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2009年 10月 31日

時には早い脈を打ってみたい!

思い返せば・・・。
エンジン不動で、いつもの修理屋さんの助けを借りてしまったのは、桜満開の4月(今年)の出来事だったのでした。
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我がジェンセン・ヒーレーは、初年度登録が1975年11月という、34年も前のクルマであります。
1975年11月から、毎回車検を受け続け、それは、1996年11月の車検まで継続していました。
1996年11月に車検を受け、その車検が満了した1998年11月からは、暫くは乗らずに、我がガレージに、放置したままでありました。

96年から98年頃の僕は・・・。
まだまだ仕事が忙しかった時代でした。

96年から98年頃は、そんな真面目な生活をしていたので、ジェンセン・ヒーレーには殆ど乗る機会がなく、98年に車検が切れてからは、ガレージの中で放置したままでありました。

大学4年に次女が進級し、大学に長男が入学したのは、車検切りから9年経った2007年4月のことだったのですが、僕は、この時に、ジェンセン・ヒーレーに乗りたくって仕方がないという、そんな衝動にからわれました。
その衝動が起きた理由は、『( FORGIVE ME ) MY LITTLE FLOWER PRINCESS !』 というタイトルで、以前に投稿させて頂きました。

9年間も、ガレージの片隅に、放置してあったジェンセン・ヒーレーは、キャブレーターの中のガソリンは、蒸発していたのはモチロンのこと、ガソリンタンク内のガソリンも、見事なまでに腐っていました。

そんな状態で、エンジンはモチロン掛からなかったのですが、それ以前に、何よりも困ったことが起きていました。
それは、なんともダラシガナイ話なのですが、僕はジェンセン・ヒーレーの鍵を、全て紛失してしまっていて、何処を探しても見つかりませんでした。

左右のドアーの鍵はロックしないで、ガレージに置いてあったので、車内には入れるのですが、エンジンは掛けられないし、給油蓋も鍵式なので、ガソリンも給油出来ないし、鍵式のリアトランクフードも開けられないという、そんな最悪な状態でした。

いつも、お世話になっている修理屋さんとの出会いは、僕が大学生だった頃からなので、早いもので、もう30年以上の付き合いになりました。

正規ディラーがあるクルマの修理は、僕は、基本的には正規ディラーにお願いしているのですが、このジェンセン・ヒーレーのように、もうパーツが手配出来なくって、誰にお願いしていいのか判らない状態になってしまった故障や、僕がパーツを支給しての修理は、いつも、この修理屋さんの助けを借りさせて頂いています。

「鍵は壊しちゃっていいので、全てお任せします」
と、僕は言いました。
『お金掛けない方法で、何か考えろということね・・』
と、笑顔で答えてくれて、いつもの如くではあるけれど、この時も、僕の心の中は、読み切られていました。

鍵を紛失する前のジェンセン・ヒーレーは、セルモーターの歯が何か所か欠けていしまっていて、歯車が上手に噛み合わない時には、セルは回りませんでした。

セルが噛み合わず、エンジンが掛からない時には、ギアをニュートラルにして、サイドブレーキも下して、僕は、1度クルマから降りていました。
そして、ジェンセン・ヒーレーの後ろに回って、両手でジェンセン・ヒーレーを数十センチほど押してから、またドライバーズシートに戻って、エンジンが掛かるか確かめていました。

1回、押すだけで、運良くエンジンが掛かる時もあるし、セルモーターの歯車が欠けている箇所で、まだ噛み合っていて、エンジンが掛からない時もありました。
掛からない時には、エンジンが掛かるまで、何度もクルマを少し動かして、歯車が欠けていない箇所を探して、噛み合わせるという、なんとも原始的な方法で、エンジンを掛けていました。

クルマと接している時に、僕は、こんなふ~に、自分の意のままには成らないという、こんな不自由の中の自由さこそが、最高に楽しい瞬間なので、この不具合が大のお気に入りではありました。
修理屋さんの社長が、これは、やっぱり不便だろうということで、イグニッションキーをオンの位置まで廻して、あとはスターターボタンを押して、セルモーターに直接電流を送る方法に改造してくれたのは、97年の車検の時でした。

そして、2007年に、9年ぶりに車検を受けようと思った時に、イグニッションキーを紛失してしまったことに、気づきました。
(ドアーと給油蓋とトランクキーはエンジンキーとは別なのですが、僕は両方とも紛失しました)

鍵を紛失してしまうと、スターターボタン(スイッチ)を押す動作まで、辿り着けなくなってしまい、エンジンを掛けられない状態になってしまいました。

そこで、2009年に車検を受ける時には、思いきった方法で修理してくださいました。
ダッシュボードの下側から、イグニッションキーのシリンダーを1部分壊して、黒のスイッチをシリンダーにダイレクトに差し込んて、ダミーのイグニッションキーが差し込まれている状態にしてくれました(黄色で囲んだ箇所)。
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この黒い強化プラスチック製のスイッチは、使わなくなった古いガスレンジのスイッチを流用しているので、なんとも凄いアイデアであります。
そして、ガスレンジのスイッチなので、とても使い易いです。
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このイグニッションキーの替わりのガスレンジの黒いスイッチは、普通のクルマの鍵のように、外すことは出来ないので、いつでもエンジンが掛けられます。

僕には、ジェンセン・ヒーレーという、あまり価値が有るとは言えないクルマを、誰かに持ち去られることなどないと思っているのですが、修理屋さんが、このままでは、盗難の可能性もあるので、サブキーを付け加えてくれました(赤色で囲んだ箇所)。

この小さなサブキーは、自転車用の鍵からの流用品なので、精度は期待出来ませんが、コストの掛けなさでは、群を抜いている修理屋さんだと、僕的には思っています。

この追加してくれたサブキーの配線の中間には、10アンペアのヒューズをかませてくれてあったのですが、10アンペアのヒューズだと、時々、飛んでしまうので、20アンペアのヒューズに、最近、交換して貰いました。
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そして紛失してしまった、ドアーキーと・・・。
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給油口キーと・・・。
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リアトランクのキーは、シリンダーだけ新たな共通のモノと交換し、全て新たな共通のキーで使えるようにしてくれました。
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キーヘッドがソアラ用なのは、ご愛敬ということのようです。
(ここの修理屋さんは、基本的には国産車専門の修理屋さんなので流用パーツも日本製が殆どです)
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クルマの鍵を紛失してしまった場合の、対処方法には、何通りかあると思っています。

