戦闘的に走れ!

seiuchi9.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

タグ:BMW ( 10 ) タグの人気記事


2009年 05月 16日

少年時代の幻影!

★5月某日★
新しくなったBMW・Z4。
f0056835_0522648.jpg

けっこう大きくなったけれど、Z8や6シリーズの面影が、散りばめられているような、このデザインは僕的には嫌いではない。
f0056835_0525622.jpg

さっそく、お借りして乗ってみた。
f0056835_0541175.jpg

乗ってみたけれど、やっぱり僕にはMTのクルマが向いていると思ってしまった。
f0056835_0544399.jpg

室内はボクスターよりも豪華に感じるし、走っていて楽しいとも思った。
でも、やっぱり僕は、MTであるということだけで、自分のボクスターのほうが、好きだと思った。

家族の何人かと共有するならば、2ペダル、右ハンドルのオープンカーは選択肢に入ると、いつも思っていた。
いつも思っていたからこそ、(左ハンドルではあったけれど)SLK320AMG(97年式)を買ったことがあった。

子供が大きくなってしまった、そんな家族が5人で生活すると、2シーターのクルマは殆ど使われないという、そんな現実を知った。
そして、ATであるという、そんな理由だけで、僕も殆ど乗らなかった。
そんな悲運のSLKは、いつもホコリを被ってガレージで眠っていた。

だから、2シーターのオープンカーは、旧車に限らず、僕が独占して乗る為のクルマなのだと、この時に知った。
そう悟ってしまうと、僕の中では、MTであるということが、何よりも最優先されるのだと、改めて感じてしまった。
f0056835_0551111.jpg

でも、このZ4を、1週間ぐらい借りて、一緒に生活したいとも思った。
どんなクルマであっても、せめて1週間ぐらいは借りて、1000キロは乗ってみないと、僕には何も判らない。
僕は、そんな鈍感な人なのだ。
MTであれば、試乗なんかしなくったて、その全てが許せてしまうだろう。
僕は、そんなふ~に思っている、相当なオジンなのだ。
だから、チャンスがあったら、またお借りしたいと思った。

★5月某日★
伊豆ツーに行った時に、優しいオジサンにラジオを戴いた。
70年代前半の日本仕様ポルシェの純正品で、パナソニック製のラジオだ。
探し求めてから、10年以上が経っている、そんな貴重なラジオを、優しいオジサンに戴いてしまった。

さっそく、76年式のワーゲン・ポルシェ914に取り付けた。
戴いたというよりも、奪ってしまったというのが、ホントだと思っている。
奪ってしまったものは、本来は返すべきモノだから、けっこう悩んだ。

沢山悩んだけれど、やっぱり取り付けてしまった。
申し訳ないと思ったけれど、やっぱり取り付けてしまった。
ホントは戴いてしまったことを、沢山後悔しているのだけれど、やっぱり取り付けてしまった。
f0056835_0554665.jpg

914のドライバーズシートに座って、このラジオを見る度に、僕は、優しいオジサンのことを思い出すだろう。
そして、いつも、いつも、毎回、毎回。
『ありがとうございます!』
と繰り返すだろう。

このラジオが製造されたのは70年代だ。
同じ70年代に流行った、ラジオという言葉が入った曲を思い浮かべてみた。
バグルス(Buggles)の『ラジオスターの悲劇(video killed the radio star)』が、思い浮かび・・。


そして・・・。
ドナ・サマー(Donna Summer)の『On the radio』が思い浮かんできた。


僕は、914のステアリングを握る度に、この2曲を聴くことにした。
この2曲をCDに焼いて・・・。
見えないように、ダッシュボード下に取りつけてあるオーディオで聞こうと思っている。

そして、この2曲を聴いて・・・。
優しいオジサンの顔を、思い浮かべようと、僕は思っている。
たったこの位のことしか、僕には出来ないけれど、愚かな僕はそうしたいのだ。

それにしても、914が現役だった頃の、70年代のドナ・サマーは痩せていた。
確かに、とても細かった。


そして、70年代の僕も、細かった。
f0056835_0563221.jpg

52キロ前後しかなかった、そんな細かった時代までは、戻りたいとは思わないまでも・・・。
略奪してしまった、このパナソニック製の純正ラジオが、笑顔で喜んでくれる位までは、まだまだダイエットを続けようと心に誓った。

優しいオジサン、本当にありがとう!

by seiuchi-porsche9 | 2009-05-16 00:57 | ポルシェ914
2009年 04月 15日

自転車で出せるだけのスピード 風さえも追い越した気がした

★4月某日★
夜の六本木を散策してから・・・。
こともあろうことに・・・。
クマピョンさんと、ひと夜を共にしてしまいました(笑)

最近の僕は、ダイエット中なのですが・・・。
育ち盛りのクマピョンさんは、寝る間際になっても・・・。
ルームサービスを頼んで、食べ続けていました。
(おにぎり3個で1800円・・・やっぱり東京の物価は高過ぎると思います)
f0056835_1252447.jpg

★その翌日★
この日は、朝から中央道を走りました。

お約束の渋滞ですが、9キロ30分ならば・・・。
まだ平均速度は、18キロも出ているワケで・・・。
関東では、日常的な普通の光景ではありますね。
f0056835_125336100.jpg

途中、964カレラ2に遭遇して・・・。
ソリッドの黒だから・・・。
大阪にでも運ぶのかと・・・(笑)
勝手に想像しちゃったりしていました。
f0056835_12535356.jpg

そして、集合場所に無事に到着しました。
(neoさん号、DENさん号、、クマピョンさん号と一緒に)
f0056835_12541640.jpg

そして、集合場所には・・・。
納車されたばかりの、Kazuさん号もありました。
Kazuさん、M3ご納車おめでとうございます!
(これから、どんなふ~に進化していくのカモ楽しみにしていますね!)
f0056835_12543836.jpg

