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2007年 04月 30日

極上の中古車を作る!30秒の会話!

GW前。
この一週間あまりの僕は、ポルシェ930カレラに乗って、仕事をしていました。
当時のポルシェ911・・・・つまり930カレラの車幅は、165センチしかないので、こうした奥まった銀行の駐車場でも、楽に停めることが出来ます。
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107765キロほどの走行でも、エンジンは快調そのものです。
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親友M君のワーゲンポルシェ914(6発)とも、一緒に走って楽しんだりもしました。
(偶然にも、先頭車両はW126(560SEL)でしたが、今でも歴代のSクラスの中で、W116とW126が、僕的にはお気に入りです)
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そして、一昨日(28日)は、この930を洗車してみました。
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洗車には、沢山の思い出があります。
洗車とは、学生時代の、あの怪しいクルマ屋でのバイトの思い出でもあります。
僕にとっての洗車とは、クルマという商品を、洗車することによって、より価値ある商品にグレードアップさせる行為でした。

これぞと決めて、的を絞ったクルマには、内外装の取り外せるパーツは全て外して、ピカール(金属磨き剤)やラッカーシンナーで磨いたり、各種洗剤を駆使して汚れを落としたり、あらゆる色のプラ・カラー(模型用塗料)を使い分けたり、時には他の同一車種のパーツと入れ替えたりと、思いつく全ての方法を駆使して、なるべく新車の状態に近づける作業を延々と続けていました。

そんなふーな・ことばかりしていたので、アルミホイールをバスルームに持ち込んで、アルミホイールと一緒に、お風呂に入ったことは何度もあるし、テールライトと一緒に、湯船に入ったことも、何度となくありました。

今でも、時々、旧車のアルミホイールとは、一緒に・お風呂に入っているので、僕は当時から、なにひとつとして、進歩もしていないようです。
(我が家を新築した時のテーマは、ホイールと一緒に入浴出来る家でしたが、結果的には子供も楽に使えました)

僕にとっての洗車とは、新車のクルマが、汚れたから洗車するという意味合いよりも、チョット疲れ・かかってきている、旧めのクルマを洗車して、より価値あるものに変えていく・・・・・・こんな歪んだ、意識が根付いてしまっています。

そんな僕ですから、先日の松坂オフ会に乗っていた、986ボクスターのフロントに付いてしまった、無数の虫の屍骸なんなかでは、まるで洗車をする気も起こらず、帰ってきてから、洗車もしていませんでした。
というよりも、どうせ洗車をするならば、徹底的に行わないと気がすまないという、気持ちが大きいので、中途半端にしか時間が取れなかった僕は、洗車をしていなかったという言い訳があるワケです。

930を洗車していて、986ボクスターも可愛そうになってしまい、外回りだけでも洗車してあげよーと思いました。
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外回りだけ簡単に洗車しようと思ってはみたもの、いざ始めだすと、タイヤハウスの中の汚れなんかは、絶対に許せなくなってしまう、どうしょうもない奴が僕です。

昔だったら、タイヤを外して、タイヤハウス内にワックスを掛けていた・・・とうような、一種の変態が僕だったのですが、今回は手が届く範囲だけで我慢しました。

僕は、こーして洗車を始めてしまうと、エンドレスに、延々と作業を続けてしまうタイプなので、自らは、なるべく洗車をしないように心がけています。

バイト先では、チョト疲れ気味のクルマが、見違えるように綺麗に見えるように、仕上げていくということが仕事でもあったワケなので、その作業に、何時間掛けようと、何日掛けようと、僕の納得するまで、時間を費やすことが出来ました。
そして、最終的に判ったことは、時間と根性さえあれば、どんなクルマでも、(ある程度は)必ず綺麗に仕上がって行くということでした。

僕の洗車方法では、いざ始めてしまうと、本当に、終わりなき戦いになってしまうので、今は、なるべく、第三者様にお願いするようにしています。

第三者様に、洗車を任せた場合、僕の思い通りの仕上がりには、絶対に成らないという、ヘンテコな自信があるので・・・・その仕上がり状態には、鼻から期待もしていないワケで・・・・少なからず綺麗に成ってさえいれば、ただそれだけで、大満足している自分がいます。
(本気で洗車を頼んだら、数十万のコストが掛かると、僕は思っています)

それにしても、この986ボクスターの18インチホイールは、なんて洗車し易いのでしょう。
(本来だと、僕的には物足りないという感じもしてしまう掃除なのですが、時間がない今の僕にとっては、もっとも適しているホイールのようです)
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こうして、要所要所だけの洗車を、986ボクスターにしました。
作業時間にして、30分足らずですから、かなりの手抜き洗車になりました。

930カレラには、学生時代のクルマ屋でのバイトを思い出しながら、楽しく洗車を行ってみました。
つまり、僕の大好きな 『ごっこ遊び』 で、『クルマ屋さん・ごっこ』 にて洗車遊びをしてみました。
先ずは、洗車してセーム皮で拭き取りました。
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本来は、こちらが先なのですが、続いて下半身の洗車です。
時間があれば、4本のタイヤを全て外して、タイヤハウスを洗って、更に耐熱塗料のスプレー缶(この930カレラでは銀&黒)や、アンダーコート塗料を駆使して、タイヤハウス内を、全て塗り替えてしまった方がベストなのですが、今回は時間的な余裕がないので、タイヤハウスは、手の届く限りの範囲で、洗剤洗しただけでした。
(近年はアンダーコートも数色選べるので、僕の白の914は、白のアンダーコートで仕上げてあります。黒のアンダーコートより多少は割高な定価設定ですが、大方の人は、僕の914のタイヤハウス内を見て、単なる白塗料だと思っているようです。僕はこんな、自分へのコダワリが大好きです)
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今回は洗剤とスポンジだけで洗いました。
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そして4本のホイールを、今回は、手の届く範囲でコーティングしてみました。
(ホイールの完全コーティングは、ホイールを外して行えば、誰にでも簡単に出来るので、興味がある方はお試しくださいませ)
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そして、お約束のエンジンルームも磨き上げてみました。
『お客さん、前のオーナーさん、手入れいいでしょう!』
こんな声が聞こえてきそうです・・・。
(前のオーナーとは、クルマ屋さんである場合が殆どです)
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そして、これまた、お約束のスペアータイヤの確認。
『ストラットタワーバーも無償でお付けしますよ!』
またまた、こんな声が聞こえてきそうですが・・・。
タワーバーを装着している場合は・・・・左右のどちらかをクラッシュしたりすると、反対側の足回りにも衝撃が伝わって、思わぬ出費を余儀なくされたり、最悪の結果としては、フレームまで歪んでしまう可能性も無きにしは有らずなので、車両保険の加入は、絶対条件ではないかと、僕的には思っています。
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そして付属品のボディーカバーも載せてみました。
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そして、リアシートにも、チョットだけ手を加えてみました。
フロントシートと見比べれば、その差は歴然としています。
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フロントシートは少々お疲れ気味のようです。
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こういう場合は、何度も何度も、時間を掛けた魔法を使います。
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取りあえず、シート側面と背面は後回しで、仕上げていきました。
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左右のドアーパネルも磨き上げていきます。
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ダッシュボードは、スイッチ類も多いので、とても時間を要します。
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エアコン洗浄は、僕の企業秘密です(笑)。
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ボディーにワックスをかける・時間まではないので、今回はこれで作業終了です。
(ショールームに飾って、ボディーの輝きだけを見せるならば、あの窓ガラスの掃除に使う 『グラスター』 は、とても魅力的なアイテムです)

今回は・・・。
僕的には、満足度が、2パーセントにも満たない、とても中途半端な洗車になってしまいましたが・・・。
これでも、930カレラの洗車には、4時間半以上は費やしているワケで、本気で立ち向かおうとすると、僕の洗車は、終わりのない旅と同じです。
因みに、僕の914(中古車で購入)では18ヶ月という月日を費やしています。