このジェンセン・ヒーレーへの対処方法を、邪道だと感じる方もいらっしゃるとは思っていますが、名車と呼ばれるクルマならば、いざ知らずですが、このジェンセン・ヒーレーのように、その種のクルマとは遠い存在のクルマならば、こんな対処方法でも、良いのではないかと、僕は思っています。

いや、僕にとっては、イヤな顔をひとつせずに、困った時には、いつも笑顔で助けてくれる、この修理屋さんの対処方法が、いつもベストな選択肢だと思っています。
家の玄関の鍵を、ディンプルキーと交換する料金と同じぐらいの請求しか来なかったので、この点でも、やっぱり、僕にとっては、「困った時の神頼み的」な、そんな修理屋さんなんだと思っています。

こうして、この時は、紛失した鍵の件は解決して、腐ったガソリンも抜き出して、2007年4月に車検を受けて、乗っていたワケですが、9年間の放置には、かなりの無理があったようで、決して絶好調ではありませんでした。

今年の4月に、車検が切れるのを機会に、このジェンセン・ヒーレーに、少しばかり情熱を注いでみることにしてみました。

先ず最初は、キャブレター (carburetor)が原因で、立ち往生して助けを借りてしまったので、キャブレターに、情熱を注いでみることに決めました。

これに情熱を注ぐには、3通りの方法が浮かびました。

(1)リペアパーツを使用して修理する。
(2)いっそのこと、新品のウェバー製キャブレターに換装する。
(3)現在のストロンバーグ製のキャブを完全にオーバーホールする。

(1)の方法は、1番割安ではあるけれど、今後10年間に、何も手を加えずで済むという、そんな万全な解決方法ではないので、(1)の方法は、最初に選択肢から外れました。

(2)の方法は、ストロンバーグ製から、子供の頃に憧れた、あのウェバー製になるので、とても惹かれる選択肢には、思えました。

でも、この(2)の方法だと、人の道から外れていない正道のように感じてしまい、何よりも、意外性を好む僕にとっては、僕の選ぶ方法ではないと思い始めてしまい、キャブレターを1度取り外して、その取り外したキャブレターを、キャブレターオーバーホール専門業者さんに持ち込んで、それを預けて修理して貰い、また、引き取りに行って、オーバーホールした、そのキャブレターを、また取り付けるという、どう考えても、1番面倒な方法の(3)を、あえて選択することにしました。
(旧車はオリジナルが大好きという理由もありましたが)

そして、キャブレターをバラシテ、組み直しして、交換して貰ったパーツが、下記の写真です。
簡素化されたリペアパーツを使用しての修理とは違って、キャブレターを完全に分解して組み直しているので、交換されたパーツは多種になっています。
交換されたフロートやフロートバルブを眺めていると、何故か便器の内部構造が、思い浮かんで来てしまいました(笑)
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そして、完全にオーバーホールされたキャブレターを、元と同じ位置に取り付けました。

キャブレターの取り外し・取り付け、そしてオーバーホールと、これらの全てで、16万ほど掛かりましたが、登録後34年目にして、初めてのキャブレターのメンテナンス費用になるワケですから、それだけで、自分を納得させることも出来たのですが、それよりも、キャブレターを完全オーバーホールした、その効果は絶大で、アイドリングは安定しているし、7000回転近くまでスムーズに回って、とても気持ちが良いです。
(キャブとエンジン本体の間に使われているインシュレーターは以前のモノをそのまま使用しました)
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エンジンが不調な時には、ロータス製4気筒DOHC・16バルブエンジンであったことも、忘れかけているほどだったのですが、エンジンが快調になると、960キロの車重に、140馬力という組み合わせは、今の僕には、必要にして十分で、1速と2速の伸びも加速も(ゲトラーク製5速)満足出来るもので、その気になれば、街中の交通の流れを、僕自身が作り出すことも可能なほどです。

因みに、シフトレバーのリバースは、ノブを下に押すでも、上に引きあがるのでもなく、単に、通常のシフトパターンの1速に入れるように動かせば、スムーズに入ってしまうので、この変形シフトパターンに慣れないと、1速に入れたつもりで走り出せば、そのままバック走行してしまいます。

シフトパターンは、914と同じですが、ストロークが短いのと、シフトそのものも、914より使い易い位置にあるので、いとも簡単に1速に入ってしまい、914よりも、更に注意が必要ではあります。
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話は替わりますが・・・。
旧車に乗ると、いつも感じることがあります。
それは、夜になっても、今の世の中は、こんなにも明るいのかということであります。
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60年代や、70年代は、今の世の中と違って、街灯も少なくって、街並みが暗かったと記憶しています。

走行中のクルマのドライバーからみれば、車外が暗ければ、ヘッドライトが、さほど明るくなかったとしても、必要十分に明るく見えるワケで、車外が暗ければ、メーターパネルを照らす電球の、それが発する光量が、さほど多くなかったとしても、鮮明に見えていたワケです。

今の世の中でも、真っ暗な山道や、真っ暗な海岸を歩く時に、単1電池が2本直結の、僅か3ボルトの懐中電灯でも持っていれば、その懐中電灯の照らす先は、とても明るく感じると思います。
でも、20畳や30畳という、そんな広めの部屋で、その部屋の中に、僅か27ワットのインバーターのダウンライトが、1つだけ点灯していれば、そんな懐中電灯は、殆ど用をなさないことでしょう。

27ワットの(ダウンライト用の)蛍光灯は、白熱電球100ワットと同等の明るさがあるのが、現在の世の中です。
およそ4分の1の消費電力で、同じ明るさを得られるのが、、昔と現代の大きな違いで、エアコンにしろ冷蔵庫にしろ、毎年のように、全く同じ性能を持ちながら、消費電力が減少していっています。
ジェンセン・ヒーレーが生産されていた、70年代前半から、現在の2011年にまでの間には、クルマだけに限らず、電気製品も、住宅も、電車も、もう目に飛び込んでくる、全てのモノというもがモノが、技術の進歩を感じさせられるモノばかりです。

遠い昔の子供だった頃を思い返してみれば、60年代の一般家庭の電気は、20アンペアとか30アンペアで、両側の先端が?マークのように曲げられた形をした、10アンペアのヒューズを、2個とか3個とかを使って、2回路か3回路しかなかったワケで、それを分電盤と呼ぶには、あまりにも貧相な仕組みだったのでした。

