回る電動ファンが付いていても、全く役が立っていないクルマでした。
ラジエーターキャップは、新品に何度となく取り替えましたが、効果はありませんでした。

僕は、このチェリーGL1000を、チョイ乗り用のクルマとして頻繁に使用していました。
何度ものオーバーヒートを経験した僕は、最終的に、このチェリーGL1000の乗り方を極めました。

それは、水温計が120度まで上がるギリギリまでは我慢して、120度を過ぎたら、渋滞している道路から、一目散で脇道に入り、一目散で空いている道路を捜して、一目散で100キロ以上出すという、一目散だらけの解決方法でした。
そして100キロ以上で数分間走ると、水温計の針はだんだんと下がってきます。

ラジエーター本体の温度を、フロントグリルの隙間から入ってくる強風で、一気に冷やすことが、一番の解決策だということを、遅まきながら発見したのでした。
速度が速ければ、速いほど、ラジエーターにあたる風の勢いも増すので、速度は大切でした。

この方法を覚えた僕は、チェリーGL1000に乗っていて、渋滞に巻き込まれるということに、恐怖感を抱かなくなりました。
もう少しで、噴出すという感覚を掴むまでは、何度となく失敗を繰り返しました。
この感覚をマスターすると、水温計が上昇することが、快感にさえ思えてきました。

唯一、とても不便なことがありました。
渋滞している道路から、一目散に脇道に入り、一目散に空いている道路を捜し、一目散に100キロ以上出し、その後の数分間走って辺りを見渡せば、そこは僕の全く知らない場所ばかりということでした。

100キロで3分走れば、5キロ進んでいます。
100キロで5分走れば、8キロ強進んでいます。

渋滞している道路から、一目散に脇道に入って、一目散に空いている方の道路を選択した場合には、間違いなく、渋滞している道路の裏道ではありません。
言い換えれば、渋滞している道路から脇道に入って、混雑している脇道を選択して走って行くと、それが渋滞している道路の裏道となる可能性が高くなります。

僕には、100キロ以上のスピードという、自分へのノルマがあるので、空いている脇道を選択して走っていました。
チェリーGL1000の最高速度は140キロほどだったので、100キロ以上を保つというノルマは、ある意味では、とても楽しいことでした。

唯一、問題だったのは、チェリーGL1000に乗ると、本当に行きたいところには、あまり行けなかったということでした。

何度も書きますが・・。
クルマは壊れて、自分の思い通りにならないものだと思って来ました。
自分の思い通りにならなくて、時として、ご機嫌をそこねるのが、クルマの魅力だと思って来ました。
ですから、僕は今でも、このチェリーGL1000は大好きです。

オーバーヒートで、思い出すクルマとしては、BMW320iもあります。
このBMW320iは、初代の3シーリーズです。

先代にあたる、BMW2002シリーズも、僕の大好きなBMWでした。
BMW2002ターボは、2リッターで170馬力のクルマでした。
ターボチャージャーにインジェクションの組み合わせでした。

BMW2002ターボは、当時の僕の憬れのクルマでした。
全幅が160センチ強で、全長が4メートル強のクルマでした。
オーバーフェンダーを装着していても、13インチのホイールという古いお話しではありますが・・・・。
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BMW2002ターボは、1年ほどしか生産されなかったので、当時でも貴重な車でした。
ケンメリのスカイラインGTRも、同じ意味での貴重車ですが、生産台数が少ないということは、いつの時代であっても、心を揺すぶる何かがあります。

当時の僕は、ソレックスのキャブレター仕様のBMW2002tiの発展型である、インジェクション仕様のBMW2002tiiが、超貴重車であった2002ターボよりも、憬れの対象になりえるBMWでした。

現実とは、思い通りに行かないもので、シングルキャブのBMW2002に巡り会い、例によって、1ケ月のみ乗っていました。
インジェクション仕様の130馬力のBMW2002tiiを夢みていた僕としては、100馬力のBMW2002は、こんなものかと思いました。

僕は、この時に、欲しいクルマがあって、その欲しいクルマのグレードまでが、決まっている場合は、どんなムリをしてでも、当初の欲しいグレードのクルマを購入しないと、その後悔の気持ちは、購入後にますます増長していくということを知りました。
このことを、若かりし頃に知ったことは、とても良かったことだと思っています。
僕が乗っていたBMW2002も、画像と同じソリッドのオレンジでした。
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BMW2002を手放したあとも、BMW2002tiや、BMW2002tiiは、チャンスがあるごとに率先して乗りました。

思い返せば、BMW2002を所有していたという記憶よりも、BMW2002tiやBMW2002tiiを所有していたという記憶が残るほど、好んで乗っていました。

2ドアーセダン(僕にとってのクーペは、使い方として2ドアーセダンというイメージの中にありました)のクルマと、2シータースポーツカーという組み合わせでの生活が、生意気にも大好きだったのですが、意外な経験をすることになります。

それは、初代アウディ80GLを運転した時でした。
4ドアーセダンへの興味は全くなかったので、アウディ80GLの魅力に陥るなんってことは、考えてもいませんでした。

BMW2002のベースは、BMW1502ですから、その基本設計は60年代でした。
アウディ80GLは、70年代の登場ですから、アウディ80GLは、その全てが、とても斬新なクルマに思えました。

4ドアーセダンといえば、快適フル装備のクルマをイメージしていた僕にとって、僅か80数馬力で、快適装備はエアコンぐらいしか装着されていない、こんなアウディ80GLに惹かれるとは思ってもいませんでした。

4速マニュアルのアウディ80GLのエンジンは、気持ちが良いほど上まで回りました。
これは、当時の国産車のツインカムのエンジンでも味わえなかった、フィーリングでした。

前輪駆動のフロントタイヤは、クラッチを多少荒くつなげば、キューとホイールスピーンしてスタートします。
1速から2速にシフトアップした時にも、フロントタイヤはキューと音を立てていました。
当時は、トラクションコントロールというものがないので、スタート時や、2速にシフトアップした時のホイールスピーンは、クルマのパワーを直接感じられる、一番簡単な方法でした。

言い換えれば、そのクルマの絶好調時の、スタート時のホイールスピーンする長さや、2速にシフトアップした時のホイールスピーンの力強さを、覚えておけば、数万キロ走行した、中古車のヤレ具合が、簡単に判ることになります。
当時のクルマは、フル加速した時のホイールスピーンの様子と、手放し走行でフル加速と、フル減速を繰り返して挙動を試したりすると、そのクルマの持つ大きな問題点は概ね暴露できました。
状態の良い個体に巡り会ったら、その個体の乗り味を、詳細に記憶しておくということが、とても大切なことでした。

当時は、ハブベアリングの耐久性があまりよくないという時代でした。
クルマの全部の窓を全開にし、少々距離があるトンネルを目指します。
そして、ある程度の速度を保ち、アクセルペダルを踏まない惰性のスピードで、トンネルに進入して行きます。
トンネルの中で、ステアリングを左に緩やかに長めに切って、次に、右に緩やかに長めに切ってと、これを繰り返します。
この時に、シューというかすかな音がタイヤ付近から、聞こえていると、ハブベアリングの息が絶える時期が近いことになります。

ハブベアリングが壊れると、クルマが直進状態の時に、連続的なシューという、比較的大きな音がします。
壊れたハブベアリングのクルマは、ステアリングを、左右に切ると、連続的なシューという音が途絶えます。
ステアリングを切れば、音は止まり、戻すと音がするようになります。
ハブベアリングは壊れていくと、段々と音が大きくなっていくので、不具合を早期発見するのには、トンネルでの走行が適していました。

クラッチペダルの遊び調整が、ギアをバックに入れて、思いっきりバックして、思いっきりブレーキを踏む・・・これを何度も繰り返していくと、クラッチペダルの遊びの位置が変わっていくというクルマがあることも知りました。
今では、あまり役立たない、色々なことを、当時は学びました。

現代のクルマは、トラクションコントロールが装着されていたり、学習機能があったりと、パーツの殆どが電子制御されているクルマが多いので、僕的には、新車時の性能が覚え難くなりました。

僕が、どんなクルマでも、最低1000キロは運転しないと、そのクルマが、僕には判らないというのは、1000キロは走らないと、僕自信が、そのクルマのことを覚えられないからです。

僕の中古車の購入方法は、欲しいクルマを捜して買う方法ではなく、縁があったクルマを購入するという方法です。
つまり、どんなクルマと縁があるのかは、想像も出来ないし、想像もしていません。
今までも、●▲■というクルマの話しが出てきて、それに縁を感じたら購入してきました。
つまり、今、チャンスを得て運転させて頂いているクルマと、同一車種のクルマを、いつの日にか購入する可能性が少なからずあります。

クルマは見ただけでは判らないと教えてくれたのが、アウディ80GLでした。
そして、同一車種内で、もっと欲しいクルマがあったら、2番目以降のクルマは購入しない方が良いと教えてくれたのが、BMW2002でした。

僕にとっては、このBMW2002に該当しないクルマであり、過去に乗ったことのないクルマであり、そのクルマの排気量が少なめな場合は、直ぐに触手が動きます。
なんの根拠もなく、僕の経験からだけで、僕が学んだことは、排気量が大きくなれば、それに比例するように、パーツも工賃も上昇していくということなので、排気量が少なめなクルマは、衝動買いの対象になり易いワケです。

そして、そのクルマを購入するか、しないかという判断は、誰から持ち込まれた話なのか、そして誰が乗っていたクルマなのかということも、大きく左右されます。
そして、最終的な判断は、その価格は、現在の買い取り相場から考えて妥当なものなのかです。
僕は、この諸条件に当てはまれば、そのクルマという現物を見ないでも、即座に購入します。
諸条件に当てはまらずに、購入を断る場合も、返事は即座にしています。
即座ということが、最も大切なことだと僕は思っています。
中古車も新車も、交渉に時間を掛ければ、人より割安には、購入出来ないと、僕は信じて疑わない人です。