取りあえず、今回は電灯の下だけでの作業でしたので、表に出して、太陽光で確認してみました。
そして、我ながら綺麗!と、少なからず感激してしまいました。
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930カレラちゃんは、今年で19歳なのですが(88年式)、女の子と同じように、年齢相応に、とても美しくなりました。
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こんなことならば、もっと昔に手を加えてあげれば良かったと・・・。
後悔、先に立たずとは、まるで今の僕の心境です。
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そして、またお決まりの場所へと移動しました。
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そーこしていると、午前中は、あーっという間に過ぎ去り、あの・いつもの・お二人さんが、やって参りました。
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そーして、素敵な皆さんも合流して、あーでもない、こーでもないと、楽しい会話が延々と続いたのも、いつもの如くでした。
(落ち着きのない・あの少年Aと、飽きっぽい僕の姿は見当たりませんが)
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そーして、誰かさん&誰かさんは、あーでもない、こーでもないと、更に延々と繰り返し、結局というよりも、予想通りに、僕の所に泊まっていったのでした。
そして、お二人さんは、昨日(29日)帰って行ったのでした。

僕は、こーして930カレラを相手に、『クルマ屋さん・ごっこ』 をして遊びました。
大好きな 『クルマ屋さん・ごっこ』 遊びをしたのに関わらず、今回の僕は、特技でもある・あの黒のマジック(マーカー)も、マニュキアも使いませんでした。

時間が経てば、消えてしまうマジックを、今回の僕は使いませんでした。

この930カレラは、去年の3月に、お世話になっているPCのメカから譲り受けたクルマです。
そして、僕にとっては、3台目の930カレラで、18台目のポルシェになりました。

88年式で、僕の長男と同じ年式のクルマでした。
僕の手元に来てから、我が家で刻んだ走行距離は、800キロ強でした。
エアコンを修理して、各所の消耗品を交換してと、整備に費やした金額は60万強でした。

僕にとって、930カレラというクルマは、往年の空冷ポルシェ911を感じさせてくれる、素晴らしいクルマです。
そして、手作り感が漂う最後のポルシェだとも思っています。

そんな930カレラでしたが、僕は手放すことにしました。

それは、まだ投稿中で、(いつまの如くですが)話が完結していない、横浜中華街からの帰り道に決めました。
つまり、親友K君を助手席に乗せた、512TRのステアリングを握っていた時に決めました。
この時の、僕の心境の変化は、次回に書いてみようと思っています。

ただ、直ぐというワケでもなく、単に漠然とした気持ちで、930カレラを手放そうと、僕は、あの時に決めました。

そんな時に、『彼女のカレラ』 の麻宮騎馬亜先生と、某場所で、お会いしました。
僕はボクスターで、先生はミニでした。

先生のミニを見たときに、僕は何も考えないで・・・・今でも不思議な感覚なのですが・・・本当に考えることもなく、言葉が先にクチから飛びました。

その言葉とは・・・。
『930カレラは、140で買って修理に60強掛けました。足がヘタっていて、まだまだお金が掛かります。その930カレラと、ミニを交換しません?』

先生は、一秒の間合いもあくことなく・・・。
『いいですよ!』

僕と先生の会話は、時間にして30秒、いや、20秒も掛かっていないと思います。
この会話は、何人かのブログ仲間や、ポルシェ仲間の目の前で行われたので、唖然としたのは、その時にいた周りの皆さんだったと思います。

28日には、先生の02年式ミニと、僕の88年式930カレラが並びました。
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こーして、物々交換された、この2台のクルマが、ご対面するのは初めてのことでした。
それよりも、麻宮騎亜先生は、この930カレラを見たのが、この時が初めてでした。

964RSと暮らす先生にとって、964の一代前にあたる930カレラは、とても魅力的なポルシェに思えていらっしゃるのだと、僕は思っています。
でも、僕は、そんな人の心を盗み見るような、シタタカな計算をしたのではなく、右ハンドルのATである、先生のミニが欲しくなったのでした。
そんな僕の、本音の部分が無意識に勝手に働いてしまい、交換しませんか?という言葉になってしまったようでした。

我が家には、クルマが複数台あります。
そして、免許保持者は、間もなく5名になります。
それにも関わらず、右ハンドルATというクルマがありませんでした。
そんな時に、先生のミニを見て、思わず発してしまった言葉が、交換しませんか?でした。

こーして、930カレラと物々交換した、この黄色いミニに、僕が暫く乗っていようと思っています。
僕のミニの知識は、アレック・イシゴニスが生みの親の、オースチンやモーリスといった、あの初代ミニのものばかりです。
この頭の固さを、少々ほぐす為にも、僕は暫くは、このミニと毎日を過ごしてみようと思っています。
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取りあえず親しみが湧いたのは、飛び石キズと、この車高ですから、僕のクルマへの思いは、やっぱり偏っていそうです。
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僕は、こういう高さが大好きなんです。
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そんな先生から電話がありました。
ミニの車内に、置き忘れたものがあったというのが、メインな要件だったのですが、『本当にリアが抜けていますね!』 とも仰っていました。

先生のことだから、早速ショック交換するのでしょう。
でも、先生、ショック以外でしたら、僕が永遠に責任取りますからね・・・・そんなこともないか(笑)

by seiuchi-porsche9 | 2007-04-30 06:30 | ポルシェ930
2007年 04月 23日

至福のひととき!(ご近所に散歩?)

土曜日から日曜日まで、プチツーリング(笑)を楽しんできました。

この土日は、またまた頭がスッカラカンになるまで、遊ばさせて頂きました。

青い子を駆る ryooさんが、幹事になられて 「極上 松坂牛を食す会」 を開いていただきました。
yooさん ありがとうございました!!

前日の土曜日から、早くもメターボのブーストがあがりました。
お昼から・・・牛+炭水化物!!
一度食べたら止められない 「牛コロ」 を9人で楽しんできました。

夜は夜で、格安というよりも、バカ安というよりも、申し訳ない安の中華料理を、13人で楽しまさせて頂きました。

楽しい夕食後は、例によって、2次会、3次会と、これまた楽しんできました。
金曜日も夜遊びしていたので、睡眠時間は1時間半で、この土曜日は5時間でした。
僕はやっぱり、仕事よりも遊びのほうが向いていそうです。

僕の取り柄はなにもないのですが、やっぱり雨だけは降りませんでした。
土曜日は、名古屋入りするまでの全行程を、オープン全開で行きました。
(1時間半睡眠で向かったので、眠気を起こさないという計算もありました)

日曜日の天気予報は、雨でした。
名古屋にお邪魔した時の天気予報は、こんなふーに、雨という場合が多いのですが、これは不思議なことですね・・・(笑)

今回も、要所は要所は晴れというよりも、殆ど雨らしい雨は降らなかったので、偶然の結果としても、僕的には、とても満足しています。

今回は、車検が終わった986ボクスターで行きました。
親友に預けていた時に、彼のガレージの都合でノーマルに戻されていた車高を、車検時に、また元のように、下げて頂きました。

親しくしているPCのメカさんに、彼の好み通りに、好き勝手にしていいよ!・・・とだけ伝えておきました。

その結果、以前の時とは違って、リア17ミリのスペーサーは組み込まれず、前輪と後輪の4本に、5ミリのスペーサーが組み込まれていました。
前後4本に、5ミリのスペーサーが組まれたワケですが、これは986ボクスターの限定車種であった、550スパイダー・エディションと同じです。

感想としては、以前のリアだけ17ミリという乗り味にも(今や忘れているのですが)、なにひとつとして不満がなかったので、どちらも甲乙つけがたいというよりも、差がよく判っていません。

親友がコンチに履き替えているので、乗り味は柔らかく感じます。
ローダウンしながら、柔らかいという感覚は、僕にとっての選択肢にはなかったのですが、これはこれで有りで、タイヤがストロークしてくれるクルマの、運転のし易さを知りました。

でも、次のタイヤ交換では、サイドウォールが固めのタイヤを選択して、道路の継ぎ目なんかで、何処に飛んでいっていまうのか判らないというような・・・・初期型GT3的な方向に持って行こうと思っていますから、僕は、やっぱり、おバカな古い人間なのでしょう。
でも、今の感覚に更に成れてしまったら、ストロークするタイヤを履き続けるかも知れません。