チョットばかりオジンな人や、チョットばかりオバンな人ならば、電気製品を同時に使用すると、容量オーバーで、ヒューズが切れたり、ブレーカーがよく落ちたという、そんな苦く甘い経験があると思います。
クーラー(エアコンの時代ではないので)やテレビが全室にある時代ではなく、家庭内で使用する電気製品も、数少なかったという、遠いそんな昔で、単層200ボルトの電化製品なんって、聞いたこともなかった、そんな遠い昔のお話ではありますが、そんな時代に作られたクルマは、やっぱり、そんな時代をも反映して、今でも生きているようです。

つまり、僕のジェンセン・ヒーレーのヒューズボックスには、ヒューズが3本しか有りません。
つまり、3回路しかなくって、各10アンペアの合計30アンペアという仕組みのクルマであります。
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ヘッドライト、スモールライト、ウィンカー、テールライト、ストップライト、ラジオ、ワイパーモーター、ヒーターブロア、ホーン、室内灯、各メーター照明・・・・ジェンセン・ヒーレーという家庭には、こんな感じの電化製品しか備わっていないので、3回路30アンペアでも、充分なクルマではあります。

3回路ということは、家庭内の電気を例にして、簡単に説明すれば、コンセントが3ヶ所あるのと同じではあります。
この3ヶ所のコンセントの差し込みに、それぞれ、テーブルタップを差し込んで、タコ足配線しているのが、僕のジェンセン・ヒーレーであります。
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そして、そのタコ足配線された各々のコードは、電装パーツの取り付け位置によって、長さは違うし、電装パーツの使用電気容量によって、太さも違っています。
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バッテリーからの電流は、ヒューズボックスを介して、全てのコード(電線)に、流れて行きます。
ヒューズボックスには、オンとオフの切り替え機能はないので、常にコードには、電流が流れています。

太いコードには、より多くの電流が流れ易く、細いコードには、それよりは少ない電流が流れることになるのですが、旧車にとっては、これが曲者で、スモールライトもワイパーも使用していないのに、いつも少しづつ放電しているのと同じ状態です。

電気製品の進歩とは、無縁の世界に居るのが旧車なので、ジェンセン・ヒーレーは、昼間のアイドリング状態では、ボルトメーターが12ボルトを切っています。
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今回の車検で、ダイナモをオーバーホールしたのですが、ダイナモは直流整流子発電機で、発電能力を調整する機構は付いていません。
(エンジンルームからは地面が見えるので、あえて靴を置いてみました)
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夜、ダイナモを使用している自転車に乗ると、速度が上がれば、ライトは明るくなって、速度が落ちれば、ライトは暗くなり、停止すれば、ライトは完全に消えてしまいます。
大雑把に説明すると、僕のジェンセン・ヒーレーは、この自転車のダイナモと似たようなものです。

旧い人であれば、バッテリーやダイナモが寿命を迎えてくると、ガスペダルを踏み込めば、ウィンカーの点滅が早くなったり、ガスペダルを踏み込めば、ヘッドライトが明るくなるという、そんな経験をしたことがあると思いますが、僕のジェンセン・ヒーレーも、この種のクルマであります。
(エンジンの回転数が増せば、ベルトで繋がっているダイナモは電力を発生してバッテリーに蓄えるという仕組みなので)
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現代のクルマの発電機は、ダイナモではなく、オルタネーターを使用しています。
オルタネーターは、交流発電機ですが、整流器も備えているので、直流電力に変換して、バッテリーに蓄えていきます。
そして、なによりも、オルタネーターには、アイドリング時に、電装品を使用して、電力が不足気味の時には電力を増やし、エンジンが高回転で回っている時には、定格電圧を超えて充電しないICレギュレーターが備わっています。

旧車でダイナモを使用しているクルマでも、ICレギュレーターが備わっているオルタネーターに交換可能な場合もあります。
近い将来に、僕のジェンセン・ヒーレーもオルタネーターに交換するつもりでいますが、今のダイナモを使用している限りは、バッテリーは消耗品と考えて、車検毎に交換しようと思っています。
(今回の車検でも交換しました)

いずれにせよ、ボルトメーターの針が12ボルトを切っていると充電不足と不安を感じ、ボルトメーターの針が12ボルトよりも上にあっても、過充電していないかと不安に感じてしまう、そんなダイナモを使用しているクルマを運転することは、それなりに特別な楽しみ方があるとは、思っています。

LUCASのヘッドライトに大きな傷が付いてしまったので、英国車には不本意ながら、HELLAのヘッドライトに交換しました。
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それと同時に、ヘッドライトの配線を、バッテリーから直結にして、新たに作りました。
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丸目2灯のヘッドライトなので、下目と上目と別々に、配線の中間にヒューズをかませました。
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イエローハットで、ETCを付けて貰いました。
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ヤフオクで落札し、CDも聴けるようにしました。
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これで、完璧と思って、いざドライブに出かけました。
その日は、夜のドライブで、交換したヘッドライトは、とても明るかったです。
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明るくって運転し易いな~あと、快調に走っていたら、ヘッドライトのヒューズが突然と飛びました。
それならば、上目で走ろうと、ヘッドライトを上向きにして走りました。
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さすが上向きで、明るくって、とても走り易かったです。
と、思ったのも、つかの間で、今度は、上向きのヒューズが飛びました。
街灯だけが頼りになってしまい、とても怖い夜のドライブになりました。
(その後ヒューズを15アンペアから20アンペアに交換しました)
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暗闇を疾走した翌日に、また予期せぬ出来事が起きました。
ブレーキのマスターシリンダーが壊れて、ブレーキペダルを踏んだら、床についてしまいました。
幸いなことに、大した速度も出ていなかったので、ステアリングを左右に切って、抵抗を増やして、サイドブレーキを使って、最後に1速に入れたら、なんとか止まりました。
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国内にはパーツがなさそうなので、アメリカより個人輸入しました。
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ついでなので、他のパーツも購入して、総額は、こんな感じでした。
(他に消費税が1500円)
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マスターシリンダーを交換したついでに、ブレーキホースもステンレス製のものに交換しました。
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交換後のブレーキの効きは、今までとは比較に成らないほどで、ブレーキ関係のメンテは、やっぱり、とても大切なのだと、実感しました。

そう思い始めた僕は、タイヤを交換しました。
今まで使用したのは、GOODYEARのDUCAOというタイヤで、数百キロほどしか走っていないので、溝は沢山残っていました。
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溝は沢山残っていたのですが、気になって確認したら、1996年産のものでした。
今回、交換したのは、ミシュランのXM1というタイヤで、サイズはジェンセン・ヒーレーの純正サイズ、185/70の13インチです(以前も同サイズ)

