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2009年 07月 20日

ただお前がいい・・・と思い込む。

我が彩号こと、RS60スパイダーで、東北に行って参りました。
なんとなく天気も怪しそうなので、(前日に)タイヤを交換してから、行って参りました。
(因みに今回、交換したタイヤは、交換前と同じの050です)
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以前から、仙台市内に、訪問してみたい場所が3ヶ所ほど有りました。
(観光ガイドなどには載っていない、極めて個人的な興味から来ている建築物であります)

そんな目的があって、金曜日の仕事を15時に、早仕舞させて頂き、まだ陽が落ちない程度の明るさが残る、そんな仙台市内に到着しました。

かつ丼は大好物なのですが・・・。
今回も北の地の物価の安さを知らされました。
(食べる時間はありませんでしたが)
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無事に、3ヶ所の訪問を終えたのですが、途中で、東北楽天ゴールデンイーグルスの試合が開催されている、Kスタ宮城(クリネックススタジアム宮城)が見えました。
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それにしても、仙台は何度訪れても、素敵な場所ですね。
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都会だし、物価も比較的安いし・・。
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女の子も可愛いしと、1年位暮らしてみたいです。
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この日の夕食は、当然の如く「牛たん焼き」にしました。
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そして、東北といえば、サンマです。
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そして、東北といえば、ウニでもあります。
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そして、翌日は、BOXSTER'S PLEASURE主催の「ウニツー」に参加させて頂きました。
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我が彩号の車内から、左手に北上川を臨み、前方にKOU団長の987S(通称・蟹僕)を臨み、後方には、がんも号(997GT3)を臨み、目的地を目指しました。
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そして、延々と山道を走り廻り(遠回りして・笑)、目的地に到着したワケですが、ここの駐車場の安さは素晴らしいですね!
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この駐車場の安さと同じように、目的地でのランチは、驚く勿れの素晴らしい価格でした。
(写真には有りませんが、これにアワビの刺身とホヤ貝蒸しが付きます)
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この日、ご一緒してくださった皆さま、楽しい1日をありがとうございました!
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そして、ウニツーOPの宿泊参加をさせて頂き、翌朝を迎えました。
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納車されたばかりのKOUさんの987S(蟹僕)は、直噴エンジンで、PCCBにLSDも付いていて、こうして、僕の綾僕と並べてみれば、ボクスターに興味の無い人からみれば、殆ど同じように見えても、僕の中では、それは・それは大きな違いが有るワケです。
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我が彩号には、フロントリップが付いているのが、チョットだけ自慢出来そうでも・・・。
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昆虫みたいに、目が動くヘッドライトには、やっぱり惹かれてしまうワケで・・・。
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リアビューを眺めてみれば、マフラーの両サイドが、僕の彩号には、何か付いていないと感じてしまうワケで・・・。
赤い幌の綾号には、LEDはないけれど、レッドテールのほうが、なんとなくではあるけれど、これはこれで、格好良いのではないかと、思い込む事にしたほうが、救われるのではないかと・・・思ったのでした。
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KOUさんは、きっと、気軽に僕に、ステアリングを握らさせてくださったと、お察ししております。

でも・・・。
ボクスターに限らず、同一車種のマイナーチェンジしたクルマを、新旧比較の対象として、乗り比べてみれば、それは必ずマイナーチェンジ後のクルマのほうが「優れている!」ということを、もう何十回、いや、もう何百回も、実体験させられて来ているのが、今の僕でもあります。

同一車種ならば、マイチェンジ後の方が、優れている。
そんなことを、百も承知していたにも関わらず、05年の987Sに乗っていた時の僕は、3.4に進化した987Sのステアリングを握ってしまったという、そんな苦い経験も有るワケです。

その結果、僕の05年の987Sは、ワイドボディーの987テックアートに変身させたワケだけれど、テックアート・ワイドボディーの987Sに仕上げてみれば、それはそれは、僕の中でのイメージとは、チョットばかり大きく違ってしまっていたワケで、あっけなく手放してしまったという、そんな重く圧し掛かって来る、過去の体験もあるワケです。
(当時の僕は、この05年の987Sと04年の986Sの2台のボクスターを同時所有していたワケですが、進化してしまった987Sの優れた箇所を知ってしまったので、もう進化したくっても、進化のしようがない、最終形の986Sを手元に残したという、そんな行動をしています。今にして思い返せば、テックアート・ワイドボディー化したのは、05年の987Sへの未練を断ち切る為だったような気がしています。)

自分の所有してるクルマの、同一モデルでの進化判のステアリングを握ることだけは、我が身を大切に守るという、僕には、そんなチッポケな感傷があって、杉本彩号は、僕の中では、まだまだ旬なのだと、僕は、そう思い込んでいたいので、この日の僕は、KOUさんの蟹僕のステアリングを握らなかせて頂かなかったどころか、KOUさんの蟹僕のドライビングシートにさえ、座わらせて頂かなかったという、そんな僕だったのでした。

僕の中での決まりごとは、マイナーチェンジ後の同一車種は、スタイルは好みの違いで、マイナーチェンジ前のクルマを好ましく感じることはあっても、ステアリングを握ってしまったら、それは、もうマイナーチェンジ後のほうが、必ず優れているという、そんな結論に達してしまうハズで、それならば、自分の所有しているクルマでは、その感覚を味わないという、そんなセコイ、自己防衛本能が身に付いてしまったみたいです。

話をまとめてみれば、単純に・・・。
僕の綾号は、去年の4月に納車されたワケで、来年の4月ぐらいまでは、僕の中では、旬のクルマだと思い込みたい、そんなクルマであって、そんな僕が居るのです。
(こういう意味合いでは、旧車は比較対照しなくて済むという、僕にとっては、魔法のクルマになります)
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こうして、遠くから眺めていれば、殆ど変わらないと思え込めるワケですから、自己防衛本能を高めるということは、僕には必要不可欠なのであります。
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いずれにせよ、全ては負け惜しみではあります(笑)

KOUさん、改めて納車おめでとうございます!
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そして、僕は、この日の、こんな道が大好きでもありますよ!
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それにしても・・・。
優柔不断な僕は・・・。
欲しいと思うクルマが有り過ぎみたいではあります・・・。
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この日の僕は・・・。
BOXSTER'S PLEASURE恒例の山道ばかり走り抜けて・・。

米沢に立ち寄り、米沢牛を楽しみ・・・。
(牛刺握り)
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(サーロイン)
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そして、また延々と・・。
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山道ばかり走り抜けて・・・。
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喜多方に立ち寄り・・・。
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喜多方ラーメンを楽しみ・・・。
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大した渋滞にも遭遇せずに、戻って来たのでありました。
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今回の走行距離は、全行程で1130キロほどでしたが、これは大阪にお邪魔して、関西を走り廻る時に比較すれば、それはそれは、3分の2以下という、そんな感じがしてしまう、極端に少ない走行距離に感じて来るワケで、今回は福島、宮城、山形と東北の入口付近だけで有ったとしても、改めて、東北という場所が、身近に感じられるツーリングではありました。

ご一緒して頂いた皆さま、楽しい思い出をありがとうございました!