いずれにせよ、僕は、こーして986ボクスターSで、名古屋に行ったワケですが、これは心底から楽しかったです。
987ボクスターで行かなかったことを、後悔させないということは、とても偉大なことだと思っています。
次の名古屋は・どっち?・・・・と聞かれたら、986です・・・・と、今は答えてしまいそうですが・・・・どっちでもいいという・・・・・いい加減な答えが・・・・・僕にとっての正解だとも思っています。

話は戻って、お馴染みの行列から・・。
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本日のタイムサービス車両 10~11:30までの限定車。
(ヒンの良い運転手付きです)
※cayman-silver さん♪ナンバーまだ製作していなくて、申し訳ございません。
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僕は、道路と同化して目立たないという、こういう路線のクルマも好みです。
幌をグレーに張り替えられれば、僕にとっては100パーセント完成した986に仕上がります。
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肝心のお肉でしたが 流石に松坂牛 ハシで切れるくらいの柔らかさでした。
美味しくてサイコーでした!! 
今度は、Yoshiさんのオゴリで行く予定です(笑)

食後は移動して さすがryooさん まったりとした場所を・・・
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花の香りに包まれてカレー臭の消臭です(自爆)
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Yoshiさんと、同じ視線でシャッターを切っているところは、さすが弟ですよね(笑)
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楽しい時間もあっという間に過ぎて解散です。
黒、黄色の2台の987、そして僕の986、3台仲良く、安全運転で帰ってきました。
渋滞もなく、あーっという間に東京に着きました。
そして、都内での夕食は皆で、ローストビーフでした(笑)

いつもの如く、夕食時の生産性のない会話が、延々と続いたので、家に帰れば遅い時間でした(笑)

ryooさん♪
ご参加された皆さん♪
お疲れさまでした&ありがとうございました。
また 遊んでくださいませ!!!

土曜日に遊んでくださった皆さまへ♪
いつも、いつも、いつも、本当にありがとうございます。l
近いので、また直ぐに行きますので宜しくお願いいたします。

そして、僕の助手席で初参加した、EITANさんから、皆さまへの・メッセージが届いているのですが、何故か原文のままでは載せられません(笑)
一部、修正してありますが・・・。

ご参加した皆様へ。
この度は色々とお世話になりました。
yoshiさん、すばちちさんご一家、うにうにさんとの名古屋グルメツアーに続き、その後の社会勉強?ツアー(先程、内容につきましてはカミサンにも詳細に報告しておきました!・爆&汗←実は大ウケです・大笑い)
そして三重、関西の方々ともお知り合いになれ、ryooさんの細やかなお心遣いが光った今回のメインイベント、メタボン会・・・・これら全部、素敵な時間です。
しかし、恐るべし、ボクスターのポテンシャル!。しっかり、見せて頂きました。
新○線で帰るよりも全然、速かったです(マジ爆)。
ryooさん、ご参加した皆さま、本当にありがとうございました!!、多謝。
EITAN

追伸
Yoshiさんのブログの記事と、何故か似てしまいましたが、これを手抜きというのでしょうか(笑)
そして、これがコバルトブルーのホイールですよ>誰ともなく(笑)
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追記
一部の方々の御要望で画像追加です。
(親しくして頂いているクルマ屋さんの画像ですから、無断掲載ではありません。それゆえ御見積もりも可能です・笑)
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by seiuchi-porsche9 | 2007-04-23 10:25 | オフ会 ツーリング
2007年 04月 21日

また続編! ときにはフェラーリ!そして512TRとF430と!

こーして、夕食のひと時を楽しんだ、K君と僕は、横浜中華街を後にしました。
そして、帰りの512TRのステアリングは、約束通りに僕が握りました。
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フェラーリというクルマは、僕にとっては色々な思い出があります。
僕は、スパーカーブームが始まり出した頃まで、クルマ屋でバイトをしていました。
本格的なスパーカーブームが到来した時には、既に社会人だったのですが、クルマ関連のバイトも重複してやっていました。

僕の社会人一年目は、ワーゲン・ポルシェ914(2.0S)とアウディー80GLという2台のマニュアルのクルマが愛車でした。
2シーター・ミッドシップのタルガトップと、FFの4ドアー5人乗りという組み合わせで、社会人生活を迎えました。

スパーカーブーム全盛期の頃ですから、914に乗って、主要幹線道路を走っていると、歩道橋の上で待ち構えている少年達が、大きな歓声と共に迎えてくれました。

僕にとっては、4発の914というクルマはスーパーカーのジャンルには入らず、プアーマンズ・ポルシェという世間一般的な評価を、僕自身は認めていたクルマでした。

当時は、リトラクタブル・ヘッドライトの国産車は、どのメーカーのラインアップにも存在していなかったワケで、上げ下げするリトラクタブル・ヘッドライトのクルマ自体が、少年達には新鮮に写っていたのかも知れません。

ただ、僕には学生時代に所有した経験があった、ロータス・ヨーロッパもスーパーカーのジャンルのクルマには到底思えなかったので、少年達と僕の間には、大きな隔たりがあったのかも知れません。

僕は、既に夢がない大人に成りつつあったので(年齢的には立派な大人ですが)、スーパーカーとは、とてつもなく高額なもの、とてつもなく台数が少ないもの・・・それゆえ、一般人では永遠に乗れないもので、一部の芸能人や、特質かされた業界人や、お医者様、そして怪しいクルマ屋の社長なんかが、所有することが出来るクルマだと思っていました。

当時は、特殊社会の方々は、スーパーカー・ブームに便乗して儲けようとはしていたけれど、スーパーカーそのものを、運転しようなどという興味は殆どなく、彼等の好みとするクルマは、リンカーン・コンチネンタルMkⅣや、キャデラック・セビルや、マーキュリー・クーガーXR7などという、アメ車でした。

当時は、街行くクルマを見れば、その人の職業が大よそは想像出来るという感じでした。
メルセデスべンツは、ベンツ600のようなリムジン以外ならば、間違いなく、お医者様か、社会的に貢献度がある資格保持者さん(弁護士さんのような)、上々企業の役員、まれに中小企業の社長さん・・・こんな仕分けが直ぐに思い浮かぶクルマでした。

ポルシェは、911に限ってしまえば(他には914と初期の924しかありませんが)、医者か弁護士と決め込んでしまっても、90パーセント以上の確率で間違いがなかったと思っています。

アメ車は、一部の車種では上場企業の役員も使用していたので、乗車している人を見て、どちらの人種になるのか、見極めるという感じでした。

ジャガーも、そういう意味では、色々なパターンがあるクルマなので、覗き込まなければ判らないというクルマでした。

簡単に言ってしまえば、ドイツ車は安全で、他の輸入車は見極めるという、僕なりのルールが出来ていました。

仏車や伊太車、つまりラテン車は、僕の目には、どんなふーに映っていたかというと、それは壊れまくるクルマですから・・・好き者が乗るクルマという仕分けでした。

ただ、物心がついた頃から、社会人になるまで、フェラーリ全車、ランボルギーニ全車、マセラティ全車、デトマソ・パンテーラ、ランチア・ストラトス、などというクルマは、僕の中では、クルマというよりも、一生縁がない別世界のモノ・・・・こんなふーに捉えていました。

それは、僕が小さい頃から抱いていた、クルマへの夢は、大人になって免許を取って、自分で運転して、自分の思い通りに好きな場所に行ける・・・という、自分で気軽に操れる乗り物が、クルマだと信じていたからでしょう。

それでも、クルマそのものにも、当然の如く興味があるワケで、フェラーリやランボルギーニ、マセラティなどいうメーカーも知っていたワケです。

映画 『ゴッド・ファザー』 でマフィアのクルマとして登場していたのは、初代マセラティ・クワトロポルテでした。
だからといって、僕のいつかは乗ってみたいクルマの中に、マセラティ・クワトロポルテなどというクルマは、僕の中では、到底結びつかなかったワケです。
映画を観る時の僕は単純ですから、マフィアに成りたいと思えなければ、マセラティ・クワトロポルテに乗りたい!とは結びつかなかったワケです。

