戦闘的に走れ!

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2006年 09月 30日

Dear Friends(元気です!)

9月は、仕事が忙しく更新が出来ませんでした。
我ながら不甲斐ないです。

五平餅オフと自動車博物館見学ツーから戻ってからは、クルマと離れて仕事をしていました。
2泊3日の帰りの18日には、950キロを一日で走りました。
950キロを一日で走ったことで、大好きなクルマの運転と離れることが出来たのかも知れません。
でも、950キロという抗生物質の効果は1週間ほどで薄れてしまいました。

走りたい!
運転したい!

こんな禁断症状が現われてしまい、仕事が、ほんのチョットだけ一段落した昨夜は310キロほど走ってしまいました。
この310キロ走行を、概ね首都高速道路(全線)だけの走行で達成したことに、我ながら呆れています。

戻って仕事をしなければイケナイという気持ちが、心の片隅にあったので、遠くには行けなくて近場を走っていました。
でも、気付けば310キロになっていました・・・・いつものことばがら、おバカさんですね!
こんな戯れに、眠さと闘いながらも、気持よくお付き合いしてくださったAちゃんありがとうございました。

(それにしても、深夜営業とはいえ港区の某GSのハイオク173円は立派過ぎます)

そんなワケで、今日も仕事をしています。
仕事をしていると、僕は自分を自分で缶詰状態の監禁状態にするので、楽しい息抜きは、この時期だけは1日1時間と決めたネットと、親友からの予期せぬ電話だけです。

親友からの電話は、明るい話題ばかりで、僕を励ましてくれます。

一昨日の28日に、親友H君がアルファロメオを注文しました。
ショーモデル発表時から、H君が興味を抱き続けてきた、Alfa・8C・Competizioneです。

納車は再来年の初めになるようですが、楽しみがまた増えました。
5色のボディー色から、決めたカラーは8C限定色の8Cレッドです。

Alfa・8C・Competizioneは再来年の納車です。
その時までに、このブログが持続出来るかは限りなく?ですが・・・魅力的なクルマのステアリングを握らさせて貰える日を楽しみにしています。
おめでとう、H君!
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こちらが、8Cの先祖です。
(8Cクーペ2900)
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Alfa・8C・Competizioneは500台の限定生産で、申込金が600だそうです。
F430の申込金が200なので、3倍の設定になっているところが興味深いところです。
価格は2200でオプションは別途(価格未定)とのことなので、乗り出し価格はF430と大差がないようです。

F430といえば、あの996ターボ乗りの親友K君が注文していたF430の納車が、来年3月に確定したと、26日に電話がありました。
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K君が注文しているF430は、赤でも黄色でもなく、黒でもなく、少々ワルぽっくを目指したボディーカラーです。
納車まで、あと数ヶ月になったので、こちらもステアリングを握らさせて貰える日を楽しみにしています。

K君は、997ターボも注文するとのことなので、996ターボを手放すことになります。
その時に、もしかしたら僕のイケナイ触手が動くかもしれません。
K君のローダウン996ターボを、964カレラ4以来の4駆911として経験するのも一考かなとも思っています。
でも、他にも欲しいクルマがあるのも事実なので不確定です。

いずれにせよ、K君は手放すことが確定しているようなので、興味がある方はどうぞです。
(01年ソリ黒MT、内装ボクスターレッド、GT2用純正フルエアロ換装、GT2用純正キャリパー&ローターに換装、ゲンバラ純正マフラー換装、H&Rローダウン、ゲンバラ純正ホイール付属、インダシュナビ&ETC、他多数)
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次は、最近の出来事ではないのですが、毎日のように電話で話している親友M君に関することです。
実は、親友M君のもとに、アストンマーティン・バンキッシュSが納車されています。

8月4日の納車でした。
納車に辿り着くまでの約1年間を、僕も一緒に楽しみました。

バンキッシュSに決めるまでの、クルマ屋さん巡りが凄く楽しかったです。
バンキッシュSと決めてから、外装色や内装色の選択も、とても楽しかったです。

特に、バンキッシュSの内装に関しては無限と言っていいほどの選択肢があります。
好き勝手に選択しても料金には殆ど反映しないところが、最大の魅力でした。

最初に、親友としてバンキッシュSよりマンション購入と伝えた(笑)、僕の意見は全く通らなかったけれど、バンキッシュSに関する僕の意見は、隋所に取り入れてくれました。

納車までの1年間は本当に楽しいことの連続だったので、M君と僕にとっての一大プロジェクトを、いつか書いてみようと思っています。
7月12日に港より入庫しました。
(その日のナンバーなしの画像です)
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この時点での室内は注文したものとは若干の違いがありました。
納車された時には、注文した仕様に仕上がっていました。
クルマの創り方は、奥が深いと思いましたが、これもあとで書いてみようと思っています。
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8月4日の納車時の模様は、やすさんの人気サイト「やすのスポーツカー大好き!」に掲載されています。
僕も同席させて頂きながら、大幅に遅れをとっている投稿が、僕のブログの特徴といえば特徴です・・・。
(やすさん、画像拝借させて頂きましたので御了承願います)
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親友の仕事が順調なことを、僕は自分のことのように嬉しく思っています。

僕の仕事はといえば、この2年あまりを、今までに経験したことのないようなドン底の状態でいます。
仕事が順調な親友と一緒にいると、人生に色々なヒントを与えてくれるし、前向きに生きることも教えてくれます。

僕にとってのクルマとは、僕の大好きな物であると同時に、僕の大好きな者を、僕に与え続けてくれる物だと思っています。

一日一歩・三日で三歩、三歩進んで二歩さがる・・・僕はマイペースで、こんな感じなのですが、ツーリングで遊んでしまうと、一日3歩ぐらい進まないといけなくなるので、寝る時間がなくなっています。

僕は、こんな感じで、仕事は不調ながら元気です。
親友が大きく羽ばたけば、羽ばたくほど、僕も頑張ろうと思う気力が湧いてきます。

最近は、ブログの皆さんに励まされ、オフ会にも参加させて頂いています。
これは、本当によく効く抗生物質で、心から感謝しております!

by seiuchi-porsche9 | 2006-09-30 13:01 | マイ・フレンズ
2006年 09月 29日

■「全国ボクスター祭り2006」■

■「全国ボクスター祭り2006」■ が開催されます。
参加申し込みの締め切りは、本日9月27日23時とのことです。
詳細はこちらです。



下記は昨年の画像です。
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986も大好きです!
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987も大好きです!
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ボクスターの先祖は914だと思っています!
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僕もエントリーさせて頂きましたので宜しくお願いいたします。


追伸
ついに3代目も不動になりました。
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こちらの個体がありましたら、御連絡してください<関係者各位さま。
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更新が遅れていて申し訳ございません・・・・・、今日中に仕事が一段落する予定ですが・・・・、予定通りに進むかな?・・・・でございます。

by seiuchi-porsche9 | 2006-09-29 12:37 | ポルシェ987ボクスター
2006年 09月 18日

【917五平餅オフ】&追記【918無事帰宅報告】

PANDAさん主催の五平餅オフに参加させて頂きました。
ご参加の皆さま、昨日は楽しい一日をありがとうございました。
暴雨ではなかったので、『晴れ男』の効果が多少はありましたかね?

せと君を、ナビシートに乗って頂き、
『戦闘的に走れ!って、こんなもんですか?』
と言われそうで、とても緊張した一日でした(笑)
せと君、楽しい一日をありがとうございました。

今朝も、僕は名古屋にいます。
今から、日本海側に旅立ちます。

PANDAさん、ご参加の皆さま、本当にありがとうございました。

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(ふみのすけさんの画像を無断借用しちゃいました・ありがとうございました)

追記
18日は、石川県にある日本自動車博物館見学に、行って参りました。
17日、18日と楽しいツーリングから無事に帰宅しております。
先ずは、簡単な御報告とさせて頂きました。
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by seiuchi-porsche9 | 2006-09-18 07:33 | オフ会 ツーリング
2006年 09月 14日

Paranoidその④(君に薔薇薔薇と…いう感じ! )

前回も、こんなことを書きました。

クルマは壊れて、自分の思い通りにならないものだと思って来ました。
自分の思い通りにならなくて、時として、ご機嫌をそこねるのが、クルマの魅力だと思って来ました。
オーバーヒートと、エンジンブレーキという、自動車用語を子供の頃に、自然に覚えたとも書きました。

日産チェリーGL1000の次に、オーバーヒートの思い出が多いクルマは、BMW320iAです。
僕のBMW320iAは、記憶では79年式です。
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BMWの当時のインポーターは、BMWジャパンではなく、バルコム・トレイディングでした。

3シリーズ、5シリーズ、6シリーズ、7シリーズと、全てのシリーズが、正規物としてバルコム・トレイディングが、輸入していました。

ただ、3シリーズに限っては4発しか正規輸入されていませんでした。
従って、僕のBMW320iAは、4気筒でした。

当時の憬れは、なんといっても、BMW633CSiAでしたが・・・・。
(画像は、635CSi)
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僕は、BMW2002Tiiや、BMW2002ターボのように、小さめなボディーに、パワーのあるエンジンを載せたBMWも大好きでした。
当時の3シリーズで、一番パワーがあったのは、6発を搭載していたBMW323iAでしたが、正規輸入はされていませんでした。

パワーと希少性の輸入車は、並行物で占められていた時代のお話なのですが、正規物も、79年で、BMW320iAの輸入を中断し、BMW318iAの輸入に入れ替わりました。

こうなると、正規物の中での、存在価値が出てきたので、ニンマリした記憶があります。

ボクスター987Sのエンジンが、3.2から、3.4へ変更されましたが、仮に、3.4から、3.2へ変更された場合には、現987Sオーナーが、ニンマリしたことでしょう。

そんな有り得ないことが、輸入もとの都合ながら、実際に起きていた時代でした。

現行で購入出来るクルマより、前モデルの方が、パワーと排気量で勝っている場合の、前モデルの中古車相場は、高値安定するハズと読んで、購入したクルマが、BMW320iAでした。
購入動機は、とても不純なのですが、BMWは10数台乗り継いでいるので、大好きなメーカーであることに間違いはないところです。

今でも、小さめなボディーに、パワーのあるエンジンを載せたBMWが大好きです。
願わくは、M3よ、これ以上大きく成らないで!です。
大きく成らないでは、ポルシェ911も含めて、全車種共通でしたね。

僕の、79年式MW320iAは、オーバーヒートという、持病を抱えていました。
当時は、熱海や、伊豆高原に行くことが多かったので、真鶴道路や、135号線を、利用していました。

オンシーズンの真鶴道路は、脇道の旧道を含めて、渋滞するのは、今も昔も同じです。

79年式MW320iAは、滅多なことでは、オーバーヒートなどしないのですが、炎天下での渋滞では、30分ほどで悲鳴をあげるクルマでした。

僕が、渋滞と称するものは、関東の人が指す渋滞になります。

大阪や、名古屋に、お邪魔して、いつも思うことがあります。
大阪や名古屋で見かける、道路交通情報の渋滞表示とは、関東人にとってみれば、渋滞という言葉には当てはまらず、やや流れのよくない道路といった感じに映ります。

ETCの利用に関しても、地域差を感じることがあります。

大阪や、神戸でしか経験したことがないので、名古屋や、他の地域がどうなっているのかまでは、判りませんが・・・。
首都高速道路や、東京近郊を走る有料環状線は、深夜割引や、通勤割引等の割引があった場合には、こうなります。

それは、初めに、ETCゲートを通過した時点で、割引された料金が、表示されます。
つまり、通用の料金が700円で、深夜割引が560円だとすると、ETCゲートに入った時の表示金額が、560円になっているということです。
最初の徴収金額は、割引後の560円になっているということです。
これは、関東の人から見れば、当然のことと受け止めるでしょう。

大阪の高速環状線(こんな名前でしたっけ?)を利用して、驚いたことがありました。

判り易いので、東京と料金を同じ700円で、考えてみてください。
通常料金が700円で、割引後の料金が560円という仮定で書いてみます。

それは、ETCゲートに、最初に入った時には、通常料金700円で徴収されます。
実際には、大阪や神戸の道路に、どんな割引があるのか、僕は判っていないので、ETCを最初に通過する時の表示金額が、700円であっても、560円であっても、よく判っていません。

反対にいえば、関西の人が、首都高速のETCゲートを通過して、その表示金額が560円であっても、何も気付かないことと同じでしょう。

神戸や、大阪で、経験したことは、ETCで料金を徴収されてから、暫く走行していると、ハッキリした言葉の記憶がないのですが・・・。
『140円の戻しです』
とか、
『140円のお返しです』
とか、そんなことを、ETC本体が告げることでした。

ETC本体が、
『料金は●▲■円です』
としか喋ることしか知らない僕にとっては、
『●▲■円戻します』とか『●▲■円のお返しです』
とか、喋られてしまうと、これは大好きな、お店屋さんゴッコと同じです。

最初に、ETCゲートを通過する時に、
『700円のお預かりです』
とか喋ってくれたら、
『●▲■円戻します』
とか
『●▲■円のお返しです』
とかが、凄く判り易いのにと、思ってしまいました。

79年式MW320iAの話題から、外れたついでにもうひとつです。

エスカレーターを利用するときに、東京では左側に立ちます。
左側に立ち、右側を空けておき、右側は階段と同じように、エスカレーターの段を登って行く人が使用します。

大阪は、東京とは全く反対で、右側に立ち、左側を空けてあります。
つまり、右側に立ち、左側を空けておき、左側は階段と同じように、エスカレーターの段を登って行く人が使用します。


東京と大、阪という、東西の横綱では、こんなにも色々と違うのだと、驚くことがしばしばあります。

そうなると、東京と大阪の間にある名古屋は、どうなっているのだろう?
僕の興味は尽きません。

僕の想像では、名古屋は、位置的に、大阪よりなので、大阪流なのではないかでした。
つまり、右側に立ち、左側を空けておき、左側は階段と同じように、エスカレーターの段を登って行く人が使用します。

今春、念願かなって、名古屋の松坂屋のエスカレーターに乗りました。

そこで、目にした光景は、左右バラバラでした!