追伸
お気づきの方もいらっしゃるとは思いますが、僕の辞書からダイエットという言葉が消滅しました(笑)

by seiuchi-porsche9 | 2009-07-20 14:15 | オフ会 ツーリング
2009年 07月 15日

ケジメなさい (夢見るオジンじゃいられない)

★7月某日★
某氏の納車されたばかりのアウディーRS6で、西に向かいました。
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kuniさん、納車おめでとうございます!
(寝不足とは言え、たとえ短時間だったとしても、助手席で爆睡してしまい失礼しました)
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途中で、皆さまと合流させて頂き、いつものカレーを楽しみました。
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cyu-kinさん、PANDA100馬力ご納車おめでとうございます!
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この日の清里は、残念ながら霧でした。
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kuniさん、cyu-kinさん、DENさん、ご馳走さまでした!
カレーツーで、ご一緒してくださった皆さま、楽しいひと時を、ありがとうございました!

そして、kuniさんと僕は、更に西に向かい、殿と合流しました。
おかさん、ジャガーXJご納車おめでとうございます!
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英国車が大好きな僕なのですが、ジャガーXJのナビシートは、ホントに快適でございました。
おかさん、今回の大阪遠征では、公私にわたってホントお世話になりました。
どうもありがとうございました!
(おかさんのお話は勉強になることばかりで、とても有意義で感謝しております)
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というワケで、この日の夕食は・・・。
おかさん&kuniさん、ご馳走さまでした!

そして、芦有展望台に行きました。
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視界無しという感じでしたが、とても楽しかったです。
お会いした皆さま、楽しいひと時を、どうもありがとうございました!

この日の僕は、東京から大阪に行き、昼は清里でカレーとソフトクリームを食べ、夜は芦屋でイタリアンを食べ、財布を全く使わなかったという、なんとも図々しい奴でした。
この日、ご一緒して頂いた皆さま、ホントにお世話になりました!
こうして、僕のケジメの無い第1日目が幕を閉じたのでした。

★7月某日(翌日)★
アナログの親友に、大阪まで向かいに来て頂き、神戸に向かいました。
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そして、中華街に行きました。
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夜は、藤原紀香さんの結婚式が行われた生田神社にクルマを預けました。
(繁華街のど真ん中に有るとはいえ神社の境内が駐車場なんって、とても関西的でビックリしました)
そして、この夜は、アナログのお友達4人と楽しい、ひと時を過ごさせて頂きました。
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この日の僕は、大阪から神戸に行き、そして昼食は中華街で中華を食べ、喫茶店でコーヒーを飲み、夕食は神戸で和食を食べ、財布を全く使わなかったという、なんとも図々しい奴でした。
この日、ご一緒して頂いた皆さま、ホントにお世話になりました!
こうして、僕のケジメの無い第2日目が幕を閉じたのでした。

★7月某日(その翌日)★
神戸から大阪まで、アナログのお友達に送って頂きました。

その後、大阪のホテルにチェックインしたワケですが、kuniさんが、クルマが無いと、何かと不自由でしょうと、そんな優しいことを仰ってくださり、メルセデスベンツE55Tを、ホテルまで届けてくださいました。
kuniさん、どうもありがとうございました!
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大阪の街並みが一望出来る、高層ビルを、見学させて頂きました。
某氏様、とても素敵な景色で、最高の場所でした。
どうもありがとうございました!
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その夜は、ブログ繋がりの皆さまと、ホルモン焼きの夕食を楽しまさせて、頂きました。
ご一緒した皆さま、楽しいひと時を、どうもありがとうございました!

この日の僕は、神戸から大阪に行き、ガソリンが満タンのE55Tが届けられ、高層ビルから絶景を眺め、夕食は大阪でホルモン焼きを食べ、財布を全く使わなかったという、なんとも図々しい奴でした。
この日、ご一緒して頂いた皆さま、ホントにお世話になりました!
こうして、僕のケジメの無い第3日目が幕を閉じたのでした。

★7月某日(更に翌日)★
朝、目覚めたら、おかさんと一緒に寝ていました(笑)

おかさんと僕は、メルセデスベンツE55Tに乗って出かけました。
そして、某SAにて、kuniさんと合流しました。
その後、おかさんとkuniさんは、淡路島で行われたオフ会へと、向かいました。
おかさんとkuniさん、今回はホントにお世話になりました。
どうもありがとうございました!
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この日の僕は、いつもお世話になっているアナログの皆さまとの、ツーリングに参加させて頂きました。
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この日のお天気は・・・猛暑でありました。
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奈良公園には、過去に1回しか行ったことがありません。
小学2年生の時に、母と行ったという、そんな1回だけの思い出になるのですが、今では、かすかな記憶しか、残っていません。
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かすかな記憶が残っていると言うのは、母に対しての思い出で、奈良の景色を眺めても、全く記憶が蘇って来ないという、そんな感想が、正直なのカモしれません。

1週間、いや2週間、いや3週間と、何故か母と、奈良には長く滞在したという、そんな曖昧な記憶が残っているのですが、それが1週間だったのか、2週間だったのか、はたまた、本当は1ヶ月だったのか、そもそも、何故、奈良に長期に渡って、滞在していたのカモも判らなくって、数十年経過してしまった今となっては、その真相を見つける、そんな伝手も皆無ではあります。
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僕は、きっと奈良に、1ヶ月滞在していて、今、僕の目の前に現れた、このシカは、あの時と、同じシカなんだと、僕は、そう思い込むことにしたのでした。
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ランチに立ち寄った、奈良ホテルは立派な建物でありました。
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東大寺に行ったのも、あの時以来で、大きな丸い柱に穴が空いていて、その穴を潜り抜けたという、そんな記憶だけが、ハッキリと浮かんで来ました。

でも、僕の記憶の中での柱の穴は、丸く空けられていて、四角に空けられていた現実の世界を、知らされてしまうと、こんなふ~に、僕の全ての思い出は、どことなく自分の中で、自然と美化されているのではないかと思い始め、何故だか、チョッピリ寂しく感じてしまった、そんな自分が居ました。
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2回目の対面となる、大仏様は、今も堂々と構えていらっしゃいました。
あれから、数十年の月日が流れてはいても、大仏様だけは、何も変わっていないようでした。
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そして、僕の弱さも、あの時と同じで、きっと、今も何も変わっていないことに、気付きました。
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それにしても、奈良とは素敵な場所では、ありました。
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この日、ご一緒してくださった、38台の皆さま、楽しいひと時をありがとうございました。
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そして、その後。
僕は、奈良を出発したのでありました。
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この日は、日曜日ということで、東京インターでの料金は、1900円でした。
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この日の僕は、大阪から奈良を経由して東京に戻り、昼食は奈良ホテルでご馳走になり、財布を全く使わなかったという、なんとも図々しい奴でした。
この日、ご一緒して頂いた皆さま、ホントにお世話になりました!
こうして、僕のケジメの無い第4日目が幕を閉じたのでした。