今、我が家にはワケあって、マセラティ・クワトロポルテがあるのですが、僕の中では、『ゴッド・ファザー』の思い出が強すぎて、あまりマセラティ・クワトロポルテに乗りたいとも思わないし、ブログで紹介するなんっていう気持ちすら、起きないワケです。

僕は、こんなふーにオジンになっているのですが、僕にとってのクルマとは、小さい頃からの夢を、永遠に与え続けてくれるモノでないと、興味の対象には成り得ないという、とても不自由なモノなのかも知れません。

アストンマーチンや、ロールスロイス、そしてベントレー。
これらのクルマは、僕は小さい頃から、貴族が乗るクルマと信じて疑わなかったクルマでした。
幼少の頃は、貴族などという言葉も知らなかったハズなので、女王様や天皇陛下が乗るクルマと思っていたのでしょう。

アストンマーチンは、かの『007』に登場したDB5のプラモデルを作った時に、少なからず親近感を抱きましたが、将来に自分のクルマとして、自由にステアリングを操るというイメージは浮かびませんでした。

そうはいっても、なんでも乗ってみないと、後で絶対に後悔すると思っている僕は、フェラーリ、ランボルギーニ、マセラティ、アストンマーチン、ベントレーなどというクルマとは、一緒に生活をしていたこともあったりするワケですから、僕は心底、優柔不断な人そのものです。

僕が、今、興味があるのは、昔は古臭く感じて、どうしても好きになれなかった、モーガンやパンサーなんかなので、こうして年を重ねて来ると、残り少ない人生に向けて、とても貪欲になったりしているのかも知れません。

僕が少しは語れるフェラーリとは、308クアトロバルボーレ、328GTS、348TSというような、スモールフェラーリ8気筒モデルばかりです。
(512BB・246GTS・F355・F360などは、単に短時間運転したことがあったという思い出だけのクルマです)

そんな僕が、当時のフラッグシップ12気筒モデルであった、512TRの何を語れる資格があるのでしょうか・・・。
実は、何もないと思っています!

348に乗っていたのも、遠い昔のことです。
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(いつまで所有していたのかは忘れてしまいましたが、まだウエストの存在が判る97年の写真です)
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348TSは、993RSと同時期に乗っていました。
どちらが楽しかったかという質問には、今でも答えられます。
僕にとっての回答ですが・・近場や短距離ドライブ(僕の場合は片道300キロ以内を意味しますが)ならば348、長距離ドライブならば993でした。

そして注目度は圧倒的に348でした。
僕の348はローダウンしていたので、使い勝手は993の方が上でした。
348のファイバー製のフロントスポイラーは数回割って、993RSのフロントリップも数回割ったのですが、348の方が割ってしまった回数は多いです。

ファイバー製なので、簡単に修復出来るという安心感があったのも事実なのですが、993RSのフロントリップのように、上下に多少はショック吸収できるタイプではなく、一体式で、チョットぶつければ簡単に割れてしまうという、構造の差そのものが、割った回数の差になったようです。

真っ直ぐ走らないと囁き続けられていた348を、こんなふーに気に入って乗っていたワケですが、それは、348は飛ばさなくても楽しかった・・・という一言で片付けられると、僕は思っています。

空冷911の魅力は色々と沢山ありますが、直線を走ることだけに限っていえば、回転落ちの鋭さだと、僕は思っています。
4速や5速で、5000回転以上で巡航していて、ガスペダルを一度離した時の、あの瞬間に訪れる、あのエンブレの効果です!
とても、ヒンが良くない例えをしてしまいますが、高底道路で右へ左へと走り抜けるときに、ブレーキペダルを使用することなく、ガスペダルのオンとオフだけで、気持よく駆け抜けて行くことができます。

ブレーキを踏んでなくて、ただガスペダルを離しただけなのに、ナビシートに納まる人の首が痛くなってしまうほどのエンブレです。

これは、飛ばさないと味わえない空冷の魅力です。
魅力というよりも、思いっきり踏んで、思いっきり離さずにはいられない、空冷の魔力です。

僕が、993RSから、996GT3に乗り換えて、直ぐに手放したくなったのは、水冷911には、エンブレ効果がないに等しかったからでした。

996GT3の直線での速さは、たしかに993RSの敵ではありません。
150キロから、200キロ前後までの到達速度では、圧倒的に差があります。

運転中に、危険を感じたら、僕を含めて誰でも、ガスペダルから足を離して、ブレーキペダルに足をのせる作業をするハズです。
そのブレーキペダルに足をのせる、踏み加減で、危険の度合いが違うということだと、僕は思っています。

993RSでは、回転落ちが鋭いので、ガスペダルから足を離した瞬間に減速が始まっています。
対する996GT3では、ガスペダルから足を離しても、タイヤの転がり抵抗と、空気抵抗によって速度が自然に落ちていくのを待っているだけになります。

993RSでも、996GT3と同じように、タイヤの転がり抵抗や、空気抵抗はあるワケですから、回転落ちがもたらすエンブレ効果の差が、いかに大きいかということです。

(リアウィングを立ち上げて行けば、空気抵抗は上がりますが、それは、993RSでも996GT3でも、同じ効果な範囲なので、ここではノーマル同士の比較です)

つまり、996GT3だと、ガスペダルから足を離しても、感覚的には、全く同じ速度で前に進んでいるというように、僕には思えてしまいます。
対する993RSですと、ガスペダルを離せば減速が始まっているワケで、ブレーキすら踏まなくても良いという状況に、何度も遭遇します。

それならば、5速から4速、4速から3速、こんなふーにシフトダウンすれば、解決すると言われそうですが、本気モードの危険を関知した時に、そんな余裕なんってあるハズがないという反論も勿論あるのですが、それよりも、長年染み付いてしまった、こんなクセが抜けるハズがないじゃないか!というのが、僕の正直な気持ちです。

つまり、996GT3を楽しもうとすると、993RSより更に飛ばさないとイラレナイというジレンマが、今でも僕の中にあります。
僕が、まだ水冷911に、どっぷりとは浸かれない最大の原因は、実はここにあったりしています。

348は、ステアリングにパワーアシストもなかったので、縦列駐車や車庫入れは、(本来はしてはいけない)逆手ハンドルなしでは行えません。

クラッチの重さも、993RS並み、もしくは更に重かったと記憶していますが、このへんは定かな記憶ではなくなっています。

ドアーの厚みが、数十センチもあって、ドアーの長さも長いので、世間一般的な幅で仕切られた駐車場では、ドアーが中途半端に開くだけで、運転席から降りることも出来ません。
僕が、348を所有していた頃は、348で2台分のスペースを占領するのはイヤだったので、タルガトップの屋根をいつも外しておいて、なんと、その屋根の部分から乗り降りするという方法でした。

こんな不自由な348に、僕は惹かれていたワケです。
その理由は、今でも、上手には伝えられないと思っています。
それでも、書いてみようと思っています。
一番は奏でる音が、日常を消し去ってくれて、このまま何処までも聞き続けていたい!そんな願望を抱かせるクルマだったからだと思っています。
しかしながら、何時間も車内にいると、とても耳障りに聞こえてくるという不思議な音色だとも、僕は思っています。
それと、これも一番だと思っている理由なのですが・・。
創り手側・・・フェラーリの場合はピニンファリーナ・・・の主張を全て認めないと楽しめない・・・ということだと思っています。

最近のポルシェを含めたドイツ車には、少なからず使い手側の主張を受け入れているところが、見え隠れしていると、僕は思っています。
メルセデスについては、僕なりの思いを、いつかは書いてみたいと、ずっと感じていますが、最近のメルセデスも、(一部の車種を除いて)使い手側の主張を受け入れてしまったメーカーだと、僕は思っています。