この集合場所から、カレー屋さんAfganまでは、15キロほどあると思うのですが・・・。
Afganまでの道のりを、クルマ組と自転車組と、2組で向かって行きました。

自転車組は、「Team900R」 様の皆さまです。
Kazuさん、PANDAさん、ゆーじさんと、3人のお名前しか存じていなくって、申し訳ないのですが、自転車組は6名でした。
(もっと自己紹介に時間を掛けておけば、良かったと深く反省しております)

いよいよ、Afganを目指して・・・。
Team900R様のスタートです。
f0056835_1255410.jpg

この日の僕は、930カレラで行っていました。

来る途中にエアコン・ファン(ブロアー)のモーターが焼き付いてしまいました。
エアコン吹き出しグチから、強烈な焦げ臭い異臭を伴った、豪快な煙を撒き散らし、モーターの寿命は尽きてしまったようです。
僕の年式の930カレラは、左右に2個のモーターではなく、中央に1個(ボンネットの中)のモーターだと記憶しているのですが、僕的には、それが壊れたのだと、診断しています。
f0056835_12575821.jpg

(ド素人の)僕の診断通りなのかは、点検に出して、メカに見て頂かないと判らないのですが・・・。
それなりの出費を、覚悟しなければ、成らなそうではあります。

その経過は、機会がある時にでも、書きますが・・・。
それと同時に、この930カレラ購入の話があった時に・・・。
誰かに譲らずに、取りあえず僕が購入して、そして乗ってみることに決めてしまい・・・。
そうしておいたことが、とても良かったことだったと、今は思っています。
(帰路では何故かブレーキの警告灯も点灯しちゃったりしているのでホント良かったです)
f0056835_12582641.jpg

そして、クルマ組も遅れてスタートしたワケですが・・・。
僕は、クマピョンさんの、RS60スパイダーのステアリングを、握らさせて頂きました。

クマピョンさんに・・・。
『セイウチさんのと比べてどうですか?』
と後で聞かれましたが・・・。

僕と同じクルマであっても、最後に乗ったのが、3月20日(南房総ツー)なので、もう忘れてしまっています。
(忘れてしまったのは、細かなタッチとかなので、同じクルマにしか思えなかったのです)

だから、僕には・・・。
「きっと同じなんじゃないの・・」
・・・としか答えられなくって、幸運にも色々なクルマのステアリングを、握らさせて頂いている、そんな僕としては、なんか、とても恥ずかしく、感じてしまいました。

ただ、自分を弁護するのが、許されるならば・・・。
(3月20以降の)ここ数週間あまりの期間に限っても、(それなりの走行距離で)ステアリングを握らさせて頂いた、アルファロメオ8Cや、F430や、F40や、そして試乗距離は数十キロと、短めではあったけれど、アウディーR8や、(更に短い試乗距離ではあったけれど)993RSなどのドライビングフィールは、今でも鮮明に覚えてはいます。

(アルファロメオ8C)
f0056835_1259372.jpg

(F430)
f0056835_12593173.jpg

(F40)
f0056835_12595153.jpg

そして、ここ数週間あまりの僕は・・・。
自分のクルマとしては・・・ワーゲン・ポルシェ914、930カレラ、旧めのメルセデス、旧めのゴルフ、旧めの英国車と・・・旧めのクルマばかりに、乗って生活しています。

自己弁護が許されるならば、ここ数週間で、ステアリングを握ったのは、どれも・これものドライビングフィールが、とても個性的で(旧車の大衆車は今と成ってはという意味です)、記憶に残そうとは思わなくても、記憶に残ってしまうという、そんなクルマばかりに成るのカモしれません。

だからといって・・・。
RS60スパイダーが、個性的でないと言っているワケではありません。
全てにおいて万能に近く、運転していて、不自由と感じる部分が皆無に近いという、そんな素晴らしいクルマだと、僕的には思っています。

今の僕の・・・。
マイブームは、カニ目なのですが・・・。
f0056835_1302656.jpg

同じオープンカーでありながら、ボクスターとカニ目では、所有した時の、その不自由さが大きく違うと思っています。

どちらが好みかは、別の問題で・・・。
何ひとつとして、不自由に感じない、そんな素晴らしいクルマに乗っていると、いたるところが、不自由に感じる、そんなクルマに惹かれて、そんな不自由なクルマと一緒に生活をしていると、何ひとつとして、不自由に感じない、そんな素晴らしいクルマに惹かれると、僕の今まででのカーライフは、このことの繰り返しと言っても、過言ではありません。

ただ、クルマを何台か並べて、同時に乗り比べたりすると、不自由なクルマの印象が、強く残るというのは、偽らざる僕の心境ではあります。

僕の特徴ではありますが・・・。
話が、大きく脱線して来ましたね。

話は戻って、自転車です。
カレー屋さんAfganまでは、15キロほどあって、その殆どが登りの道です。

僕も、自転車に時々乗りますが、僕は平坦地で、10キロも走れば、限界を感じて来てしまう、そんな人です。

自分には、絶対不可能なことが、出来てしまう、そんな人達に、僕は、とても惹かれます。
そんな僕なので・・・。
「Team900R」様の皆さまと、一緒に走らさせて頂きました。

ここからは、その時の、写真を載せさせて頂きます。

こんなふ~に、登り坂を走って行きます。
f0056835_131646.jpg

こんな急な登り坂も走って行きます。
f0056835_1312633.jpg

ペダルを踏む足を緩めたら、戻って行ってしまいそうです。
f0056835_1314789.jpg

あと、もう少しだけ頑張れば・・・。
下りになるよ・・・。
と思ったけれど・・・。
f0056835_1321167.jpg

下ってしまえば・・・。
その分だけ、また登り直さなければ・・・。
標高差がある、目的地は到着しないワケで・・・。
ホントは・・・。
急な下りなんかは、無い方が良いのではないかと・・・。
思えて来たりして・・・。
f0056835_1323311.jpg