今回も沢山の方々にお世話になり、そして沢山の方々に甘えて、とても楽しい4日間を過ごさせて頂きました。

そして、乗って帰って来てしまった、このクルマを、いつお返しするのかが、今後の大きな課題ではあります。
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何に関しても、甘く考えてしまう、そんな僕は、暫くは一緒に生活してしまっても、良いのではないかと、きっと、そんなふ~に、甘いことを思ってしまうのでしょう。

信頼されることは、とても嬉しいことでもありますが、僕の甘えの上に成り立っているので、多少は心苦しいのです。
こんな感情は、絶対に書いたりしない人のハズなのに、今宵は何故か書いてしまいました。

こうして・・・。
お会いした全ての皆さまに支えられ、そして甘えて、僕は、ケジメの無い4日間を過ごしてしまったワケですが、いつまでも、夢見るオジンじゃ居られないと思ってはいます。

全ての皆さま、いつもありがとうございます!

by seiuchi-porsche9 | 2009-07-15 00:22 | マイ・フレンズ
2009年 07月 07日

クルマに乗るということと戦後の日本家屋はWelcomeではないと思う(その3)

前回の続きです。
1897年に、ベンツクーペが、初めて自動車にドアを採用してから、1世紀以上が経っていることは、前回も書きました。
そして、ガルウィングと、スライドドアについては、2回に分けて、書かさせて頂きました。

今回は、クルマで1番多用されている、一般的なドアについて、僕の思うところを、書かさせて頂きます。

先ずは、今回もWikipediaから、ドアという用語を調べてみました。
扉(とびら)、ドア(door)とは一般に建物、部屋や家、自動車・鉄道車両・航空機などの乗り物の出入り口につけられる建具である。
扉の機能は、主に内外を隔てるものであるが、その理由は様々である。
一般の住宅・建築物では風雨や動物・望まれない部外者の侵入を阻むものであるが、乗物では逆に移動中に乗っている者(乗員)ないし物(貨物)が外部に飛び出さないようにするためにも設けられる。
・・・とあります。

(写真はマセラティ ギブリ)
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Wikipediaにも書かれているように、クルマでのドアの機能は、移動中に乗員ないし貨物が、外部に飛び出さないように、するためにも、設けられるとあります。

ドアが無いクルマでは、悪路を走行している時や、コーナーを走行している時などに、何かの拍子で、落ちてしまう可能性は高そうではあります。

(写真はフィアット 31/2HP)
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たしかに、上の写真の、ドアの無いフィアット3 1/2HPよりも、下の写真の、ドアの有るフィアット510のほうが、落ちる心配はなさそうではあります。

(写真はフィアット510)
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でも僕には、ドアの無いフィアット31/2HPのほうが、ドアの有るフィアット510よりも、『乗ってみない!』 と囁いている姿に、思えて仕方がないのです。

下の写真は、フィアット16-24HPというクルマなのですが、ドライバーズシートの1列目には、ドアは無く、後部座席にはドアが有ります。

この時代の貴婦人などは、ドアの有るクローズボディーの後部座席に、座ってみたいと思ったのだと想像しますが、その理由は、このクルマに乗って、目的地である、何処かに連れて行って欲しいという、そんな気持ちが1番強く働いていたからではないでしょうか。

クルマ自体に興味があって、クルマを運転すること自体にも、興味があるとしたら、ドライバーズシートのある、1列目に座りたいと思うのではないでしょうか。

(写真はフィアット16-24HP)
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ただ、僕には、疑問に思うことがあって、クルマ自体に興味があって、クルマを運転すること自体にも、興味があるからといって、単に、ただそれだけの理由で、ドライバーズシートのある、1列目に座りたいという、そんな感情が、自然と湧き出て来るものなのか?、ということなんです。

下の写真は、フィアット・ブレベッティというクルマなのですが、上の写真、フィアット16-24HPを1度見てから、下の写真を見てください。

下の写真のフィアット・ブレベッティは、後部座席の幌を開けていますが、上の写真のフィアット16-24HPと同じように、後部座席にはドアを備えているクルマです。

クルマ自体に興味があって、クルマを運転すること自体にも、興味があるとしたら、ドライバーズシートのある、1列目に座りたいと思う感情が湧き出すのは、このフィアット・ブレベッティでも、同じだと思っています。
でも、下の写真を眺めていると、後部座席でも、いいので乗ってみたいという、そんな自然な感情が、湧いて来ないでしょうか。

少なくとも僕は、下の写真は、上の写真よりも、後部座席に乗ってみたいという、そんな感情が、湧いて来ます。

(写真はフィアット・ブレベッティ)
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このブログを読んでくださっている、皆さま全員が、上の写真を見て、僕と同じように、フィアット・ブレベッティのほうが、フィアット16-24HPよりも、後部座席でも、乗ってみたいと思ってくださるとは、思ってはいません。

でも、きっと何人かの方々は、僕と同じように、感じてくださったと仮定して、話を進めさせて頂きまので、ご了承してくださいませ。

では何故、フィアット・ブレベッティのほうが、後部座席に乗ってみたいという、そんな感情が多く、湧いてくるのでしょうか?

下にもう1枚、写真を載せてみます。
(写真はジャガーSS1・フィクスドヘッドクーペ )
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この写真を眺めていると、1列目のドライバーズシートであろうと、2列目の後部座席であろうと、乗ってみたい!という、そんな感情は、先のフィアット・ブレベッティよりも薄れて来てしまう、そんな自分がいます。

何故、僕は、どの写真のクルマも、大好きなクルマだというのに、こんなふ~に、感じ方が違うのでしょうか?