そして言わずと知れた国産車は、エンドユーザーである、使い手側の主張や都合を、極端なまでに気にしてくれて、作られているのは、皆さま御承知の通りです。

僕が、クルマに求めるものは、家族で移動するならば安全性であり、空間の広さであり、信頼性であり・・・というようなことになるのですが、こと、自分で個人的に使うクルマとなれば、運転する楽しさであり、街行くクルマとは何かを別にする個性であり、好き嫌いがハッキリと別れるという一種のアクの強さであり、クルマに制服される喜びであり、・・・とかになると思います。

そして、僕の個人的な趣味クルマに一番望むものは、そのメーカーを感じさせるものです。
それは、他のメーカーの趣味思考や、世の中の流行に左右されない普遍的な魅力を持ち続けているクルマです。

うちは、こうこう・こういうクルマ創りをするメーカーですが、気に入ったら買ってください!・・・僕は、こんな主張をしているクルマに、とても弱いのです。

実は、僕も少なからず、デザインに携わっている人間です。
そうした観点から、フェラーリの内装を眺めていると、使い勝手という概念だけで捉えてしまえば、僕には間違いだらけに見えます。
こう直したい、ああ直したい・・・・チョット手を加えてあげれば、使い勝手が向上することばかりが、僕の目に入ってきます。
でも、そうやって使い勝手を優先して、手を加えて行くと、全てが格好良くなくなっていきます。

そもそも、ボディーのデザイン自体が、使い勝手など優先せずに、見せるための形にまとまっているクルマがフェラーリです。
今でこそ、フェラーリですが、気に入ったら買って、そして乗ってくれ!こう囁き続けているクルマがフェラーリだと、僕は感じてしまうのです。

この感覚を与えてくれるクルマは、現在ではフェラーリ全車、アストンマーチン全車、ランボルギーニの一部、そして往年のマセラティ、古くはデトマソ・パンテーラやランチア・ストラトスなどと、僕は思っています。

そして、ベントレーやロールスロイスは、上記に掲げたクルマとは違った路線の高級車になるワケですが、使い易いかといえば、決してそうではなく、やはり創り手側の趣旨に従って、その全てを受け入れないと、真の意味での高級感を味わえないクルマだと、僕は思っています。

僕にとっての、フェラーリの魅力とは、今では少なくなってしまった、創り手の都合に満ち溢れているクルマだということのようです。

ポルシェは機械として、そして道具として、その創り手の技術が満ち溢れているクルマなので、僕にとっては、フェラーリの対極に位置するクルマに捉えています。
ですから、ポルシェは楽しく遠くへ移動していくクルマとしは、世界最高のクルマだと思っています。

続く・・・。

そして御詫び (明日から出かけるので、書き終わりませんでした)

by seiuchi-porsche9 | 2007-04-21 02:46 | フェラーリ
2007年 04月 18日

今日まで そして明日から!

久々の投稿かなーっと思ったら、8日ぶりなので、いつもと変らないよーな気もしています。
お陰さまで、昨日の午後に、お仕事は片付きました。
その間、7泊8日という感じで、仕事場にいました。
延べの睡眠時間は30時間ほどだと思いますが、僕は、いたって元気です。

普段は全くといっていいほど、集中力がない人なのですが、中学、高校の中間試験や、期末試験になると、こんな感じで、机には向かっていました。
遠い昔ですが、1週間前後という短期間に限れば、僕は勉強でも集中することは出来ました。

短期間に物事を覚えるということは、得意だったのですが、短期間に覚えたものは、忘れるのも早いので、こうして、大人になってしまえば、殆ど覚えていなくて、一般的な社会人よりも、基本的な知識の蓄積が足りないという、現実世界の僕が、ここにいます。

中学や、高校での成績は、テストの結果が全てなワケで、成績表では、そこそこなのに、その集大成である受験では、殆どのことを覚えていないので、全くと言っていいほど、点数が上がらないことになります。

僕の特技としては・・・少なからず自分の実力を知る!・・・こんな感じだと自覚しているのですが・・・・これは、つまり受験に弱いという結論を、中学生の時に出しました。

そんなワケで、僕は、根本的な自分の問題点を無視して、単に甘さだけを求めて、エスカレーター式の高校に進学しています。

当時の、僕の通っていた高校は、同じ系列の大学に進学できる条件は、成績が学年で、上位何人までとか、そんな仕組みではなく、単に、総科目の平均点が60点以上あれば、大学側が受け入れてくれるという、単純な仕組みでした。

そうなると、当然の如く、僕が目指すものは、平均点が60点以上という、とても低レベルのものになります。

平均で、60点以上に成ればよいと、僕は悟ってしまったワケで・・・将来、僕には絶対に役立つハズがないと思っていた・・・λや∑や放物線など・・・つまり数学のお勉強はしないことにしました。

足し算と、引き算、掛け算、割り算を人並みに、暗算でこなせる能力だけあれば、買い物で損もすることもなく、夜の繁華街で遊んだとしても、不当なまでに、ボラレルこともないハズだと感じていて、これだけで、将来に対して、全く不安なしと決めてしまいました。

そうなると、化学という科目で、大好きな女の子の目を、僕に向けられるのか?という疑問も湧いてくるワケで、僕は化学にも、全く興味がなくなってしまいました。

その結果、数学Ⅰも数学Ⅱも化学も・・・この3教科の通信簿欄(科目ごとの点数表示です)は、どちらも30点代という、悲惨な数字が並ぶことになりました。

この3科目でのマイナス90点を、短期集中の暗記だけで、世界史や生物や古文というような科目で補えさえすれば、大学には進学できるという、なんとも安易な方法を見つけたワケです。

この平均点で60点以上の成績を残せば、誰でも大学に進学できるという仕組みは、他にも利点はありました。
それは、クラス全員が仲良くなってくると、点数が足りないで進学できなそうな、クラス友達には、テスト中に、自分の答案用紙を読めるようにしてあげる!というルールが、自然に出来上がったからです。
(成績が悪ければ留年もしました。最長で高校5年生まで可能です)

方法はどうであれ、クラス全員で同じ大学に進学しようという、目的ができます。
僕の得意の暗記科目の時には、僕の答案用紙が、誰の手元に渡っているのかも、判らないという、こんな状況のテスト風景でした。

そうなると、僕の数学での成績も、クラス仲間の協力のもとで、そこそこの成績に上がります。
ですから、通信簿のうえでは、そこそこ数学の成績も良いということには、なっています。

こんなふーな、高校での生活を続けていると、助け合って楽しく生きて行こうという、和気藹藹で楽観的な人間が生まれます。
僕は、正しく、そんな人間ですが、一人では何も決められなかったり、人を乗り越えて大きくなったりとか、人の上に立って人を導いて行くというような、本来は、男として重要なものの全てが、大の苦手という人物に出来上がってしまいました。

僕は、このことを後悔していませんが、僕の高校時代の友達の全員が、大きくは出世していないのも、ここに原因があるとは思っています。

つまり、当時から、今日の今日まで、僕の中には、数学という概念での能力は、全くありません。

高校1年にして、僕の数学というか、算数の知識は、足し算、引き算、掛け算、割り算、というこの小学生並みの4つの計算だけで、将来を乗り越えて行こうと決めてしまったからです。

実際に、この4つの計算さえ人並みか、人並み以上に、暗算で早く出来さえすれば、将来に不安なしと、僕は決めていました。

その考えは、高校1年の1学期に決めたのですが、この時に、疑問を抱きました。

たとえば、
13450×6とかは、13000×6と、450×6を、足す方法で、僕は暗算をするワケです。
ところで、この13450と6という数字は、一体なんなのだろー?
僕は、こんなどーでもいいようなことに、疑問を抱きました。

当時の僕は、(今と同じですが)友達とクルマと女の子と洋服とロックにしか興味がなくて、全ての物事を考える時にも、これに関連づけていました。

暗記科目の勉強さえ、遊びながらしないと、耐えられないという僕ですから、歴史を覚えるのも、ドラマ仕立てにしていました。
豊臣秀吉役を自分にして、北政所(きたのまんどころ)と淀君(よどぎみ)は、大好きなM子ちゃんと、これまた大好きなE子ちゃんに抜擢しようと、勝手に決めてしまうワケです。