初代アウディ80GLは、4ドアーのクルマも楽しいということを、イヤというほど、僕に教えてくれたクルマでした。
そんなアウディ80GLとは、結果的に数年をともに過ごしました。
アウディ80GLは、故障は皆無と言い切れるほど、信頼性の高いクルマでした。
クルマは見た目だけで、判断してはいけないと教えてくれた、僕のアウディ80GLは、画像と同じ、BMW2002と同じ、ソリッドのオレンジでした。
(手前はアウディ100です)
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歴代のアウディの中で、どのアウディが一番好きかと聞かれたら、旧車好きな僕は、悩まずにアウディ100クーペSと答えます。
当時の最大級のクーペは、今の時代では、かなりコンパクトなクルマです。
このアウディ100クーペSを、デートクルマとして使用出来たら、なんと楽しいことだろうと・・・こんなことを、いつも考えています。
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アウディ80GLの魅力に、引き寄せられた僕は、数年後にアウディ100GL5Eを購入しています。

故障は皆無と言い切れるほど、信頼性を寄せていたアウディ80GLでしたが、アウディ100GL5Eは、期待に反して、よく壊れました。

僕のアウディ100GL5Eは、右ハンドルでした。
壊れた原因の殆どが、右ハンドル化による悪影響を受けた箇所でした。
壊れたのは、右前足回り、パワーステアリング関係が殆どでした。

時おり、連続的にカタカタと音を発生する右フロントの足回り部分は、輸入元で何度組み直して頂いても、結局は直りませんでした。
この壊れるということは、僕にとっては、不思議と新鮮に感じられて、クルマはやっぱり乗ってみなければ、何も判らないということを、再確認させてくれた、楽しい出来事でした。

史上初のガソリン5気筒エンジンを搭載した、アウディ100GL5Eには、そんな素敵な思い出があります。

何度も書きますが・・。
クルマは壊れて、自分の思い通りにならないものだと思って来ました。
自分の思い通りにならなくて、時として、ご機嫌をそこねるのが、クルマの魅力だと思って来ました。

一番下の画像は、ドライビング・ランプがないので、アウディ100GL5Eではなく、アウディ100です。
画像の上段は、僕の大好きなアウディ100クーペSです。

丸目4灯のアウディ100の後継車として誕生したのが、角目2灯のアウディ100でした。
こうして、今の時代に振り返って眺めて見ると、丸目4灯のアウディ100の方が、僕的には、とても格好良く見えてしまいます。
旧車は、丸目2灯、もしくは丸目4灯が基本なのかも知れませんね。

アウディ100用のエンジンをベースに改造し、そのエンジンを30度傾けて搭載したクルマがポルシェ924です。
ボッシュ製のKジェトロニックという言葉を、僕が知ったのは、ポルシェ924からです。
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ポルシェ924は、ギアボックスと、デフが一体構造のトランスアクスル方式で、ポルシェ史上、初の水冷エンジンのクルマでした。

ポルシェ924は、ワーゲン・ポルシェ914の後継車と一般的には認知されていますが、僕の中では、ポルシェ924は、ワーゲン・ポルシェ914の後継車ではありません。

続きます・・・。

by seiuchi-porsche9 | 2006-09-10 17:23 | クルマ雑学(クルマ雑談)
2006年 08月 05日

超長文ですから・・・・その7です!(It's All Too Much)

■はじめに。
とても長い、本当に長い、単に長い、まとまりのない長文です。
多分、読んでいて、直ぐにイヤになると思っています。
長文で、まとまりがないので、最初から読んで頂いても判りづらいと思っています。
最初から読んでも判りづらいものですので、途中から読むと全く判らないという内容になってしまいました。
■この投稿が『長文ですから・・・・その7です!』となり、第7章になっております。
ご興味があるという素敵な方は、 第1章から勇気を持って、お進みくださいませ。

●第7章。
親友M君は、僕のブログに何度も登場していますが、M君と初めて会ってから早いもので14年目になりました。

M君と初めて挨拶を交わしたのは、都内某ホテルのパーティー会場でした。
当時のポルシェ関係(輸入元)が主催したパーティーに出席したら、偶然にもM君が僕のそばにいたというワケです。
100人前後の出席者の中で、M君が偶然にも僕のそばにいたのですから、M君と僕の出会いは、偶然が生み出した産物以外には思えません。

僕は、この偶然というものが生み出した産物である出会いというのが、大好きな人です。
第三者を介して、人と知り合う場合には、どことなく最初から目的意識や、利害関係や、上下関係が存在しているような気がして、世間一般的な会話しか出来なくなる場合が多いような気がしています。
なんの心の準備もなく、偶然に出会った場合は、これを機会にして、今後も継続して会い続けるという目的意識など全くないところから始まるので、利害関係や、上下関係というものが存在できる隙間を、見つけることさえ出来ないから大好きなのです。

偶然にも、パーティーで出会ったM君と僕は、偶然にも同じ歳で、偶然にもクルマが大好きだったワケです。
でも、M君と僕は、初めて出会った、そのパーティー会場では、楽しい会話をしたにも関わらず、お互いの連絡先も教えずに別れています。
当時は、M君も僕も、まだ30代でしたが、急速に親しくなれば、お互いの判断を見間違えると、お互いに気付いていたのだと思っています。

幸運にもパーティー会場で出会ってから、M君との偶然の出会いが数回起こりました。
数回会って長時間会話をすれば、お互いで、相手の、気に入らないところ、悪いところ、イヤなところが見えてきます。

相手の気に入らないところ、悪いところ、イヤなところが、どれだけ許せるか・・・・結果的に、こういった共通の考え方を、僕等はしていたのだと思っています。

クルマを二人で語るときにも、そのクルマの、気に入らないところ、悪いところ、イヤなところを、沢山ケナシ合っています。

でも、最後には必ず、こうこうこうで・・・・最高にいいクルマだね!ということで話はまとまります。

僕等の意志や願いが、完璧に備わったクルマなど、いつの世にも存在しないのは、明らかなことなので、僕等の意志や願いが、ある程度反映されているクルマならば、気に入らないところ、悪いところ、イヤなところも、許してあげる・・・・・・僕等の共通点だと思っています。

全てを認めると、気に入らないところ、悪いところ、イヤなところも、時間の経過と共に、大好きなところに変わったりするので、人間とクルマが隠し持っている魅力は凄いものだと、思っています。

M君と僕は、そん時の過ごし方を経験して、今では、週に1~2回はコンスタントに会っているという親密な間柄になっています。

偶然が生み出す産物は、何が起こるか判らないし、その後に多大な影響を、お互いが受けたり、与えたりしながら、人生観も少なからず変化して行ったりするワケですから、人との出会いというものは、本当に魅力的なものだと思っています。

M君も、英国車とラテン車が大好きな人です。
M君は、クルマに対して、大衆小型車から大型高級車までの、ありとあらゆるクルマに対して、興味がある人です。
クルマに対しての知識が、ある程度、間口が広くて、深さも、そこそこにある人だと思っています。

僕は、クルマ屋でバイトの経験があるので、その時に、いやおうなしに覚えてしまったクルマの知識があります。
クルマを、頻繁に乗り換えたというバカバカしくも、輝かしい歴史があるので、M君よりは、間口だけは明らかに広いです。
クルマの知識の深さは、全体的には、引き分けといったところでしょうか。

ただし、M君は、自分の興味が抱いた特定のメーカーに対しては、尋常とは思えない程、奥の深い知識があります。
たとえば、ジャガーというクルマを、M君と僕で語り合ったら、僕が教えて貰うことばかりになります。
つまり僕はいつも『100へぇ』状態に聞き入るだけになります。
出会った当時は、ジャガー・マーク・ツー(MK2)に乗っていました。
(ミツオカ製ではありません)
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その後、ジャガーEタイプ・ロードスター(シリーズⅢ)を購入。
(現在、手放したことを後悔しています)
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M君は、MGに対しても、奥深く詳しいです。
M君の車歴にMGBがあるので、これは僕の車歴と被っています。
M君は最終型MGBのウレタンバンバーで、僕はセンターロック・ワイヤーホイールのMGBです。
MGBに対しては、僕のエンスー度のほうが勝っています(笑)
僕は今でも、MGBはセンターロック・ワイヤーホイールに執着しています。

MGBには、MGCという、ローバーのV8を搭載したモデルもありました。
直列4気筒のMGBのエンジンを、V8に載せ換えたのがMGCです。

学生の頃、MGC・ロードスターを短期間所有しました。
短期間というのは、フロントヘビーのジャジャ馬で、当時の僕には楽しめなかったからです。
僕のMGC・ロードスターは、次のオーナーに渡り、僅か1ケ月で全損しています。

当時は、いつも商品に乗っているという感覚を持っていたので、自分の手に負えなそうなクルマと判断することが、とても早い人でした。

今でも、限界ギリギリまで走ることが出来ないのは、運転の未熟さはモチロンのことなのですが、クルマに対しての商品意識が抜け切れないからだと思っています。

数年前から、欲しくて欲しくて仕方がないのが、クーペのMGBGTです。
MGBとMGBGTは、ボクスターとケイマンの関係に似ています。
ロードスターであるMGBが、初めに存在していて、その後に、そのクーペ版であるMGB・GTが登場しています。

グランドツアラーはクーペなので、GTになったのだと思います(GT名の由来は調べていません)

ボクスターとボクスターGT(ケイマン)という間柄と同じになります。
価格設定も、ボクスターとケイマンと同じように、MGBロードスターよりも、クーペ版のMGBGTの方が割高になっていました。

MGBをボクスター2.7(旧2.5)に捉えることは出来ても、MGCをボクスターS・3.4(旧3.2)に捉えるのは、間違いだと思っています。
それは、MGBは直列4気筒エンジンを搭載するクルマとして設計されたクルマで、そのバランスの上で成り立っているクルマだからです。