4本タイヤを交換して、3万円代ですから、もっと早く交換してあげれば良かったと、後悔しています。
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8月3日に車検を受けた、我がジェンセン・ヒーレーは、こんなふ~に、僕と接して暮らしています。
前回の車検期間の2年間では、僅か300キロしか走行していないので、今回の車検期間2年間では、もう少し乗ろうと思っています。
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今日現在の走行距離は、59132キロですから、700キロほど走ったことになります。
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ある程度は壊れるクルマが大好きな僕は、暫くは、このジェンセン・ヒーレーを楽しもうと思っています。
今日も走行中に、サイドミラーが落ちました。
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正確に書けば、サイドミラーが落ちる寸前に、手で受けました。
この落ちる寸前に、手に取るという、この微妙な感覚は、オーナーしか楽しめない感覚だと思っています。
この純正のサイドミラーは、落として壊してしまえば、もうパーツはありません。
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とても、クダラナイことで、どうでも良いようなことなんですが、この落ちる寸前に、手で受け取めるという仕草は、僕のクルマとの戯れ方を象徴しているようで、なんか、とても変わっている人みたいです。

by seiuchi-porsche9 | 2009-10-31 07:22 | ジェンセンヒーレー
2009年 10月 16日

あぁいいな!

日頃から、お世話になっている、クルマ屋さんに遊びに行きました。
今回、お邪魔したクルマ屋さんは、都心からは、チョットばかり離れてはいる、埼玉県桶川市にあります。
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4年間の正規BMW営業在籍時代に、なんと4年で300台以上を販売し、今までの生涯販売台数では、間もなく2000台をも超えるという、そんな凄腕の 「アントニオ伊藤さん」がオーナーである 『PAZOO Auto Mobilesさん』 に、行って参りました。

久しぶりに、それも突然に、お邪魔してしまったにも関わらず、社長の 「アントニオ伊藤さん」 と、スタッフである 「べりーHIROSHIさん」 のお2人が、暖かく迎えてくださり、とても嬉しかったです。

この日の僕は、ジェンセン・ヒーレーに乗って行ったのですが、この道20年のアントニオ伊藤さんが、ジェンセン・ヒーレーというクルマを知りませんでした。
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僕は、こんなふ~に、メーカーや車名が、広く行き渡って居ないという、そんなクルマが大好きなので、クルマの知識に関しては、こと全てと言っていいほど、アントニオ伊藤さんには負けてしまう、そんな僕が、彼から1本取れたようで、シメシメしてやったりと思ったのでありました。

ジェンセン・ヒーレーが生産されていた頃(72年~76年)は、アントニオ伊藤さんが、まだ小学校に入るか入らないかという、そんな時代になるので、アントニオ伊藤さんが知らなかったのも、まあ当然のことになるのですが、当時のジェンセン・ヒーレーは、かの 「コーンズ・アンド・カンパニー・リミテッド」 がインポーターでありました。
(画像は当時のCAR GRAPHIC掲載広告より)
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当時のコーンズは、ロールスロイスとベントレーとジェンセンという、英国生まれの自動車メーカー3社の日本総代理店で、フェラーリやランボルギーニやマセラティといったスーパーカーと呼ばれるジャンルのクルマの日本総代理店は、横浜にショールームが有った、あのスーパーカーブームで有名は「シーサイドモーター」でありました。

まだ都内では、コーンズのショールームが、首都高5号線沿いの側道(護国寺付近)にあった頃で、コーンズのショールームは、この場所にしか存在して居なかったという、そんな遠い時代のお話ではあります。
因みに、その豊島区雑司ヶ谷にあった、コーンズのショールームは、サービス工場も併設していました。
そして、その同じ場所は、現在はヤナセがサービス工場として使用しているので、今でも直ぐに判る場所ではあります。

いずれにせよ、日本国内における輸入車のシェアーが、1パーセントにも満たなかったという、そんな遠い昔の時代のお話ではありますが、ポルシェ(三和自動車)のショールームだけは、目黒と六本木と銀座という、交通の便の良い、都心のド真ん中に、3ヶ所も存在していたことが、とても印象に残っています。

そんなワケで、お久しぶりにお会いしたアントニオ伊藤さんだったのですが、ここには、心底から驚かされてしまったという、そんな素晴らしいクルマが置いてありました。

そのクルマとは、1968年から1976年まで生産された、メルセデスベンツ280CEであります。
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この時代のメルセデスベンツ280CEは、W114と呼ばれているのですが、僕の大好きな時代のクルマであります。
(因みに6気筒エンジン搭載車をW114と呼び、その他のエンジン搭載車をW113といいます)
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このクルマは、ヤナセで販売された正規物(当時のインポーターはヤナセ系列のウェスタン自動車)で、初年度登録は、75年12月という、1975年式になります。
ダークグリーンのボディの輝きは見事で、メッキの部類にも、少しも歪んで輝いたりするような箇所が有りません。
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ラジオはオリジナルで・・・。
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バックシートもご覧の通り、使った形跡さえなく感じてしまいます。
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ナビシート側から覗いてみれば、ダークグリーンのボディにマッチした、同色のシートカラーで、とてもお洒落であります。
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ドライバーズシート側から覗いてみれば、チョットばかり大きめのステアリングで、僕の大好きな時代のクルマが、ここには有ったのでした。
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エンジンルームを覗いても、リアトランク内を覗いても、下回りを覗いても、まるで新車のように輝いていて、オリジナルを保って、とても綺麗にフルレストアした、クルマだ~なあと思っていたのですが、それは、僕の大きな間違いでありました。
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このクルマは、ワンオーナーで、しかも走行距離が「2778キロ」という、そんな貴重なクルマでありました。
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70年代のクルマで、ワンオーナーで有るクルマは、探せば沢山有るかも知れません。
僕のジェンセン・ヒーレーも、最初の登録ナンバーを継続する為に、前オーナー様のご厚意に甘えて、名義変更していないので、車検証のうえでは、ワンオーナーのクルマにはなります。

ジェンセン・ヒーレーは、1975年10月が、初年度登録なので、この280CEとは、僅か2ヶ月違いの登録ということになります。
まるまる34年が経つワケですが、僕のジェンセン・ヒーレーの走行距離は59000キロになりました。

34年で59000キロの走行距離は、少ないほうだと思ってはいますが、僕のジェンセン・ヒーレーは、車検を受けずに、放置していた時期が、数年間ありました。
(自動車税だけ支払って)