北政所(きたのまんどころ)役を, M子ちゃんとE子ちゃんのどちらにしようか?
そして淀君(よどぎみ)役を、M子ちゃんとE子ちゃんのどちらにしようか?・・と、監督兼主役の僕は、勝手に考えるワケです。
そうすると、北政所(きたのまんどころ)と淀君(よどぎみ)の性格や考え方なんかが判らないと、役振りが決められないので、北政所(きたのまんどころ)と淀君(よどぎみ)について、チョットは調べてみる・・・僕の勉強方法は、こんなふーになっていて、とても不純でもあったワケです。

北政所(きたのまんどころ)と淀君(よどぎみ)という人物は、実在していたワケで、この名前の由来に興味は持っても、名前そのものに不信感は抱かないワケです。

それに対して、13450や6という数字から、僕なりに遊ぼうとすると、小学生の問題集のように・・・13450円の洋服を6人が買いました、合計で幾らになるでしょう?・・・こんなふーになってしまうワケです。

ところで、13450円の洋服って、どんな洋服なのか?
本当は、8000円と5450円の2着で、13450円なんじゃないか?
こんなふーに、遊び方が無限大に広がってしまい、∞というのは、僕の苦手な数学の世界の領域で、もはや、僕には遊べない世界です。

それならば、13450という数字は、単に仮の数字として捉えた方が、判り易いと思いました。

今でも、はっきりと覚えていますが・・・高校1年・1学期の中間テストでの、悲惨な数学の結果が知らされて・・・足し算、引き算、掛け算、割り算、という4つの計算式だけで、僕は将来を乗り越えると決めました。

そして、この4つの計算の時に使われる数字だけは、生涯に渡って、自分で決めて行こうと決めました。

それは、とても高校生とは思えない、幼稚なことでした。
ラーメンと餃子を食べたいと思ったら、そのラーメンと餃子の値段は、自分で決めようと決めました。
自分の標準的な味の価値観だけで、価格を想定して、それに見合えば妥当なラーメン屋さんで、その価値観を下回ったもので、味が落ちれば不当な価格のラーメン屋さんになります。

そうすると、不当な原因はなんなのかと思ったりするワケです。
都心の繁華街にあって、家賃が高そうだから、そうなってしまう理由なんかが、見つかってきたりします。
都心ならば、いつもの予算よりも、チョット多めにしないと満足なものは、食べられないということを、知ることにもなりました。

自分で価格を決める・・・・こんなふーにオーバーな言い方をしてしまいましたが、それは、単に表示されている価格に、僕の価値観と、店側の諸事情を加味した範囲の中に、価格が納まってさえいれば、自分で決めた価格として、捉えるという数字遊びでした。

洋服を買いに行って、気に行った洋服が、マネキンさんが着て飾られている1点しか在庫がない場合・・・・とても気に入って、後には引けない状態だったら、売値通りで買ってしまうのが、僕の価値観で、まあ、それならば買わなければいいかーと思えば、買わないで帰ってくるのも、僕の価値観で、店員さんが『現品なので割引しますね』・・・こんなふーな対応をされてしまうと、即座にお願いしますと言ってしまうのも、僕の価値観だったりするので、僕の価値観は主体性のないものだったりもしていますが、『現品なので割引しますね』 という店員さんの価値観が、僕に限りなく似ている価値観というだけで、僕の購買意欲は増大してしまいます。
(静岡方面にそんな素敵なお店があります・笑)

『現品だから安くしてください』 と言ってしまえば、簡単なのですが、それでは相手のコップに貯まっている水を、僕がゆすって・こぼさせるようで、僕的には苦手です。

僕的には、相手のコップに貯まっている水が、自然に溢れてきて、それがこぼれてきたのを、受け取ることが好みです。
僕が、意外にも気長なのは、こんな理由からなのかもしれません。

現在販売されているクルマの価格を、僕はあくまでも希望落札価格だと思っています。
メーカーや輸入元からみた、希望落札価格だと思っています。
その希望落札価格が、僕の価値観での希望入札価格と一致していれば、僕はそのまま購入するし、僕の価値観での希望入札価格よりも割高ならば、単純に希望入札価格で、指値だけをして、相手が、その指値に合わせて来てくれれば購入します。

そして、僕の価値観での希望入札価格よりも、更に値引きされているクルマには、大きな売却損が、購入前から、決定しているクルマになるので、興味すら薄れてしまいます。

自分の価値観での価格には、アフターが良ければ上積みされるし、アフターが良くなさそうならば減額されます。
こうして、自分で決めた価格で購入すれば、購入後の僕の文句はないものとして計算しているので、不平不満も起きません。

僕は、7泊8日の仕事での、休憩時間中に、こんなことを考えていました。
僕にっては偉大なもので、皆さんにとっては、どうでもいいような、この僕という僕の生き方は、この高校1年の時に決まったように思いました。

こーして、僕は仕事を終わらせたのですが、当然のように、妄想遊びをしながら行いました。
今回は、知り合いからの依頼仕事でしたから、お客様の顔も判らなければ、雰囲気も趣味嗜好も判りませんでした。
そんな人達を、100人ほど想像しないと、仕事は楽しく出来ないので、仕事中に、ブログでお会いしたことがある方々には、殆ど登場して頂きました。
お陰さまで、仕事は楽しく、無事に完了することが出来ました。
どうもありがとうございました。
(改造車ではなく改造社です)
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♪♭♯♪♭♯♪♭♯♪♭♯♪
私は今日まで生きてみました 
 時には 誰かの力を借りて
 時には 誰かにしがみついて

私は今日まで生きてみました
 そして今 私は思っています
 明日からもこうして 生きてゆくだろうと

私は今日まで生きてみました
 時には 誰かをあざ笑って 
 時には 誰かにおびやかされて

私は今日まで生きてみました 
 そして今 私は思っています
 明日からもこうして 生きてゆくだろうと

私は今日まで生きてみました 
 時には 誰かに裏切られて 
 時には 誰かと手をとり合って

私は今日まで生きてみました
 そして今 私は思っています
 明日からもこうして 生きてゆくだろうと

私には 私の生き方がある 
 それは恐らく自分というものを 
 知るところから 始まるものでしょう

けれど それにしたって
 どこで どう変わってしまうか

そうです 分からないまま生きてゆく 
 明日からの そんな私です

私は今日まで生きてみました 
私は今日まで生きてみました 
私は今日まで生きてみました

私は今日まで生きてみました 
 そして今 私は思っています
 明日からもこうして
 生きてゆくだろうと

(これは高2の時の歌でした)

by seiuchi-porsche9 | 2007-04-18 13:21 | ウォラス walrus
2007年 04月 10日

やっぱり・お仕事!そして小休止の・お知らせ!

お世話になっている方からの御願いで、期限が迫っている、お仕事を引き受けました。

暫しの間、仕事に没頭することに決めました。
その結果、暫くの間はブログ更新できない状況になりました。
(自主規制しました)

そうはいっても、僕には息抜きが必要不可欠です。
皆さまの楽しいブログには、休憩時間にお邪魔させて頂くつもりでおります。
そして、頂いたコメントは、僕の仕事の糧ですから、楽しまさせて頂きます。
つまり・・・・。
単純に、暫くの間だけ更新しないと、受け止めてくださいませ。
(元々、更新が遅いので大した変りはないのかも知れませんが)