MGCは、ボクスター用に3.4(旧3.2)のエンジンなど存在しないので、ボクスターにカイエンのエンジンを載せてしまった・・・・・こう捉えたほうが判り易いと思っています。

昔のクルマは、どのメーカーでも車種構成が少なかったので、こういったクルマが存在したのだと思っています。

赤いバッジのスカイラインGTBが、スカイライン専用の直列4気筒エンジンから、グロリア専用の直列6気筒エンジンの載せ換えたクルマということは、以前にお話ししました。
MGCは、直列6気筒のように前後に長くなるエンジンではなく、横に広がるV8エンジンを搭載したクルマです。
スカイラインに、直列6気筒でなく、よりトルクフルでパワーのあるV8エンジンを搭載したクルマが、存在していたら、それは、かなりのジャジャ馬だったことでしょう。

車種構成が少なかったので、本来の意図とするエンジンとは違った、パワフルなエンジンが搭載し、足回りだけ、置いて行かれてしまった、ジャジャ馬のクルマが存在したのだと思っています。
今の時代になっても、そんなクルマに乗ってみると、それはそれは、とても楽しいクルマなので、こんな発想を最初に考え付いた人は、やはり凄い人だと思っています。

930ターボ、993GT2、996GT2も、ある意味では、こんな種類のクルマにも思えるので、これを乗りこなしている方のドライビングテクニックには頭が下がる思いで一杯です。

ボクスターは、最初から、ある程度までのエンジン(一説では360~400馬力)を搭載すことを、見込んで設計されているクルマなので、ボクスター(ケイマン)とボクスターS(ケイマンS)は、MGB(MGBGT)とMGC(MGCGT)の関係とは、似ているところもあるけれど、大きく違っているところもあると思っています。

数年前から、欲しくて仕方がないのが、MGBGT(センターロック・ワイヤーホイールの)です。
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M君よりは、トライアンフに対しては、僕の方が知識がありそうです。
MGBと、トライアンフに対しては、僕の方が思い入れが大きいということでしょう。
M君が、今だに触手を動かしているのが、トライアンフTR3です。
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M君と僕は、どの車種の知識に対しても、勝ったり、負けたり、引き分けたりする、こんな感じなのですが、お互いにヒョンなことから新たなクルマの知識が身についたりするので、いつも新鮮な感じがしているのだと思っています。

そんなM君が、先日
『午後から空いている?』
と、電話をしてきました。

先日とは7月12日を指しています。
M君が,ウェークデーに誘ってくる時は、なにか楽しいことが,必ずある時です。
それも、その日に、急に、誘ってくるとなると、尚更のことなのです。

『どうしたの?』
という僕の言葉に、
『今日の午後には、運ばれて来るみたいなので、見に行こうと思って・・・』、
港に到着しているとは,聞いていたのですが、いよいよ現物が見られるとなれば・・・・・・、
迷わずに、仕事は、夜に頑張ればと、決断して、
『モチロン行きます!』
と、答えてしまった僕でした。

港に届いて、港から移動されたモノは、禁制のブツではなく、モチロンそれはクルマです。

このクルマは、かれこれ、1年ほど前からの、購入計画で、僕は、その過程の全貌を、ある程度は知っているし、時には、意見なんぞも、加えさせたりしてくれたので、僕が発注したクルマと思えるほど、興味が惹かれるクルマなのです。

このクルマとの、素晴らしき御対面に関しては、次回に、書かさせて頂きたいと思っています。
予告画像を、1枚だけ載せさせて頂きます。
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M君に、いつも感心させられることは、M君自身から、急に誘った場合は、僕を必ず、迎えに来てくれるということです。
面と向って、迎えに来てくれる理由も、聞いたことはないし、僕を迎えに来れば、必ず遠回りになっているので、突然のお誘いによって、僕の仕事に、影響を与えることを、最小限に抑えようという心遣いからだと思って、凄く感謝しています。

僕は仕事でも、不特定多数の方と接することが多いからなのか、どちらかというと、細かいことだけには気がつくタイプで、大筋の本音の部分では、気遣いが、とても不足しているという、愚かなタイプです。
M君は、御得意様相手の仕事が主体からなのか、小さなことには、気付かないことが多いけれど、ここぞといった時には、とても気配りができるタイプの人です。

人間的な魅力は、モチロン後者であるM君のほうなのですが、付き合いが長くならないと、判らないことなので、M君は、噛めば噛むほど味が出てくる昆布のようで、僕は、廻りだけ味がする、熟していない果物のようだと思っています。
教えられることが多ことが、友達を持つことの最大の魅力だと、素直に言えるような年齢に、僕はやっとなってきました。

その時に、彼が乗ってきたのは、いつものジャガーではなく、ミニでした。
僕にとってのミニは、クラシックミニなのですが、M君は、ROVER/BMWミニで、迎えに来てくれました。
彼のミニに乗るのは、久し振りなのですが、初めての車検を受けたばかりの、03年式のミニクーパーSです。
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7月11日に、国内でも予約受付(160台)が開始され、早くも完売された、2000台限定生産のJCW(ジョンクーパーワークス)は、9月そうそうにデリバリーが開始されますが、M君のミニクーパーSには、ジョンクーパーワークスが、03年発売したジョンクーパーワークス・キットが組み込まれています。

僕は、ジョンクーパーワークス・キットが組み込まれている、M君のミニクーパーSのステアリングを、以前にも何度となく握っていますが、クルマの加速という、一面だけで捉えた速さには、完全に麻痺してしまっている僕にとっては、210hp・25.0kgmが生み出す0-100km/h加速6.6秒、最高速230km/hのスペックは衝撃的とまではなりませんでした。

因みに、僕は、カレラGTでフル加速しても、死ぬほど速いは思わない人ですので、麻痺感覚は、かなりの重症だと思います。
ROVER/BMWミニには、詳しくないのですが、外観は17インチ以外は、ノーマルのままのようです。
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ただ、ジョンクーパーワークス・キットが、組み込まれる前よりは、比較にならないほど速いし、スーパーチャージャーから発する、甲高い電子的な音は、凄く印象的です。
この電子的な音を、聞き続けるような運転が、クセになるクルマ、というのが僕の感想です。
つまり、いつものように、飛ばさないとイラレナイということになりそうです。

僕は、幸運にも沢山の種類のクルマに、乗せて頂く機会が多いので、人さまには言えないほど楽しいクルマ生活を過ごさせて頂いています。
ひとつだけ弊害があるのは、何に乗っても麻痺してしまっているということなのです。

スーパーチャージャーといえば、5月にマーシーさんの、0-400㍍歴代3位の記録を持つ、マーシーさんオリジナルのスープラーに乗せて頂きました。
この記憶は、まだまだ薄れていないので、今は、スーパーチャージャーやターボのクルマに乗っても、衝撃的な出会いには、なれないというワケです。

外観では派手さはないけれど、判る人が見ると、判るという演出も好きだったりしています。
その反面、見た瞬間に判るという、大袈裟な派手さも、大好きなので、ことクルマに関しては全くもって主体性のない自分です。
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僕は調べるということを、一切しないで、このブログを書かさせて頂いていました。
ですから、頻繁に間違ったことを、書いたりしてしまったいるのですが、今回だけは、全く判っていなかったので、ROVER/BMWミニのスペックと、後付されたジョンクーパーワークス・キットに関しては、調べさせて頂きました。
(調べて書くということが、こんなにも大変だったということを、初めて知ることになり、次回からは、こういったネタは、取り扱わないと心の奥で誓ったのでした)

後付ジョンクーパーワークス・キットは、専用のシリンダーヘッド、スポーツマフラー、スーパーチャージャー、それにスパークプラグなどで構成されるキットに、エアフィルターキットと、インジェクターとなっているとのことでした。

価格だけは、以前に、M君から70万ほどと、聞いていました。
1馬力、1万円を、切っているので、これは妥当ではないかと・・・無責任な発言をしたような、記憶だけが残っています。

僕は、キットそのものはモチロンのこと、このような、フロントボンネットの開閉の仕組みが、更に気に入ってしまうタイプの人です。

ボンネットを開けると、エンジンが露出するのは、古き良き時代のクルマを彷彿させます。

現代の交通事情と、そのクルマ自体の動力性能、更に衝撃吸収も考慮すれば、これ以上のことを望むのは酷なことは判ってはいても、タイヤハウスも残らずに、フロントタイヤがまる見え状態になる開閉方式に出来ないものなのかと・・・・妄想してしまう自分がいます。
(フロント部分が一体で全て取り外せるトライアンフ・スッピットファイアーは、見ているだけで癒してくれます)
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このエンジンの大きさで、1.6リッターなワケで、昔のエンジンは小さかったと、何故かいつも旧車と結びつけて捉えてしまう夢追人です。
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既に4万キロ走行のエンジンですが快調そのものです。
ジョンクーパーワークスの文字が、随所に垣間見れて、こういった心憎い演出が、クルマ好きな人の心を揺するのでしょう。
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僕が、このクルマのオーナーでもないのに、クルマ屋の卑屈な根性が焼きついてしまっているので、こんな細かなところが目に付いてしまいます。
それは、黄色で囲んだ部分のジョンクーパーワークスの文字が消えていることでした。
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ボンネットフードの内側に取り付けられた、スポンジ(黄色い囲みの部分)が、熱で溶けて、ジョンクーパーワークスの文字に、コビリついているというのが真相でした。
M君は『本当だね!』の一言のみで、それほど気にしないというよりも、全く気にしていないようでした。

僕のクルマだったら、どうにかして、溶けて張り付いた黒いスポンジの燃えカスを、必死になって取る努力をしてしまいそうです。
大雑把というよりも、起きてしまったことは仕方がない!と、穏やかにモノゴトを捉えられるM君が、いつまでもモテ親父としていられるのが、何となく判るような気がした一瞬の出来事でした。

996ターボのK君のクルマに、同じような出来事が起きたとしたら、K君も、多分、M君と同じような反応をするのだと思っています。
僕と彼等の小さいけれど大きな違いは、こんなところにあると思っています。