人間は皆、赤ちゃんで誕生して、母親の乳を吸って、段々と大きく育っていくワケですが、自分の子供の頃を、思い出してみれば、興味を持ったことと言えば、既に面白いこととして、経験したことがあることと(あの人と遊べば楽しいとか、カードは楽しいとか、そういうことは自然と覚えますから)、経験や体験したことがないことであっても、自然と、目に飛び込んで来たものには、興味を持ちました。

たとえば、吠えている大きな犬を見れば、自然と怖いと感じ、ヌイグルミを見れば、何となく、感覚的に、可愛いと感じる、そんな感情は自然と湧いてきたのでしょう。

つまり、フィアット・ブレベッティの写真は、1列目の座席にはドアは無く、2列目の後部座席は、ドアが開いていて、中がよく見えるので、どちらにも自然と興味が惹かれるという、そんなことではないかと、僕的には思えるのです。

極端な例になりますが、たとえば、サッカーに興味のある、そんな少年が居たとして、道を歩いていて、その道沿いのグランドでは、サッカーの試合をしていたとします。
その歩いている道と、グランドの堺に、高く積まれた、コンクリートブロックの塀があれが、サッカーの試合すらしていることも、気付かないカモ知れません。

もし、その歩いている道と、グランドの堺が、ネットフェンスか何かで出来ているとすると、歩いている道からも、良く見えるワケで、その少年は、ネット越しに、その試合が終わるまで、観戦しているカモ知れません。

そして、僕が、もっと強く思うのは、サッカーというもの自体を、全く知らない少年が、同じように、同じ道を歩いていたとしたら、コンクリートブロックの塀の向こうで、サッカーの試合が、行われていれば、サッカーを知っていて興味がある少年と同じように、気付かないことでしょう。
でも、サッカーというもの自体を、全く知らない少年が、同じ道を歩いていて、ネットフェンスの向こうで、サッカーの試合が行われていたとしたら、その少年の目には、自然とサッカーの試合が入って来て、もしかしたら、これを、きっかけに、この少年はサッカーに興味を抱くことに、成るカモ知れないということなのです。

つまり、目に飛び込んで来なければ、興味が湧くという、そんな可能性すら存在し得ない!と、思えるのです。

人間は、知らないことには臆病です。
下の写真は、フィアット501ですが、ドアが開いているにも関わらず、このクルマに乗りたい!という感情が、僕には、全く湧いて来ないのです。
その理由は、僕は、この人達を知らないし、車内が全く見えないので、何となく不安を感じてしまうからなのです。

(写真はフィアット501)
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男は、何歳に成っても、子供なんだと、僕は思っています。
社会人に成ったしても、男の子は、やっぱり、そのまま男の子なんだと思っています。
目に入って来るものには、取り敢えず興味を持つ者なのだと、思っています。


女は、大人に成ると、女性に成るのだと、僕は思っています。
女が、女の子であった、そんな子供の頃は、ドアの有るクローズボディーの後部座席に、座ってみたいと思うのではなく、男の子と同じように、最初に目に飛び込んで来るハズの、ドライバーズシートの有る1列目に、座りたいと思ったことでしょう。

でも、大人に成って、女性に成ると、後部座席のドアが閉まっていようと、そのドアの向こう側にある快適さが、手に取るように想像出来るのでしょう。
その快適さとは、移動の為の快適さであって、クルマを操る楽しさや、加速や減速なんかの性能とは無関係の、居住性の良さで度合を測るという、そんな快適さで有ることが、クルマ好きの男には、なかなか理解出来ないことになるのでしょう。

子供である男は、形で捉えられないと、幸せや安心とかが感じられなくって、女性は、形の無いものに、幸せや安心を求めるという、きっと、そんなことになるのでしょう。
いずれにせよ、男は目に入って来るものに、興味を惹かれやすいのだと、僕は思っています。
言い換えれば、男女問わずの子供と、大人の男は、目に入って来るものに、興味を惹かれやすいのだと、僕は思っています。

若者が、クルマ離れをした!
そんな言葉を、よく耳にするワケですが、クルマに興味を抱かなくなってしまったのは、クルマにも、多少と言うよりも、大きな原因が有るのではないかと、僕は思っています。

これは、あくまでも、僕の持論なので、賛同を求めたりはしませんが、僕は、こんなふ~に捉えています。

下の写真は、初代フォルクスワーゲン・シロッコです。
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そして、下の写真は、1983年型のニッサン・スカイライン2000RSターボ です。
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更に、下の写真は、1985年型のニッサン・サニーです。
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この上の3台のクルマが、格好良いとか、格好良くないとかは、全く別の問題なのですが、この3台のクルマを見てみれば、現在のクルマと大きく違って、クルマの外から車内が、良く見渡せるということに、気付くと思います。

僕は、幼稚園の頃から、クルマが大好きでした。
街中を走り去って行く、そんなクルマを、何時間でも眺めていられました。
そして、僕は、その大好きなクルマを運転している、そんなドライバーの顔や、仕草さえ、同時に眺めていました。

クルマを運転している人の顔や、仕草を、眺めていると、僕も、早く大きく成って、大人に成って、自分で、クルマを運転したいという、そんな気持ちが、自然と湧いてきていました。
僕は、クルマが大好きです!
でも、今、仮に免許を持っていなくって、自ら運転出来なかったとしたら、今でも、クルマが大好きだと言える、そんな自信がないのも、事実なんです。

僕が、子供の頃に、もし、今のクルマのように、サイドウィンドの高さが低くって、左右のドアの上下の高さが高い、車内が一瞬にして見渡せない、そんなクルマばかりが走り去って行く、そんな街中を、何時間も飽きずに、見続けていられるのか、僕には、チョットばかり自信がないのです。

僕にとっては、クルマが馬ならば、ドライバーは騎士のようなものでした。
大人に成って、自動車免許を取得して、騎士に成って、クルマという馬に乗る。
僕は、きっと、こんな感じに、夢を広げていたのだと、今でも思っています。


80年代以降のクルマは、横からの衝突安全性の確保ということもあって、サイドウィンドの上下の高さが、とても小さくなりました。
それは、仕方がないことだとは、思っています。

もう1度だけ、書かさせてください。
男は目に入って来るものに、興味を惹かれやすいのだと、僕は思っています。
言い換えれば、男女問わずの子供と、大人の男は、目に入って来るものに、興味を惹かれやすいのだと、僕は思っています。

子供と男は、自然と目に飛び込んで来て、それが、形で捉えることが出来ないと、受け入れることが出来ないものだと思っています。
クルマという馬しか見えなくって、それを操っている人間の楽しそうな姿が、同時に飛び込んで来なければ、よほど、最初からクルマに興味がなければ、やっぱり、興味を持つハズがないのじゃないかと、僕は思うのです。


形の無いものに、幸せを求める女性は、クルマ自体に、最初から興味が有る女性以外は、クルマには、利便性以外の何ものも、きっと、求めないのではないかと、僕は思うのです。

こんなふ~に、僕は思っているワケですが、こんなふ~に捉えると、今の世の中で、主流で売れている車種にも、何となくではあるけれど、妙に納得してしまうのです。
 
下の写真は、親友T君の356Cです。
(因みにルビーストーンレッドです)
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こうして、サイドウィンドを降ろすと、身近に感じて来ます。
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更に、ドアを開けると、もっと身近に感じて来るハズです。
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だから僕は、クルマにチョットでも興味が有る子供が居た時には、たとえ、チョットぐらいクルマに傷付けられるようなことに成ったとしても、ドアを開いて、車内に入れてあげて、ステアリングやシフトノブや、その子の望み通りの、その全ての箇所を、手当たり次第に、ベタベタと触らせてあげようと決めていて、いつも実行しています。