なんとなく・・・。
途中で、僕だけ自転車で走っていないことが・・・。
とても申し訳なく感じて来てしまうと同時に・・・。
なんとなく・・・。
自分が、とてもチッポケな奴に感じて来てしまい・・・。
「お前も頑張れよ!」
と、もう1人の自分が叱っているようでした。
f0056835_133410.jpg

とても苦しいのでしょうが・・・。
僕の顔を見ると・・・。
こんな素敵な笑顔で応えてくれます。
f0056835_1332636.jpg

ホントに・・・。
ナント素敵な人達なのでしょう!
f0056835_133452.jpg

そして、自転車組もクルマ組も、無事にAfganに到着しました。
f0056835_134412.jpg

ダイエット中の僕は・・・。
先ずサラダでお腹を膨らませて・・・。
チキンカレーのライスは、最小にしてと・・・。
f0056835_1343074.jpg

そして・・・。
育ち盛りのクマピョンさんは、ベーコンエッグカレーで・・・。
ライスも、最大にしてと・・・。
f0056835_135590.jpg

こうして、自転車組とクルマ組は、仲良くカレーを楽しみました。
その後・・・。
僕等は、牧場へ向かってと、また新たに、走り出したワケですが・・・。

駐車場(駐輪場)に停めてあった、自転車が・・・。
僕には・・・。
「もう走りたくないよ!」
と言っているように聞こえてしまうのだけれど・・・。

「Team900R」 様の皆さまには・・・。
「もっと走りたいよ!」
と言っているように聞こえるようで・・・。

この前向きな受け取り方こそが、「Team900R」 の魅力なんじないかと・・・。
後ろめたい気持ちで満ち溢れている、そんな僕には思えたのでした。
f0056835_1375726.jpg

この日、勇気と感動を与えてくださった「Team900R」 の皆さま。
どうもありがとうございました!
f0056835_1382356.jpg

そして・・・。
この日、ご一緒してくださった皆さま。
楽しい1日を、どうもありがとうございました!
(ダイエットの神様、ゴメンナサイ。ソフトクリーム食べてしまいました)
f0056835_13879.jpg

そして、最後に。
某氏に勧められて、こんな本を読みました。

何ひとつとして、不自由なく生活を送っていても、独り暮らしに憧れる・・・。
自由だと感じると、不自由に成りたいと憧れるワケで・・・。
人間って、とても不自由な生き物のようではありますね・・・。
f0056835_1384724.jpg

何ひとつとして不自由のない、そんなクルマに乗っていると、少しばかり不自由なクルマに憧れるという、そんな僕と、この本の因果関係は見つけられずで、チョットばかり安心したのでありました(笑)

追伸
昼休み時間の40分投稿なので、文章メチャメチャだと思いますが、文章メチャメチャなのは、いつもの如くでしたね(笑)

by seiuchi-porsche9 | 2009-04-15 13:04 | オフ会 ツーリング
2008年 11月 28日

カレーとドカログ・・・そしてM5とパナメーラ!

小雨降る雨の木曜日・・・。
早い話が今日なのですが、もはや恒例になりつつある、カレーを食べに行って参りました。

今回は、月末が間近ということもあって・・・。
DENさん(M5)、nyrさん(986)、cyu-kinさん(RS4)、そして僕(987)の4台でした。
(Mokuさんも、集合場所まで、お見送りに来てくださいました)

八ヶ岳は、紅葉も終わりを告げていて、外気温3度という寒さではありましたが、平日ということもあって、渋滞もなく、とても楽しめました。
f0056835_0474670.jpg

そして、いざカレーを食べたワケなのですが・・・。

ルーをかけてからの、写真を撮り忘れたので、この写真だと、ベーコン(ハムに見えますが、このお店での呼称はベーコンなのです)と、目玉焼きという感じになってしまいました。
f0056835_048520.jpg

ここのお店では、牛のほほ肉、牛肉、豚肉、鳥肉、茄子、キノコ、ベーコン、ソーセジ・・・などの11種類のカレーがあります。
僕は、この11種類を、いつの日にかには、全て制覇しようと思っているので、11回は行こうと思っています。
(因みに1回目は牛ほほ肉、2回目は豚肉、そして3回目の今回はベーコン&エッグです)

今回も、とても美味しゅうございました!
cyu-kinさん、御馳走さまでした!!
次回もヨロシクお願いいたします!!!(笑)

そして・・・。
f0056835_0482538.jpg

嬉しいことに、DENさんの御好意で、M5のステアリングを握らさせて頂きました。
f0056835_0484196.jpg

僕は旧い人間ですから、初代5シリーズと比較すると、現在の5シリーズは、初代7シリーズと同じぐらいの大きさに感じるのですが、5シリーズのハイエンドモデルだけあって、このM5は、僕に運転させてくれる喜びを与えてくれました。

子供も大きく成長し、仕事の場でも、お客さまに、後部座席に乗って頂く、そんな機会もめっきり減って来てしまったというのが、最近の僕の現況です。

そんな今の僕には、こういった、M5のような4枚ドアーの、大きめの3ボックスのクルマの使い道が、チョットばかり見当たらないワケですが、およそ1年ぶりにステアリングを握った、このM5は、やっぱり、こういった大きめの4枚ドアーのクルマも、魅力的だな~あと、忘れかけていた、そんな僕の心を、チョットばかり、大きめに揺すぶったというのが、正直な感想ではあります。

今の僕には、用途が見つからないと言えば・・・。
そんなクルマに該当しそうな、パナメーラが、ポルシェから登場しました。

ポルシェという自動車メーカーを、その出発時からの歴史を思い浮かべれば、ポルシェという自動車メーカーは、決してスポーツカーだけを生み出していた、そんな自動車メーカーではありません。

でも、僕にとってのクルマの原点は、僕が小さい頃に憧れた、そんなクルマにあるワケで、904や906を筆頭に、ナロー、そして、その延長としての930と、僕が憧れたポルシェは、そんなスポーツカーばかりでした。