大きく成長するか、可もなく不可もなく無難に成長するか、次に産まれた時には、どうしたら良いのかが何となくではあるけれど、判りかけて来た今日この頃です。
でも、仮に産まれ直したとしても、燃えカス取りを、楽しみとして捉えて生きている自分しか想像出来ないので、同じことの繰り返しになりそうです。
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シートは革張りでしたが、その他の内装はオリジナルのままだと思います。
よく判っていませんが、絶対にそうだと思っています。

というのは、M君は走ること、それもとても速く走ることに関しては、興味を持つけれど、走りそのものと関連しない部分には、購入時以外には手を加えるタイプでないと思っているからです。
14年も一緒にいて、週に1~2度は会っているので、そのぐらいの心の内は、判るようになっているハズです。
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こちらは先日、運転させて頂いたMEGAさんのイエローMINIの内装です。
MEGAさんのミニの内装は、持ち前の手先の器用さで、ダシュ周りを全てMEGAさん御自身で、イエローに美しく塗装してあります。
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MEGAさんのミニはCVTのミニクーパーです。
街中を10キロほど走らさせて頂いたのですが、僕の日常的なクルマの使用方法には、理想的なクルマに思えました。
失礼ながら、先ずは速くないというところが魅力でした。

この美しい仕上げで、イエローに塗装されたインパネを眺めながら、ワンポイントに、イエローを使用して巻き上げられた、オリジナルティー溢れる素敵な仕上がりのステアリング、そしてイエローと、ブラックのココスマットが、足元に敷きつまられていて、視覚だけでも十二分に楽しむことができます。

視覚だけで楽しめるということは、クルマが動いていなくても楽しめるということになると、僕は思っています。

クルマの平均速度が低くて、渋滞しがちな市街地使用でのクルマは、こういった遊び心が、日常生活で、発生しがちなイライラ感を閉じ込めてくれるのに、とても効果的なことに思えました。
更に、足元のココスマットを除き、視覚で楽しまさせてくれる、他の全てのモノが、オーナーであるMEGAさん自身が、DIYで作成したものであることが、意味深いものだと思っています。
僕が、ドライバーズシートに座っても、このポップチックなインパネ周りは、とても明るい気分にさせてくれました。

このまま、僕の意思や妄想が働くなってしまい、何処かへ連れて行かれてしまったとしても、たどり着く場所は、カリブの海賊ではなく、イッツ・ア・スモールランドになるであろう・・・という安心感が、このクルマには漂っています。

仮に仕事で落ち込んでしまったり、人間関係で、打ちのめされてしまった時に、このクルマに座って、思い浮かべたり妄想したりする対処方法は、その非を相手に求めるのではなく、その非の殆どが自分自身の撒いた種として認識するような・・・・・上手には表現出来ないのだけれど、とてもMEGAさんらしいクルマだと、僕は感じました。

MEGAさんは、誰もが認めるクルマ趣味な人だと、僕は思っています。
普段は物静かで、あまりウンチクを語らないのだけれど、何かの拍子で語りだしたら、その蓄積されている知識は凄いものです。
僕と違って記憶していることに曖昧な部分がなく、スペックの詳細まで頭の中に入っています。
MEGAさんの性格から想像するに、どうせ覚えるのならば、徹底的にということになるのだと思っています。

僕とは全く異なった、ヒンの良い走り方をするMEGAさんなのですが、クルマの室内に、MEGAさん独自の世界を持ち込んでいて、さすが芸術家だと思う場面が多い仕上がりでした。
こんなことを、MEGAさんに伝えたことはないのですが、クルマは人を語るという代名詞みたいなことを感じてしまった、MEGA号の試乗でした。
MEGAさんの趣味を感じさせるMEGAミニ号のホイールです。
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今回、ROVER/BMWミニについて書いているときに、僕は気付いたことがありました。
それは、ROVER/BMWミニについて、僕はこうも知識がなかったのか!ということでした。

普段ならば、何も調べたりしないで、スラスラと書けるブログなのに、今回だけは全くダメでした。
スラスラ書けるのならば、もっと更新しなさいと言われそうなのですが、いざ書き出すと今回のように止まらなくなるという特異体質の持ち主でもあるので、そこが難しいところです。
ROVER/BMWミニについて、僕が詳しくなれなかった理由は、僕の中で、クラシックミニの延長上に、ROVER/BMWミニを、構築出来なかったからだと思っています。
■こんなふーに、思う気ままに書いています。
■ご興味があるという素敵な方は、 超長文ですから・・・・その8です!(彼女のカレラ&ひるがのBBQツーリング含)へ勇気を持って、お進みくださいませ。

by seiuchi-porsche9 | 2006-08-05 12:59 | クルマ雑学(クルマ雑談)
2006年 08月 04日

超長文ですから・・・・その5です!(Hello Goodbye)

■はじめに。
とても長い、本当に長い、単に長い、まとまりのない長文です。
多分、読んでいて、直ぐにイヤになると思っています。
長文で、まとまりがないので、最初から読んで頂いても判りづらいと思っています。
最初から読んでも判りづらいものですので、途中から読むと全く判らないという内容になってしまいました。
■この投稿が『超長文ですから・・・・その5です!』となり、5章になっております。
ご興味があるという素敵な方は、 第1章へ勇気を持って、お進みくださいませ。

●第5章。
前回の第4章で、『真夏の暑さに立ち向かって行く根性を、僕が年々、失いつつあるので、ナビとVWポロを物々交換という方法で手に入れたというにが、本当の理由です。』と書かさせて頂いたところから、話の展開が全て横道に逸れてしまいました。

思いついたことを、手の動くままに書かさせて頂いているので、横道や脇道は御了承してくださいませ。

そんなワケで、再び戻って、VWポロとルノーサンクのお話しです。
この7年落ちのVWポロはエアコンがとてもよく効きます。

ルノーサンクにも、エアコンという名の付くものが標準で装着されています。
何気に涼しく感じるくらいのエアコンが付いています・・・このような説明では、エアコンの効き具合が判り難いかも知れません。

炎天下の夏の日に、エアコンを、これでもかと思うほど最強で回した・ルノーサンクの室内から、ドアーを開け外に降りた瞬間に、『今日は・とても涼しい日だったんだ!』と、室内の熱さ(暑さではありません)を実感する・・・このような表現をすることが、一番理解して頂けるでしょう。
簡単にいえば、窓を開けて走った方が涼しいということになるのでしょう。

まだ7年落ちしかしていないVWポロは、僕にとっては、まだまだ・ヤレかたが不足しているように感じてしまいます。
コーナーに進入しても、これぞドイツ車という感じで、それなりにグリップ感もよろしく、かなり踏ん張って楽しまさせてくれます。
グリップ感は自然なので、コーナーリングも、そこそこ突っ込んで行けます。
足に、まだまだ余力があることが判ってくると、パワーが足りない!・・・こんな、贅沢な願いを抱いてしまうことになります。

この7年落ちのVWポロを、日常の足として使用することに対して、これはこれで良いのではないかと思う自分と、(7年落ちを高年式と解釈しているので)こんな高年式でも良いのならば、前々から興味を抱いている、 カリプソ・オレンジのフィアット・プントHGTアバルトや、ランチア・イプシロンに、素直に行ってしまえば良いのにと・・・思ってしまう、もう一人の自分もいます。
フィアット・プントHGTアバルト。
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ランチア・イプシロンは初代が好きです。
Y10の後継車としてデビューしたのが、94年なので、後数年もすれば、僕にとって旧車となりえます。
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並行物しかないので、今後に購入するかは微妙です。
僕は初代の内装が特に気に入っています。
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VWポロを許してしまうと、全幅(165前後)も、全長(4㍍以内)も、多少は範囲を超えてしまっても構わないという、大きな気持ちが芽生えて来てしまいます。

そうなるとトヨタ・カセルタまで選択肢として脳裏に浮かんできてしまい、自分が何人いるのかも判らなくなってしまいます。
トヨタ・カセルタは、トヨタMR-Sをベースにしたカスタマイズカーです。
150台?限定販売で、トヨタMR-Sより若干パワーアップしています。
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7年落ちのVWポロのことを考えているうちに、ふと思い出したことがありました。
それは、日常の足車は、旧車のラテン車か、旧車の英国車にすると、以前にも誓ったことがあったことでした。

思い出したことは、数年前に、友人H君から格安(45万円)で譲って貰ったゴルフⅡ・GTIのことでした。
そのゴルフⅡ・GTIは、これ以上は手を加える箇所が見つけようがないという、改造費だけで300万円を越えていたゴルフⅡ・GTIでした。
ビルシュタインの車高調でガチガチに固められたうえに、前後にタワーバーを組んでいるので足は硬いし、ロールも殆どしませんでした。

インチアップされたローター&ブレーキはブレンボなので思い通りに止まってくれました。
ナビはあるし、大好きなTVも見れる、僕にとっては、この89年型ゴルフGTIは、日常生活での魔法のクルマでした。

100キロ以下の法定速度までの速さは、914とほぼ互角でしたが、スットッピングパワーは勝負にならないほど、911のナンバーを付けた、このゴルフⅡ・GTIの圧勝でした。
実にモデファイ完成度が、高レベルなゴルフⅡ・GTIでした。
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友人H君は、今も昔も、こういったモデファイをさせたら、とても上手に手堅くまとめられるセンスの持ち主です。

ゴルフⅡ・GTIは、僕にとっては4台目(初代、ゴルフⅡCLI・ゴルフⅢカプリオレ)のゴルフでした。
(ⅢからⅡに戻ったり、ⅢからⅠに行ったりすることに、なんの抵抗も持たないひとです)