これは、僕にとっては、予想を反するという大好きな出来事で、名古屋も更に好きになってしまいました。
ETCの料金徴収方法も、名古屋流があるのかと、僕の興味は尽きることを知りません。

エスカレーターの使用方法も、大阪と名古屋の中間にある京都では、どうなっているのでしょうか?
こちらも、知りたくって仕方がないところです。

僕は、こうして、余談ばかりで話の進展がない人です。

伊豆は渋滞する→東京の渋滞→大阪・名古屋の渋滞→ETC→エスカレーターですからね(笑)

話は戻って・・・。
79年式MW320iAは、滅多なことでは、オーバーヒートはしないのですが、炎天下での渋滞では、30分ほどで悲鳴をあげるクルマでした。

79年式MW320iAは、日産チェリーGL1000と同じように、渋滞に巻き込まれると、水温計の針は120度以上にあっていう間になります。

ただ、79年式MW320iAが、日産チェリーGL1000と、大きく違っていたのは、炎天下の時以外は、オーバーヒートはしなかったという点です。

言い換えると、日産チェリーGL1000は、真冬の凍てつく寒さの中でも、渋滞に遭遇すれば、ラジエーターから噴出していたワケです。
僕が経験した、オーバーヒートのクルマとして、日産チェリーGL1000を、一番最初に取り上げたのは、オールシーズン・オーバーヒートなクルマだったからです。

79年式MW320iAが、日産チェリーGL1000と、大きく違っていた点が、もうひとつありました。

それは、日産チェリーGL1000で極めたハズの、水温計が120度まで上がるギリギリまでは我慢して、120度を過ぎたら、渋滞している道路から、一目散で脇道に入り、一目散で空いている道路を捜して、一目散で100キロ以上出すという、一目散だらけの解決方法が有効ではありませんでした。

そもそも、伊豆の真鶴道路や、135号線には、100キロ以上を出せる脇道もないのですが、他の場所で渋滞に巻き込まれた時に、試みてもダメでした。

100キロ以上で数分間でなく、10分近く走行すると、水温計は下がってきます。
ラジエーター本体の温度を、フロントグリルの隙間から入ってくる強風で、一気に冷やす方法が効果がないということは、79年式MW320iAのラジエーターの設置場所が、高温多湿な地域には適していないということになるのだと、僕は想像しました。

これを解決する方法で一番簡単のことは、強制ファンの装着です。

しかしながら、MW320iAには、強制ファンが装着されているし、オーバーヒートしている時には、強制ファンは全開で回っています。

僕は、こうした自分の些少な知識でも解決出来そうな場合に限っては、自分で試し続けるということに、喜びを感じます。

真夏の日中に、ビニール製のパイプ車庫の中に、MW320iAを入れて、エンジンを高回転で保ちました。
暫くするとオーバーヒートが始まりました。
次に、ビニール製のパイプ車庫の中から、MW320iAを外に出しました。

エンジンはかけたままなので、オーバーヒートの状態を保っています。

工場内等で使用されている、大きな扇風機を用意して、MW320iAのフロントグリルに、風を当てました。
100キロ以上のスピードで、効果がなかったのと同じように、大きな扇風機でも水温は下がりませんでした。

ボンネットを開けて、エンジンルームを覗いてみました。

その時に、ふと、あることに気付きました。
強制ファンは、フロントグリル側ではなく、エンジンルーム側に付いていることでした。

これは、単純なことで、強制ファンとは、その場所に付いていて当たり前のことなのですが、その時には、アメリカ大陸を発見したコロンブスのように、新たな発見に思えたのでした。

水温がある一定の温度に上がると、強制ファンが回りだします。
サーモスイッチが、壊れたりすると、強制ファンは回らなくなったりしますが、僕自身がサーモスイッチに成れば、解決の糸口が見えてくるような気がしました。

室内に、強制ファンを回す、強制スイッチを増設しようと思いつきました。

僕は、ここまでの人で、その後の作業は、いつも、御世話になっている整備工場です。

室内に、強制ファンを回す、強制スイッチを増設して、オーバーヒート防止の効果があるのかは、判りません。
でも、自分で思いついたことの、結果を知りたいという気持ちで一杯です。
自分の思いついたことですので、強制スイッチ増設という、多少の出費はあっても、後悔だけはしません。

果たして、その結果とは・・・・。

ものの見事に失敗しました!

完璧なまでに打ちのめされた敗北ではなく、左右で多少のジャブを出し続けたけれど、ストレート一発で決められてしまった・・・こんな結果でした。
つまり、強制ファンを回す、強制スイッチを早めに入れておくと、オーバーヒートするまでの時間が、多少は稼げるように変化しただけでした。

ラジエーター容量の増設は、ラジエーターの交換になるので、僕の眼中には最初からありませんでした。

強制ファンを回しても、何故、オーバーヒートするのだろうか?
そのことについて、今度は考えてみました。
エンジンルーム内で熱くなった空気を巡回させて、回し続けていつからではないか?と、僕は思い始めました。

僕は、凝りもせずに、また、真夏の日中に、ビニール製のパイプ車庫の中に、MW320iAを入れて、エンジンを高回転で保ちました。
暫くするとオーバーヒートが始まりました。
次に、ビニール製のパイプ車庫の中から、MW320iAを外に出しました。
エンジンはかけたままなので、オーバーヒートの状態を保っています。
工場内等で使用されている、大きな扇風機を用意しました。
ここまでは、前回と同じです。

この大きな扇風機の風を、MW320iAのフロントグリルに当てるのではなく、強制ファンが回っているエンジンルームに向けました。

水温計は、みるみるうちに、下がり続けました。
MW320iAのオーバーヒートの原因が、僕なりに見つけ出せました。

僕の、次なる発想は、強制ファンに風を送る小型扇風機を、エンジンルーム内に設置しようでした。
小型扇風機は、当時のトラックの室内に置いてあるようなものだったので、いつも御世話になっている整備工場に行けば、どうにかなるだろうと思っていました。

いつも御世話になっている整備工場のオヤジさん(今もバリバリの現役です)に、小型扇風機をエンジンルームに増設してと、頼みました。

『そんな場合は、プロペラの枚数を増やせばいいじゃ~あん!』

プロペラの枚数を増やすとは、強制ファンとして使用されている羽根の枚数を増やすということです。

『・・・・・・』
無言のまま、立ちつくす僕に、
『プロペラの枚数を増やす場合でも、強制スイッチはあったほうが良いので、無駄なことしていないからね。』
僕が、今でも御世話になっている、整備工場のオヤジさんとは、こんな人です。

僕のクルマに関する些少の知識で、僕を最大限に遊ばせてくれるオヤジさんです。

メルセデスやBMW、ポルシェといったディラーがあるクルマに関しては、僕はディラーの整備工場に修理を出しています。

旧車や、ディラーでは手に負えなくなったクルマの修理は、このオヤジさんのいる整備工場に御世話になっています。
つまり、僕のクルマの駆け込み寺です。

僕のポルシェセンターの担当メカが見学に行ったほど、不思議な魅力がある人です。

存在しないパーツは作ればいい・・・今では、とても貴重な人です。

正規物のBMWを購入して、オーバーヒートで苦労する。
こんな楽しかった時代は、遠い昔のことです。

何度も書きますが・・。
クルマは壊れて、自分の思い通りにならないものだと思って来ました。
自分の思い通りにならなくて、時として、ご機嫌をそこねるのが、クルマの魅力だと思って来ました。

輸入車が壊れなくなったのは、ここ10数年です。

この20年間で、僕の中で一番壊れたクルマの思い出とは・・・・。
次は、このクルマについて書いてみようと思っています。

多分、皆さまの想像通りのクルマではないかと思っています。

by seiuchi-porsche9 | 2006-09-14 15:57 | 遍歴
2006年 09月 11日

800番台ポルシュ期間限定販売!(■追記掲載■)

2006年9月11日午前0時発。

いつのまにか、コードナンバーが997番まで来てしまったポルシュは、800番台のポルシュ2車種を投入したようです。
入手した資料によると、その2車種はミッドシップのオープンツーシーターで、空冷エンジンと水冷エンジンという両極端なエンジンが搭載されています。

2車種のスペックです。
ポルシュ914の再来と噂される、空冷ミッドシップのスペックです。
■全長4315全幅1780高さ1290(㍉)
ホイールベース2415(㍉)
車両重量1335(㎏)
空冷水平対向6気筒DOHC
排気量3179(cc)
最高出力252馬力/6250回転
限定ボーディー色キャララホワイト
岩浅期間限定モデル



水冷エンジン搭載車は、空冷エンジン搭載車より、サイズ的にも、パワー的にも、重量的にも、若干大きくなっているようです。
■全長4330全幅1800高さ1295(㍉)
ホイールベース2271(㍉)
車両重量1380(㎏)
水冷水平対向6気筒DOHC
排気量3200(cc)
最高出力280馬力/6200回転
限定ボーディー色ミッドナイトブルー
敦期間限定モデル


★空冷エンジン搭載車のポルシュtype896、水冷エンジン搭載車のポルシュtype897と名付けらています。

★2006年9月11日午前0時から、2006年9月18日午前0時までの短期限定販売のポルシュです。

★数量限定なしの買いたい放題。


★ご購入は、お近くのコンビニエンスストアがベストのようです。
目印は『ほし〇あき』さんの写真と、『安倍晋〇で、いいのか』です。

★ご購入の際には、年金手帳、普通免許証、一番重要なものは、100円玉3枚&10円玉3枚です。

       ↓








































●フロントビュー
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●リアビュー
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●盗撮地
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●詳細新情報
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★★★くれぐれもェとュをお間違いなきように・・・。

                  (C)STUDIO TORON/集英社


      ■■■★★★9月12日に下記追加させて頂きました★★★■■■

※下記の追記その①ならびに追記その②は、『彼女のカレラ official Web Site』からの引用です※
●●追記その①●●

■■誤植のお知らせとお詫び / WPB編集部■ ■
いつも「彼女のカレラ」をご愛読頂きありがとうございます。本日発売のプレイボーイに掲載の彼女のカレラに誤植がありましたので、お詫びとともに訂正させていただきます。

本誌98ページ  896(誤)→986(正)
        897(誤)→987(正)

大変申し訳ありませんでした。今後とも「彼女のカレラ」と週刊プレイボーイをよろしくお願いいたします
2006/09/11(Mon) 01:55:18


●●追記その②●●
※下記は、『彼女のカレラ official Web Site』からの引用文です※

■■誤植のお知らせとお詫び / トロンHP製作委員会■■
すいません。後もう一箇所ありました。

同ページ    空冷(誤)→水冷(正)

ボクスターはどうやっても水冷エンジンです。
ボクスターオーナー、ならびにファンの方々、大変申し訳ありませんでした。

今後ともよろしくお願いいたします。誤植は単行本収録時に必ず修正します。
2006/09/11(Mon) 15:11:39


★★追記その③★★
■■お騒がせしました / 900番台愛好家セイウチ■■
9月11日、午前7時過ぎのことでした。
『彼女のカレラ』の麻宮騎亜先生との電話で、9月11日発売の「週間プレイボーイ」に掲載の「彼女のカレラ」に誤植があるとの御報告を受けました。