そんなふ~に、僕が憧れ続けたポルシェは、僕にとっては、どれも・これもが、とても高額なスポーツカーで、憧れの世界でしか有り得ませんでした。

そんな僕が、大学生という立場も、バイトで稼いではいたと言っても、全く身の丈も考えずに、思いっきり背伸びをして買ってしまったのは、プアーマンズ・ポルシェと呼ばれた、ワーゲン・ポルシェ914でした。

僕は、ワーゲン・ポルシェ914との生活を、大学4年の時に始めたワケですが、プアーマンズ・ポルシェと呼ばれようと、僕の中では、これは、これで、立派なスポーツカーでした。

それ以来、僕の中では、ポルシェという自動車メーカーは、スポーツカーを作る、そんな自動車メーカーという、そんな仕分けになっていました。

そんな僕は、911シリーズが、98年に、空冷993から、水冷996に、モデルチェンジをした時にも、本心では認めたくなかったけれど、これも正常進化と、受けとめようと、そんな努力をしたりしました。

そして、実際に996を購入して、これも、やっぱりポルシェと、自分自身を認めさせたワケですが、カイエンオーナー様には、申し訳ございませんが、カイエンが登場した時に、僕の中でのポルシェという自動車メーカーは、チョットばかり、音を立てて崩れ去りました。

それは、カイエンをスポーツカーとは認めたくないという、そんな自分の感情が、そうさせたのだと思っています。

でも、でもなんです。
僕が認めたくなかった、そんなデビュー直後の、カイエンのステアリングを握ってしまうと、ポルシェという自動車メーカーは、やっぱり凄いな~あと、そんなふ~に僕は思ってしまったワケなんです。

僕は、このカイエンがデビューした時に、ポルシェという自動車メーカーは、もう何を作っても、怒らないし、好き勝手にやっておくれと、僕は白旗を掲げてしまったワケです。

選ぶ言葉が大きく間違っているのカモしれませんが、僕的には、カイエンが販売されてからは、もう何でも許してしまえと、いや、許すしかない、そんな自動車メーカーになっています。

裏を返せば、素のカイエンにしろ、カイエンSにしろ、カイエンターボにしろ、最近のカイエンGTSにしろ、いざステアリングを握ってしまうと、そんな気持ちに成らざるを得ないほど、僕を楽しまさてくれたというワケです。

そんなふ~に変身してしまった、そんな今の僕には、パナメーラには、とても興味が湧いています。
これは、スポーツカーとは思ってもいませんが、これはポルシェだと、きっと思える、そんなクルマと、そんな自分を想像しています。

僕は、ランボには、このカテゴリーのクルマを作って欲しくなかったけれど、ポルシェは、カイエン以降は、もう何でも有りで良いと思っているので、パナメーラには、興味津津でいます。

BMWのMの味付け色があるのか、メルセデスのAMGの味付け色があるのか、僕には想像も付きませんが、僕はポルシェ味付け色がある、そんなクルマが、パナメーラなのではないのかと、思っていたりしています。
いや、願っていますというのが、本心なのです。

いずれにせよ、パナメーラの登場により、興味の矛先が、スポーツカーと旧車、この2つのカテゴリーだけという、そんな偏食気味だった、我がクルマ趣味も、3ボックスの大きめのクルマという、そんなカテゴリーが、増えそうでもあります。

僕の中では、BMWにしろ、メルセデスにしろ、現在市販されている、どの車種にしろ、もうトンデモナイほど完成した、そんなクルマに思えています。

ただ1部の車種を除いて、決してスポーツカーというカテゴリーでないと思っているので、ポルシェと比較するクルマがないと思っています。
それが、パナメーラの登場で、僕的には、乗り比べという新たな楽しみが生まれそうで、とても嬉しいワケです。

個人的なことになりますが、僕は、ポルシェを乗り始めてから、30年以上経ちましたが、長く生きて来た、そんな結果として、BMWとメルセデスには、28年ほど、乗り継いで現在に至っています。

今回、DENさんにお借りした、このM5には、僕が感じている、僕が知っている、あのBMWらしさが、沢山漂っていました。
今の僕は、Mシリーズか7シリーズのステアリングを握ると、BMWらしさを感じて、メルセデスはSクラスのステアリングを握ると、メルセデスらしさを感じるという、そんな人になります。

僕の中では、メルセデスのAMGは、僕の知っている過去のメルセデスの系列の中で、結びつくものが浮かばないので、AMGはメルセデスの中で、その車種の最高のスポーツバージョンという位置づけになっています。
(350SE6.9をリアルタイムで経験していたら、また違った感想を抱いている、そんな自分が居るような気がしていますが・・・)

対する、BMWの中のMシリーズは、僕が若かりし頃に感じていた、あのBMWが、そんな香りが漂っている、そんなクルマに思えています。

僕のようにオジンに成って来ると、もう30年以上も、クルマを運転してしまっているワケで、BMWとは、こんな感じのクルマで、メルセデスとは、こんな感じのクルマ、そしてジャガーとは、こんな感じのクルマと、昔・昔のその昔に思い込んでしまった、そんな感情の上にしか、そのクルマの感じ方を、構築することしか出来なくなっています。

悲しいかな!と思っても、それほど70年代までの、各自動車メーカーのクルマの味付けは、とても濃かったというワケで、その味付けを忘れようとしても、もう無理だという、そんな悲しいことになっているみたいです。

そういう意味では、パナメーラは、過去の感じ方が存在しないワケで、僕にとっては、過去のシガラミガない、そんなクルマになるワケで、とても興味が惹かれるというワケなのです。

いずれにせよ、僕は、最新のM5のステアリングを握りながら、速さこそ大きく違えど、この感じこそと、遠い昔の初代7シリーズ(E23)にあった、745iA(ターボモデル)なんかの乗り味を、思い出したりしていたのでした。
そんなワケで、やっぱり、M5は素晴らしいクルマでありました。

DENさん、とても楽しく運転させて頂きました。
どうもありがとうございました!
(ソフトクリームも御馳走さまでした)