対する、このメルセデス280CEは、名実共にワンオーナーであり、車検を毎回欠かさずに、ディーラーにて継続していて、その記録簿も完備されています。

ウィンカーレバーには、新車で納車された、あの35年前の記念品が、ぶらさがっていたままでした。
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このクルマのオーナー様は、多忙で使用する時間がなかったとのことですが、まるで自動車博物館に温存されていたような、こんな素晴らしい個体のメルセデス280CEが、一般オーナーの元で、存在していたことに、正直な気持ちとして、僕は驚きを隠せませんでした。

驚きを隠せなくなってしまった僕は、タイヤを覗いてみたのでした。
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驚きを隠せなくなってしまった僕は、タイヤを覗いて、更にビックリ仰天したのでした。

それは、この280CEに履かれていたタイヤは、ピレリ・チュンチラートCN36で、なんと製造年が1975年でありました。

なんと新車で納車された時の、34年も前のタイヤのままで、それが、見事なまでに新品のタイヤの山を残していたのでした。
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『PAZOO Auto Mobiles』では、この極上のメルセデス280CEを、「ASK」つまり「価格応談」として、販売しています。

当時の新車価格を調べてみたら、703万円になっていました。
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「ASK」つまり「価格応談」として、販売しているワケですが、僕が勝手に、このメルセデス280CEの販売価格を決めてしまうというのは、とても理不尽なことだとは思ってはいます。

この極上の状態を見れば、1000万円超えになっても、当然のようにも思えています。
でも、可能ならばリズナーブルな値段で、販売して欲しいな~あと、勝手に思っています。

そうなると、750万円という金額が、僕の頭の中に浮かんでくるのですが・・・。
いずれにせよ、今年になって7台のクルマを手に入れてしまった僕には、残念ながら、購入することが出来ません。

ご興味がある方は、『PAZOO Auto Mobilesアントニオ伊藤さん』 に、ご連絡してくださいませ。

アントニオ伊藤さんには、セイウチと言って頂けると判ると思いますが・・・。
といって、僕はブローカーではなく、こんな素晴らしい個体を、単に、皆様にご紹介したかっただけです。
念のため(笑)

メルセデス・ベンツ 280CE(W114)
初代コンパクトクラスのウエストラインから上をピラーレスのハードトップにアレンジしたクーペで、68年11月にデビュー。
ホイールベース、全長ともサルーンとまったく等しく、全高だけ45mm低くされている。
スウィングアクスルに代えて採用したセミトレーリングアーム/コイルの後輪懸架をはじめ、シャシーはセダンと共通。
直6DOHC2746cc・インジェクション仕様の185PS。
W114のトップモデル。
280CE(5速MT)は、CG誌74年3月号のテストで最高速度201.38km/h、0-100km/h加速9.9秒、0-400m加速15.98秒の高性能を記録している。
77年、ジュネーブショーでデビューした新Cシリーズ(W123)に後を譲った。

by seiuchi-porsche9 | 2009-10-16 12:18 | オールドカー 旧車
2009年 05月 23日

こんな男の独り言!

今週は、よく仕事をしました。
そして、よくサボりもしました。
仕事とサボリを両立させることは、寝る時間が無いことだと・・・。
改めて実感もしました。

今週の出来事を・・・。
★5月某日★
仕事で都内某所に向かいました。
93年2月登録の93年式のメルセデスベンツ320TEで行きました。

93年の頃は、まだEクラスと呼ぶのではなく、ミディアムクラスと呼ばれていました。
93年の頃のミディアムクラスは、W124でした。
僕のクルマは、W124のワゴンなので、WがSに入れ替わり、S124ということになります。

W124は、94年にマイナーチェンジされて、名前の末尾にあったアルファベッドのEが、名前の頭に使われるようになりました。
つまり、320EはE320と名前が替わり、Eクラスと呼ばれるのが、一般的になりました。

94年にマイナーチェンジされたW124は、例のメルセデスの象徴である、あのスリーポインテッドスターを、フロントグリルの上ではなく、ボンネットの上に移動して、チョットばかり新鮮なデザインに生まれ替わっています。
スリーポインテッドスターが付いていた時代のフロントグリルには、それぞれのクルマのシャシーナンバーがフロントグリルに刻印されていたと記憶していますが、マイナーチェンジによって、この歴史には終止符が打たれています。

僕のS124は、新車から乗っているワケですが、たまたま購入したのが、93年であって、92年であっても、94年でも、95年であっても、購入したと思っています。
92年に購入していれば、3.2リッターエンジンは、まだ3.0リッターエンジンであったので、多少の後悔はしていたのカモ知れませんが、124というクルマ自体が好きで、230E、300E、320TEと3台乗り継いできていましたから、94年であっても、95年であっても、乗り替えていたと思っています。

93年から、3年経ったその後の96年に、W210のE320を購入していますが、その時にS124を手放さずに、増車という形をとったので、今でもS124が手元にあるワケです。

S124と、こうして16年間も生活を共にしていれば、壊れるべき個所は、もう全て出尽くしたという感じで、オイル漏れの修理と同時にエンジンを完璧なまでにオーバーホールしたし、ATミッションも載せ替えているし、エアコンが壊れて、エアコンに関する全てのパーツも交換しているし、コントロールパネルも交換しているし、ラジエーターは4回交換しているし、ダイナモも2回交換しているし、3か所のコンピュターユニットも全て壊れて、交換してあるしと、この16年間あまりで、このS124に注ぎ込んだのは、けっこうな金額には成りそうではあります。

そして、この注ぎ込んでしまった、このこと自体が、『もう手放せない!』という1番の理由になっているのカモしれません。

でも、こうして16年間も一緒に生活を共にしていると、様々なことを実体験出来るのも、事実ではあります。

たとえば灰皿は、指先で軽くプッシュすると、手前側に押し出されてくるタイプなのですが、この灰皿も壊れて交換しています。
この灰皿は、こんな形でのアッセンブリー交換になります。
このユニットだけで、7万円近くするので、エルメスの灰皿トゥカンズなんかよりも、更に高い価格設定になっているは、驚きです。
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我が93年式のS124が壊れると、こうして部品交換をするワケですが、見える箇所のパーツを交換する時には、とても注意が必要になります。

だから、見える箇所のパーツを交換する時には、今まで使っていた、壊れたパーツも捨てないで、必ず貰うことにしています。
その理由は何故かというと、新たに交換される新品パーツは、同じ型式の最終モデルで使われていたパーツと同じモノが出荷されるからです。