麻宮騎亜先生は、900番台しか有り得ないポルシェで、886と887と間違えてしまったことに、かなりのショックを受けていらしゃいました。

『彼女のカレラ official Web Site』で、誤植のお知らせとお詫びをなさったとのことでしたが、微力ながら、僕も協力させて頂くことにしました。

誤植の御報告は、僕流でよいとの、暖かいお言葉を頂いてしまったので・・・・、すなわち僕流、つまり、こんな御報告の仕方になってしまいました。

最初は、8と9の数字が書き間違えてあるだけだと思っていました。
896と897のスペックを書き写ししている時に、空冷水平対向6気筒DOHCと書かれていたことに気付きました。
僕にとっては、ワクワクするような夢のスペックなので、僕流の御報告は、更に歯止めがきかなくなってしまいました。
この896と897のスペックは、本来の986と987のスペックとは、ホイールベースや排気量その他諸々に、かなりの違いがあることに気付きました。

一番初めのコメント(非公開コメント)は、麻宮騎亜先生ご自身から頂いたものですが・・・。

・・・・・・・調べましたが、ホイールベースは896,897とも同じでした。(^^:)
後若干データ値に違いはありましたが、雑誌によって違っている範囲内でしたけれども、あらためて正しい値を書きますと。

986
全長:4320
最高出力;260/6200
987
ホイールベース:2415
排気量:3179

が正しい値です。
お騒がせいたしました。

・・・・・と、詳細に御連絡を頂いております。

誤植とは、その道のプロにとっては、大変な出来事だということを、改めて知りました。
誤植は単行本収録時に必ず修正します・・・とのことです。

空冷ミッドシップ896・・・僅か1週間の限定販売であるけれど、僕にとっては、大きな夢を与えてくれた思いで深きクルマになることは、間違いがないようです。

お騒がせして申し訳ございませんでした。



追伸
9月11日は、テロの日でもあります。
あの悲しいテロの日です。
ご冥福をお祈りいたします。

そして9月11日は、911の日でもあります。
Mちゃん、結婚記念日おめでとう!

by seiuchi-porsche9 | 2006-09-11 12:10 | マイ・フレンズ
2006年 09月 10日

Paranoidその③(また逢いたいねはもう逢えないね! )

続きです。
ポルシェ924は、ワーゲン・ポルシェ914の後継車と一般的には認知されていますが、僕の中では、ポルシェ924は、ワーゲン・ポルシェ914の後継車ではありません。
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914番と924番なので、番号的には後継車なのかも知れません。
ポルシェ924は、ドアーミラーや、ドアーハンドルに、VWゴルフのものが流用されています。
VW傘下であったアウディのエンジンも流用しています。
クルマを製作する手段としては、ワーゲン・ポルシェ914とポルシェ924は、とてもよく似ています。

でも、僕の中では、ワーゲン・ポルシェ914の後継車は、同じミッドシップのレイアウトを持つ、986ボクスターです。

僕は、ワーゲン・ポルシェ914が学生の頃から、一番好きなクルマでした。
ですから、今でもワーゲン・ポルシェ914に乗っています。
大好きなので、思い出話も、ワーゲン・ポルシェ914に関わることが多くなっているのだと思っています。

僕の中でのポルシェの正常進化は、914⇒986⇒987です。
ですから、僕は、この3種類のポルシェが大好きです。

924は、924⇒944⇒968になるのだと、僕は受け止めています。
ケイマンは、僕の中では、968の後継車に成り得ないクルマだと、最近になって気付きました。
それは同じく、ケイマンはミッドシップのクルマだからです。

僕の968CSは、トランスアクスル方式です。
トランスアクスル方式なので、ミッドシップのように、50対50に近い重量配分のクルマになっているとはいえ、968CSの挙動はFRそのものです。
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大袈裟に言えば、FRのクルマで、一番理想的な走り方をするクルマを想像すると、それは968CSではないかと、思えるほど素敵なクルマが968CSです。
この挙動は、ルーツである、924でも、9444でも同じです。
ポルシェで924系に根強いファンがいることを、僕は凄く理解できます。

ですから、基本設計が70年代なので、古いクルマと一言で片付けられるようなことがあると、僕は猛烈に反発したくなってしまいます。
968は、タイミングベルト交換時に、ウォーターポンプも交換した方が良いとか、様々なお約束があります。
パーツ自体もボクスターやケイマンより割高です。
足回りのパーツは、目が飛び出るほど割高です。
ポルシェでは、959とカレラGTを除けば、一番割高なパーツは928になるのですが、97年までのポルシェのパーツは概ね割高な設定となっています。

僕の968CSは、そこそこなスピードで走れば、直ぐに排気温センサーの警告灯が点滅します。
点滅した状態で走行しても構わないクルマが968CSです。
何処まで点灯させたまま走っていいのかは、ドライバーである僕自身が判断するクルマです。

点灯すると、直ぐにビビッてしまうオーナーの元に転売されて行くので、排気温センサーが点滅しないように改造されてしまった968も存在しています。
排気温センサーだけが、働かないようにセットされていれば、問題は起きないのですが、他の警告灯も同時に作動しなくなってしまう・・・こんな場合に、968は立ち直れない程、壊れていくので、これはとても寂しいことだと思っています。

70年代の楽しいクルマへの思い出を、多少、引きずっているところが、僕のポルシェ968CSの最大の魅力だと、僕は思っています。

924⇒944⇒968が、僕の中での正常進化であって、ケイマンは、987ボクスターのクーペ版と、僕は捉えています。
987ボクスターの源を辿って行くと、987⇒986⇒914になるので、914のクーペ版が、ケイマンの祖先ということになります。

914のクーペ版は存在しないのですが、914が現役だった頃に、914をベースにしてクーペを作っていたら、そのクルマがケイマンの祖先になるような気がしています。
僕は、こうした想像の世界で、一人遊びすることが大好きです。

エンジンのマウント方法は、誰もが知っているように、そのクルマの挙動に、一番影響を与えます。

ポルシェの意に反して、ポルシェ928は、ポルシェ930の後継車には成れませんでした。
それは、ポルシェ928が、V8とい巨大な水冷エンジンを搭載したからではなく、フロント・ミッドシップという理想的な重量配分だったとしても、リアエンジンである930ポルシェとしての、後継車には、最初から成り得ない大きな違いがあったからだと思っています。

当然の如く、ポルシェAGは、それを予測していたので、928と930を併売していたのでしょう。

ナローも、930も、964も、993も、同じ空冷リアエンジンの911です。
同じ空冷エンジンでありながら、乗り味は、全て異なります。
更に、年式ごとにミッションが違っていたりするので、自分の選択肢は少ないようで、実はとても多い選択肢があるのが、空冷911というクルマです。

空冷の魅力は魔力です。

水冷911に乗り換えて、また空冷911に戻ってみる。
水冷911から入って空冷911に乗り換える。
両方に未練が残って空冷も水冷も所有する。
空冷911から抜け出さないで空冷のままでいる。

これが想像出来得る全てかというと、
930の乗り味に未練があって930と964を所有する。
964の乗り味に未練があって964と993を所有する。
はたまたナロー・930・964・993と全ての空冷を所有したくなる。

空冷911の魅力は奥が見えないほど深い上に、見渡す限りの間口の広さです。
そこの何処の場所を尋ねても、それは、それは、とても居心地が良い場所なのです。

僕の経験から言わせて頂くと・・・・手放せば一番判る、空冷911の魅力かな・・・です。
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いつもの如く話がそれてしまいました・・・。
次回は、オーバーヒートで思い出すクルマ・・・BMW320iからですね!

by seiuchi-porsche9 | 2006-09-10 17:49 | ポルシェ全般
2006年 09月 10日

Paranoidその②(情熱☆熱風■せれなーで! )

前回は、こんなことを書きました。

クルマは壊れて、自分の思い通りにならないものだと思って来ました。
自分の思い通りにならなくて、時として、ご機嫌をそこねるのが、クルマの魅力だと思って来ました。
オーバーヒートと、エンジンブレーキという、自動車用語を子供の頃に、自然に覚えたとも書きました。

18歳で免許を取得した僕は、オーバーヒートという事態を、何度ともなく経験してきました。
最初の経験は、父の会社にあった日産チェリーGL1000でした。
日産チェリーは、チェリー・クーペ・X-1が、名車として今でも有名です。
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チェリー・クーペ・X1の上級車種には、リベット留めのオーバーフェンダーが、標準装備された、チェリー・クーペ・X-1Rというものがありました。

この日産チェリー・クーペ・X-1Rとは、チョットした縁があって1ケ月ほど乗っていました。
1ケ月という短い付き合いだった理由は、斜め後方の視界が悪いどころか、視界ゼロと言ったほうが判り易いような視界の悪さからでした。

独特のクーペ形状のスタイルに加えて、更に悪いことには、その日産チェリー・クーペ・X-1Rには、新車オプションにあった、大きなバイザーが、リアガラスの全面に取り付けられていました。

このクルマのリアガラスは、大きくて、そして勾配も強く、ほぼフラットというものでした。
そのリアガラスに、ブラインドのような黒いバイザーが取り付けられていました。

ドライバースシートに座って、後方で確認出来るものは、リアガラスに取り付けられた、黒いバイザーのスリットの隙間から、垣間見れるものが、後方視界の全てという感じでした。

リアガラスの縦方向の寸法が小さく、後方の視界が良くないクルマは沢山あります。

当時の僕の経験の範囲だけですが、ロータス・ヨーロッパも。後方の視界が良くないクルマでした。

僕が譲って頂いたロータス・ヨーロッパは、ルーフの前方に小さな四角い穴が開けてあり、その四角い穴に潜望鏡が取り付けられていました。
前オーナーが、47GTを真似して、色々と改造してありましたが、今の資料では潜望鏡は見当たりません。
このロータス・ヨーロッパは、とても楽しいクルマであったと同時に、楽しいほど壊れました。
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この潜望鏡は、ルーフに取り付けられたミラーに映る後方の視界を、室内のミラーに反射させて、映し出すという原始的な方法でした。
でも、今後、ロータス・ヨーロッパを手にするようなことが、仮にあったとしたら、真っ先にイジッテしまいそうなくらい、お気に入りでした。

ランボルギーニ・ガヤルドのリアガラスの高さが、あと5センチほどあったら、現在市販されているスポーツカーの中で、僕の理想のスポーツカーの首位に躍り出てくることは、間違いがないことだと思っています。
僕は、それほどまでに、ランボルギーニ・ガヤルドは気にいっています。

ランボルギーニ・ガヤルドは、親友M君の黄色のガヤルドを、かなり運転させて貰っているので、次の機会にでも、大好きな、ランボルギーニ・ガヤルドについて、触れてみようと思っています。
(実は、5月に行った、p96993rsさんの993RS、M君のガヤルド、僕の996初期型GT3の乗り比べについて、今だに書いていません。もう9月ですね!)
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チェリー・クーペ・X-1Rのリアガラスは、ドライバーズシートから離れたところにあります。

ストラットが入って、視界がよくないリアガラスが、ドライバーズシートから離れたところにあるという状況は、ミッドシップのように、高さがないリアガラスを、ドラーバーズシートに近い後方に設置されている状況よりも、後方の視界は悪くなります。

住宅の窓ガラスに取り付けられたブラインドの、その隙間は近くで見た時と、離れてみた時とでの、透視度は大幅に違います。
それと、同じ現象が、クルマのリアガラスでも起こるワケです。

更に、チェリー・クーペ・X-1Rは、リアガラスの傾斜が緩いので、水はけは良くなく、汚れ易くと・・・後方の視界に関してだけは、絶望的なクルマとして思い出に残っています。
こんなことならば、思い切って黒いバイザーを取り外して、乗っていたらと、凄く後悔しています。

チェリークーペ・X-1Rのエンジンは、日産自動車の名機A12搭載車です。
現代の前輪駆動からは、想像も出来ないような、もっと荒々しい前輪駆動特有のクルマなのですが、フロントタイヤをキューとホイールスピーンさせて、スタートして行く、あの感覚は、今、思い出しても、ゾックとする最高のものでした。

最近は、チョット走っただけで、FFだと判るクルマがなくなってしまいました。

それは、FFというクルマに対する自動車技術の進歩ということなのでしょうが、100馬力もないエンジンで、1トンにも満たない軽めのボディーを、フロントタイヤでグングンと引っ張っていく、あのFRとは、全く別物の感覚を与えてくれた、こんなFFのクルマがあった時代を知っていることは、とても嬉しいことだと思っています。

アルファロメオ147GTAは、僕が大好きだったFFらしさが、今だに漂っているクルマだと思っています。

アルファロメオ147GTAは、往年のFRでないアルファロメオなので、本来ならば、僕の好みとするアルファロメオとは、異なっています。
それでも、アルファロメオ147GTAのステアリングを握るのが楽しくって仕方がないのは、僕の意に叶ったFFのクルマだからです。