今回のカレーオフには、nyrさんご夫婦が、神戸から、はるばる来てくださいました。
今回は、僕に会いに来てくれたワケですが(嘘笑)、こんな素晴らしい特技まで、お披露目してくださいました。



こうして楽しい一日は、あーっという間に過ぎ去って行きました。
この日、ご一緒だった皆さま、楽しいひと時をありがとうございました!
(nyrさん続きのドライブ楽しんで来てくださいね)

そして、最後に・・・。
エキサイトブログの動画である、ドガログが終了すると、nyrさんから、お聞きしました。

僕は、このドカログを、今年の6月から利用させて頂いています。
この6ヶ月あまりの期間に投稿した動画が、間もなく見れなくなってしまうということのようです。

今までに、視聴して頂いた(全ての動画の)述べ回数が、30万回を超えていることに、今日気付きました。
こんなに沢山の方々に見て頂いていたとは・・・。
嬉しような、恥ずかしような、そんな気持ちでおりますが、どうもありがとうございました。

間もなく見えなくなってしまう、ドガログということなので、自分に記憶を残すこともあって、視聴回数の上位を載せさせて頂きます。
(僕は移行保存しないつもりですので)

1位。
伊豆ツーリング(7月)


2位。
歴代の911(9月のツーリング)


3位。
カイエンターボで鈴鹿サーキット(5月ポルシェパレード)


4位。
のとじま水族館(8月)


5位。
ポルシェ993RSとワーゲンポルシェ914(7月・芦有にて)


6位。
ボクスター40台同時幌閉め!(10月・全僕祭)


7位。
ボクスター&ボクスター!(10月・全僕祭)


8位。
オーバルレッスン(10月ユイ)


飛んで14位ですが・・・。
思い出多き伊豆ツーリング(11月)


今まで、動画を見てくださった皆さま、どうもありがとうございました。

by seiuchi-porsche9 | 2008-11-28 00:49 | オフ会 ツーリング
2008年 01月 05日

謹賀新年 (BACK TO THE BASIC!)

明けましておめでとうございます。
f0056835_1412917.jpg

旧年中は多々とお世話になりました。
本年もよろしくお願いいたします。
f0056835_14132222.jpg

昨年の僕のテーマは、 Do I Still Figure in Your Life でした。
お陰さまで、皆さまの笑顔と共に、楽しい一年間を過ごさせて頂きました。
Do I Still Figure in Your Life という僕のテーマは、今年も継続させて頂くことにしました。

そして、今年の僕は・・・。
こんなことが気になっても・・・。
f0056835_14142015.jpg

こんなことが気になっても・・・。
f0056835_1415923.jpg

今年の僕は、BACK TO THE BASIC というテーマも、ひとつ付け加えさせて頂くことに決めました。
僕が22歳だった頃・・・・。
f0056835_141623.jpg

20歳だったのでしたね・・・。
f0056835_14171766.jpg

当時と、なにひとつとして、変わらない自分なのに・・・。
f0056835_1418585.jpg

息子は大学1年になりました・・・。
f0056835_1419029.jpg

そして・・・。
f0056835_14194116.jpg

さらに・・・。
f0056835_14215473.jpg

そんな僕は、今年もリビエラ仮面になって・・・。
f0056835_1424152.jpg

皆さまの笑顔と共に、頑張って行こうと思っております。

そして、気がつけば・・・。
なんと人生最大値になってしまった、お腹周りを、どうにかするのが、今年の目標です。
f0056835_14224640.jpg

こんな僕なのですが・・・。
本年も、どうぞ宜しくお願いいたします。


追伸
年末から年始にかけて、外出しておりました。
皆さまへの新年のご挨拶が遅れてしまい深くお詫び申し上げます。

by seiuchi-porsche9 | 2008-01-05 14:24 | ウォラス walrus
2006年 09月 14日

Paranoidその④(君に薔薇薔薇と…いう感じ! )

前回も、こんなことを書きました。

クルマは壊れて、自分の思い通りにならないものだと思って来ました。
自分の思い通りにならなくて、時として、ご機嫌をそこねるのが、クルマの魅力だと思って来ました。
オーバーヒートと、エンジンブレーキという、自動車用語を子供の頃に、自然に覚えたとも書きました。

日産チェリーGL1000の次に、オーバーヒートの思い出が多いクルマは、BMW320iAです。
僕のBMW320iAは、記憶では79年式です。
f0056835_1536167.jpg

BMWの当時のインポーターは、BMWジャパンではなく、バルコム・トレイディングでした。

3シリーズ、5シリーズ、6シリーズ、7シリーズと、全てのシリーズが、正規物としてバルコム・トレイディングが、輸入していました。

ただ、3シリーズに限っては4発しか正規輸入されていませんでした。
従って、僕のBMW320iAは、4気筒でした。

当時の憬れは、なんといっても、BMW633CSiAでしたが・・・・。
(画像は、635CSi)
f0056835_1541420.jpg

僕は、BMW2002Tiiや、BMW2002ターボのように、小さめなボディーに、パワーのあるエンジンを載せたBMWも大好きでした。
当時の3シリーズで、一番パワーがあったのは、6発を搭載していたBMW323iAでしたが、正規輸入はされていませんでした。

パワーと希少性の輸入車は、並行物で占められていた時代のお話なのですが、正規物も、79年で、BMW320iAの輸入を中断し、BMW318iAの輸入に入れ替わりました。

こうなると、正規物の中での、存在価値が出てきたので、ニンマリした記憶があります。

ボクスター987Sのエンジンが、3.2から、3.4へ変更されましたが、仮に、3.4から、3.2へ変更された場合には、現987Sオーナーが、ニンマリしたことでしょう。

そんな有り得ないことが、輸入もとの都合ながら、実際に起きていた時代でした。

現行で購入出来るクルマより、前モデルの方が、パワーと排気量で勝っている場合の、前モデルの中古車相場は、高値安定するハズと読んで、購入したクルマが、BMW320iAでした。
購入動機は、とても不純なのですが、BMWは10数台乗り継いでいるので、大好きなメーカーであることに間違いはないところです。