ゴルフⅡ・GTIが登場した時、ヤナセのCM(TV)は、『走りのクオリティを求める人に、効率と品質の高さ、フォルクスワーゲンゴルフ。 ヤナセがお届けします。』でした。
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同じ時のGTIでないゴルフⅡのCM(TV)は、『磨きぬかれた技と、 鍛えぬかれた力。 クオリティの高い走りこそ、フォルクスワーゲンテクノロジーの勝利です。ゴルフ、ヤナセがお届けします』でした。
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どちらを購入しても、あまり変わらないような印象を与えるCMですね。
2005年に登場した5代目 GTIのCM(TV)は、『ワンパクである、それもハンパではない。』でした。
じゃじゃ馬的な印象を与えているのが特徴です。
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84年のVWサンタナのCM(TV)です。
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『アウトバーンで鍛えられた、高速走行安定性。伝統の技術が育てた、気品と風格。ドイツ、ロマンティック街道の香りを乗せて、フォルクスワーゲンの最高級車、サンタナ。 日産から新登場。』・・・・・日産自動車がルノーでなく、VWサンタナを販売していた時代でした。
こうして、クルマを振り返って見るのも、面白いですね。
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またまた話は戻って、ゴルフⅡGTIです。

日常は旧車のラテン車か、旧車の英国車に乗っていたい!
これだけの理由で、ゴルフⅡ・GTIを手放したことを思い出したのでした。

BMW・E36M3を所有していた時に、このBMW・E36M3が、とても・とても心地良く感じていて、冠婚葬祭といったような、ありとあらゆる行事を、オールマイティーに無難にこなすことが出来て、とても満足度も高いものでした。

何かこのまま平穏無事が約束され、今後も無難に、このBMW・E36M3と過ごしてしまうことが、妙に不安に感じてしまい、BMW・E36M3を一番気に入っていた時期に、ワザと手放してしまった当時の出来事と、ゴルフⅡ・GTI との出来事は、とてもよく似ていることだと、今でも思っています。

そんなワケで、僕はこのエアコンがとてもよく効く・VWポロだけには、今年の夏は絶対に乗らないという結論を出しました。
そうです、僕は、とても変わっている人なのです。
(因みにGTIを手放した価格は取得価格と同額の45万円ですが、2年ほど乗りました)
■こんなふーに、思う気ままに書いています。
■ご興味があるという素敵な方は、 超長文ですから・・・・その6です!(Summer Time Blues)へ勇気を持って、お進みくださいませ。

(番外編)7月21日、ナイトツーリング。
誕生日当日の素顔の笑顔!
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by seiuchi-porsche9 | 2006-08-04 01:48 | クルマ雑学(クルマ雑談)
2006年 08月 03日

超長文ですから・・・・その4です!(Back Seat of My Car)

■はじめに。
とても長い、本当に長い、単に長い、まとまりのない長文です。
多分、読んでいて、直ぐにイヤになると思っています。
長文で、まとまりがないので、最初から読んで頂いても判りづらいと思っています。
最初から読んでも判りづらいものですので、途中から読むと全く判らないという内容になってしまいました。
■この投稿が『長文ですから・・・・その4です!』となり、第章になっております。
ご興味があるという素敵な方は、
超長文ですから・・・その1です!(FOR NO ONE)
から勇気を持って、お進みくださいませ。


●第4章。
VWポロのボディーカラーが、90年代初頭のポルシェのソリッド標準色・マリンタイムブルーに似ていたことが、ナビとVWポロで物々交換した、最大の理由と思っています。
第1章で、こう書いているのですが、これは、やっぱり、僕の言い訳でしかないようなので、訂正しようと思います。

真夏の暑さに立ち向かって行く根性を、僕が年々、失いつつあるので、ナビとVWポロを物々交換という方法で手に入れた。
これが、本当の理由でした。
言い訳をしなくなると、VWポロのボディーカラーが、マリンタイムブルーに、それほど似ていないように思って来たりするので、僕は本当に都合のよい人です。

原始的な物々交換という方法で、僕の元にやって来た、この7年落ちのVWポロの最初の作業は、エアコンのガスチャージでした。
僕が、何よりもエアコンに固執していたという証のようなのですが、実際に作動させると、エアコンの状態は、とてもよく冷えるものでした。

同じ7年落ちのメルセデスベンツのエアコンと比較すると、7年落ちのVWポロのエアコンは能力的に見劣りするのですが、クルマの排気量は違うし、エアコン本体のコストも違いそうなので、同じ土俵に上げて比較することは、意味がなさそうです。

昔のメルセデスベンツは、エンジンを始動させたばかりだと、エアコンのスイッチを入れても、エンジンに負担が掛からないように、暫くしないとコンプレッサー自体が作動しなかったと記憶しています。

冬の寒さでヒーターのスイッチを入れても、エンジンがある程度暖まって、ヒーターが温風状態にならないと、ファンが作動せず、冷風が吹き出して来なかった記憶があります。
記憶が正しいとすると、当時の造り手側のクルマに対する哲学も、移り行く時代と共に変化して行き、それを、単に古き良き時代のものと、ひとまとめにして片付けることに、僕は、とても抵抗があったりします。

僕にとっての最初のメルセデスは、ダブルバンバーで有名なブルーの450SE(W116)でした。
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僕にとっての最初のメルセデスベンツというよりも、我が家にとっての最初のメルセデスが、450SE(W116)だったというところでしょうか。
嫁入り道具の黄色のフィアットフィアットX1/9と、婿入り道具のオレンジのセンターロック・メッキバンバーのMGBという、2シーター2台4人乗り体制でマニアックにもスタートした新生活でしたが、やはり不便でした(笑)

2台で走ることには、全く苦痛は感じませんでした。
世界でただ一人『ヘタな運転!』と叫べる人から離れられるのですから、むしろ2シーター2台走行は望むところでした。

学生時代に、手当たり次第にクルマを乗り換えていたので、自動車保険の車両入れ替えの手続きを、代理店に依頼しにくい状態になっていました。
簡単にいうと、面倒臭がられたということなのですが、早いと1週間、長くて2ケ月、平均でも1ケ月位で車両を入れ替えているワケなので、付き合っていられない!というのが本音だったのだと思います。

そんなこともあって、僕は学生時代に自動車保険の資格保持者になりました。
資格保持者とは、簡単な筆記試験を受けて合格した人を指すのですが、この資格で、一応は自動車保険の代理店と同じ業務が出来るということにはなります。

車両入れ替えを依頼して、快く引き受けて貰えなくなったことが、代理店になった理由なので、
過去も現在も含めて、今までに、自分の知り合いに保険に入って!とは一度も言ったことありません。
自動車保険の代理店になった目的が、自分の趣味の為にだけあるからで、営利目的ではないからです。

2台での走行は、自動車保険の規約から考えてみると、不都合のことがあります。
大雑把ながら簡単に御説明させて頂くと、同一名義人が所有する車両同士で事故を起こした場合には、双方の自動車保険が適応されない場合があるというところです。

ですから、片側一車線の道路を走る時には、フィアットフィアットX1/9とMGBの間に他車を入れて、もしもの時の追突事故に備えるとか、片側二車線の道路では、併走して走らないとか、考えながら走っていました。

そんなことを考えて走っているのも、面倒になって来て、いつも離れて走る!という結論に達していました。
離れて走行していると、携帯電話もない時代だったので、不都合のことは多々とありました。

そんな状況に呆れたのか、はたまた同乗したのか、嫁さんの実家で使用しなくなって眠っていた、10数年落ちの初代トヨタセンチュリー・タイプDを、義父から頂きました。
これで、我が家の初代ファミリカーは、68年型初代トヨタセンチュリーということに、否応なしに決定したのでした。

V8の3リッターで150馬力でした。
5㍍前後の長さで、幅が189センチだったと記憶しています。
トヨタセンチュリーは、日本の『わびさび』を意識して設計されたクルマで、西陣織や漆塗りといった伝統的な仕上げが、随所に盛り込まれていました。
低速度で走行中に、ステアリングを左右にきると、ヘッドライトの向きも、ステアリングの切り角に比例して動くのですが、自分が照らしていたい場所とヘッドライトの照らす場所に、かなりのズレがあったと記憶いています。
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僕は、子供の頃から、トヨタセンチュリーのようなフルサイズの『ショーファードリブン』には興味がなかった人でした。
興味は湧かなかったけれど、大好きなクルマであることに変わりはなかったので、クルマのいわれや、車名やスペックといった基本的なことだけは、覚える努力はしていました。

トヨタセンチュリーは、子供の頃に凄く興味があったトヨタ・クラウン・エイトの後継車です。
トヨタ・クラウン・エイトを街中で見かけることが、滅多になかったので、トヨタ・クラウン・エイトに凄く興味があったのだと思っています。

フロントに直列4気筒エンジンを搭載されている車種に、他車種に搭載されている直列6気筒エンジンを載せて、クルマそのものの動力性能を引き上げたことで、有名な国産車はスカイラインGTAとスカイラインGTBでした。
グロリアの直列6気筒エンジンにウエーバーのキャブレーターを3連装し、そのチューンアップされたエンジンを、ベースとなるスカイラインに搭載したクルマが、赤バッジ(これが判る方は年寄りです)のスカイラインGTBです。
ポルシェという視点から捉えると、第2回日本グランプリで、ポルシエ904GTSとバトルをしたクルマがスカイラインGTBです。
その後の歴代のスカイラインGTRのルーツが、スカイラインGTBです。
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スカイラインGTBは、ベースとなったスカイラインのホイールベースを延長して、フロントにグロリア用の6気筒エンジンを搭載してありました。
6気筒エンジンに載せ代えたことによって、ロングノーズになったというワケです。
街中を走るツートンカラーのスカイラインGTBは、子供の頃の憧れで、赤バッジ(GTB)であることを確認するのが、僕の中での決まりでした。

GTBは赤バッジだったのですが、GTAは、はたして青だったのか黒だったのか、バッジ(エンブレム)の色の記憶があやふやです。

トヨタ・クラウン・エイトは2.6リッターV8エンジンを搭載しています。
ベースとなった2代目クラウンは、1.9リッターでした。
クラウンは、グロリアとは違って、直列4気筒エンジンを搭載していました。