アルファロメオ147GTAのステアリングを握り、フル加速します。
シフトアップした瞬間に、ステアリングの握りを緩めると、一瞬何処に飛んで行くのかが判らなくなります。
アルファロメオ147GTAの、あの感覚が、僕の心をくすぐり続けています。

アルファロメオ147GTAのエンジンは、フロントタイヤより前方ぎみに重心があります。
つまりエンジンが、フロント・オーバーハングして載せられています。
フロントが重くて、リアが軽めという、判り易い仕組みです。

僕は、アルファロメオ147GTAを、バックギアに入れて、フル加速をしたことが、何度かあります。
アルファロメオ147GTAを、バックで逆さまに走れば、往年の空冷911の走りに似ているのではないかと、試してみたのですが・・・バック走行では、判りませんでした。
こういう遊びが、僕は大好きなのですが、アルファロメオ147GTAは、往年の空冷911を逆さまに走らさせたクルマだと、今でも思っています。
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日産チェリーは、日産自動車で初となる、エンジンが横置きの前輪駆動車でした。

初代チェリーは、1リッターのエンジンと、1.2リッターのエンジンの2本立てで登場しました。
チェリーGL1000は、字の如く、1リッターのエンジンを載せた、2ドアーセダンでした。

僕が乗っていた、チェリーGL1000は新車だったのですが、チョットした渋滞に巻き込まれてしまうと、水温計はどんどんと上がって行き、120度もあっという間に過ぎ、最後には水温計も振り切るというクルマでした。
そのままの状態でいると、ボンネットの先端と、ボンネットと左右のフェンダーの隙間から、白煙が舞い上がります。

ラジエーター内で沸騰した冷却水が、ラジエーターキャップの隙間から溢れ出していて、それが湯気となって、ボンネットの先端と、ボンネットと左右のフェンダーの隙間から、白煙が舞い上がっているように見えるワケです。

強制的に回る電動ファンが付いていても、全く役が立っていないクルマでした。
ラジエーターキャップは、新品に何度となく取り替えましたが、効果はありませんでした。

僕は、このチェリーGL1000を、チョイ乗り用のクルマとして頻繁に使用していました。
何度ものオーバーヒートを経験した僕は、最終的に、このチェリーGL1000の乗り方を極めました。

それは、水温計が120度まで上がるギリギリまでは我慢して、120度を過ぎたら、渋滞している道路から、一目散で脇道に入り、一目散で空いている道路を捜して、一目散で100キロ以上出すという、一目散だらけの解決方法でした。
そして100キロ以上で数分間走ると、水温計の針はだんだんと下がってきます。

ラジエーター本体の温度を、フロントグリルの隙間から入ってくる強風で、一気に冷やすことが、一番の解決策だということを、遅まきながら発見したのでした。
速度が速ければ、速いほど、ラジエーターにあたる風の勢いも増すので、速度は大切でした。

この方法を覚えた僕は、チェリーGL1000に乗っていて、渋滞に巻き込まれるということに、恐怖感を抱かなくなりました。
もう少しで、噴出すという感覚を掴むまでは、何度となく失敗を繰り返しました。
この感覚をマスターすると、水温計が上昇することが、快感にさえ思えてきました。

唯一、とても不便なことがありました。
渋滞している道路から、一目散に脇道に入り、一目散に空いている道路を捜し、一目散に100キロ以上出し、その後の数分間走って辺りを見渡せば、そこは僕の全く知らない場所ばかりということでした。

100キロで3分走れば、5キロ進んでいます。
100キロで5分走れば、8キロ強進んでいます。

渋滞している道路から、一目散に脇道に入って、一目散に空いている方の道路を選択した場合には、間違いなく、渋滞している道路の裏道ではありません。
言い換えれば、渋滞している道路から脇道に入って、混雑している脇道を選択して走って行くと、それが渋滞している道路の裏道となる可能性が高くなります。

僕には、100キロ以上のスピードという、自分へのノルマがあるので、空いている脇道を選択して走っていました。
チェリーGL1000の最高速度は140キロほどだったので、100キロ以上を保つというノルマは、ある意味では、とても楽しいことでした。

唯一、問題だったのは、チェリーGL1000に乗ると、本当に行きたいところには、あまり行けなかったということでした。

何度も書きますが・・。
クルマは壊れて、自分の思い通りにならないものだと思って来ました。
自分の思い通りにならなくて、時として、ご機嫌をそこねるのが、クルマの魅力だと思って来ました。
ですから、僕は今でも、このチェリーGL1000は大好きです。

オーバーヒートで、思い出すクルマとしては、BMW320iもあります。
このBMW320iは、初代の3シーリーズです。

先代にあたる、BMW2002シリーズも、僕の大好きなBMWでした。
BMW2002ターボは、2リッターで170馬力のクルマでした。
ターボチャージャーにインジェクションの組み合わせでした。

BMW2002ターボは、当時の僕の憬れのクルマでした。
全幅が160センチ強で、全長が4メートル強のクルマでした。
オーバーフェンダーを装着していても、13インチのホイールという古いお話しではありますが・・・・。
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BMW2002ターボは、1年ほどしか生産されなかったので、当時でも貴重な車でした。
ケンメリのスカイラインGTRも、同じ意味での貴重車ですが、生産台数が少ないということは、いつの時代であっても、心を揺すぶる何かがあります。

当時の僕は、ソレックスのキャブレター仕様のBMW2002tiの発展型である、インジェクション仕様のBMW2002tiiが、超貴重車であった2002ターボよりも、憬れの対象になりえるBMWでした。

現実とは、思い通りに行かないもので、シングルキャブのBMW2002に巡り会い、例によって、1ケ月のみ乗っていました。
インジェクション仕様の130馬力のBMW2002tiiを夢みていた僕としては、100馬力のBMW2002は、こんなものかと思いました。

僕は、この時に、欲しいクルマがあって、その欲しいクルマのグレードまでが、決まっている場合は、どんなムリをしてでも、当初の欲しいグレードのクルマを購入しないと、その後悔の気持ちは、購入後にますます増長していくということを知りました。
このことを、若かりし頃に知ったことは、とても良かったことだと思っています。
僕が乗っていたBMW2002も、画像と同じソリッドのオレンジでした。
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BMW2002を手放したあとも、BMW2002tiや、BMW2002tiiは、チャンスがあるごとに率先して乗りました。

思い返せば、BMW2002を所有していたという記憶よりも、BMW2002tiやBMW2002tiiを所有していたという記憶が残るほど、好んで乗っていました。

2ドアーセダン(僕にとってのクーペは、使い方として2ドアーセダンというイメージの中にありました)のクルマと、2シータースポーツカーという組み合わせでの生活が、生意気にも大好きだったのですが、意外な経験をすることになります。

それは、初代アウディ80GLを運転した時でした。
4ドアーセダンへの興味は全くなかったので、アウディ80GLの魅力に陥るなんってことは、考えてもいませんでした。

BMW2002のベースは、BMW1502ですから、その基本設計は60年代でした。
アウディ80GLは、70年代の登場ですから、アウディ80GLは、その全てが、とても斬新なクルマに思えました。

4ドアーセダンといえば、快適フル装備のクルマをイメージしていた僕にとって、僅か80数馬力で、快適装備はエアコンぐらいしか装着されていない、こんなアウディ80GLに惹かれるとは思ってもいませんでした。

4速マニュアルのアウディ80GLのエンジンは、気持ちが良いほど上まで回りました。
これは、当時の国産車のツインカムのエンジンでも味わえなかった、フィーリングでした。

前輪駆動のフロントタイヤは、クラッチを多少荒くつなげば、キューとホイールスピーンしてスタートします。
1速から2速にシフトアップした時にも、フロントタイヤはキューと音を立てていました。
当時は、トラクションコントロールというものがないので、スタート時や、2速にシフトアップした時のホイールスピーンは、クルマのパワーを直接感じられる、一番簡単な方法でした。

言い換えれば、そのクルマの絶好調時の、スタート時のホイールスピーンする長さや、2速にシフトアップした時のホイールスピーンの力強さを、覚えておけば、数万キロ走行した、中古車のヤレ具合が、簡単に判ることになります。
当時のクルマは、フル加速した時のホイールスピーンの様子と、手放し走行でフル加速と、フル減速を繰り返して挙動を試したりすると、そのクルマの持つ大きな問題点は概ね暴露できました。
状態の良い個体に巡り会ったら、その個体の乗り味を、詳細に記憶しておくということが、とても大切なことでした。

当時は、ハブベアリングの耐久性があまりよくないという時代でした。
クルマの全部の窓を全開にし、少々距離があるトンネルを目指します。
そして、ある程度の速度を保ち、アクセルペダルを踏まない惰性のスピードで、トンネルに進入して行きます。
トンネルの中で、ステアリングを左に緩やかに長めに切って、次に、右に緩やかに長めに切ってと、これを繰り返します。
この時に、シューというかすかな音がタイヤ付近から、聞こえていると、ハブベアリングの息が絶える時期が近いことになります。

ハブベアリングが壊れると、クルマが直進状態の時に、連続的なシューという、比較的大きな音がします。
壊れたハブベアリングのクルマは、ステアリングを、左右に切ると、連続的なシューという音が途絶えます。
ステアリングを切れば、音は止まり、戻すと音がするようになります。
ハブベアリングは壊れていくと、段々と音が大きくなっていくので、不具合を早期発見するのには、トンネルでの走行が適していました。

クラッチペダルの遊び調整が、ギアをバックに入れて、思いっきりバックして、思いっきりブレーキを踏む・・・これを何度も繰り返していくと、クラッチペダルの遊びの位置が変わっていくというクルマがあることも知りました。
今では、あまり役立たない、色々なことを、当時は学びました。

現代のクルマは、トラクションコントロールが装着されていたり、学習機能があったりと、パーツの殆どが電子制御されているクルマが多いので、僕的には、新車時の性能が覚え難くなりました。

僕が、どんなクルマでも、最低1000キロは運転しないと、そのクルマが、僕には判らないというのは、1000キロは走らないと、僕自信が、そのクルマのことを覚えられないからです。

僕の中古車の購入方法は、欲しいクルマを捜して買う方法ではなく、縁があったクルマを購入するという方法です。
つまり、どんなクルマと縁があるのかは、想像も出来ないし、想像もしていません。
今までも、●▲■というクルマの話しが出てきて、それに縁を感じたら購入してきました。
つまり、今、チャンスを得て運転させて頂いているクルマと、同一車種のクルマを、いつの日にか購入する可能性が少なからずあります。

クルマは見ただけでは判らないと教えてくれたのが、アウディ80GLでした。
そして、同一車種内で、もっと欲しいクルマがあったら、2番目以降のクルマは購入しない方が良いと教えてくれたのが、BMW2002でした。

僕にとっては、このBMW2002に該当しないクルマであり、過去に乗ったことのないクルマであり、そのクルマの排気量が少なめな場合は、直ぐに触手が動きます。
なんの根拠もなく、僕の経験からだけで、僕が学んだことは、排気量が大きくなれば、それに比例するように、パーツも工賃も上昇していくということなので、排気量が少なめなクルマは、衝動買いの対象になり易いワケです。

そして、そのクルマを購入するか、しないかという判断は、誰から持ち込まれた話なのか、そして誰が乗っていたクルマなのかということも、大きく左右されます。
そして、最終的な判断は、その価格は、現在の買い取り相場から考えて妥当なものなのかです。
僕は、この諸条件に当てはまれば、そのクルマという現物を見ないでも、即座に購入します。
諸条件に当てはまらずに、購入を断る場合も、返事は即座にしています。
即座ということが、最も大切なことだと僕は思っています。
中古車も新車も、交渉に時間を掛ければ、人より割安には、購入出来ないと、僕は信じて疑わない人です。

初代アウディ80GLは、4ドアーのクルマも楽しいということを、イヤというほど、僕に教えてくれたクルマでした。
そんなアウディ80GLとは、結果的に数年をともに過ごしました。
アウディ80GLは、故障は皆無と言い切れるほど、信頼性の高いクルマでした。
クルマは見た目だけで、判断してはいけないと教えてくれた、僕のアウディ80GLは、画像と同じ、BMW2002と同じ、ソリッドのオレンジでした。
(手前はアウディ100です)
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歴代のアウディの中で、どのアウディが一番好きかと聞かれたら、旧車好きな僕は、悩まずにアウディ100クーペSと答えます。
当時の最大級のクーペは、今の時代では、かなりコンパクトなクルマです。
このアウディ100クーペSを、デートクルマとして使用出来たら、なんと楽しいことだろうと・・・こんなことを、いつも考えています。
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アウディ80GLの魅力に、引き寄せられた僕は、数年後にアウディ100GL5Eを購入しています。

故障は皆無と言い切れるほど、信頼性を寄せていたアウディ80GLでしたが、アウディ100GL5Eは、期待に反して、よく壊れました。

僕のアウディ100GL5Eは、右ハンドルでした。
壊れた原因の殆どが、右ハンドル化による悪影響を受けた箇所でした。
壊れたのは、右前足回り、パワーステアリング関係が殆どでした。