今でも、小さめなボディーに、パワーのあるエンジンを載せたBMWが大好きです。
願わくは、M3よ、これ以上大きく成らないで!です。
大きく成らないでは、ポルシェ911も含めて、全車種共通でしたね。

僕の、79年式MW320iAは、オーバーヒートという、持病を抱えていました。
当時は、熱海や、伊豆高原に行くことが多かったので、真鶴道路や、135号線を、利用していました。

オンシーズンの真鶴道路は、脇道の旧道を含めて、渋滞するのは、今も昔も同じです。

79年式MW320iAは、滅多なことでは、オーバーヒートなどしないのですが、炎天下での渋滞では、30分ほどで悲鳴をあげるクルマでした。

僕が、渋滞と称するものは、関東の人が指す渋滞になります。

大阪や、名古屋に、お邪魔して、いつも思うことがあります。
大阪や名古屋で見かける、道路交通情報の渋滞表示とは、関東人にとってみれば、渋滞という言葉には当てはまらず、やや流れのよくない道路といった感じに映ります。

ETCの利用に関しても、地域差を感じることがあります。

大阪や、神戸でしか経験したことがないので、名古屋や、他の地域がどうなっているのかまでは、判りませんが・・・。
首都高速道路や、東京近郊を走る有料環状線は、深夜割引や、通勤割引等の割引があった場合には、こうなります。

それは、初めに、ETCゲートを通過した時点で、割引された料金が、表示されます。
つまり、通用の料金が700円で、深夜割引が560円だとすると、ETCゲートに入った時の表示金額が、560円になっているということです。
最初の徴収金額は、割引後の560円になっているということです。
これは、関東の人から見れば、当然のことと受け止めるでしょう。

大阪の高速環状線(こんな名前でしたっけ?)を利用して、驚いたことがありました。

判り易いので、東京と料金を同じ700円で、考えてみてください。
通常料金が700円で、割引後の料金が560円という仮定で書いてみます。

それは、ETCゲートに、最初に入った時には、通常料金700円で徴収されます。
実際には、大阪や神戸の道路に、どんな割引があるのか、僕は判っていないので、ETCを最初に通過する時の表示金額が、700円であっても、560円であっても、よく判っていません。

反対にいえば、関西の人が、首都高速のETCゲートを通過して、その表示金額が560円であっても、何も気付かないことと同じでしょう。

神戸や、大阪で、経験したことは、ETCで料金を徴収されてから、暫く走行していると、ハッキリした言葉の記憶がないのですが・・・。
『140円の戻しです』
とか、
『140円のお返しです』
とか、そんなことを、ETC本体が告げることでした。

ETC本体が、
『料金は●▲■円です』
としか喋ることしか知らない僕にとっては、
『●▲■円戻します』とか『●▲■円のお返しです』
とか、喋られてしまうと、これは大好きな、お店屋さんゴッコと同じです。

最初に、ETCゲートを通過する時に、
『700円のお預かりです』
とか喋ってくれたら、
『●▲■円戻します』
とか
『●▲■円のお返しです』
とかが、凄く判り易いのにと、思ってしまいました。

79年式MW320iAの話題から、外れたついでにもうひとつです。

エスカレーターを利用するときに、東京では左側に立ちます。
左側に立ち、右側を空けておき、右側は階段と同じように、エスカレーターの段を登って行く人が使用します。

大阪は、東京とは全く反対で、右側に立ち、左側を空けてあります。
つまり、右側に立ち、左側を空けておき、左側は階段と同じように、エスカレーターの段を登って行く人が使用します。


東京と大、阪という、東西の横綱では、こんなにも色々と違うのだと、驚くことがしばしばあります。

そうなると、東京と大阪の間にある名古屋は、どうなっているのだろう?
僕の興味は尽きません。

僕の想像では、名古屋は、位置的に、大阪よりなので、大阪流なのではないかでした。
つまり、右側に立ち、左側を空けておき、左側は階段と同じように、エスカレーターの段を登って行く人が使用します。

今春、念願かなって、名古屋の松坂屋のエスカレーターに乗りました。

そこで、目にした光景は、左右バラバラでした!

これは、僕にとっては、予想を反するという大好きな出来事で、名古屋も更に好きになってしまいました。
ETCの料金徴収方法も、名古屋流があるのかと、僕の興味は尽きることを知りません。

エスカレーターの使用方法も、大阪と名古屋の中間にある京都では、どうなっているのでしょうか?
こちらも、知りたくって仕方がないところです。

僕は、こうして、余談ばかりで話の進展がない人です。

伊豆は渋滞する→東京の渋滞→大阪・名古屋の渋滞→ETC→エスカレーターですからね(笑)

話は戻って・・・。
79年式MW320iAは、滅多なことでは、オーバーヒートはしないのですが、炎天下での渋滞では、30分ほどで悲鳴をあげるクルマでした。

79年式MW320iAは、日産チェリーGL1000と同じように、渋滞に巻き込まれると、水温計の針は120度以上にあっていう間になります。

ただ、79年式MW320iAが、日産チェリーGL1000と、大きく違っていたのは、炎天下の時以外は、オーバーヒートはしなかったという点です。

言い換えると、日産チェリーGL1000は、真冬の凍てつく寒さの中でも、渋滞に遭遇すれば、ラジエーターから噴出していたワケです。
僕が経験した、オーバーヒートのクルマとして、日産チェリーGL1000を、一番最初に取り上げたのは、オールシーズン・オーバーヒートなクルマだったからです。

79年式MW320iAが、日産チェリーGL1000と、大きく違っていた点が、もうひとつありました。

それは、日産チェリーGL1000で極めたハズの、水温計が120度まで上がるギリギリまでは我慢して、120度を過ぎたら、渋滞している道路から、一目散で脇道に入り、一目散で空いている道路を捜して、一目散で100キロ以上出すという、一目散だらけの解決方法が有効ではありませんでした。