僕が小さかった、あの頃に、泥だらけの靴で入って、ドライバーズシートに座らせてくれて、爪の間が泥だらけの、そんな掌で、手当たり次第に、あっち・こっちと、触らせてくれた、あの見ず知らずのオジサン達は、申し訳ないけれど、今では、顔も思い出せないけれど、僕の中では、永遠にヒーローなんです。

ムダに年を重ねて来てしまった、今の僕には、世界や、日本を動かせるような、そんなヒーローには、もう成れるハズもなく、こんな、ちっぽけなヒーローにしか、成ることが出来ないのです。
でも、それが、僕には、楽しくって仕方がないのです・・・。
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そして・・。
最後に独りごと。

昔、自分の願いが映り出せる、そんな魔法の鏡を、頼りきって、信じきってている、そんな人に、届いていて欲しいと、心から願っていた時がありました。
つまり、自分の思いや、自分の願いを、誰かに判っていて欲しいと、願っていた、そんな時代がありました。

今の僕に、長男から魔法の鏡が届けられたとしたら、きっと、こんなものが映っているハズと思い、長男に、クルマを買い与えました。
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きっと、彼には、甘い父親として、永遠の思い出に成るのだと思っています。

by seiuchi-porsche9 | 2009-07-07 07:16 | クルマ雑学(クルマ雑談)
2009年 07月 05日

クルマに乗るということと戦後の日本家屋はWelcomeではないと思う(その2)

前回の続きです。
1897年に、ベンツクーペが、初めて自動車にドアを採用してから、1世紀以上が経っていることは、前回も書きました。
そして、ガルウィングについても、前回に書かさせて頂きました。

今回は、ミニバンなどで多用されている、スライドドアについて、僕の思うところを、書かさせて頂きます。

先ずは、今回もWikipediaから、スライドドアという用語を調べてみました。
スライドドアは、自動車の乗降用ドアの一種。
通常のドア(ヒンジドア)は、外へ開閉するが、スライドドアは、車のボディーに平行に開閉する。通常のドアに比べ大きく開き、ボディーに平行に開くためドアを開けてもスペースをとらない。
このような利点から、ミニバンや1BOXカーの後部ドアを中心に多くの車種で採用されている。
日本車で採用され普及したのは1970年代前半に登場したトヨタ・ハイエースとダイハツ・ハイゼットからである。
貨物車(特に軽ワゴン車)は主に両側スライドドア、乗用ワゴンは左側(右側通行圏向けの輸出車は右側)のみ装備が基本であったが、1999年に登場した2代目日産・セレナは両側装備を基本とし利便性が発揮されたことから、他社にも広がった。
日産・プレーリーなどFF車ベースの車両は初期から両側にリアスライドドアを採用していた。
一方、1994年に登場したダイハツ・アトレーが軽自動車で珍しく一部グレードに片側スライドドアを採用し、乗用イメージをアピールした例もある。
・・・とあります。

(トヨタ・ポルテ)
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Wikipediaにも書かれているように、クルマのボディーに平行に開閉するスライドドアは、通常のドアに比べ大きく開き、ボディーに平行に開くためドアを開けてもスペースをとらないので、衝突安全性に関しての問題は別の機会に譲るとして、スライドドアを持つクルマが、今の世の中の主流に成ったとして、不思議ではないようにも思えます。

前回の投稿でも、書かさせて頂きましたが・・・。
僕は、とても変わっている人なので、ドアを開け閉めする、その当事者の、その瞬間、その瞬間の心模様が、何気に、いつも気になっている人であります。
ドアを開け閉めするのは、人間であって、自動ドアでもない限り、主役は人間で、ドアは脇役、あるいは、その瞬間の行為の、目的物なのでないかと思っています。

前回の投稿で、ガルウィングという開閉機構は、街を1日歩いて、何千という建物を目にして、その全ての建物の内部を、こと細かく見学したとしても、目に出来るものではないでしょうと、書きました。
それゆえ、ガルウィングのクルマを目にした時に、新鮮さと貴重さを、多くの人達が感じるのではないかと、僕的には思っていますとも、書かさせて頂きました。

同じように、スライドドアを街中の建物から、探してみようと思います。

スライドドアと機構が違っていても、人間の動作として、扉を横に動かして開け閉めするものを、今回の場合は、スライドドアと同じというように、大きく解釈していますので、この点だけは、御了承してくださいませ。

クローゼットの扉として使われていたりしています。
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扉が閉まっているので、スライドドアの向こうには、何が有るのかは判りませんが、スライドドアの向こうに、居室が有ると想像する人は居ないハズで、何かMONOが収納されている、つまりクローゼットの扉で有ると想像するのが、一般的ではないでしょうか。
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ホテルであろうと、オフィスビルであろうと、分譲マンションであろうと、賃貸マンションであろうと、スライドドアが使われている場合は、殆ど収納の為のドアとして使われいる場合が殆どです。

欧米人にとって、ドアを横に動かすスライドドアという概念は、きっと、大昔から、MONOを収納するドアということになっているのだと、僕は思っています。

僕は、変な人なので、スライドドアのクルマに、乗り込む時の欧米人の心模様を、想像してみようと思います。
家族や友達なんかと、大勢で出かけて行くのは便利だし、開口部が広くって、乗り降りも楽だし、車内も広くって(スライドドアだと車内は必然的に広いハズですから)、クルマで移動するには、このうえなく便利という、そんな感じで方をしているのではないかと、僕は想像します。

そして、スライドドアである以上、車内に入るのは、人間ではなく、MONOであるハズという、そんな無意識の中の意識が、当初は有ったハズだと、僕は思っています。
それが、効率という言葉で装飾されて、ミニバンを筆頭に、自然と受け入れられるように成り、スライドドアは収納の為の扉という、そんな旧い概念が消え去ろうとして、いるのだと思っています。

ただ、この考えは、クルマに対してだけのものであり、こと建物の中で、スライドドアを使用する場合は、そのスライドドアの向こうには、収納スペースが有るハズで、たとえ部屋に使えるほどのスペースが、スライドドアの向こうに有ったとしても、それは洗濯機なんかが置かれているユーティリティルームか、効率優先のバスルームとかのハズで、建物で使われているスライドドアの向こうには、長い時間を過ごす、リビングルームや、ベッドルームや、プレイルームや、パーソナルルームなんかではない、というのが、欧米人にとっての常識なのではないかと、僕的には思っています。

僕は、日本人なので、欧米人のことは全く判らないワケですが、想像するに、スライドドアの向こう側に入って、その中にある、シートに座わって、超時間を過ごすという、そんな行為を取らざるを得ない、スライドドアのクルマには、当初は、かなりの抵抗感が有ったのでは、ないかということなのです。