時おり、連続的にカタカタと音を発生する右フロントの足回り部分は、輸入元で何度組み直して頂いても、結局は直りませんでした。
この壊れるということは、僕にとっては、不思議と新鮮に感じられて、クルマはやっぱり乗ってみなければ、何も判らないということを、再確認させてくれた、楽しい出来事でした。

史上初のガソリン5気筒エンジンを搭載した、アウディ100GL5Eには、そんな素敵な思い出があります。

何度も書きますが・・。
クルマは壊れて、自分の思い通りにならないものだと思って来ました。
自分の思い通りにならなくて、時として、ご機嫌をそこねるのが、クルマの魅力だと思って来ました。

一番下の画像は、ドライビング・ランプがないので、アウディ100GL5Eではなく、アウディ100です。
画像の上段は、僕の大好きなアウディ100クーペSです。

丸目4灯のアウディ100の後継車として誕生したのが、角目2灯のアウディ100でした。
こうして、今の時代に振り返って眺めて見ると、丸目4灯のアウディ100の方が、僕的には、とても格好良く見えてしまいます。
旧車は、丸目2灯、もしくは丸目4灯が基本なのかも知れませんね。

アウディ100用のエンジンをベースに改造し、そのエンジンを30度傾けて搭載したクルマがポルシェ924です。
ボッシュ製のKジェトロニックという言葉を、僕が知ったのは、ポルシェ924からです。
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ポルシェ924は、ギアボックスと、デフが一体構造のトランスアクスル方式で、ポルシェ史上、初の水冷エンジンのクルマでした。

ポルシェ924は、ワーゲン・ポルシェ914の後継車と一般的には認知されていますが、僕の中では、ポルシェ924は、ワーゲン・ポルシェ914の後継車ではありません。

続きます・・・。

by seiuchi-porsche9 | 2006-09-10 17:23 | クルマ雑学(クルマ雑談)
2006年 09月 08日

Paranoidその①(君はハートのクィーンだよ! )

今回の投稿は、僕の個人的な好みで、おそらく誰の同意も得られないような気がしています。

僕は物心がついた頃から、クルマが大好きになりました。
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以前に、書かせて頂いたように、クルマの助手席に乗って、コラムシフトのレバーを、1速、2速、3速・・・と動かして遊ばせて貰うのが大好きでした。

クルマで日光、箱根、伊豆、長野、山梨方面と旅行に行った思い出があるとも書きました。

僕の記憶では、クルマでドライブに行くと、必ず数回の途中休憩がありました。
路肩にクルマを停めて、フロントボンネットを開けた状態で、休憩した記憶ばかりです。

どのクルマに乗っていた時でも、『オーバーヒート』と、『エンジンブレーキ』という言葉が車内で、頻繁に交わされていたので、『オーバーヒート』と、『エンジンブレーキ』という自動車用語が、僕が最初に覚えた自動車用語なのかもしれません。

クルマに対して、好奇心旺盛だった僕は、『オーバーヒート』と、『エンジンブレーキ』について、クルマに乗せてもらう度に、聞いていた記憶もあります。

つまり、クルマは長く乗っていると、お湯が噴出し、ブレーキは、長く踏み続けてはイケナイものだと、子供なりに覚えました。

『どうして、お湯が噴出すの?』とか、『どうして、ブレーキは長く踏み続けては、イケナイの?』とか、いま一歩、踏み込んだ質問が出来るような子供であったならば、今現在の僕は、違った方向に行っていたかもしれません。

というのは・・・。
僕には、子供が三人いますが、小さい頃に、『どうして?』とか、『なんで?』とか、『なぜ?』とか、ウルサイほど、頻繁に聞いた子供のほうが、成績が良いということに気付いたからです。

高校3年の時に、同じクラスだったK君は、今でも仲良しの親友です。

彼は、授業中の先生の講義で、自分が判らなくなった場合には、その理解出来ない箇所を、質問攻めにしていました。
先生と、K君の個人授業が、50人弱ほどのクラスの授業の中で、行われていました。

K君以外のクラスメートは、雑談という楽しみを得ることになるので、これはこれで、大歓迎でした。
K君の長時間の質問のために、授業時間が終わってまったことも数回ありました。

中間テストや、期末テストが始まると、クラスの10数名で、K君の家に、合宿に行くことが恒例となっていました。

K君の部屋には、黒板が置いてあって、K君は教科書も見ないで、テストで出題されるであろう箇所だけを、順次説明していきます。
僕等10数名は、その黒板に向って座って、K君の復習授業を受けていました。

僕等の高校は、某大学の付属高校でした。
その付属高校から、大学に進学できるのは、上位何名まで、というような仕組みではなく、単純に、全科目の平均点が、60点以上あれば、進学できるという仕組みでした。

K君は、人に教えて、自分は確認するという、勉強方法が好きだと言っていましたが、K君は、とてもクラスメート思いだったので、進学が危ぶまれる僕等を教えていたことは、間違いがないことだと、今でも思っています。

こんな方法で、勉強をしていたK君は、学年500人中でベストスリーには、必ず入るうような優秀な成績の持ち主でしたが、授業以外の勉強はしないという人でもありました。

話しが、またまた逸れましたが、『どうして?』とか、『なんで?』とか、『なぜ?』とかを考えたときに、K君のことを、思い出してしまいました。

そうやって、中間テストや、期末テストの勉強をしていた僕等でしたが、いざテストの時間になると、自分の答案用紙が、何処に行ってしまっているのか、自分でも判らなくなるほど、皆なで助け合っていました(笑)。

高校時代の親友とは、今でもとても仲が良いのですが、僕を筆頭に、誰一人として出世していないようです。
15歳から18歳という多感な時期に、成績による競争ということを、全く経験してきていないので、人より上になるということが、凄く苦手なのだと思っています。

仕事で、たとえライバルがいても、共存出来ないかなぁ~と、考えるほうなので、気がつけば取り残されているという友達ばかりです。

これで良かったのかという疑問は、大きく残ってはいますが、仮に産まれ直したとしても、もう一度、あの高校に行きたいと思っているので、やっぱり競争は苦手なのだと思っています。
そんな競争心のない、思い出深き高校ですが、僕の息子は現在3年生で通っています。

K君は、母校の教授兼学部長に納まっていて、いまや教え子の仲人も、100組超えとのことです。
そんな、K君と会うたびに、思うことがひとつだけあります。

それは、K君が、なかなか老けていかないことです。
彼の仕事は、大学教授なので、20歳前後の生徒とだけ、延々と一緒にいるからではないでしょうか。
彼が年を重ねていっても、教える対象の生徒だけが、毎年入れ替わって行き、その対象年齢だけは変わっていません。

彼の生徒である、20歳前後の人達は流行に敏感です。
大学を、卒業して行き、社会人になり、結婚して家庭に入り・・・段々と、流行から取り残されている、自分に気付くことになります。

K君は、流行に乗っているということも、今の流行はなんだと、意識することもなく生活しているので、若さが保てるのではないかと思っています。
若い人と、話しが合わなくなると、自覚しだしたら、注意が必要ということかも知れませんが、僕は既に手遅れです。
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話は戻ってクルマの話しです。

僕が、子供の頃に乗ったクルマは、そんな感じで、オーバーヒート気味になるので、ドライブの途中に、路肩にクルマを停めていました。

僕は、子供ながら、クルマが大好きだったので、クルマとは、人間の思い通りに成らなくて、クルマに乗るということは、人間がクルマに合わせるものだと、疑うこともなく思い込んでいました。

月日は流れて、高校3年の夏休みに、僕は自動車免許を取得しました。

僕は、高校生に成ってからは、人に誉められたということが殆どない人でした。
小学生の頃の暗算と読書感想文、中学生の頃の写生大会の絵と工作ぐらいと、誉められたことは、過去の栄光にすがる人でした。

僕の人生の中で、一番誉められた経験が、この夏休みの自動車教習所でした。
中学の頃に、あんなイケナイ遊びに没頭していたので、自動車教習所の敷地内にある、仮想道路で運転することは、とても簡単なことでした。

教習所には、誕生日前の17歳の時から、通い始めました。
『なんで、こんなに運転が上手なぁんだ?』
と、最初の教官に聞かれました。
僕は隠してもしょうがないと思ったし、早く教習所を卒業したかったので、
『かくしかじか・・・そんなワケで』
と、説明しました。

その教官との話しが、他の教官にも伝わり、僕は教習所内の有名人になりました。
僕に教習しようとするよりも、僕の運転技術が、どのくらいのモノかを、知りたがる教官ばかりでした。

坂道発進の時も、当然の如く一発で決めてしまうので、
『バックでも出来る?』
僕は、上り坂で通常の坂道発進をして、坂の頂上を越えて、下り坂の途中で、クルマを停めます。
そしてバックギアに入れて、あえてサイドブレーキも使用せずに、バックでの坂道発進をしてみせました。
S字もバック走行、クランクもバック走行、縦列は頭から、車庫入れも頭からと、教習所では逆さまなことばかり、試されていました。

今の仕組みは判りませんが、当時は、27時間の実技と、30時間の講義が教習所の受講内容でした。
27時間の実技は、17時間の所内運転と、仮免取得後の10時間の路上運転に分かれていました。

僕は、『あとで、2時間乗りなさい』と言われて、15時間で仮免許に合格しました。

路上に出てからは、
『スピードの出し過ぎ!』
『また、勝手に車線変更した!』
『追い越しちゃダメだってば!』
と怒られてばかりいましたが、10時間で合格しました。

最終的には、所内の、あとの2時間は乗らなくてもよいことになったので、僕は自動車教習所を25時間で卒業しています。

教習所は楽しかった思い出ばかりで、年上になる短大生の彼女にも巡り会いました。
そんな彼女が、このブログを発見することになるのですから、世の中って不思議なものですね。(オジンになった僕と、オバンになったであろう彼女は、とても離れたところにいるので、顔を合わせるという意味での、本当の再会はなさそうだけれど、彼女がZ4に乗っていることは、僕には、とっても嬉しいことになるのです。)

免許取得後の僕の最初のクルマは、6年落ちの、白の510ブルバードSSSでした。
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助手席のシートのリクライニングが、壊れかかっていて、何かの拍子で、突然としてシートの背もたれが倒れるクルマでした。

助手席に女の子を乗せていて、倒れて欲しい時には倒れないで、倒れて欲しくない時には倒れるという、僕の思い通りには、なかなか、いかない壊れ方だったので、鉄骨屋さんに持ち込んで、溶接して修理して頂きました。

タコメーターが動かなくなったり、シフトレバーが外れたり、窓ガラスが動かなくなったりと、沢山の不具合はあったけれど、走行中に停まったりしはしない、上出来のクルマでした。

大学に進んで暫くすると、僕は、手当たり次第にクルマに乗ることになるのですが、それは、どれもこれも、気持ちが良いほど壊れました。

バッテリーが弱っていて、セルが回らないのは当たり前でした。
坂道を利用しての、一人押しがけを、マスターしたのも、この頃でした。

当時は、バッテリーは高価なものだったので、予備を持ち歩くことは出来ませんでした。
バッテリーが弱ったクルマを、他のクルマと、ブースターコードでつないで、エンジンを掛けて、出発した後は、神のみぞ知る!そんな感じで走っていました。
(そもそも、予備のバッテリーを持ち歩くということ自体が、僕だけの感覚なような気がしています)

ヘッドライトは薄暗く、ガスペダルを踏むと明るくなるというぐらい、バッテリーの寿命は尽きているので、夜はなるべく走らず、昼間はなるべくブレーキを踏まずで走っていました。
ブレーキを踏めば、テールライトが点灯するので、その僅かな消費を抑えて走っていたワケです。

当時のスポーツカーは、ボルトメーターや、アンメーターが装着されていたので、これだけを頼りにして、走っていました。

高回転ばかりを、使って走っていれば、ボルトメーターの針は、12ボルト以上を指し、アンメーターの針は、プラス方向を指します。
アイドリングの状態では、ボルトメーターの針は11~12ボルトを指して、アンメーターも針は真上のプラスマイナス・ゼロ位を指していました。

信号待ちで、停まっていてウィンカーを点滅させると、ウィンカーに合わせて、カチカチと、ボルトメーターの針は、10ボルトぐらいまで落ちたり、戻ったりしていました。
アンメーターの場合は、マイナス方向にカチカチと振れていました。

ガスペダルを踏んで、空ぶかしをして、ボルトメーターや、アンメーターの針が、プラス方向に振れれば、ダイナモや、オルタネーターが壊れていなくて、バッテリー自体が弱っているだけなので、僕は臆することなく、何処にでも走っていました。
(時として、バッテリーターミナルが、塩を噴いていて、接点が悪いこともあるのですが、概ねはバッテリー自体の弱りでした)