トヨタ・クラウン・エイトは、動力性能アップを目指したスカイラインGTAやGTBと違って、居住性を優先し、一種の『ショーファードリブン』的な方向性にあるクルマでした。
ホイールベースとリアトランク部の延長により全長が10センチほど長くなっています。
エイトの名称は、当然ながらV8を指していました。
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子供の僕が、驚いたことは、全幅がベース車両の2代目クラウンよりも、15センチ(約)も広がっていることでした。
こちらが、トヨタ・クラウンエイトのフロンビューです。
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こちらが、ベースとなった2代目クラウンです。
デザインは同じなのですが、フロントグリルの横幅が大きく異なっていました。
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ベース車両の車幅を広げられることに、子供の僕が、何故驚いたとかというと、クルマの全長を伸ばす改造は何とかなっていたのですが、車幅を広げる改造は、どう考えても不可能だったからでした。
これは、当時から好きだったクルマのプラモデルでの話しなのですが、市販されているクルマのプラモデルの製作に少々マンネリを感じていた僕は、プラモデルを設計図通りには組み立てずに、サンダーバードとコルベットを同時に作りながら、インパネやテールライトを組み換えるというような、オバカなプラモ作りをしていました。

外観がコルベットで、内装がサンダーバードという、とても出来の良くないものが仕上がるのですが、当時から、自分仕様のワンオフものに憬れていたので、本人としては大満足といったところでした。

当時のプラモデルは輸入品(アメリカ物)が主体だったので、設計図が読めなかったということもあると思っています。
でも、組み方の解説絵は描かれてあったので、やはりワンオフ好きだったのだと思います。

プラモデルの改造では、全長を短くしたり、伸ばしたりしても、なんとか格好はつきます。
ただ、全幅を広げるということは、不可能に近いことだと思えたので、トヨタ・クラウン・エイトの素性に驚いたのでした。

プラモデルで改造しやすいことは、実車でも改造しやすいという理論を、僕は今でも持っているのですが、如何なものでしょうか?

プラモデル改造の最初のきっかけとなった出来事は、『007/ゴールドフィンガーのアストンマーチンDB5』のプラモデルを作ったことからだと思っています。
防弾ガラスで、ウィンカーから機関銃が飛び出し、ボタンひとつで、サンルーフからナビシートが空高く飛んでいく、例のQが改造を施したジェームス・ボンド(ショーン・コネリー)の愛車です。
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この『007のアストンマーチンDB5』は、僕にとっては、市販されているプラモデルを改造するというヒントを与えてくれたのだと、思っています。

小学校の高学年では、プラモデルとスロットルカーに夢中になっていました。
その流れなのか、数年前には、息子以上にミニ4駆にハマッテいました。
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中学生以降になると、僕のプラモデル作りは安定していて、組み立てた全てのクルマは、室内にエンジンが無理やり押し込まれます。
モータースポーツに興味を持ち出した結果、作るプラモのクルマが全てミッドシップ化されてしまったということです。
そうなると、リアシートがあるクルマか、トラック(荷台にエンジン露出で搭載・笑)でないと、エンジンを押し込めるスペースがないので、ダッジ・チャレンジャーやムスタングは、最高の素材でした。

ミッドシップ化といっても、完成したプラモデルを下から覗けば、フロントからシャフトが伸びていたりするので、見えないところは気にしない!という程度のミッドシップ化でした。


中学以降の僕は、クルマ以外の趣味が出来て、趣味は4つになっていたので、プラモデル製作は自然に減っていきましたが、今でも、クルマのプラモデル購入だけは持続しています。

新たに生まれた趣味のひとつの一環として、『バニシング・ポイント』という映画を、女の子と観に行っています。
ダッジ・チャレンジャーを何時間で陸送出来るかというストーリで、主役は誰かと聞かれれば、ダッジ・チャレンジャーです・・・・こんな思い出がある映画なのですが、単純な僕は、ダッジ・チャレンジャーそのものと、陸送屋さんという職業に憬れてしまったのは、いうまでもありません。
(大学生の頃に、念願の陸送屋のバイトを一度だけ経験しています)
『バニシング・ポイント』のDVDが、現在、コンビニで999円で販売されていますが、僕の素敵な思い出が、税込み995円とは、チョット可哀想過ぎる価格設定ではないかと思っています。
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自走陸送のバイトは、今はなきSモーターさんからで、クルマは新車並行のポンティアック・ファイアーバード・トランザムでした。
真っ白なボディーのボンネットに、誇らしげに大きく描かれた『火の鳥』。
7.2リッター(多分)の巨大なエンジンを載せたマッサラな新車を、名古屋まで運びました。
強烈なホイールスピーンで、道路に長く残せるタイヤマークが面白かったのと、リッター2キロ位しか走らなくて、渡されたガソリン代では足らずに、自腹を切った思い出が残っています。
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ポンティアック・ファイアーバードといえば、ドラマ『ナイトライダー』で有名ですが、僕にとっての有名は、先々代のポンティアック・ファイアーバード・トランザムです。
映画『ザ・ドライバー』は、ライアン・オニールよりもトランザムが大きく印象に残る映画でした。
上映中に違う女の子と3回見たというほど、カーチェイスものは大好きでした。
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『ザ・ドライバー』はロスが舞台でしたが、僕が最初に衝撃を受けたカーチェイス映画は、シスコを舞台にした『ブリット』でした。
僕にとっての主人公は、マックイーンではなく、1968 年型フォード・マスタング GT(390 キュービックの・325 馬力)でした。

カーチェイス映画は、当時の思い出が多くあっても、時の流れを越え過ぎた現在では、背景が古過ぎて感じるので、僕はクルマそのものだけを楽しむことにしています。
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VWポロの話題から、メルセデスベンツ450SE(W116)の話題に行き、それから初代トヨタ・センチュリーの話題に行き、ここまで、長い長い寄り道をしてしまいましたが、今回も何も進展していません。

初代トヨタ・センチュリーが初代ファミリカーになったということだけで終わってしまいました。
国産の旧車について、触れてみたいという、心の動きが隠せなかったようです。

我が家では、ファミリカーは嫁さん専用車になるのですが、車体が大きいスリーボックスのクルマならば、安全性もそれなりに高いだろうという・単純な考えだった、義父の意見を尊重して、その後もフルサイズのクルマが、ファミリカーとして使用されています。
その中の1台が、450SEだったという、単純な話のハズだったのですが、またしても大幅に話題がズレテしまった投稿になりました。

歴代のSクラスの中で、僕が一番好きなSクラスは、ヘッドライトが縦目から異型の横目のヘッドライトへ替わってしまってはいるけれど、安全性神話を不動のものにした、もっともメルセデスらしいW116です。

メルセデスの話題は、またの機会に書いてみようと思っています。
今回は、クルマのリアシートにエンジンを載せることばかり考えていた中学生が、大人になって、クルマのリアシートの安全性を確保するという、お話しでした。
■こんなふーに、思う気ままに書いています。
■ご興味があるという素敵な方は、 超長文ですから・・・・その5です!(Hello Goodbye)へ勇気を持って、お進みくださいませ。
(番外編)7月21日、バースデー・ナイトツーリング。
7月19日生まれ、7月21日生まれ、7月22日生まれ、と3人の誕生日が近かったので、合理的にまとめてお祝いしました。
7月22日生まれは僕でしたが、もはや喜んでいいのか判らない年齢になったようです。
21日の夜から、丸の内⇒横浜⇒茅ヶ崎⇒江ノ島と行き、22日午前8時解散ですから、体力だけは年齢不詳のようです。
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心の仮面を剥ぎ取り、顔に仮面を被る面々。
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by seiuchi-porsche9 | 2006-08-03 14:14 | クルマ雑学(クルマ雑談)
2006年 07月 30日

超長文ですから・・・・その3です!(NOWHRE MAN)

■はじめに。
とても長い、本当に長い、単に長い、まとまりのない長文です。
多分、読んでいて、直ぐにイヤになると思っています。
長文で、まとまりがないので、最初から読んで頂いても判りづらいと思っています。
最初から読んでも判りづらいものですので、途中から読むと全く判らないという内容になってしまいました。
■この投稿が『長文ですから・・・・その3です!』となり、第3章になっております。
ご興味があるという素敵な方は、
超長文ですから・・・その1です!(FOR NO ONE)
から勇気を持って、お進みくださいませ。
●第3章。
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参考までに、このルノーサンクを、ばらしてパーツとして販売するとどうなるのでしょうか?
長時間を要して総額10~15万がいいところでしょう。
そして最終的に、パーツをもぎ取ったあとに残った車体の捨て代が、1~2万円(リサイクル料金はベット)ほどかかります。
その他に、パーツ販売している期間の車両の置き代や、売れたパーツを発送する時に使用する梱包材料費等も掛かるので、結局のところ、面倒でやっていられないということになるでしょう。

切り売り出来るクルマが100台も準備できれば、これはこれで、商売として充分に成り立つワケで、世の中は面白いものだと思っています。

因みに、パーツをもぎ取ったクルマを捨てる時(処分する時)には、それが何の車種であっても、フロントのタイヤだけで左右2本か、もしくはリアのタイヤだけで左右2本あれば、それだけで大丈夫です。
フロントガラスが外されていようと、助手席側のドアーが外されていようと、内装パーツが何ひとつとして、残っていない状態でも大丈夫です。

つまり片足(前後のタイヤのどちらかですが、2本セットで片足と呼びます)さえ残ってさえいれば大丈夫ということです。
フロントのタイヤが2本だけ残っている時には、リアを持ち上げ、リアのタイヤが2本だけ残っている時には、フロントを持ち上げ、その状態で、レッカー車で引っ張って行けるので大丈夫ということです。この時の捨て代が、レッカー代金込みで1~2万円ということです。

その場合の2本のタイヤはどんな状態なモノでもOKなので、パーツとして売れそうな物があれば、取りあえず先のことは何も考えずに全てバラ売りし、売れたパーツを、先のことを考えずに、剥ぎ取ってしまった方が作業効率は上がります。