頭にEが付いてからの灰皿は、下記の写真のモノです。
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末尾にEが付いている時代の最終モデルの灰皿は、下記の写真のモノです。
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用途は全く同じ灰皿であっても、この2つの灰皿を、見比べてみると、そのコストの差は大きく違いそうではあります。
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メルセデスの歴史を振り返れば、メルセデスという自動車メーカーが理想と掲げる、そんな自動車を設計し、その掲げた理想に満たされた自動車を販売していたワケです。

理想を満たすのには、コストが掛るのは、当然のことなので、メルセデスは、生産する、そのクルマのコストに利益を上乗せするという、そんな独自の値付けの方法で、自動車を生産する数少ない、自動車メーカーでした。

Sクラスであろうと、Mクラスであろうと、(後に登場した190であろうと)、メルセデスという自動車メーカーのクルマを運転する以上、どのクラスに乗り換えても、ドライバーが戸惑わないように、インパネは基本的に同じであり、全てと言っていいほど、その操作位置も同じ個所にありました。

例のテールライトの凹凸も、どんなに汚れても、後方から視認を良くするという、そんな哲学に基づいていて、それを断固として守り通して来ていました。

僕のメルセデス歴は、74年型の450SE(W116)から始まっていて、現在に至るまで、20数台のメルセデスと一緒に生活をして来ています。
70年代のメルセデスは、他のクルマと乗り比べてみれば、もう比較しようもないほど、自動車としての本来の使い勝手も、自動車としての本来の動力性能も、心底から素晴らしく感じるものでした。

70年代の半ばまでは、メルセデスはというよりも、ドイツ車の全てが、その本来の用途としての、自動車としての性能がズバ抜けていた時代だったと思っています。
でも、この頃の僕は、僕の理想とする自動車、つまり遊び心に満たされているクルマ、僕の感情をも受け入れてくれるようなクルマ、そんな自動車の虜になっていました。

だから僕は、もう数え切れないほどの、いたる箇所に、理想を散りばめられて作りあげられていた、そんなメルセデスが、その理想には『なるほどね!』と感動することばかりでしたが、その一方で、そんな僕の思いなんかを、言い出せる隙を、全く見せないほど、ガチガチの理論を掲げた自動車メーカーに思えてしまい、仕事で使ったり、家族を乗せたりと、使用頻度は高かったのに、出来の悪い生徒である僕は、なんかレベルの違う学校の授業を受けてしまっているようで、あまり好きにはなれませんでした。

そして、こうしてオジンになって、今という今を迎えて来ると、そうした時代の、あの堅苦しく感じてしまっていた、当時のメルセデスが、とても魅力的なクルマに思えて来てしまうから、なんとも、僕は優柔不断な奴です。
免許を取得した、その時から、メルセデスとは・・・かくかく、こういう理想を掲げて、そのコストに利益を載せた自動車を生産しているメーカー・・・・と認識してしまっていたので、途中から、他社メーカーが生産される、同一カテゴリーの価格と競争させるという、そんな自動車メーカーに変身したことを、自然の流れの中で、受け入れるのに時間が掛ってしまったという、そんなオジンでもあります。

93年までの124は、ドアーパネルを留めているピンの数が多く、それ以降の124は簡素化されて少なくなっているなど、この頃のメルセデスは量販化に向けての、下準備の時代であったのだと、僕的には思っています。
別にドアーパネルのピンの数が少なくなったとしても、それはメルセデスの考えることなので、チョットやソットじゃ外れたりするワケがありません。
でも、きっと、ピンが多かった時代の造り方は、50年100万回のドアー開閉までを耐久としていて、その後は25年50万回のドアー開閉までを耐久とするというように、その計算上での耐久力に、差があるのではないかと、僕的には感じてはいます。

僕が意図したワケでも、何でもないのですが、結果的に、僕のS124は、こんな時代のメルセデスになりました。
だから、無意識の結果として生まれた結論は、このクルマは一生モノにしても良いかな~あという、そんな結論に成るのカモしれません。

もう手放さないと決めてしまい、長く乗ると決意してしまうと、壊れたら直ぐに治し、壊れそうな箇所も早めに交換して、事前に手を打って置くというような、そんな大それた決意をもしないと、いつも不安がつきまとって、日常的な使い方は出来ないと、メカに弱い僕は思っています。
だから、こういう気持ちの上での最終的な結論は、早いに越したことが良さそうではあります。

この日の我がS124は、見事なまでのパンクをしてしまいました。
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ここで、パンクの修理をしていると、打ち合わせの時間に間に合わないことになります。
パンクをした場所は、僕の仕事場を出てから、僅か1キロあまりの場所でした。
この道路わきには、パーキングメーターがあります。

パーキングメーターに停めて、ワイパーかドアーに白いタオルでも挟んで置いていけば、故障車扱いになるので、40分以上停車しておいても、反則切符を切られる心配はなさそうです。
でも、どう考えても、公共の交通機関と徒歩で、打ち合わせの場所に向かうよりは、自分のクルマで行ったほうが、到着時間は短縮出来そうです。

パンクしたタイヤを新品にすれば、2万円弱。
この仕事で得られるであろう儲けは、それよりは多そうで・・・。
こんな計算が頭に浮かんでしまった僕は、なんとも効率優先で、ズルイ奴になります。

パンクした、この状態のまま走って帰り、クルマを乗り替えれば、解決するじゃない!
アルミホイールを傷つけてしまったら、最悪だとも思ったけれど、僅か1キロだし、エアーが抜け切れない内に辿り着けば、その心配も無さそうだしと思い、パンクしたまま、仕事場に戻りました。

そして、大急ぎで事務所に戻って、他のクルマの鍵を取り、疾風のように出発しました。

この日の仕事は、私服のほうが都合が良いこともあって、僕は普段着のまま、つまり遊びに行く時と、同じような格好をして、行きました。

そして、遅刻をすることもなく、約束の場所に着きました。

ところが!!!!!
事務所に鍵を取りに行った時に、大きな間違いをしていたことに、気付いたのでした。
マツキヨにでも立ち寄って、包帯を買って、右足に巻いて行く・・・・。
僕が思いつくことって、いつも、こうした、その場しのぎの解決策だけなんです。
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★5月某日★
正確に書けば、この日は20日で、仕事が忙しかったです。
忙しかったけれど、僕はエマジェンシーサービスの窓口みたいになっていて、鯱の国にお住まいの要人様から、6回ほど電話を頂きました。
困った時に電話をくださるのは、とても嬉しいことではあります。