こんなふうに、バッテリーが弱っているクルマであっても、僕は、何処にでも走って行きました。
ただ、道路で駐車してしまう場合は、下り坂付近に駐車し、有料駐車場に預けるの場合ば、渋谷西武百貨店のような、立体駐車場にしていました。

停めてはイケナイ路上は細い路地で、停めてはいけない有料駐車場は、新宿アドホックのような地下駐車場でした。
僕はこのように、エンジンが、バッテリー上がりで掛からなくなるという前提で、駐車場所を選んでいました。

駐車しておいたクルマのバッテリーが死んでしまい、最悪の事態に陥った時には、運転席側のドアーを空けておいて、クルマを手で押して、出来る限りの速さで走ります。

ある程度のスピードになるか、下り坂に突入するところで、ドライバーズシートに乗り込んで、素早くクラッチを切って、2速に入れて、スピードが乗ったところでクラッチを離す・・・これで殆どエンジンは掛かります。
必ず下り坂が、利用できるように、駐車するようにしていました。

僕が好きだった、MGやトライアンフは、1トンを越えない軽いクルマでした。
そして、何よりも、押し掛けするという作業には、屋根がないオープンカーということが、一番便利なことでした。

駐車しておいて、戻ってみれば、エンジン下に、ラジエーターの水が溜まっている。
当時は、ラジエーター自体が破れて、漏れている可能性は少なく、こぼれて溜まっている水の量で、アッパーホースの破裂なのか、ロアホースの破裂なのかを想像したりして、楽しんでいました。

クルマのパーツで、進歩したものを挙げなさいと言われたならば、ゴムホースと、答えてしまうほど、昔のホースは弱かったです。

ラジエーターの水が溜まっているのが、アッパーホースや、ロアホースの膨張による破裂ではなくて、ウォーターポンプからだったりすると、自分の手には負えないというショックよりも、お金が掛かるというショックの方が大きかったです。

チョークがあるクルマが当たり前の時代なのですが、ツインキャブや、トリプルキャブのクルマで、チョークを引きすぎて、プラグをかぶらせたり、エンジン始動後に、チョークを戻すタイミングを読み間違えてしまい、またまたプラグをかぶらせるなどということも、頻繁にしていました。

こうなると、プラグが乾くまでは、絶対にエンジンは掛からないので、プラグを外して掃除するか、もしくは翌日まで待つということになります。
僕は、こういう面倒なクルマが好きなのですが、プラグの掃除は面倒なので、翌日まで気長に待つタイプでした。

オートマチックのクルマは、押し掛けが出来ないので、僕の好みではなくなっていました。
ただ、アメ車は、もともとバッテリーに依存しているオールパワー(パワーウィンドウやエアコン)のクルマなので、バッテリーが早めに交換されていて、そのうえ、バッテリーの容量も大きいので、バッテリー自体が弱っている固体が、少なかったのも事実でした。

最悪なのが、数年落ちのクラウンや、セドリックといったクルマでした。
快適装備のオールパワーなのですが、標準装備のバッテリーの容量が小さいので、夏を終えた今頃の季節になると、危なかっしいクルマに変貌します。

夜のヘッドライトは暗くなってくるし、昼間はエアコンを入れたまま信号で停まると、エンジンストールしてしまいます。

もっと最悪なのは、横断歩道のあるような交差点で、周囲に注意しなから、ゆっくりと曲がり始める場合です。

パワーステアリングのポンプが作動することによって、より負荷が掛かかるので、曲がりながらエンジンがストールしてしまいます。
これを避けるために、右足でガスペダルを強めに踏んで、エンジンの回転数だけ上げておいて、左足でブレーキを、強めに踏んで速度調整をして曲がります。
ブレーキと、ガスペダルの双方を、強く踏むのがコツなのですが、こんなことを、今のクルマでしたら、怒られそうですね。

僕が、今でもオートマチックのクルマを運転する時に、左右の両足を使うのは、この当時の楽しさを思い出しているからです。

今のクルマは、キーを、アクセサリーの位置まで回しても、フエールポンプが作動する音が、聞こえてきません。
昔は、フエールポンプからのジーという音色が、聞こえてきたので、フエールポンプが、クルマの何処に装着されているのかが、直ぐに判りました。
ジーという音が大きく聞こえ出したら、フエールポンプが寿命に近づいている場合が多いのですが、フエールポンプが、どこにあるのかは、判っておいた方が便利でした。

僕はバイトで、ワーゲンポルシェ914をア●アンか、ノ●ノンの撮影協力で、迎賓館前まで持ち込んだことがありました。

ファッション雑誌の撮影ですから、可愛いモデルさんが、数人待ち構えていました。
ワーゲンポルシェ914は、着飾ったモデルさんの背景としての小道具として使われました。

数時間で、数万円という効率の良いバイトで、当日払いでした。
僕は、あぶく銭が入ったので、モデルの子を誘い、一緒に帰ることになりました。

実は、その日に持ち込んだワーゲンポルシェ914は、フエールポンプが、壊れてかけていました。

迎賓館に向う時にも、時として、作動しなくなってしまい、ガソリンがエンジンに送られないので、走行中に停まっていました。

ワーゲンポルシェ914のフエールポンプは、左リアのタイヤハウス内の前方にあります。

僕は、頭の小さな鉄製のハンマーを、助手席に載せていて、エンジンが止まってしまうと、その都度降りて、その頭の小さな鉄製のハンマーで、フエールポンプを、叩いていました。

カンコーンという、甲高い音を鳴らして叩き、ドライバーズシートに座って、エンジンが掛かるかを確かめます。
エンジンが、掛からない時には、また降りて、頭の小さな鉄製のハンマーで、カンコーンという甲高い音を鳴らして叩き、またドライバーズシートに座って、エンジンが掛かるかを確かめます。
これの繰り返しをして、迎賓館前まで、走って行きました。

バイトの帰り道は、可愛いモデルの子との楽しいドライブです。

多分、こういう初めてのデートの場合は、普通の人は、フエールポンプが壊れないことを、期待するのでしょう。

僕は何故か、壊れることを期待していて、ワーゲンポルシェ914を、御殿場方面に向けました。
(これは、首都高速の料金が200円か300円で、用賀から御殿場までの東名の料金が700円か900円の遠い昔のお話です)

あまり、早く壊れてしまうのも、僕の意に反することなので、快調に走っている、ワーゲンポルシェ914が、とても頼もしく思えました。

僕にとって、都合の良い場所で壊れてくれることを、僕は密かに期待していたのでした。

『壊れても絶対に叩かないぞ!』
僕は、こう固く決心して、御殿場から山中湖に向ったのでした。

東名から、山中湖に向って行くと、山中湖に突き当たる、Tの字交差点に出ます。
そのTの字交差点の角には、山中湖ホテルがあります。

僕は、そのTの字交差点の手前で、ワーゲンポルシェ914が、壊れることを期待して走って来たのでした。

Tの字交差点までは、もう直ぐです。
『フエールポンプよ、壊れておくれ!』
ゆっくり走って、調整までしています。
『フエールポンプよ、壊れておくれ!』
Tの字交差点まで来てしまいました。
『フエールポンプよ、壊れておくれ!』
仕方がないので、ワザとエンストまでしました。
『エンジンよ、掛からないでおくれ!』
パタパタ、パタパタ、全く快調なエンジンで、このうえなしでした。

環八から、迎賓館までに行く間の10キロほどの間に、数回壊れた、フエールポンプは、迎賓館から、山中湖まで走っても壊れないのです。

最後のチャンスは、山中湖ホテルで食事をして、ワーゲンポルシェ914から、離れてみることでした。

食事を楽しんだ僕等は、ワーゲンポルシェ914に乗り込みました。
『エンジンよ、掛からないでおくれ!』
パタパタ、パタパタ、全く快調なエンジンで、このうえなしでした。

夜も更けたし、フエールポンプも、壊れないので、僕は彼女を自宅まで、送っていくことにしました。

彼女の家は、恵比寿駅と、山手通りの中間付近の場所にありました。
『よっていく?』
『夜も遅いからいいよ。』
『親も起きてる時間だから、まだ大丈夫・・』
『それじゃ~あ、チョットだけ・・』

彼女の家は、凄い豪邸でした。
考えてみれば、この付近には、芸能人も沢山住んでいる高級住宅地でした。
ガレージには、縦目のベンツが納まっていました。
1時間ほど、お邪魔して、僕は帰ることにしました。

やや広めの、彼女の家の前の道路に停められた、ワーゲンポルシェ914は、駐車違反にもならずに無事でした。
(当時は、22時以降の路上駐車が認められていた道路が多かったのです)

僕は、ワーゲンポルシェ914のドライバーズシートに座って、エンジンキーを回しました。
カチカチカチ・・カチカチ・・・。
フエールポンプが、全く作動しませんでした。

僕は、ドライバーズシートの背もたれの後ろから、例の頭の小さな鉄製のハンマーを、取り出しました。
カンコーンという甲高い音が、寝静まった高級住宅街に鳴り響きます。

僕は、自分のしたことが、とても場違いだということに、気付いたと同時に、僕を見つめる彼女と彼女の母親の唖然とした姿を、今でも鮮明に覚えています。

『申し訳ありません、こうするとエンジンが掛かるようになるんです』
僕は、再び、お別れの挨拶をして、ドライバーズシートに座りました。
カチカチカチ・・カチカチ・・・。
フエールポンプが、全く作動しませんでした。

僕が、頭の小さな鉄製のハンマーを再び手にするより早く・・・。
『泊まっていきなさい』
と、彼女のお母さまがおしゃいました。

僕は、こうして、立派な日本間の客間に通されて、ぶ厚い布団に包まれて、眠りについたのでした。
次の日の朝になると、何事もなかったように、ワーゲンポルシェ914のエンジンは、掛かりました。
帰りがけに、修理工場に入院させました。
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僕は、子供の頃から、クルマは壊れて、自分の思い通りにならないものだと思って来ました。
自分の思い通りにならなくて、時として、ご機嫌をそこねるのが、クルマの魅力だと思って来ました。

壊れてしまって、不動になるのは困るけれど、自分でも原因が判るようなチョットした不具合が起こるクルマに、僕は凄く魅力を感じてしまいます。

こんなことは、僕の個人的な好みで、おそらく誰の同意も得られないような気がしていますが・・・・、僕はもっともっと、書き続けたくなってしまったのです。

by seiuchi-porsche9 | 2006-09-08 18:22 | 遍歴
2006年 09月 03日

堂島ロール・オフ・その③完結!( 抱きしめてTONIGHT )

大阪のホテルで、僕が目覚めたのは、8時半過ぎでした。

Yoshiさんは、先に目覚めていたようで、荷物の整理も終わっているようでした。
ボッケーとして、単に目を開けているだけの状態の僕の目の前に、Yoshiさんが差し出したものは・・・・。

茶托の上に載せられた湯呑み茶碗でした。
なんと、その茶托の上に載せられた鵜呑み茶碗には、蓋までしてありました。

和風旅館で頂ける煎茶と同じものが、Yoshiさんから差し出されたのでした。
茶托はともかくとしても、蓋付きであったことが、僕の心を大きく揺さぶりました。

今日も朝から、昨日と同じようにYoshiさんの、暖かい心遣いを受けていると思うと、とても嬉しくなってしまいました。

本来は、年下の僕がするべきことなので、申し訳ないという気持ちを感じつつも、この居心地の良さに、ひたすら浸かっていたいと思う自分がいました。
いいえ、この居心地の良さに、どっぷりと浸かってしまい、もはや、何もすることが出来ない、小さな自分がいることに気付いたのでした。
■<好感度ポイント18>

僕はチェックアウトをして、ホテルを出ました。

そこで目にしたものは、こんな光景でした。
スーパーカーブームの頃の少年のようで、とても微笑ましく感じたのでした。
■<好感度ポイント19・無邪気な大人に>
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カメラが向いている、その先は・・・。
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こうしてホテルを出発した、もりもりさん号、うにうにさん号、Yoshiさん号の3台は、集合場所である、とある駐車場を目指したのでした。

集合場所の駐車場は、ホテルから10分ほどの場所にあり、僕ら3台は一番乗りでした。
駐車券発券機を目にするやいなや、Yoshiさんは、クルマから降りて取りに行ってくださいました。
■<好感度ポイント20>

皆さまを、お待ちしながら、もりもりさんWISH号で無邪気に遊ぶ、Yoshiさん&うにうにさん。
Yoshiさん&うにうにさんが、WISH号の後ろではなく、フロントグリルの前にいらっしゃるというところが、この記念撮影のポイントです。
■<好感度ポイント21・更に無邪気な大人に>
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続いて、もりもりさん御一家の登場です。
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僕は、こういった遊びが大好きです。
WISH号で遊ばさせてくださった、もりもりさん、ありがとうございました。

そうこうしているうちに、皆さまが続々と御到着してきました。
先導車は、せとさんがナビシートに座っている、黒鰐号でした。
先導車が、Kazuさん号ということは、素敵な理由で、何故かしら、数台の迷子号がいるような気がしてくるので不思議です(笑)。
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僕は、この黄色いクルマが嫌いです。
今までの僕の●▲■台の車歴の中で、遭遇するたびに、後悔という重い二文字を、思い出させるクルマは、この黄色いクルマだけです。
大好きなのに、大嫌いという、言葉裏腹なクルマが、ポルシェ993RSです。
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PANDAさんの330は、僕的にも、行けそうで、実はなかなか行けない、とても通な車種選択に思えて、さすがPANDAさんと感じてしまいました。
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駐車場は、こんな感じのところでした。
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JUNさんのクルマは、やっぱり格好良いです。
JUNさんも、やっぱり格好良いです。
(僕はカメラに対する知識が全くありません。それならば、クルマの運転と同じように、カメラ側の設定を変えるのでなく、僕の五体の動きだけで、カメラを楽しめる方法がないのかと、模索中です。997カレラの頭が切れてしまったので、これも失敗作ですが・・)
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こうして駐車場にクルマを停めて、ご参加の皆さまと、和気藹々でお好み焼きを楽しみました。

この時の模様は、既に、皆さまの素敵なレポートがありますので、僕は参加者の一人として、楽しく拝見させて頂きました。

そんなワケで、美味しかったお好み焼きも、堂島ロールお買物ウォーキング・ツアーも、勝手ながら省略させて頂きますが、僕、個人に関わることだけを書いてみようと思います。

お好み焼き屋さんで、Yoshiさんがビールを飲んだのを、覚えていらっしゃるでしょうか?