(シトロエン・ベルランゴ)
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同じくシトロエン・ベルランゴですが、同じスライドドアであっても、窓が有るか無いかで、その印象は大きく違っています。
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スライドドアを、洋式の建物の中で、探してみて、僕は、欧米人にとっての、スライドドアを開け閉めする時の、心模様を想像したワケですが、次に、日本人にとって、同じようにスライドドアを、開け閉めする時の、心模様を想像しようと思います。

前回の投稿で書かさせて頂いた、ガルウィングというドアは、日本の建物、つまり和式の建物には、洋式の建物と同様に、存在しませんでした。

では、スライドドアが使われている、そんな和式の建物の写真を数枚、載せてみます。

誤解を招くといけないので、もう1度書かさせて頂きますが、スライドドアと機構が違っていても、人間の動作として、扉を横に動かして開け閉めするものを、今回の場合は、スライドドアと同じというように、大きく解釈していますので、この点だけは、御了承してくださいませ。

先ずは玄関先。
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玄関内。
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和室続き間。
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和室と日本庭園。
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このように、和式の建物の中で、スライドドアを探してみれば、そこには、スライドドアが沢山使われています。

引き戸は、『日本の文化』と言っても、過言ではありません。

高級な料亭でも、豪華な旅館でも、有名デパートの中に有るような、お寿司屋さんや天麩羅屋さんであっても、その店が、高級に成れば成るほど、引き戸が使われている箇所が、多くなっています。
それほど、日本人にとっては、引き戸は、受け入れやすく、日本特有の和を感じさせてくれるモノでもあります。

言い換えれば、ドアを見慣れた、今の日本人にしてみれば、引き戸をみると、和を感じるということになるのカモしれません。

欧米人にとって、スライドドアは収納の為の扉と書いたワケですが、面白いことに、和室で収納を目的とする押入れの扉も同じく、スライドドア(引き戸)ではあります。

欧米人にとっては、建物の全てがドア(一般的に言うところのドア)で間仕切られていている、と言っても過言ではなく、スライドドアが使われる箇所は、収納目的の場合が、殆どということになりそうです。

それに対して、日本人は、玄関から入る時も、廊下から部屋に入る時も、部屋から部屋に入る時も、広縁もしくは、部屋から庭に出る時も、押入れから布団を出す時も、その全てが、引き戸を利用していたと言っても過言ではないワケです。

仕組みの違う、ドアとスライドドアを使い分けていた欧米人は、とても賢くも思えたりしますが、日本人も負けてはいなくって、押入れや、個室の間仕切りに使われる襖、外部からの光を入れる障子、外部からの侵入者や風雨から守る雨戸と、同じ仕組みの引き戸であっても、仕上げの方法を何種類にも分けています。

(余談ですが、僕は写真のように照明器具が曲がって取り付けられていると夜も眠れなくなるタイプではあります)
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ガラスをはめ込んだ、障子が登場するのは、かなり後の時代に成るのですが、下の写真のように、障子の下の部分が、上下に移動して、ガラスを通して、外が見れる障子を 「雪見障子」 と言います。
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下の写真も、同じく 「雪見障子」 ですが、障子の上の部分が、上下に移動して、ガラスを通して、外が見れる障子を 「月見障子」 と言うのですが、雪見と月見と言うような、なんとも風情の有る、この感覚は、日本人特有のものに感じて、僕は誇りにさえ感じます。
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こんなふ~に、日本人にとっては、スライドドア(引き戸)は、とても受け入れやすいモノであったハズなのですが、僕を含めて、そんな純和風だった、日本人の生活様式だけを知っている人は、既に居ないワケで、和洋折衷と言うよりも、殆ど欧米化していると言っていい、現在の日本人にとっては、舶来品である自動車には、最初からドアが付いていて、スライドドアの自動車には、多少の抵抗感があったのカモ知れません。

それでも、僕は、スライドドア(引き戸)に対する、欧米人と日本人の思いは、大きく違っていると思っているので、日本人のほうが、受け入れやすかったとは、思っています。

欧米人にとって、スライドドアのクルマは、収納の扉という概念があるハズなので、クルマ側から「Welcome」 と決して言っているワケではないと、欧米人が感じているハズだという、そんな確信に近い自信だけは、僕にはあります。

下の写真は、嫁入り時に使用していた、江戸時代の駕籠で、乗降口が垂れに成っています。
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下の写真2枚は、大名などの身分が高い方の駕籠で、乗降口は引き戸で出来ています。
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自動車は、「馬車文化」が有ったからこそ、誕生したのは、百も承知しています。
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それゆえ、自動車は、「駕籠文化」で有った、日本では誕生し得ぬモノで有ったことも、百も承知しています。

百も承知しているにも、関わらず、僕の想像の世界は広がっています。
もし、カール・フリードリヒ・ベンツではなく、日本人が、自動車を発明していたとしてしたら、そして、世界で初めて自動車にドアを採用したのが、1897年のベンツクーペではなく、日本人の生み出した自動車だったとしたら、そのクルマのドアの仕組みは、きっと一般的なドアではなく、「引き戸」になっていたハズと、僕は確信しているのです。

そして、世界で最初に引き戸が付いた、そんな自動車を見て、欧米人は、クルマ側から、「Welcome」 と決して言っていると思うどころではなく、引き戸そのものに、きっと、拒絶反応を示したと、僕は想像しています。
そして、何故か、日本人だけは、クルマ側から、「Welcome」、すなわち「いらっしゃいませ」 と、言っているように聞こえていたのではないかと、僕は想像するのです。

つまり、欧米人にとっての引き戸は、収納の扉という概念であって、そこから出入りすること自体が、「Welcome」とは、到底思えないハズで、対する日本人にとっては、玄関の引き戸を開けて、料亭の仲井さんや、女将さんが、「Welcome」、すなわち「いらっしゃいませ」 と、言っているように聞こえるハズで、欧米化する前の、そんな日本人であったならば、引き戸のクルマは、とても受け入れやすいクルマで有ったと、僕は想像しています。

仮に、自動車にドアを最初に付けたのが、日本人であったとしたら、上に掲載させて頂いた、大名駕籠2枚目の写真のように、引き戸と上に開く扉を組み合わせるという、そんな知恵を取り組んだクルマを、考え出していたカモしれないとも、思えるのです。

引き戸ではなく、ドアに慣れてしまった、日本人にとって、スライドドアのクルマを、受け入れるという、そんな気持ちは、千差万別なのカモ知れません。
(仮に自動車の最初のドアが引き戸であったとしたら、高性能の引き戸のスポーツカーも登場していたカモ知れないワケで、スポーツカーという、そんな先入観も大きく違っていたのカモ知れないのですが、やっぱりドアの方が都合が良さそうではあります)