新車や中古車を購入する時に、下取りするクルマに相場価格がなくて、廃車として処分する場合がありますが、その時の原価が1万円~2万円ということです。
皆さんが、仮に、こういうケースに出合った時には、廃車証明証のコピーを貰っておくことを、お勧めします。前オーナーさんが、廃車諸費用を支払ったクルマであっても、クルマそのものは、実動していて、機関も好調のクルマだったハズなので、再度、使用するとしても、殆ど問題が起こらないクルマなワケです。
原価がタダならば(実際は廃車諸費用を頂いているので原価は不思議なことに利潤プラスです)、数万円で販売しても利益率は100%を越える商売になります。
世の中は広いので、こんなことを考えている人が沢山いるハズです。

郊外の幹線道路沿い等で、数万円から上限でも40万円前後のチョット古いクルマだけを、店頭に10数台並べているような中古自動車屋さんを、皆さまも一度ぐらいは目にしたことがあることでしょう。こんな単価のはらない商売で成り立つのかと思うのは、大きな間違いです。
殆ど原価がない商品(クルマ)を取り扱っているので、経営学として捉えれば、ノーリスク・ハイリータンの優良企業になります。

僕が好んで乗っているクルマとは、実は、そんな郊外の中古自動車屋さんが取り扱うクルマと同じクルマだということです。
あちらの取り扱い車種が国産車専門であって、僕が取り扱う車種が輸入車主体という違いがあるだけです。

僕は、自動車業界とは全く接点がない業種の仕事をしていますが、学生時代にバイトをしたクルマ屋という仕事に、今でも非常に憧れています。
クルマ屋は、副業として出来るような甘い仕事ではないし、本業とするならば多額の投資を必要とします。2足の草鞋も履けなければ、投資する資金も、僕にはないワケです。

そんな、僕が考え出したのが、自分で自分を相手に『クルマ屋さん・ごっこ』をすることでした。
『ごっこ』という言葉を、皆さんは、子供の頃に使ったことがあったでしょうか?

僕の場合では、『ごっこ』という言葉を使って遊んだのは、小学生の低学年の頃までだったと、記憶しています。『八百屋さん・ごっこ』に、『駄菓子屋さん・ごっこ』に、『お花やさん・ごっこ』に、『バス・ごっこ』に、『電車・ごっこ』と、そして『お医者さん・ごっこ』と、子供心に思いつくものを『●▲・ごっこ』として、よく遊んだものでした。毎日の遊びのメインが『●▲・ごっこ』だったと思っています。

玩具屋さんに行けば、バスガイドさんセット(鞄に切符と切符切り)は必ず売っていたし、お医者さんセット(聴診器に体温計)も売っていました。
電車セット(切符に切符切り・セット内容次第では帽子まで)もありました。
こんなふーに、当時はセットとは言わなかったけれど、色々な仕事を疑似体験?できる玩具が沢山ありました。

僕が幼稚園に通っていた頃、近所で同じ幼稚園に通っていた子は、女の子ばかりだったので、女の子とばかり遊んでいました。
幼児で男の子と女の子が一緒に遊ぶことが多くなると、お互いに遊びたいことを交互に遊ぶ!という、とても平和的かつ友好的な関係が築けます。
この女の子との午後の遊びは、小学校の低学年まで続いていました。

明らかに趣味思考が違っているということに、子供心ながら、お互いが気づいたので、喧嘩もしなかったというところでしょうか。お互いが歩み寄ったというのが、一番大きな理由だったのかもしれません。

僕は、母に涙が流れるセルロイドの人形を買って貰ったし、ぶー・ふー・うー(三匹のコブタ)のお人形も買って貰いました。女の子は電池で動いて、何かにぶつかれば方向転換するという、今では古典的な動きと称されて、当時は羨望の眼差しの大きなトローリーバスを持っていたので、これは多分、僕の遊びに合わせて、親に買って貰った玩具だったということになるのでしょう。

セルロイドで出来た身体を斜めにすると、涙を流す・お人形の涙の正体は、単なる水でした。
人形の背中に、取り付けられたセルロイドのカバーを外して、水を補給するのですが、セルロイドの・お人形が着ている洋服を脱がすという行為が、当時の僕には、何故かとても恥かしくて、誰にも見られない場所で行っていたことを、たった今・思い出しました。
人間って、不思議なことを不思議な時に、思い出すものなんですね!

不思議なことに、僕が人形遊びに興じていることを、母はとても喜んでいました。
僕には兄がいるのですが、母は女の子が欲しかったようで、僕が女の子として生まれてくれば良かったという願望が、母の心の片隅にあったようでした。
母は僕を愛情一杯で育ててくれたので、単なる願望であったことは間違いありません。
僕が、お人形をオネダリしたりするので、時々・女の子の洋服を着せられるようになりました。

女の子の洋服を着た、僕の子供の頃の写真が数枚あって、僕が、とても楽しそうに写っているので、僕も、それが嫌いではなかったようです。そんな母の思い出も、僕が小学5年生の時に途絶えています。人の命は果かないものだと、今でも思っています。

女の子の名前はY子ちゃんというのですが、そのY子ちゃんと『クルマ屋さん・ごっこ』をして遊んだ思い出が沢山あります。床の上に、僕が持っていた玩具のクルマを全部ならべて店開きします。そのクルマを、Y子ちゃんが買いに来る・・・という単純な遊びでした。
『これは幾らですか?』と聞かれて、幾らと答えたという記憶は残っていないのですが、遊びの最後になると、必ずメルセデスベンツ190SLに、Y子ちゃんを乗せてドライブに行くという展開になていたことだけは、今でもハッキリと覚えています。

メルセデスベンツ190SL・ロードスター。
105馬力しかないのですが、105馬力/7500回転という高回転時に発生させています。
190の名前が示すように、1.9リッターです。OHV全盛期の時代のSOHCです。

ボディーカラーと同色のホイールキャップのメルセデスを、子供の頃から好きでした。
メルセデスをスポーツカーという概念で捉えていなかったのですが、単純にメルセデスはボディーカラー同色のホイールキャップを装着しているものが、一番格好良いと思っていました。
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こちらは、ガルウィングの300SLの内装。
価格は190SLの倍ぐらいしていたのですが、馬力も倍以上の215馬力です。
半世紀以上も前のクルマなのに、SOHCドライサンプで、加給機はインジェクションでした。

ポルシェ964RSも993RS(ボンネット&ドアーがアルミ製)も、真っ青になる、ガルウィング・ドアー&フロントボンネット&リアトランクフードはアルミ製でした。
ボディ剛性を上げる為に、サイドシルの幅が極端に広くなってしまったので、苦肉の策として、ガルウィングのドアーになったと言われています。
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ボディー同色のメーター廻りは、半世紀も前に完成しています。
僕が自分のポルシェで、ボディー同色の内装仕上げを好むのは、オプション設定されたからではなく、流行に左右されているからででもなく、僕が子供の頃に憧れた、クルマそのもを追い続けているだけだということが、判って頂けたら幸いです。
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小物に、果てしなくコダワルのも、20歳の時に、自分の部屋に置いたジョン・プレイヤー・スペシャルのスチール机と同じように、ワンオフというものに、永遠に憧れているからです。
(ジョン・プレイヤー・スペシャルのスチール机については、あとで書いてみたいと思っています)
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幼い頃に、そんなふーに、『クルマ屋さん・ごっこ』をして遊んでいました。
この、『何とか・ごっこ』というのが、僕は大好きで、どんな場所にいても、何をしている時にでも、、『何とか・ごっこ』という遊びを、僕は今だに思いつきます。

先日(かなり前ですが)、BPさんのブログにもコメントとして書かさせて頂いたのですが、クルマで名古屋や大阪に行く時には、『ルマン1時間』を数回行ったり、ナビの表示する距離数に合わせて、『488キロ耐久』とか、『392キロ耐久』とか、その都度、適当な名前をつけて一人遊びを楽しんでいます。こんな遊びをしながら走って行くと、距離は感じなくなるし、ピットインもしなくなります。大阪ぐらいならば、楽勝に無給油・無休憩で行けるようになります。

弊害としては、日常生活でセルフのガソリンスタンドで給油する時にも、思わずタイムを計ってしまうことぐらいです。

中学の時に大好きだった女の子と、映画を観に行ったことがありました。
大好きだったけれど、付き合っていたワケではないので、その時は、ただの友達でした。
映画を観に行った日は、僕の誕生日(15歳です・笑)をチョット過ぎていた頃でした。
誕生日のプレゼントとして、映画を一諸に観に行ってくれたというワケです。
誕生日の当日に一緒にいなかったということが、如何に好意を寄せられていなかったということの証です。
僕は映画を観に行った時に、彼女にこんなお願いをしています。
『スター・ごっこ』がしたい・・・・・こうお願いしました。
つまり、彼女は芸能界における超有名な売れっ子スターで、僕は、一日限りの恋人募集という豪華景品に当選した熱狂的なファンという役割で遊んで貰いました。

こんなふーに、日常とかけ離れた状況にすれば、大好きです!は連発できるし、手はつなぎたい放題だし、好きなことや、好きなもの、困っていること、助けて欲しいこと、欲しいもの、行きたいところ、はたまた・お風呂に入る時間まで一日で聞くことが出来ます。

僕は彼女とは、一度も同じクラスになったことがなかったので、事前情報も殆どありませんでした。スターとして接することが、楽しいハズなのは判っていたので、こんな、『ごっこ』遊びをしました。その後、『スターのお宅拝見・ごっこ』とかに、遊びは進展して行き、僕と彼女の付き合いは高校まで続きました。そんな思いで多き彼女は、今は神奈川にお住まいで、二人のお子さまがいらしゃいます。(彼女の名前はM子さんで、このブログの読者です)