そもそも、伊豆の真鶴道路や、135号線には、100キロ以上を出せる脇道もないのですが、他の場所で渋滞に巻き込まれた時に、試みてもダメでした。

100キロ以上で数分間でなく、10分近く走行すると、水温計は下がってきます。
ラジエーター本体の温度を、フロントグリルの隙間から入ってくる強風で、一気に冷やす方法が効果がないということは、79年式MW320iAのラジエーターの設置場所が、高温多湿な地域には適していないということになるのだと、僕は想像しました。

これを解決する方法で一番簡単のことは、強制ファンの装着です。

しかしながら、MW320iAには、強制ファンが装着されているし、オーバーヒートしている時には、強制ファンは全開で回っています。

僕は、こうした自分の些少な知識でも解決出来そうな場合に限っては、自分で試し続けるということに、喜びを感じます。

真夏の日中に、ビニール製のパイプ車庫の中に、MW320iAを入れて、エンジンを高回転で保ちました。
暫くするとオーバーヒートが始まりました。
次に、ビニール製のパイプ車庫の中から、MW320iAを外に出しました。

エンジンはかけたままなので、オーバーヒートの状態を保っています。

工場内等で使用されている、大きな扇風機を用意して、MW320iAのフロントグリルに、風を当てました。
100キロ以上のスピードで、効果がなかったのと同じように、大きな扇風機でも水温は下がりませんでした。

ボンネットを開けて、エンジンルームを覗いてみました。

その時に、ふと、あることに気付きました。
強制ファンは、フロントグリル側ではなく、エンジンルーム側に付いていることでした。

これは、単純なことで、強制ファンとは、その場所に付いていて当たり前のことなのですが、その時には、アメリカ大陸を発見したコロンブスのように、新たな発見に思えたのでした。

水温がある一定の温度に上がると、強制ファンが回りだします。
サーモスイッチが、壊れたりすると、強制ファンは回らなくなったりしますが、僕自身がサーモスイッチに成れば、解決の糸口が見えてくるような気がしました。

室内に、強制ファンを回す、強制スイッチを増設しようと思いつきました。

僕は、ここまでの人で、その後の作業は、いつも、御世話になっている整備工場です。

室内に、強制ファンを回す、強制スイッチを増設して、オーバーヒート防止の効果があるのかは、判りません。
でも、自分で思いついたことの、結果を知りたいという気持ちで一杯です。
自分の思いついたことですので、強制スイッチ増設という、多少の出費はあっても、後悔だけはしません。

果たして、その結果とは・・・・。

ものの見事に失敗しました!

完璧なまでに打ちのめされた敗北ではなく、左右で多少のジャブを出し続けたけれど、ストレート一発で決められてしまった・・・こんな結果でした。
つまり、強制ファンを回す、強制スイッチを早めに入れておくと、オーバーヒートするまでの時間が、多少は稼げるように変化しただけでした。

ラジエーター容量の増設は、ラジエーターの交換になるので、僕の眼中には最初からありませんでした。

強制ファンを回しても、何故、オーバーヒートするのだろうか?
そのことについて、今度は考えてみました。
エンジンルーム内で熱くなった空気を巡回させて、回し続けていつからではないか?と、僕は思い始めました。

僕は、凝りもせずに、また、真夏の日中に、ビニール製のパイプ車庫の中に、MW320iAを入れて、エンジンを高回転で保ちました。
暫くするとオーバーヒートが始まりました。
次に、ビニール製のパイプ車庫の中から、MW320iAを外に出しました。
エンジンはかけたままなので、オーバーヒートの状態を保っています。
工場内等で使用されている、大きな扇風機を用意しました。
ここまでは、前回と同じです。

この大きな扇風機の風を、MW320iAのフロントグリルに当てるのではなく、強制ファンが回っているエンジンルームに向けました。

水温計は、みるみるうちに、下がり続けました。
MW320iAのオーバーヒートの原因が、僕なりに見つけ出せました。

僕の、次なる発想は、強制ファンに風を送る小型扇風機を、エンジンルーム内に設置しようでした。
小型扇風機は、当時のトラックの室内に置いてあるようなものだったので、いつも御世話になっている整備工場に行けば、どうにかなるだろうと思っていました。

いつも御世話になっている整備工場のオヤジさん(今もバリバリの現役です)に、小型扇風機をエンジンルームに増設してと、頼みました。

『そんな場合は、プロペラの枚数を増やせばいいじゃ~あん!』

プロペラの枚数を増やすとは、強制ファンとして使用されている羽根の枚数を増やすということです。

『・・・・・・』
無言のまま、立ちつくす僕に、
『プロペラの枚数を増やす場合でも、強制スイッチはあったほうが良いので、無駄なことしていないからね。』
僕が、今でも御世話になっている、整備工場のオヤジさんとは、こんな人です。

僕のクルマに関する些少の知識で、僕を最大限に遊ばせてくれるオヤジさんです。

メルセデスやBMW、ポルシェといったディラーがあるクルマに関しては、僕はディラーの整備工場に修理を出しています。

旧車や、ディラーでは手に負えなくなったクルマの修理は、このオヤジさんのいる整備工場に御世話になっています。
つまり、僕のクルマの駆け込み寺です。

僕のポルシェセンターの担当メカが見学に行ったほど、不思議な魅力がある人です。

存在しないパーツは作ればいい・・・今では、とても貴重な人です。

正規物のBMWを購入して、オーバーヒートで苦労する。
こんな楽しかった時代は、遠い昔のことです。

何度も書きますが・・。
クルマは壊れて、自分の思い通りにならないものだと思って来ました。
自分の思い通りにならなくて、時として、ご機嫌をそこねるのが、クルマの魅力だと思って来ました。