本来は512TRですが、時間的余裕がないので、今回は簡単な投稿にさせて頂きました。
探し物をしていて、偶然発見した自動車雑誌のお話です。

1972年版の 『マイカー実用百科』 です。
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縦18センチ、横13センチ・・・と小柄ながら、504ページもあるので、厚みは3センチ弱もあります。
その504ページに、小さな文字が埋め尽くされています。
読破するのには、数か月は掛かるであろーというボリュームです。
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(裏表紙の)この女性が、どなたか判る方は、それなりに・・・・・・・でしょう。
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当時は、法定12ケ月点検(法定1年点検)という制度がありました。
法定とは、字の如く、法律で定められたものですから、半ば強制的に行われていました。
(とはいっても、少なからず・・・半年や一年おきには、整備点検はしたほうが、無難だという時代でもありました)
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『故障の発見と一覧表』 が延々と書かれています。
故障に関すること、整備に関すること、この2つに関する記事だけで、本全体の3分の1ほどを占めています。
この自動車雑誌は、当時の国産車だけを対象にしています。
裏を返せば・・・当時の国産車は、壊れやすかったという証拠にもなるのですが、そうなると・・・・当時の輸入車は、僕の記憶通りで・・・壊れて当たりまえ!止まって当たりまえ!だったようです。
(まして僕は中古並行専門でしたから)
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主な部品の標準価格が掲載されていますが、この本のタイトルは、自動車整備ではなく、マイカー実用百科、なんですね!
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若かりし頃の、Yoshi兄さん&すぱちち兄さんの疑問にも、的確なご説明が・・・。
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そんなワケで、暫くは更新出来ませんが、宜しくお願いいたします。

結果的に・・・・最後に楽しまさせて頂いたのは、このクルマになりました。
(靖国神社前にて・桜まつり)
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早く仕事終わらないかなー・・・・。

by seiuchi-porsche9 | 2007-04-10 13:00 | ウォラス walrus
2007年 04月 04日

中編 ときにはフェラーリ!そしてF430と512TR!

続き・・・。
M君の512TRが、そんなワケで、僕の手元にあります。

テスタロッサ、512TR、348など・・・・・この独特のサイドラインは、正直なところ、2000年を迎える頃には、とても古臭いものに、僕は感じていました。
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古く感じる前の僕は、このサイドシェル、このサイドデザインが大好きでした。
それが、なんとなくバブル時代の残像を引きずっているように感じて来てしまい、なんとなく古臭く感じて来てしまったというワケです。

でも、最近になって、このデザインがまた大好きになっています。
その理由は、現代の街ゆく沢山のクルマとは一線を別にしているクルマであることを、明白に主張しているデザインに思えるからです。

バブル絶頂期・・・・メルセデスベンツのSLやSLC、SEL、はたまたポルシェ928等など・・・それらの(ワイドボディー化された)ケーニッヒ・スペシャル 仕様などを、街中で見かけることが少なくなってきた現在では、この独特のサイドラインが、僕の眼には、とても新鮮に映ってきたというワケです。
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バブルの象徴的なものは、バブルが過ぎ去った直後には、なんとなく古臭く、既に過去のものとして、捉えられてしまい、それから数年たてば、また新鮮に感じるということを、僕は知らなかったようです。
(好きか嫌いかというよりも、バブルを象徴していたブーメランアンテナ)
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今回、こうしてM君の512TRを預かって、こうして512TRのデザインの隅々をじーっと眺めていると・・・・僕が感じたことは、世の中の風情や、世の評価に惑わされていて・・・自分の考えがない自分というものが・・・・とてつもなく小さな奴だと、改めて認識させられることになりました。
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数年経ったら、どう感じるのだろーかとか、何十年経ったら、どう感じるのだろーかとか、こういうことは、僕のように年を重ねて来て、初めて気付くことなのかも知れないのですが、仮に、もっと若かりし頃に、こんなことを、いつも念頭に入れた試行錯誤をしていれば、今の自分も、もっと違っていたのではないかと、考えさせられました。

若い頃は、付き合っている女の子が、段々と年をとっていく・・・こんな自然界の法則すら想像出来なくて、可愛いくて、スタイルのよい子ばかりに、目がいっていました。
それが、今となって同窓会なんかに出席すると、皆が皆、同じようなスタイルに成っていたりしているので、当時から先見の目がないことは、明らかなことのようです。
これは、多分、女性側も同じように感じているワケで・・・僕は、512TRを預かることによって、ダイエットしようと決心したのでした。
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誰もが知っているようなことを書くことになりますが・・。
512TRというクルマは、僕の大好きな、70年代のクルマの残像を、思い切り、引き摺っているクルマです。

今から23年も前の1984年、512BBの後継車として、登場したのがテスタロッサです。
そのテスタロッサの改良バージョンとして、512TRが続いているワケですが(その後512M)、テスタロッサは、良きにしろ、悪きにしろ、512BBの重心が低くない点や、リアが重たいという重量半分をも受け継いでいるワケで、そのボディー剛性も、70年代のクルマと大差がないワケです。

大雑把に書くのが許されるのならば、512BBの血を引くテスタロッサ、そのテスタロッサのエンジンと、ミッションの搭載位置を数センチだけ下げて、搭載方法を溶接止めに変更したり、パイプフレームの各所に補強を入れて、ボーディー剛性を向上させたクルマが、512TRになるワケです。

僕にとっては、70年代のミッドシップ・フェラーリ12気筒の残像を、思い切り、引き摺っているクルマに思えています。

M君の512TRは、94年式 (TRとしては最終年式) ですので、ABS装着車 (93以前未装備) の18インチ (テスタロッサ16インチ)、428馬力 (テスタロッサ390馬力)、エンジンは、5リッターの12気筒です。

5リッターの12気筒エンジン搭載車なので、512と名付けられているワケですが、308 (3リッター8気筒)、328 (3.2リッター8気筒)、348 (3.4リッター8気筒) というように、こうした判り易い車名だった頃のフェラーリの方が、オジンの僕にとっては、一目瞭然で、とても好都合に思えたりしています。

M君の512TRのナンバープレート (登録ナンバー) は、このように、フェラーリ・512TRという車名を表す・・・『512』・・・です。

今となっては、希望ナンバー制度が,存在しているので、比較的簡単に 『512』 というナンバを付けることが出来ます。

M君が、512TRを購入した当時には、まだ希望ナンバー制度自体が存在していなかったので、この 『512』 というナンバーを取得するのに、とても苦労しています。

その苦労とは、最寄りの陸軍事務所で、512番というナンバーが公布される順番を、交付される窓口で、単に気長に待つだけなのですが、登録される台数も、月によって、日によって違うので、それこそ2~3日は、陸軍事務所の窓口付近に居座り、512番が来る順番を待つという、とても気長な作業を意味しています。

当時は、これを代行する業者さんも存在していました。
相場は5~7万円だったと記憶しています。

それゆえ、時代背景で捉えれば、見分けが簡単に出来るワケで・・・品川33とか、横浜34とか、名古屋34とか・・・こんなふーに、登録所在地 (運輸支局名) のウシロの数字 (分類番号) が2桁の場合で、911や964、348や355などという、ナンバーが付いているクルマを見かけると、僕は妙に感激したりしています。

それは、希望ナンバー制度が開始されてから、交付されているナンバーは、登録所在地 (運輸支局名) のウシロの数字 (分類番号) が、必ず3桁になっているからです。

つまり、『品川330・911』 は希望ナンバーだけれど、『品川34・911』 は苦労して取得したナンバー・・・・こんなふーに簡単に見分けることが可能なワケです。

旧車好きの僕にとっては、その番号が2桁か、3桁かということが、とても気になったりしています。

3桁交付になった後にも、光るナンバーだけは、2桁交付だったので、旧車好きの間では、光るナンバー2桁で交付を受けて、その後、一生懸命に蛍光塗料を剥離して、普通のナンバーに見せるというような、裏技がありました。
(今では、光るナンバープレートも3桁交付になってしまいました)
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クルマのナンバーや、販売店が貼ったステッカーを眺めたりしていると、色々なことが想像出来たりします・・・・クルマ屋さんだったら、初めて来店したお客様の情報を出来る限り知ろうとするワケですが、登録ナンバーで色々と想像しているセールスさんは、想像以上に多いと思っています。
こんな話題は沢山あって尽きないのですが、またしても横道なので止めておきますね!