Yoshiさんは、僕と二人だけで、僕の運転で、997カレラ4Sで名古屋から来ています。
Yoshiさんが、このお好み焼き屋さんで、ビールを飲んでしまうという行為は、一見すると、Yoshiさんのワガママな行動に思えるかも知れません。

僕は、ビールを飲む前のYoshiさんに・・・。
『Yoshiさん、ビール飲んじゃっていいですよ。名古屋から帰りますから・・・』
何気なく、こうお聞きしたのですが、この質問に対する回答は、飲む・飲まないという、二通りになります。

この時点で決まっていたことは、Kazuさんが帰りがけに、僕を京都駅まで乗せていってくださることでした。
Kazuさんは、京都駅経由で帰宅すると、遠回りになるであろうことは、容易に想像できたので、Kazuさんの優しいお気遣いには、深く感謝しております。

名古屋まで、僕が行ってしまうということは、誰にとっても想定外の出来事になるので、Yoshiさんは、きっとビールを飲まないだろうな~あと、僕は思っていました。

そんなことを、ふと考えていると、Yoshiさんは・・・・。
『そんじゃ~あ、運転は任せたよ』

僕が名古屋駅から新幹線で帰ることは、Yoshiさんにとっては、とても面倒なことになるように、僕には思えていたので、『そんじゃ~あ、運転は任せたよ』は、意外なことに思いました。
それと同時に、このオヤジ(失礼)は、どうして、こうまで、僕の心の中を読みきっているのだろう?と思いました。

運転好きな僕が、おニューの997カレラ4Sを、名古屋まで運転したくないハズがない!
前日の名古屋から大阪までのドライブでは、僕にはもの足りなかったことを、Yoshiさんは、ズバリ見抜いていたのでした。

『帰りも、名古屋まで運転させて貰えますか?』
こうは、言い出しにくい、僕の心の内を見抜いていたのでした。

『そんじゃ~あ、運転は任せたよ』と言って、ビールを飲み始めてしまったYoshiさんですが、こんな中途半端な酒量では満足できないことを、僕は知っています。

『そんじゃ~あ、運転は任せたよ』と、無責任ぶりを装いながら、997カレラ4Sのステアリングを、僕に任せてくれたのでした。
■<好感度ポイント22>

僕が、名古屋まで行くことが決定すると、Yoshiさんとスパイク父さんは、名古屋で夕食のお誘いをしてくれました。
本当に、何から何まで嬉しいことばかりです。
■<好感度ポイント23>

お好み焼き屋さんから、堂島ロールのモンシュシュまで歩いていきながら、僕は、名古屋のホテルの宿泊予定をしました。
『明日は、午前中のうちに会社に行けば、なんとかなるさ~あ~!』
僕は、こんなふうに思い始めてしまったのでした。

僕が、モンシュシュで、予約して頂いた「堂島ロール」は3本でした。

名古屋宿泊が決定した、僕は、この3本をお土産として持ち帰ることを諦めました。
とても残念なことですが、また買いに来れば解決することでもあります。
3本のうちの2本を、モンシュシュさんでカットして頂きました。
それを、モンシュシュの店内で、皆さまにお裾分けさせて頂きました。
モンシュシュさんでは、6等分以上のカットは出来ないといわれたので、12名分しか出来ませんでした。
12名分では、参加者全員には、行き渡っていないことが明らかなので、これはチョット残念でした。

モンシュシュのママさんと(こう書くと、違うお店のママさんみたいですね)、色々とお話しをさせて頂いたのですが、間もなく、川崎(神奈川県)にオープンする予定ということでした。
関東圏でも、堂島ロールが購入できるとは、とても嬉しい限りです。

堂島ロールが、近い将来に、もし100円ほど値上げされたとしたら、それは少なからず、僕の影響かも知れません。
僕の大好きなマクドナルドは、スマイルが0円です。
新たに、川崎に出店するモンシュシュさんも、マクドナルドのスマイルは0円と言い切れるような、同じ経営感覚でいられるように、先に100円の余裕をつけてみたくなったというのが、僕の胸の内です。

100円は、ハンバーガーが買える金額です。
その100円という余裕を持って、スタートすることは、僕には、とても大きな意義があることに思えてしまったので、いらぬクチ出しをしてきてしまったのでした。

現状の880円の商品が、仮に990円になったとしても、堂島ロールの美味しさは変わりません。
いつまでも、今の美味しさとスマイルを守り続けて欲しいので、今後、どんなパニック状態の忙しさを迎えても、いつもスマイルでいられる、100円ほどの余裕が、予め備わっていたらと、いらぬお節介心が湧いたのでした。
(これが、モンシュシュのママさんを口説いていると、伝わってしまったようですね)

モンシュシュで堂島ロールを購入し、楽しかった一日は終わりました。

次なる目的地は、最終解散場所となる吹田PAです。

極●非▲の黒鰐を先頭に、大■いな993RSの素敵なリアビューを、これでもかと思うほど見ながら、僕の997カレラ4Sは、吹田PAに到着しました。
僕の997カレラ4Sという表現は、Yoshiさんのクルマであるので、大きな間違いです。
自分で運転した走行距離が、300キロを越えてくると、自分のクルマであるような感じがしてきます。
僕にとっては、この300キロを越えた頃から、やっと試乗のスタートといった感じがしてきます。

皆さんと楽しい雑談をして、吹田PAで、お別れをしました。

幹事のKazuさん&JUNさん、お疲れさまでした。
ご参加の皆さま、お疲れさまでした。
楽しい一日をありがとうございました。

吹田PAをスタートした、僕の997カレラ4Sは、Yoshiさんを乗せて、名古屋を目指しました。

全ての判断を僕に委ねた、997カレラ4Sは、昨日に増して、更に加速と減速を繰り返します。
Yoshiさんから、受け継いだ時の平均燃費は8キロ台でしたが、今や7キロ台に突入しています。
僕にとっては、7キロ台突入に、かなりの時間と距離を要したのが、とても不思議でたまらなく、この表示自体が、とても精密なものには、思えなかったというのが正直な感想でした。

昨日、名古屋を出発してから、今の今まで、無給油で走行しています。

ナビシートのYoshiさんが、
『ガソリン入れていきましょうか?』
と、話しかけてきます。

『チョット待ってください。Yoshiさんが、いつも利用している名古屋のガソリンスタンドは、Wホテルから近いですか?』
と、僕は聞きました。

『数分の場所です。』

997カレラ4Sに備わっているオンボードコンピューターの情報から、僕に備わっている古典式なカンピューターが割り出した答えは、無給油で、いつもの名古屋のガソリンスタンドまで走り切れるでした。
どちらが、この997カレラ4Sのオーナーか、判らないような会話になってきてしまいました。
■<好感度ポイント24>

僕は、ナビが嫌いなことを、今までに何度となく書いてきました。
全く知らない場所に行く場合に限っては、ナビを頼りにするのですが、一度でも行ったことがある場所は、僕のカンピューターに頼りたくなります。

これは、僕の大好きなゲーム感覚の遊びです。
ですから、大阪のホテルも、名古屋のホテルも行ったことがある場所なので、前日からナビ設定などいうことは一度もしていません。

高速道路に表示されている、名古屋ICまでの距離を確認して、名古屋ICからホテルまでの距離を想像して、オンボードコンピューターが示す走行可能距離と、今までの平均燃費から、今後の燃費を想定して、その数値を基にして、僕の古典式なカンピューターで再計算すると、ガソリンの残量が5リッター前後で、名古屋のホテルに、無事に到着することになりました。

これから走って行く、燃費は5.5キロほどで計算したので、なにも臆することなく、ベタで踏んで行けるし、多少の渋滞に巻き込まれても大丈夫なハズです。

僕は、こういう一人遊びが大好きです。

自分で出した数値ですので、結末の全てが自分の責任です。
そう考えただけで、楽しくって仕方がなくなってしまいます。

僕は、このガソリン給油に関する一人遊びに慣れているので、ドキドキ感は既になくなっています。
適度な混雑(渋滞と表示されていましたが、これは東京では渋滞とは言わず、スムーズな流れです)もあって、名古屋ICに到着した時には、こんな感じでした。
こんな状態でも、僕は全く平気なのですが、Yoshiさんがドキドキしている姿を見ると、更に楽しくなってしまいます。
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名古屋ICを降りてから、しばらく走行すると、オンボードコンピューターの示す走行可能距離は、16キロになりました。

これを平均燃費の6.9リッターで計算してみれば、
16キロ÷6.9リッター=約2.3リッターです。

僕の計算では、ガソリンの残量が5リッター前後で到着するハズなので、このガソリン残量が約2.3リッターと想定される、走行可能距離16キロ表示よりも、僕は自分を信じます。

僕は、一度、自分で決めたものは、頑なに譲らないという、頑固な一面があります。
僕は、自分を信じて、オンボードコンピューターを信じてはいません。

名古屋のホテルでチェックインだけすませて、Yoshiさん行きつけのガソリンスタンドで給油をしました。
給油に関することだけを、近いうちに書いてみようと思っていますが、僕は、この遊びが大好きです。
こんな、僕流のひとり遊びに、お付き合いしてくださったYoshiさん、どうもありがとうございました。
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Yoshiさんの駐車場に、997カレラ4Sを収めるという最後の仕事まで、Yoshiさんは、僕に任せてくださいました。
■<好感度ポイント25>

名古屋での夕食は、スパイク父さんが、ご手配してくださった、本格的な美味しい中華料理でした。
スパイク父さん、Yoshiさん、TAさん、そして、その場を盛り上げてくださった素敵な皆さま、楽しいひとときを、本当にありがとうございました。

楽しかった夕食のひとときは、あっという間に過ぎ去ってしまい、ここで皆さまと、お別れしました。

それから、僕は、タクシーでホテルに向いました。

タクシーがホテルに到着しました。
タクシーの料金は、なんとYoshiさんが支払い済みでした。
美味しい中華に、なんとタクシーまで、何から何まで、ご馳走になってしまい、お礼の言葉すら見つけられません。
■<好感度ポイント26>

名古屋のホテルで、大好きなマッサージをして頂きました。
昨日と違って、隣のベッドにYoshiさんがいないことが、とても寂しく思えてしまいました。

昨日と同じ右側のベッドに、一人寂しく横たわり、F1をテレビ観戦したのでした。

月曜日の朝の名古屋は曇り空でした。
部屋から眺める名古屋城より、更に高さがあるお城を造りました。
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1本だけ持ち帰ってきた、堂島ロールが、僕の朝食です。
ひとりで食べる、堂島ロールケーキも、やっぱり最高に美味しいのでした。
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荷物を整理して、僕はフロントに行きました。