『エンジンが突然止まって、掛らなくなちゃった』
「鍵をアクセサリーの位置まで廻すと、フエールポンプが作動して、小さな音を発するから聞いてみてよ。
聞こえれば、取りあえずガソリンは送られているワケだから、燃料パイプが詰まってでもいない限りは、
燃料系統ではなくて、電気系統の故障ということなんで、試してみて・・・」


『セルは回るけれど、エンジンが掛からない』
「だから、セルが回るところまで、キーを回しちゃったらダメで、その前の状態で、ガソリンポンプの音を聞くワケ・・・」

『やってみたけれど、セルは回るけれど、エンジンが掛からない』
「だから、セルが回るところまで、キーを回しちゃったらダメだって言ったでしょ!
その前の状態で、ガソリンポンプの音だけを聞くワケ・・・」


『やってみたけれど、セルは回るけれど、エンジンが掛からない』
「・・・・・・」

もう、914のエマジェンシーが必要なんじゃくって、このお方の思考回路にエマジェンシーが必要だなと思ってしまった僕は・・・(笑)
「じゃあ、取りあえず車体を大きくゆすって、30分ほど放置してから、またエンジン掛けてみてよ」
・・・と1回目の電話を切りました。

『エンジン掛った!』
「取りあえず良かったじゃない!
1回エンジン切って、もう1度掛かかるか試して・・・」

『怖いからイヤ!』
「その気持判るよ!ところで、JAFには入っているの?」
『判らない・・・』
「じゃあ自動車保険の故障付帯は付けているの?」
『付けていないの。旧車には便利そうだから、次回から付けるね。』
何も解決してないじゃあ~んと、僕は思いつつ・・・。
「じゃあ、辿り着ける所まで、頑張って走って帰れば・・・」
『了解!』

そして、暫くして、期待通りに(笑)、とても嬉しいことに電話がなりました。
『高速道路で止まって、JAFを呼んだ!』
「で、今はエンジン掛からないの?」
『また掛かったけれど、この先に長いトンネルがあるので、そこで停まったら怖いので、JAFのお世話になる。』

僕だったら、臆することなく、挑戦しちゃうと思ったけれど・・・。
「会員に成れば、JAFの積載は10キロまでは無料で、その後は実費。
そして914の高速代金は、積載で高速降りても払う義務あるからね。」

『スピードも沢山出て、ここまで快調に走ってこれたのにね。』

フエールポンプが1番疑わしいのじゃないかと思っているのに、そのフエールポンプに最大限の負荷を掛けて、走って来てしまった、そんな貴方様に敬意を表します!
と僕は言いたかったけれど、そんな貴方様は最高ですよ!

願わくば、ANSAマフラーに交換するとか、そんなモデファイは、最後の最後にして、先ずは旧車を手に入れたら、基本的な燃料系統と電気系統の診断をプロに任せて(僕等は自分で出来ないのだから)、殆どのパーツが消耗品と心得、早目に交換して、もしもの出来事を避けておくことだと思いますよ。
これを、老婆心から書いた・・・と書こうとしたら、そんな貴方様は、僕よりも年上でした(笑)

なにはともあれ、ご無事にご帰還出来て安心しました。
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★5月某日★
自分の914に乗ってみました。
油温計もボルトメーターも、精度が高いとは思えないけれど、これを頼りに走ることに、越したことがないと僕は思っています。
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30度を超える外気温であっても、15分間ほど経っても、エンジンオイルは温まりきってはいません。
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エンジンに要らぬ負担は、なるべく掛けたくはないので、エンジンオイルが温まりきるまでは、エンジンは高回転まで廻さないようには、心掛けてはいます。
(964や993に乗っていた頃は、油温計が正常の位置を示しても、油量計が正常の位置を示すまでは、エンジンを高回転までは決して回しませんでした。因みに油量系が正常の位置を示すのは、964よりも993の方が時間が掛りません)

ボルトメーターの精度はイマイチであっても、目安にはなります。
アイドリングでは、ほぼ12ボルトを指しています。
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そして、走行中は、12ボルトプラスアルファを指しています。
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昼まであっても、信号待ちなんかで、ブレーキを踏めば、テールライトが点灯し、12ボルトよりも下がります。
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更に、ブレーキを踏んだまま、ウィンカーを作動させれば、ウィンカーの点滅に合わせて、ボルトメーターも左右に動きます。
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夜間にヘッドライトを点灯すれば、12ボルトは必ず切っていて、ボルトメーターのうえでは、正常値マイナス2ボルトぐらいを指しています。

ヘッドライトを点灯させる、そんな夜間だけに乗っていると、バッテリーの寿命は短くなるのは、避けられないと、僕的には思っています。
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914で、チョットばかり走って来て、その調子を再確認しようと思っただけなのに。
途中で寄り道をしてしまい、なんか衝動買いしてしまいました。

このNAVIに合わせるクルマを物色しようと、普通の人の思考回路とは、大きくズレテいる、そんな自分がいて、これで何かクルマを買う口実が出来て、とても嬉しかったりしている、そんな大バカな僕なのです。
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そういえば、これが使えるクルマを、何か買おうと思って買ったけれど、そんな夢は叶わずにいて、未だ、このiPODは未開封のままでした。
やっぱり、どこか思考回路が大きくズレテいるのでしょう。
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★5月某日★
借りているM君のアルファロメオ8Cに、乗りました。
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サイドブレーキは手前にある、Pというスイッチを引けば作動します。
そしてサイドブレーキを解除するボタンやレバーはなく、Nから、Dもしくは1速に入れて、単にガスペダルを踏み込めば、自然に解除する仕組みになっています。

Rのボタンを押すと、リバースに入るのですが、ホテルのフロントにクルマを預けたりすれば、この仕組みを知らないワケで、戸惑いそうで、こういうふ~に・・・知らないと・・・という部分があるクルマに、僕はとても魅力を感じてしまいます。
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このアルファロメオ8Cのルームミラー越しの後方視界は、とても満足のゆくもので、とても運転し易いです。
(感覚的にはF430と同等にです)
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そして・・・。
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外観を犠牲にすることもなく、カイエンのサイドミラーほどの大きさがある、8Cのサイドミラーは、左右とも、とても使い易いです。
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この美しいデザインのボディーからは、想像も出来ないほどの爆音を発する8Cなのですが、とても良い音で、これも魅力のひとつだと思っています。