いずれにせよ、欧米人にとって、出入りするのはドアという概念は不変そうで、アメリカのホームドラマなんかで、よく見られる、玄関ドアを開けて、「Welcome」と、友達の家族なんかを、迎い入れている、そんな光景も浮かんで来るワケで、ドアとは、「Welcome」という言葉と、なんとなくではあるけれど、マッチしている、そんな関係が、僕的には思うのです。

ドアとは、そんなふ~に、暖かく、「Welcome」と迎えてくれるMONOであるのに、自動車のドアに対しては、僕はそうは思えないのです。
次回は、最終回として、自動車の一般的なドアーについての、独断と偏見を書かさせて頂こうと思っています。
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by seiuchi-porsche9 | 2009-07-05 06:55 | クルマ雑学(クルマ雑談)
2009年 07月 04日

クルマに乗るということと戦後の日本家屋はWelcomeではないと思う(その1)

1897年に、ベンツクーペが、初めて自動車にドアを採用してから、1世紀以上が経っています。



Wikipediaで、ドア(door)という用語を調べてみると・・・。
一般に建物、部屋や家、自動車・鉄道車両・航空機などの乗り物の出入り口につけられる建具である。
戸(と)とも言うが、扉は開き戸、戸は引き戸の事を指す事が多い。
こういった扉の機能は、主に内外を隔てるものであるが、その理由は様々である。
一般の住宅・建築物では風雨や動物・望まれない部外者の侵入を阻むものであるが、乗物では逆に移動中に乗っている者(乗員)ないし物(貨物)が外部に飛び出さないようにするためにも設けられる。
人や物の出入りを主目的しない建物の開口部は窓に分類される。
・・・とあります。

Wikipediaで書かれているだけあって、「な~あるほどね!」と思うことばかりではあります。
Wikipediaだけではなく、ネット検索をして、ドアについて、色々と調べてみたのですが、そのどれもが、ドアに関しての機能性を説明するものばかりでした。

僕は、とても変わっている人なので、ドアを開け閉めする、その当事者の、その瞬間、その瞬間の心模様が、何気に、いつも気になっている人であります。
ドアを開け閉めするのは、人間であって、自動ドアでもない限り、主役は人間で、ドアは脇役、あるいは、その瞬間の行為の、目的物なのでないかと思っています。

だから、僕は、自動車に限らず、あらゆる場所で使われて、街を1日歩けば、何百と遭遇する、そのドアの開閉の仕方に、とても興味があるという、そんな変わった人であります。

クルマのドアで、例えてみますが、ガルウイング(因みにカモメの翼という意味ですが)のクルマがあります。
ご存知の通り、ガルウイングは、メルセデス・ベンツ・300SLが、1954年に市販車として、初めて採用したもので、メルセデス・ベンツ・300SLというクルマ自体が、鋼管スペースフレームという構造上、ガルウィングにしなければ成らなかったという、そんなクルマでもありました。

支持金具(丁番)はルーフに2ヶ所あるメルセデス・ベンツ・300SL。
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その後、トヨタ・セナやマツダ・オートザムAZ-1などの、国産車にも採用されましたが、ガルウィングといえば、スーパーカーという、そんなイメージが定着していると、僕的には思っています。

またまた余談ですが、トヨタ・セナのガルウィングの支持金具(丁番)は上(ルーフ)と横(本来のドア取り付け部)の2ヶ所で、後々に登場した、マクラーレンF1や、エンツォ・フェラーには、セナと同様な方法が採用されています。
それゆえ、トヨタ・セナには今でも惹かれている、そんな僕ではあります。
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下記は、僕の大好きなマクラーレンF1の写真ですが、やっぱり欲しいクルマNO1の座は、死ぬまで変わらなそうでもあります。
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ただ、ドアを開けた時には、支持金具(丁番)が、1ヶ所のほうが格好良いと、僕的には思っています。

ランボルギーニ・ムルシエラゴ(因みにコウモリという意味)
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いずえにせよ、ガルウィングは、ガスダンパーが劣化すると、開閉操作が重く成ってしまうということもあって、開閉頻度が多い(つまり使用頻度が高い)ファミリカーには不向きな構造ではあります。
そして、何よりも雨が降ったら、乗り降りに支障もきたすし、車内は雨水で、水ビタシに成ってしまいます。
それゆえ、使用頻度が多いクルマへの採用は、不可能と言っていいほど、独特の構造のドアではあります。

ガルウィングに関して、今まで書いてきたことは、機能面ばかりで、僕の本来の書きたいこととは、ズレテはいます。
僕は、このガルウィングを開け閉めする、その瞬間の人間の心理状況、そんなことに、興味があるワケですから・・・。

ガルウィングという開閉機構は、街を1日歩いて、何千という建物を目にして、その全ての建物の内部を、こと細かく見学したとしても、目に出来るものではないでしょう。
それゆえ、ガルウィングのクルマを目にした時に、新鮮さと貴重さを、多くの人達が感じるのではないかと、僕的には思っています。

華のあるクルマという言葉が有るとすれば、僕的には、ガルウィングであるクルマが、1番先に思いつくのは、そんな理由かも知れません。

この注目されるであろう、ガルウィングのクルマは、所有すること自体が喜びであり、それを操ることの喜びでもある、と僕的には思っています。

ガルウィングのドアを開いて乗りこみ、そしてドライバーズシートに、潜り込むように座り、更に手を大きく伸ばして、ガルウィングのドアを閉めるというのが、このガルウィングに乗る時の、一般的な動作です。

以前に僕は、カウンタック(アニバ)と、生活をしたことがあるので、僕の書くことは、それほど大きくは、ズレテはいないハズと思っているということを、大前提に書かさせて頂きますが、この手を伸ばして、ガルウィングのドアを閉めるという動作は、「さあ、これから運転するぞ!」という、そんな無意識の中での感情が、1番大きく感じられるクルマだったであったと、今でも思ってはいます。

つまり、ガルウィングのドアの開け閉めは、ガルウィングでなく、どんなクルマのドアの開け閉めよりも、大きな動作を、必要とするワケで、乗り手である、この僕が、「さあ、これから運転するぞ!」という、そんな自覚の無い、そんなハッキリした意識が、ガルウィングのドアを上に持ち上げるという、そんな動作をする前に、既に出来上がってしまっているという、そんなクルマであったと思っています。

僕は、カウンタックと一緒に生活をしていた頃、片道150キロぐらいの場所にしか、ドライブに行った記憶しか、残っていないのですが、「さあ、これから運転するぞ!」という気持ちと、「今こそ、運転しているぞ!」というような、そんな感覚が、コクピットに納まっているだけで、とてつもないほど、強く感じられて、短距離を走るだけであっても、僕に、大きな満足感を与えてくれていたからなのだと、今でも思っています。