そこで、待ち受けていた人は、なんとYoshiさんでした。
このオジサン(失礼)がやる行動は、本当に読みきれません。
■<好感度ポイント27>

僕は、名古屋の位置関係というものを、全くと言っていい程、把握していません。
Yoshiさんの家と、このホテルの位置関係も判っていません。

判っていることは、このホテルからタクシーで名古屋駅まで行こうと思っていたことだけでした。

『セイウチさん、おはようございます。ハイ、これ。』

僕が受け取ったのは、またまたクルマの鍵でした。
表に出てみると、そこには白いシトロエンXMが停まっていました。
■<好感度ポイント28>
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僕が、仏車大好き人間だということを、ものの見事に見抜いています。

99年式のシトロエンXMは、07年式の997カレラ4Sと、どちらが好きかと聞かれたら、99年式のシトロエンXMと答えてしまうほど、僕は仏車であるシトロエンXMが大好きです。

僕は、遠慮なくシトロエンXMのステアリングを握りました。

『ちょっと遠回りして行ってもいいですか?』
と聞くよりも早く、シトロエンXMは、名古屋駅とは反対方向に向かっています。

最後の仏車らしい香りが漂っている仏車が、このシトロエンXMだと、僕は思っています。
シートはシトロエンより、古いルノーの方が、更にお気に入りなのですが、このシトロエンXMのシートも最高です。
僕にとってのシトロエンの魅力とは、有名なハイドロだけではなく、上手には説明できないけれど、仏車オーナーには判って頂けるであろう、シトロエンというクルマ全体から漂ってくる仏車の香り、そのものです。

こうして、僕は名古屋駅まで、YoshiさんとシトロエンXMに送って頂きました。

Yoshiさん、3日間、御世話になりました。
何から何まで本当にありがとうございました。
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僕の楽しかった3日間は、こうしてあっという間に過ぎ去って行きました。

Yoshiさんと、こんな長い時間を共にさせて頂いたのは、初めてのことでした。
というより、Yoshiさんとお会いしたことが、僅か数回しかありませんでした。
二人だけで、お会いしたこともなかったので、本当に何から何までが新たな始まりでした。

今回の、楽しかった堂島ロールオフを3回に分けて書かさせて頂きました。

①やさしさに包まれたなら
②揺れる想い
③抱きしめてTONIGHT
と副題を付けさせて頂きました。

文中に<好感度ポイント●>という表現を28箇所ほど使いました。

僕は、Yoshiさんと過ごした3日間で感じたことは、実はこんなことでした。

オヤジは何故、モテルのだろう?
モテオヤジの本質は何か?

名古屋駅に到着した、僕の手荷物を持とうと差し伸べたYoshiさんとの出会いの日から、シトロエンXMで、名古屋駅まで送って頂いた日までの3日間だったので、3回に分けて書いてみました。

若い女性が、オジンを好きになるハズが本来はないハズです。
ですから、最初に受ける印象だけで、オジンが若者に勝てる可能性は限りなくゼロに近いハズです。
でも、きっかけだけを得るチャンスを得てしまったら、オジンが勝てる確率というものが、とてつもなく大きなものになるであろうと、Yoshiさんから学んだのでした。

最初は好きでもない、ただのオヤジでも、そのオヤジのとてつもない大きさの、それも延々と持続して行く『やさしさに包まれたなら』ば、たとえ、それがカレがいる女性であっても、少なからず『揺れる想い』を味わうことになるだろうし、何日も一緒にいたとしたら、最終的には『抱きしめてTONIGHT』な気持ちに陥っていくことになると思ったのでした。

男性である僕に対して、自然に出来る数々なことは、女性に対して出来ないハズがないと、僕は思ったのでした。

実のところ、Yoshiジイサンが、そんな行動をしているとか、していないとかは、全く関係ないことで、こうしたオヤジがモテルのであろうと思ったのです。

思い返してみれば、僕は大阪まで新幹線で行くところを、途中の名古屋で降ろされています。
そして、京都から新幹線に乗って帰ろうとしたところを、名古屋まで連れて行かれています。

僕は何の不満もなく、自分の思い通りに行動したつもりでいたハズなのに、こうして振り返ってみれば、全てYoshiさんの手の平の上だけで行動していました。
そんなことを、感じるヒマもないほど、僕は優しさと思いやりに包まれ続けていました。

帰りの新幹線の中で、僕が女性だったら・・・・こう考えた時に、僕は改めてモテオヤジという言葉を思い出したのでした。

何かを買ってあげるから、オヤジがモテルのではなく、何かを欲しいと思う気持ちも抱けないほど、オヤジの優しさと思いやりは大きいものだと、悟ったのでした。
負けないで!負けないで!・・・・こんな歌もありましたね・・・。

■おまけ
名古屋駅から新幹線に乗りました。
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新幹線は空いていて、とても快適でした。
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今日は月曜日です。(明日のではなく、先日の28日です)
名古屋駅で、週間プレイボーイを購入しました。
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今回も、彼女のカレラが、お目当てでした。
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楽しかった、あの『ひるがのBBQツーリング』の続編です。
大阪で、夕食を共にして頂いた、もりもりさんと、帰りの新幹線で再会しました。
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特徴ある帽子は、何度も登場するようです。
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僕の目の前で、大阪の夜景を眺めていた、可愛いあの子ですね。
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この986Sのドライバーを、一番近くで見ていたのは、僕でしょう。
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そして、今回の大阪オフは、ここから始まったのでした!
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                  (C)STUDIO TORON/集英社



★僕の投稿が遅れてしまったので、この週間プレーボーイは、今週号ながら本日までの発売です。

by seiuchi-porsche9 | 2006-09-03 20:42 | オフ会 ツーリング
2006年 09月 02日

堂島ロール・オフ・その②!( 揺れる想い)

堂島ロール・オフが開催されてから、明日で早くも1週間が経過しようとしています。

ご参加した皆さまのブログは、新たな記事になり、997カレラ4SのYoshiさんは、昨日から山荘へお出かけになってしまったというのに、僕は今だに、堂島ロール・オフです。

このテンポの遅さと、レスポンスの良くないところが、僕らしいとは思っています。

さて、養老サービス・エリアを出発した、Yoshiさんの997カレラ4Sは、あっという間に、大阪での宿泊先であるホテルに到着しました。

今回は、名古屋のスタートだったので、僕が、運転を楽しめる適正な走行距離は、広島辺りになるのかなと、こんな感想を抱いてしまいました。
つまり、広島が近く思えてしまうほど、この997カレラ4Sのドライブは快適なものでした。
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現時点での僕にとって、2ドアーのスポーツカーに限っては、ATという選択肢は有り得ないと思っています。

Yoshiさんの997カレラ4SもTipなので、僕にとっては、有り得ない選択に当てはまるポルシェになるのですが、今回はチョットだけ別の印象を受けました。

一言で片付けてしまうと、やっぱり楽チンなんです。

3000キロしか走行していない、新車に近い状態の997カレラ4Sで、まだ慣らしも終了したばかりの状態で、Tipの学習能力が完全には機能していないようでした。
つまり、ガスペダルを思いっきり踏んだ場合に限っては、回転だけが上昇していってしまい、車速が伴わなく、多少のモタツキ感がありました。
でも、そんなことはストレスにはならないほどの加速をしてくれます。

今まで、自分にとっての一日当たりの適正な走行距離を最大で800キロ程と思っていたのですが、仮にTipにしたら、これは5割り増しの1200キロぐらいまで伸びるのではないかと思ったのでした。

自分で、適正と感じる走行距離が、5割も増えれば、僕の行動範囲という視野も、5割程増えるような気がしたのです。

そうなると、計算のうえだけでは、九州も北海道も、一泊二日で行けることになります。
仮に、3日か4日の休暇が取れれば、気軽な気持ちで九州や北海道に行けるのではないかと、思い始めました。

とても単純なことだったのですが、楽チンとは、疲れないということと、同意語だということに、やっと気付き始めたのでした。

シフト操作がない為かどうかは判りませんが、手持ちぶたさなので、後方確認が頻繁に気軽に出来るような気がしました。

僕は、クルマで年間5万キロを、コンスタントに走っているのですが、免許証はゴールドです。
でも、考えてみると、年間5万キロのうち、半分以上の3万キロがATで走っています。
マニュアルのクルマだけしかなかったら、僕は仕事の意欲さえ、なくなってしまっているのように思えて来たのです。

僕の運転のクセの基本は、例のコロナで中学生の頃に身についています。
それ以来、前方3割、後方7割という気持ちで、ステアリングを握っているのですが、現実的には、前方7割、後方3割になっていると思っています。

ただ、僕が習慣にしているのは、どんな場合でも、ガスペダルを更に踏む場合には、更に踏むという行為をする前に、前方ではなく、ルームミラーで後方を確認してから、踏むことにしています。

この習慣は、高速道路に限らず、片側一車線であっても必ずしています。

つまり、後方確認をしてから踏み込んだ後、加速状態のままでも、後方を確認できる余裕が、マニュアルのクルマ以上にあることに、今更ながら気付いたのでした。

僕が、高速道路で給油以外では休憩しないという、ひとつの理由は、運転に対する緊張感が、休憩することによって、途切れてしまうのが、イヤだからです。

僕は、今も昔も、想像一人遊びが大好きなので、単独で大阪に行く場合には、『大阪・耐久550キロ!』とか、『ルマン●時間!』と名付けています。

『大阪・耐久550キロ!』と、『ルマン●時間!』と、名前が違うのは、その時の出発時間による道路状況によるからです。

『大阪・耐久550キロ!』を行った場合でも、『ルマン1時間!』は一緒に遊べます。
『ルマン1時間!』を数回ほど繰り返すと、『大阪・耐久550キロ!』も終了することになるので、僕にとって、このふたつのことは、とっても楽しい、想像一人遊びになっています。

こんな、想像一人遊びに参戦してしまうと、ひとたび自宅をスタートしてしまうと、ゴールまでは休むことが出来ないワケです。

今のところ、無休憩では、南は神戸、北は盛岡までしか、走ったことがないのですが、これ以上は辛そうだなというのが本音です。

これが、Tipになれば、南は広島、北は青森ぐらいまで、行けてしまいそうに思えてきたのでした。

実際には、広島や青森までとなると、給油が不可欠になりそうなので、給油中の休憩が出来てしまいます。
でも、この気持ちの上だけでも、無休憩で走って行けると思えることは、現状の僕からしてみれば、格段の進歩に思えるのです。

僕にとってのTipは、行動範囲を広げる、魔法のアイテムになる可能性を秘めたものだということに、気付いたのでした。

話は戻って・・・・・。
ホテルでチェックインをすませてから、もりもりさん御一家と合流し、楽しいひと時を過ごしました。
■<好感度ポイント14>

夕食も、もりもりさん御一家と一緒に楽しまさせて頂きました。

食事の途中に、うにうにさん、そしてJUNさんまでもが、駆けつけてくださいました。
お二人の、こうした予期せぬ、お気遣いは本当にありがたいもので、心から感謝しております。

夜景の綺麗なレストランで、食事を楽しんだあとは、オープンカフェーに場所を代えて、クルマ談義に花を咲かせたのでした。

話題は、07モデル、08モデル、09モデル、10モデル・・・・と、果てしなく続いたのでした。
■<好感度ポイント15>

オープンカフェーのあとは、更にラーメンを食べに行き、大阪の夜を堪能したのでした。
■<好感度ポイント16>

ラーメン屋さんでの時刻は、午前1時を過ぎていたのですが、僕は気になる人の携帯に電話をしてしまいました。

時間が時間だったので、失礼ながら、ワン切りのような電話のかけかたをしてしまいました。
直ぐに、折り返し、気になる方から電話を頂きました。

ワケあって、半年振りに近い会話に成ってしまったのですが、とても懐かしいけれど、何度も聞いたことがある、あの元気そうな変わらぬ声が聞けて、とても嬉しかったです。

もりもりさんが、ご手配してくださった大阪の夜景が綺麗なレストランの夕食は、とても美味しかったです。
オープンカフェーでの、クルマ談義も、とても楽しかったです。
夜食のラーメンも、とても美味しかったです。

ご一緒してくださった皆さまには、本当にありがとうございました。

そして、なによりも数分間の電話でのあの声が、僕の大阪の夜を、こんなにも楽しいものにしてくれたのでした。

Yoshiさんと僕が、ホテルに戻ったのは、午前2時近くでした。

僕は、大好きなマッサージにかかりました。
シャワーを浴び終えたYoshiさんが、僕の隣のベッドに、横たわります。

『セイウチさん、お先に失礼』
とYoshiさんは言いました。
■<好感度ポイント17>

グーグーグーウーウー・・・・・グーグーグーウーウー・・・・。

『寝つきが早いお方ですね、まるでお子さまみたい』
マッサージ師さんが、そう言いました。

『違うよ、僕が子供で、今日一日、遊んでもらったから・・』
・・・お疲れなんですよ。という最後の言葉も言わないうちに、僕も眠りについてしまいました。

更に続く・・・・。

by seiuchi-porsche9 | 2006-09-02 06:17 | ポルシェ997