そして、僕の親指の位置がホーンボタンなのですが・・・。
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左右にあって、とても使い易いです。
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シートは、前後に動いても、上下には動かないタイプなので、足が長く座高が低い僕が座ると、ダッシュボードの最先端までしか、現実的には見えずで、フロントエンドの見切りはよくないです。

オーナーに合わせて、シートレールごと、高さ調整して固定する仕組みなので、これだけは、僕がオーナーに成らない限りは、ベストの状態には、成りそうもありません。
つまり永遠にムリということです。
(参考までに僕の目線の高さに合わせた写真です)
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それと、ウィンカーのレバーが、ステアリングとは、こんな位置関係にあります。
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つまり、僕の指の長さだと、ステアリングを握ったままだと、ここまでしか届かないことになり、チョットばかり使い難くはあります。
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いずれにせよ、運転して楽しい素敵なクルマであります。

★5月某日(つい最近)★

75年式ジェンセン・ヒーレーが壊れました。
あ~あ、あと少しで止まってしまうだろうな~あと思ったところで、電話を入れました。
「○●駅の△グチの駅前通り、駅を背にして500メーター位の所にサーティンワンがあります。
そちらからだと、1時間ぐらい掛ると思いますが、そこに積載車で来てください」
『2時間後でいいかね?』
「道路は広いので問題ないです、お待ちしております」

エンジンが全く吹けなくなって、アイドリング状態では止まってしまいます。
更にガスペダルを踏んで行けば、3000回転前後までは上がります。
でも、そうすると、もう臭くって、臭くって、半径100メーター位に居る人は、皆な窒息死してしまうのではないかという、そんな状態なので、判り易い場所で、かつ積載車が作業し易い場所まで走って行き、そこに来て頂いたというワケです。
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多分、原因はキャブレーターなんだと、勝手に判断しています。
(10年ほど長期にわたって旧い腐ったガソリンを残したまま放置して車検を取り、キャブのオーバーホールが必要だと思っていましたので)

いずれにせよ、こうやって壊れて動かなくすると、もう僕は嬉しくって仕方がありません。
申し訳ないほど、楽しくなって・・・。
これぞクルマを所有している!
・・・そんな満足感で満たされてしまいます。

もう数え切れほどの、もう何十回も経験した、あの70年代の僕が、30数年の月日を経て、今また、この場所に居ます。
あの楽しかった10代が、蘇って来たようで、僕は楽しくって仕方なく、感じてしまうのです。

この止まってしまうという、そんな刺激が欲しくって、いつも・いつも、ガス欠ぎりぎりまで、走っている僕です。
それなのに、もうガス欠は、3年以上も経験させて貰っていません。

S124のラジエーターが壊れて、ラジエーター液を撒き散らして、YANASEの積載車のお世話になったのは、去年の8月のことでした。

あれから9ヶ月・・・・。
やっと、待ちに待った、この刺激がやって来てくれました。

僕はタイヤの上に、タイヤがある、この2段に重なれた、この光景が大好きなんです。
そして、いつも・いつも、この当事者に成りたいと、切なる思いを持っているのです。
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幸いにして、事故って積載車のお世話になったことはないけれど、自分のクルマの1番好きな姿って、積載車の上に載っている、そんな姿なんだと、幸せ一杯の僕は思ったのでした。

by seiuchi-porsche9 | 2009-05-23 13:29 | ウォラス walrus
2006年 03月 17日

If the rain comes!

If the rain comes they run and hide their heads
They might as well be dead
If the rain comes , If the rain comes
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予報の通りだったり、予想外で突然だったり、自然の恵み雨は降ります。
丁寧に磨きこまれて飾られた、ポルシェ・997にも、雨は降るでしょう。
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天気予報を信頼し走り出したワーゲン・ポルシェ・914にも、突然の雷雨が襲うことでしょう。
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予定されたツーリングは、雨天決行されることでしょう。
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フェリーを下船したら、そこの地は雨降りのこともあるでしょう。
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近年の、ポルシェは、こんな具合に傘が納められ便利です。後片付けは簡単なのでしょうか?
はたして実際、雨降りに使用しているポルシェ・オーナーは何人いらしゃるのでしょう。
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ロールスロイス・ファントム。天候に関係なく、僕には永遠に無縁でしょう。
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後席に納まっても、僕は落ち着けないでしょう。
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立派なドアーにあるのは何なのでしょう。
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何か仕掛けがあるようで、押すとどうなるのでしょう。
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ドアーから、引き出して使用する物のようにも見えます。

実は、ここから撮影するのを怠りました。
これは傘でした。それも折りたたみ傘でない、1本ものの傘でした。便利というよりも発想の豊かさに唖然としてしまいました。
価格は5万円で純正オプションのようです(笑)

雨降りには、これを使用して降りるのでしょう。
雨で、ずぶ濡れになってしまった傘を、また元のドアーに戻すのでしょうか。
あるいは傘を乾かすのでしょうか。
ドアー内が錆びてしまうことを心配する僕は、やはり、こんな世界とは無縁なのでしょう。
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雨の時、ガルウィングは予期せぬ箇所が濡れてしまいます。
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要所要所のカーボンとシートのステッチが魅力的です。
この素敵な室内に雨は、やっぱり天敵なのでしょう。
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雨は降らないと割り切るか?
雨は降っても構わないと割り切るか?
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雨が降り出した時。
僕は、時々このクルマの後席に憧れます。
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外は雨でも、真っ白なシートが室内を明るくしてくれることでしょう。
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真っ白な後席で、大好きな70年代のカタログを眺めるのも楽しいことでしょう。
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眺めるだけですから、このカタログもありでしょう。
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数時間に渡って遊べそうなアイテムも必要でしょう。
色々と組み合わせて遊びますが、直ぐに現実的でないことに気付いて投げ出すことでしょう。
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現実的な読書にふけることでしょう。
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それよりも、大切なことを思い出すことでしょう。
時間がなくて、仕分けしていないものがありました。
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こんな具合に、24台で1セットは出来上がります。
この480台の箱から20セット出来あがるのか、出来上がらないのか、いつかは確認しなければいけないでしょう。
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真っ白な後席で、何をしても厭きてしまう僕。
僕の落ち着ける場所は、やっぱりフロント座席の右側と気付くことでしょう。暫くステアリングを握って、また落ち着かないと気付くことでしょう。
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僕には、13年ともにしている親友がいたのでした。
(ともに人生を全うするので、距離が伸びなくなりました)
Rain. I do not mind

by seiuchi-porsche9 | 2006-03-17 10:44 | 遍歴