512TRとは?
こんなことは、間違っても、ド素人の僕には書けません。
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そこで、今回も、僕なりの感じ方だけを書きますので、間違っていることが、多々とありましても、どーぞお許しくださいませ。

70年代の、ミッドシップ12気筒・フェラーリの残像を、思いっきり引きずっている、この512TRに、最新式のフェラーリF430を手に入れたK君が、ステアリングを握ると、どう感じるのでしょうか?
M君も僕も、このことに一番興味があったワケなので、このことから触れてみようと思います。

それには、K君を少なからず、ご紹介した方が判り易いかも知れませんね。
年齢的には、30代前半です。

先日、K君と僕と、『彼女のカレラ』 の麻宮騎亜先生と3人で、食事に行きました。
『Kさんにとって、クルマとはどのようなものですか?』
と、麻宮先生がお聞きしました。
『速さが全てです!』

K君は、RX7でのサーキット走行に、ハマっていたのですが、K君のRX7でのサーキット・タイムが、去年、ついにプロの方々と肩を並べました。
これで、目標を達成したと、今はサーキット走行を止めてしまいました。

今、K君から頼まれごとが来ています。
『F430のミッションが、5速8500回転で、変な音がするような気がするので、一緒に乗って聞いてくれません?』

このあたりのことが、K君を一番判り易く表現していると思ったので、書いてみました

そんなK君の運転する、512TRの助手席に乗って、首都高速を数周廻ってから、横浜へ向かいました。
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K君は、自分が興味を惹かないモノに対しては、少しも関心を持たないタイプです。
クルマに対しても同じで、古いクルマには興味がないので、この512TRに関しても、なにひとつと言ってよい程、事前知識がない状態での運転です。

そんなK君が、どんな感想を抱くのか、僕にはとても興味がありました。
因みに、M君の512TRは極上物の部類ですが・・・。

『ステアリングが重いんですね!』
僕としては、後期型の512TRだから、ステアリングが軽くなっているのだよ!
348なんって、こんなもんじゃないんだから!と伝いたいところですが、聞き流しました。

『クルマも重たいんですね!』
走り出して直ぐに、これを感じられるK君は、やっぱり凄いな~と思いました。
実際、1.6トン以上あるワケで、重たく感じるのが普通なのですが、大方の人は、パワーがあるので、それを感じなくなるハズです。
速いクルマにしか興味を示さない、K君らしい感想と思うと同時に、速いクルマに、ある程度慣れておくことは、クルマの素性を知るうえでも、少なからず、必要なことなんだなーと再認識しました。

『フロントが浮いて、空冷ポルシェみたいですね!』
996初期型GT3に乗っている、我が身からすれば、おいおい、そんなことはないよ!と言いたいところなのですが、実際、512TRはミッドシップといえども、エンジン搭載位置が、かなり後よりなので、どちらかというと、リアの方が重たいワケです。
K君は、僕のGT3よりも、後ろが重く感じるとも付け加えているのですが、400キロ以上もあるエンジン/ミッションを、リア寄りに載せてあるワケですから、そう感じても不思議ではないのかも知れません。
以前に、中古の空冷911を購入して、僅か1ケ月ほど乗っただけで、(なんの未練もなさそうに) 手放してしまった、K君らしい感想だとも思いました。

『最高速チャレンジしたら、全身分解しちゃいそうですね!』
いつものようにベタ踏みしながら、K君は、ボディー剛性が弱いということを指しているのですが、軟弱気味だったテスタロッサを補強して・・・K君が、こういう話題に、興味を抱くハズがないので、僕は話しませんでした。

K君が、クルマを捉える時は、全てが今を基準にして、現在との比較で判断します。
K君は、自分も一代で築き上げたという自負があるので、歴史のうえに歴史を積み上げていき、その歴史に魅せられるようなタイプではありません。

『ブレーキが甘いんですね!』
これには、チョット注釈をつけて、僕は説明をしました。

先ずは大切なこと、思いっきり踏まないと効きにくいということ。

そして、512TRの後期型だけに、ABSが装着されていて、容量も大きくなって、テスタロッサ時代の16インチから、(512TRで) 18インチに変更されたというような・・・512TRの止まることに関するスペックが、いかに向上しているかという話をしました。
テスタロッサの初期型はセンターロックで・・・・こんな・・・・僕が大好きな、更に古い話には、絶対に興味を示さないタイプなので、これは我慢しました。

K君は、ポルシェのPCCBには興味がないらしく、996ターボには、GT2用の6ポットのキャリパー&ローターに換装しています。
それが、F430では、カーボンセラミックのブレーキシステムを、オプションで装着しているので、そのことについても、チョット聞いてみました。

996ターボでは、サーキット走行するので、ブレーキの踏み加減に比例して、ブレーキ自体の効き具合を調整できる方が、走り易いということでした。
(僕は、これはブレーキを残してという意味に捉えました)

ノーマル996ターボのブレーキと、996GT2用のブレーキの違いも聞いてみたのですが、効き具合は同じだけれど、踏み分けられる段階が数段多い感じ・・・つまり、ターボのブレーキが5段階に使い分けられるとしたら、GT2用のシックスポットだと、7段階や8段階というように、より細かな使い分けが出来るということでした。
(聞きながら、これは前にも聞いたなーと思ったのですが、答えは同じでした)

F430のブレーキを、カーボンセラミックのブレーキシステムのオプションにしたのは、F430では、本格的なサーキット走行はしないつもりで、選択したということでした。

驚いたのは、カーボンセラミックのブレーキシステムは、最初のオプション価格166万円もさることながら、ブレーキパッドが2回目の交換時期を迎えると、ローターを交換しなければイケナイということでした。
その価格が1枚80万円ということなので、パッドとローター1台分交換すると、工賃込みで350万円ほどになると、購入時に説明を受けているということでした。

2回目の交換までに、僕は手放しますよ!とK君は言っていましたが、1回目のパッド交換時の・・・K君のオドメーターの表示が、どのぐらいなのか、とても気になるところでもあります。

撮影するのを忘れてしまいましたが、生産ラインで、組み立てられている、K君のF430そのものの写真が、取扱説明書に同封されていたり、オプションとして購入した、専用のラーゲッジバックには、K君のF430のシートと同じカラーの、ステッチが縫いこまれていたりと (バックのステッチは無償だそうです)、F430の室内に貼られた、オーナープレート (オプション) と同じように、心憎いほどの演出がされています。
(オプションのカーボンが、いたるところに組み込まれている室内)
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これだけ生産台数が増えてしまった、ポルシェの全車種とは、言わないまでも、フラッグシップである、911ターボぐらいには、せめて生産ラインで組み立てられている、そのターボ、そのものの写真のサービスぐらいは、あってもいいように感じるのは、僕だけなのでしょうか・・・。

この日のK君と僕は、お互いの仕事が一段落してから会ったので、横浜に到着したのは、かなり遅くなってからでした。

殆どの店が、閉店してしまった中華街で、K君と僕は、遅い夕食を食べました。
『帰りの運転は、お願いしますね!』
そう言うと、K君はビールを注文しました。

K君は、この日のように、一日の仕事を終えてから、夜のドライブに出かけることは、昼間のストレスが発散出来ると言いました。
『でも、このクルマの運転疲れちゃいました!』
疲れちゃったということは、ストレスを、発散出来なかったということを意味するワケで、あーだ・こーだとは言いながらも、あれだけ楽しそうに、512TRのステアリングを握っていたK君でしたから、こんな言葉が、K君のクチから飛び出てきたことが・・・・・僕には、とても意外で、不思議なことに思えました。

こーして、夕食のひと時を楽しんだ、僕等は、中華街を後にしました。
そして、帰りの運転は、約束通り僕がしてきました。

K君を、512TRの助手席に乗せて、僕もそこそこのペースで走りました。

暫くしてから、僕はあることに気付きました。
そして、K君の・・・。
『でも、このクルマの運転疲れちゃいました!』
という言葉の真相も理解できていくのでした。

そして、僕は、とても大きな思い違いをしていたことにも、同時に気付き始めていくのでした。

またまた続くになりました・・・・。

★追記★
JUNさんへ♪
気になって探してしまいました(AM3時45分発見です・笑)
特大寺 有恒先生の 『ポルシェ911編愛学』 です。
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928での写真ですが、44歳時の出版なんですね。
(内緒ですが・例の特大寺節は・まだ完全には完成されていないようです)
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by seiuchi-porsche9 | 2007-04-04 22:10 | フェラーリ