『クルマ屋さん・ごっこ』のY子ちゃんは、今でも近所にお住まいです。
Y子ちゃんは、今では、普通のおばさんに成り果てていて、普通のおじさんに成り果てた僕と、時々お茶をしに行っています。

普通のおばさんY子さんの、子供の頃の、普通のおじさんとの思いでは、『クルマ屋さん・ごっこ』などではなく、『お医者さん・ごっこ』と、恥かしがることまなく堂々とおしゃいます。
女性の記憶は妙に片寄っているものと、思うと同時に、今、Y子さんと遊ぶのならば、『鬼ごっこ』か『かくれんぼ』が希望です。『老人ホーム・ごっこ』や『病院・ごっこ』だけは、『ごっこ』が付かなくなりそうなので、止めておきましょう。(普通のおばさんY子さんも、このブログの存在を知っています)

『クルマ屋さん・ごっこ』が大好きだった僕が、大人になった現在も、『クルマ屋さん・ごっこ』で遊んでいます。主要幹線道路にあるクルマ屋さんの感覚で、『クルマ屋さん・ごっこ』を楽しまさせて頂いております。部品取りというクルマに興味を持ち出したのも、、『クルマ屋さん・ごっこ』の影響です。

部品取り車を購入する場合には、そのクルマの廃車証明があった方が、当然のことですが、あとで処分する時に、手間ひまが掛かりません。

廃車証明が用意できない部品取り車の場合でも、(少々時間は掛かりますが)合法的に捨てる方法はあるので、臆せずことなく欲しいものは購入した方がよいです。

こんなことを趣味として、遊んでいる人は僕だけだと思いますが、置いておく場所が確保できるのでしたら、これが究極の・お金が掛からないクルマ道楽だと思っています。

親友T君の母上が乗っていた、92年の190E2.3を、数年前に15万円(走行3万キロ弱)で購入しています。ラジエーターが破れてしまったので現在は入院中です。

この92年の190E2.3の部品取り車として、91年の190E2.3スポーツラインを親友M君から無償で頂き、現在も保管してあります。
頂いた部品取りの190E2.3スポーツラインは、フロントを軽くクラッシュしているので、ラジエーターを剥ぎ取ることが出来ませんでした。

今までに、剥ぎ取って活用したのは、ステアリング、リアトランクフード&左右テールライト(知人へのプレゼント)、オルターネーター、パワーウィンドウモーター、右サイドミラーといったところでしょうか。
部品取りの91年の190E2.3スポーツラインは、内装がオールレーザーなので、内装パーツの全てを交換しようと思ったことがありました。
スポーツラインは左ハンドルで、実動している190E2.3は右ハンドルなので、完璧な作業はできないと判断して諦めました。

15万円という割安な価格で購入した92年の190E2.3ですから、出費もなるべく抑えて遊びたいというのが、部品取り車を用意しているというのも理由なのですが、単に古いクルマで、こうした『解体屋さん・ごっこ』という遊びをするのが、好きということが最大の理由だと思っています。

因みに、この2台の190Eでメーターを交換すれば、以前にお話ししたようなクルマに仕上がることになるワケです。
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今のような、夏の季節になると、僕はルノーサンクに乗るのが辛くなります。
辛くなった理由は、僕の根性が失せてきたという簡単な理由からです。

つまり、夏にクーラーや、エアコンがないクルマに乗る根性が失せてきてしまったということです。以前の僕は、自分が日常生活で使用するクルマであっても、オートマ(AT)使用は認めていなかったのですが、15年ほど前にオートマ使用許可書を、自分で自分に与えてしまいました。これは、マニュアルを運転するという根性が失せたのではなく、中古車として購入するクルマの間口を広げたからです。マニュアル車をだけと限定にしてしていたので、程度の良い格安のオートマ車を、自ら放棄していることが多いことに、気づいたからでした。

皆さまからみれば、クーラーや、エアコンは必需品ということになるのでしょうが、旧車好きな僕にとっては、このクーラーレスに対する根性喪失は、とても大きな出来事になるのです。

僕が捉える、仕事が主体の日常生活パターンで考える理想的なサイズのクルマは、全長が4メートル以内で、全幅は165センチ前後までということは、既に説明させて頂きました。
それが旧車でなければイケナイというところに、僕の根性喪失が大きく影響して来ます。
殆どの旧車は、クーラーもエアコンも装備されていないか、あるいは、クーラーまたはエアコンが装備されていたとしても、容量不足で効きが悪かったりしています。

涼しく乗りたい!ということを、条件として掲げてしまうと、旧車選びの醍醐味が味わえないということになります。

車種にもよりますが、少なくとも15年前後は経過しているクルマでなければ、旧車としては楽しめないと、僕は思っています。

僕は、旧車である条件を満たしていて、その大きさが僕の決まりをクリアーしていれば、、それが、どのような車種であっても、日常生活で使用可能なクルマのグループ仲間ということになります。

ワーゲン・ポルシェ914も、全長が、4㍍以内ギリギリなのですが、同じグループ仲間に入れると解釈しているので、僕は時々914を日常生活で使用しています。

つまり、僕が日常で使用出来ると思っているクルマは、ツーボックスのクルマだけを指すのではなく、僕の決めたサイズ内に納まっているか?ということだけが、グループ仲間としての仕分けの基準になっています。

僕は毎日クルマで市街地を中心に走行しています。
そして仕事の都合で、どなたかを乗せる必要がある時には、それなりの別のクルマを使用しています。

通常の仕事では、どんな種類のクルマに乗って出かけても、仕事に影響を及ぼさないので、クルマ好きな僕としては、理想的な日常生活を送っていると、我ながら思っています。

クルマがサイズ的に納まっていれば、2シーターミッドシップであろうと、タルガトップであろうと、フルオープンであろうと、2枚でも3枚でも4枚でも5枚でも何枚のドアーを持っていようと、全て問題がありません。極論すれば、BMWイセッタのような1枚ドアーのクルマであっても、構わないということになるワケです。
(キャビン・スクーター自体がイタリアで生まれているので、僕の中での仕分けとしては、『BMWイセッタ』はラテン車になります)
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日常の足として、過去に乗って来たクルマを数台あげれば、アウトビアンキY10・アウトビアンキA112アバルト・フィアット500(チンクェチェント)・ルノーキャトル・シトロエン2CV・・・等こんな感じのものを、好んで乗って来ました。
アウトビアンキA112アバルト。アウトビアンキはフィアットのブランドのひとつです。
蠍(サソリ)のマークで有名なアバルトチューン版ですが、アバルトの名を存じている方は、もはや、お年寄りの部類のようです。
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アウトビアンキY10。アウトビアンキA112の後継モデルです。ランチャアY10とは同一モデルです、ランチャアY10の後継モデルが、ランチャア・イプシロンです。
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ルノーキャトルは、このシフトレバー(昔はこの形状が珍しかったので)に惹かれたのですが、元来4ドアー車が好みでないので、お付き合いは僅かでした。
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シトロエン2CV。雰囲気は最高に好きだったけれど、あまりにも遅すぎました。
僕には、まだまだですが、行動範囲がもっと狭くなれば、楽しいクルマだと思います。
80歳に成らないと、この良さは判らなそうです。
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フィアット500(チンクェチェント)。ご存知・ルパン三世のクルマです。投影面積で4㎡もないので、まるでユニットバスみたいです、全長が3メトールもないのが、魅力です。
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10年ほど前までは、今にも増して・スポーツカー命の人だったので、ウエストフィールド・ケーターハムSUPER7・バーキンセブン・ベック550・ホンダS800クーペ・フィアットX1/9・MGBなどというものを強引にも日常の足として乗って来ました。
雨にも負けず・風にも負けず・夏の暑さにも負けず・冬の寒さにも負けず、ただ・ただステアリングを握っているだけで楽しくって仕方がなかった若かりし頃(?)でした。
フィアットX1/9。うちの奥さまの嫁入り道具として、特に有名(笑)
とても小さなラジエーターなので、直ぐにオーバーヒート気味になります。
よって、嫁入り道具は、フィアットX1/9+陸軍の水筒でした。
ベルトーネのデザインで、914より明らかに外装&内装は◎、利便性&走りは914が◎でした。
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MGB。僕の婿入り道具として、特に有名(笑)
センターロックのワイヤーホイールはMGBの定番中の定番です。
フロントエンブレムの色が年式によって違うなど、ポルシェと似ています。
新婚生活は、他のクルマを処分したので、このMGBとフィアットX1/9の2台体制で優雅にスタートしました。
うちの奥さまの両親が来る度に、2台4人体制で、何処までも遊びに行ったのでした(笑)
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今でも、昔でも、僕が日常の生活で使用するクルマで一番大好きなものは、中古車です。
その中古車は、数万円から数十万で購入できるクルマを指しています。

僕の記憶では、ケーターハムSUPER7の購入価格が一番高くて250万だったと記憶しています。これは、日常の生活のクルマとしてではなく、僕にとっては別枠のスポーツカーとして購入しています。運転が、楽しくって仕方がないほどだったのと、サイズ的にも使い易かったので、日常の生活車として使用しました。バーキンセブンとベック550スパイダーも同じ理由で、日常の生活車になっています。
殆どのクルマが100万円以下で、主たる価格帯は30万円前後です。
ケーターハムSUPER7は、その後、280万円(30万円の利益)で手放し、他車(スポーツカー)の購入資金の一部となりました。
ケーターハムSUPER7。1700SSでしたが、マフラーでよく火傷をしました。
首都高速道路を走ると、車高が低すぎて、ガードレールとコンクリートウォールしか見えないので、わき見運転の心配は絶対ありませんでした。
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■こんなふーに、思う気ままに書いています。
■ご興味があるという素敵な方は、 超長文ですから・・・・その4です!(Back Seat of My Car)へ勇気を持って、お進みくださいませ。
(番外編)7月7日七夕ナイトツーリング
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by seiuchi-porsche9 | 2006-07-30 06:58 | クルマ雑学(クルマ雑談)