これを僕的な視点で、捉えさせて頂ければ、それは、買い物をしに乗って行くとか、何処かの観光地を訪れるとか、つまり、何かにしろ用事という目的があって乗るのではなく、クルマを運転するぞ!という、そんな目的だけで、乗っていたクルマであったと思っていて、これを、僕的な方法で直訳すれば、クルマが主役で、僕は脇訳で、つまり、全ての主導権はクルマが握っていて、僕は、そのクルマの全ての操作方法が、僕に合おうと、合うまいと、そんなの関係ないと、言い切っている、そのクルマ自体が発している、クルマからの一方的な主張や、僕に合わせようとは決してしない、その横柄な態度が、何よりもの魅力だったのだと、思っています。

つまり、ガルウィングのクルマは、乗り手に対しては、「Welcome」 と決して言っているワケではなく、乗り手であった僕の、乗りたい!運転したい!という、そんな強い意志が、先ずは最初に存在しているワケで、これを第三者的な目で眺めてみれば、きっと僕は、『クルマを運転させてください!』 と、あくまでも、乗り手である僕が、受け身に成っているとしか思えないハズで、実は、このことこそが、僕にとっては、ガルウィングのクルマを所有して、そしてガルウィングのクルマを運転するということに関しての、最大の魅力に成っていたのではないかと、思っています。

ただ、誤解して欲しくないのは、クルマを運転するということに関する魅力とは、クルマを運転して楽しむという事とは、上手に説明は出来ないのですが、僕の中では、全く別の次元の話ではあります。

僕の独断と偏見が許されるならば、クルマを運転することに関する魅力があるクルマとは、スーパーカーの部類を指し、運転して楽しむクルマとは、小排気量のライトウェイトであるクルマを指しているようです。
今現在の僕の思うところは、そういう位置づけなのではないかと、思うのです。

そんなふ~に思っている僕ではあったので、カウンタックで街中を走るということは、街中自体が、クルマを運転することに関する魅力を発揮する場所には、どう考えても思えなくて、カウンタックで街中を走るということは、それは単なるビラカシにしか思えなくって、とてつもなく格好良くないないことと思っていて、どんな使い方、どんな乗り方をすれば、格好良く見えるのだろうと、常に考えて乗っていたクルマでもありました。
そして、僕が得た結論としては・・・クルマが殆ど走っていない場所を走る・・・という、ことでありました。

先に書かせて頂いた、街中を見渡せばガルウィングはという、そんなクダリなのですが・・。
病院やエステに使われている機材にも、クルマのガルウィングを想像出来るものも有るような気はしています。
でも、病院を例にすれば、先生であっても、看護師さんであっても、カプセルを開け閉めする動作をする時には、「今から検査するぞ!」という、そんな意識がハッキリ有るワケで、カプセルの中で横たわっている患者さんにしてみれば、『今から検査されるぞ!』という、そんな意識がハッキリと有るワケです。

(画像はエステの酸素カプセル)
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僕は、ドアというものは、その開け閉めする、その動作の大きさが、大きければ大きいほど、その大きい動作のドアを、取り囲む人達の目的意識が、ハッキリしていると、そんなふ~に思えて成らないのです。

映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」では、デロリアンが使われているワケですが、デロリアンのガルウィングを見て、「クルマをタイムマシンにしよう」、という発想が浮かんだという話は有名ですが、それはガルウィングの動作の大きさに、無関係であったとは、僕的には思えないのです。
(因みに「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で当初に考えられていたタイムマシンは冷蔵庫です)
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そして、僕が思うところのガルウィングのクルマとは、ガルウィングが開いている時には、大きく手招きして「Welcome」 と言っているようには見えるけれど、ドライバーズシートに座って、大きく手を伸ばしてガルウィングを閉める大きな動作からして、やっぱり、決してクルマからは、「Welcome」と発していないのではないかという、そんな結論になるのでした。
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次回は、スライドドアーについての独断と偏見を書かさせて頂こうと思っています。

by seiuchi-porsche9 | 2009-07-04 13:04 | クルマ雑学(クルマ雑談)
2009年 07月 01日

Ecstasy

英国BBC放送の人気番組『Top Gear』(トップギア)は28日、ブガッティ『ヴェイロン16.4』とマクラーレン『F1』の1マイル(約1.6km)加速競争の模様を放映した。

ヴェイロン16.4は、2005年の東京モーターショーで市販モデルを初公開。8.0リットルW16気筒エンジンに4つのターボを装着し、最大出力1001ps、最大トルク127.5kgmという桁外れのスペックを発揮する。強大なパワーは7速DSGとフルタイム4WDで路面に伝えられ、0 ‐ 100km/h加速2.5秒、最高速度407km/hのモンスターぶりを見せつける。ちなみに最高速度407km/hは、2005年当時の世界最速記録である。

ヴェイロン16.4は限定300台が生産され、日本での価格は、2007年7月時点で1億9900万円。2008年8月のペブルビーチ・コンクールドエレガンスでは、オープン仕様の『ヴェイロン16.4グランスポーツ』が追加デビューを飾っている。

一方、マクラーレンF1は90年代を代表するスーパーカー。その登場は1992年のことだ。F1のマクラーレンレーシングと同じグループ会社、英国のマクラーレンオートモーティブが、奇才ゴードン・マレー氏を起用し、誕生したのがマクラーレンF1だった。

マクラーレンF1は、F1参戦で得たノウハウを生かして開発され、BMW製6.1リットルV12(627ps)をミッドシップに搭載。カーボンやアルミをふんだんに使用したボディは、わずか1140kgという軽さで、最高速は391km/hと、まさに「ロードゴーイングF1」と呼ぶにふさわしい性能を誇った。

フロント1、リア2という独自のシートレイアウトも大きな特徴で、当時の価格が日本円で1億円というのも話題となった。また、レース仕様のマクラーレン「F1-GTR」が1995年のルマン24時間耐久レースで総合優勝を成し遂げ、そのパフォーマンスの高さを実証している。

90年代と現代を代表する2台のスーパーカーは、中東アブダビを舞台に加速競争を実施。注目の対決の様子は、動画共有サイトで見ることができる。
(以上レスポンスより抜粋)






ブログを始めた時に、レスポンスを含めてメディアの記事の丸写しの 「手抜き」 投稿だけは、絶対にしないと決めていたのに、ついに 「手抜き」 という禁断の果実に手を伸ばしてしまいました。
感想としては 「手抜き」 も、なかなか気持ちが良いものだな~あということだったのでした。
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(上記画像は某関西人様からのお達しで追加アップしました、有意義な昼休みでした・笑)
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12ヶ月点検から引き取って来て、そのまま手放したという、なんとも摩訶不思議なおバカな私なのでした。
やっぱり「反省」しなければですかね・・・。
でも・・・。
後悔は決してしないけれど・・・。

by seiuchi-porsche9 | 2009-07-01 10:01 | ウォラス walrus