輸入車が壊れなくなったのは、ここ10数年です。

この20年間で、僕の中で一番壊れたクルマの思い出とは・・・・。
次は、このクルマについて書いてみようと思っています。

多分、皆さまの想像通りのクルマではないかと思っています。

by seiuchi-porsche9 | 2006-09-14 15:57 | 遍歴
2006年 09月 10日

Paranoidその②(情熱☆熱風■せれなーで! )

前回は、こんなことを書きました。

クルマは壊れて、自分の思い通りにならないものだと思って来ました。
自分の思い通りにならなくて、時として、ご機嫌をそこねるのが、クルマの魅力だと思って来ました。
オーバーヒートと、エンジンブレーキという、自動車用語を子供の頃に、自然に覚えたとも書きました。

18歳で免許を取得した僕は、オーバーヒートという事態を、何度ともなく経験してきました。
最初の経験は、父の会社にあった日産チェリーGL1000でした。
日産チェリーは、チェリー・クーペ・X-1が、名車として今でも有名です。
f0056835_14315173.jpg

チェリー・クーペ・X1の上級車種には、リベット留めのオーバーフェンダーが、標準装備された、チェリー・クーペ・X-1Rというものがありました。

この日産チェリー・クーペ・X-1Rとは、チョットした縁があって1ケ月ほど乗っていました。
1ケ月という短い付き合いだった理由は、斜め後方の視界が悪いどころか、視界ゼロと言ったほうが判り易いような視界の悪さからでした。

独特のクーペ形状のスタイルに加えて、更に悪いことには、その日産チェリー・クーペ・X-1Rには、新車オプションにあった、大きなバイザーが、リアガラスの全面に取り付けられていました。

このクルマのリアガラスは、大きくて、そして勾配も強く、ほぼフラットというものでした。
そのリアガラスに、ブラインドのような黒いバイザーが取り付けられていました。

ドライバースシートに座って、後方で確認出来るものは、リアガラスに取り付けられた、黒いバイザーのスリットの隙間から、垣間見れるものが、後方視界の全てという感じでした。

リアガラスの縦方向の寸法が小さく、後方の視界が良くないクルマは沢山あります。

当時の僕の経験の範囲だけですが、ロータス・ヨーロッパも。後方の視界が良くないクルマでした。

僕が譲って頂いたロータス・ヨーロッパは、ルーフの前方に小さな四角い穴が開けてあり、その四角い穴に潜望鏡が取り付けられていました。
前オーナーが、47GTを真似して、色々と改造してありましたが、今の資料では潜望鏡は見当たりません。
このロータス・ヨーロッパは、とても楽しいクルマであったと同時に、楽しいほど壊れました。
f0056835_14474127.jpg

この潜望鏡は、ルーフに取り付けられたミラーに映る後方の視界を、室内のミラーに反射させて、映し出すという原始的な方法でした。
でも、今後、ロータス・ヨーロッパを手にするようなことが、仮にあったとしたら、真っ先にイジッテしまいそうなくらい、お気に入りでした。

ランボルギーニ・ガヤルドのリアガラスの高さが、あと5センチほどあったら、現在市販されているスポーツカーの中で、僕の理想のスポーツカーの首位に躍り出てくることは、間違いがないことだと思っています。
僕は、それほどまでに、ランボルギーニ・ガヤルドは気にいっています。

ランボルギーニ・ガヤルドは、親友M君の黄色のガヤルドを、かなり運転させて貰っているので、次の機会にでも、大好きな、ランボルギーニ・ガヤルドについて、触れてみようと思っています。
(実は、5月に行った、p96993rsさんの993RS、M君のガヤルド、僕の996初期型GT3の乗り比べについて、今だに書いていません。もう9月ですね!)
f0056835_1543061.jpg

チェリー・クーペ・X-1Rのリアガラスは、ドライバーズシートから離れたところにあります。

ストラットが入って、視界がよくないリアガラスが、ドライバーズシートから離れたところにあるという状況は、ミッドシップのように、高さがないリアガラスを、ドラーバーズシートに近い後方に設置されている状況よりも、後方の視界は悪くなります。

住宅の窓ガラスに取り付けられたブラインドの、その隙間は近くで見た時と、離れてみた時とでの、透視度は大幅に違います。
それと、同じ現象が、クルマのリアガラスでも起こるワケです。

更に、チェリー・クーペ・X-1Rは、リアガラスの傾斜が緩いので、水はけは良くなく、汚れ易くと・・・後方の視界に関してだけは、絶望的なクルマとして思い出に残っています。
こんなことならば、思い切って黒いバイザーを取り外して、乗っていたらと、凄く後悔しています。

チェリークーペ・X-1Rのエンジンは、日産自動車の名機A12搭載車です。
現代の前輪駆動からは、想像も出来ないような、もっと荒々しい前輪駆動特有のクルマなのですが、フロントタイヤをキューとホイールスピーンさせて、スタートして行く、あの感覚は、今、思い出しても、ゾックとする最高のものでした。

最近は、チョット走っただけで、FFだと判るクルマがなくなってしまいました。

それは、FFというクルマに対する自動車技術の進歩ということなのでしょうが、100馬力もないエンジンで、1トンにも満たない軽めのボディーを、フロントタイヤでグングンと引っ張っていく、あのFRとは、全く別物の感覚を与えてくれた、こんなFFのクルマがあった時代を知っていることは、とても嬉しいことだと思っています。

アルファロメオ147GTAは、僕が大好きだったFFらしさが、今だに漂っているクルマだと思っています。

アルファロメオ147GTAは、往年のFRでないアルファロメオなので、本来ならば、僕の好みとするアルファロメオとは、異なっています。
それでも、アルファロメオ147GTAのステアリングを握るのが楽しくって仕方がないのは、僕の意に叶ったFFのクルマだからです。

アルファロメオ147GTAのステアリングを握り、フル加速します。
シフトアップした瞬間に、ステアリングの握りを緩めると、一瞬何処に飛んで行くのかが判らなくなります。
アルファロメオ147GTAの、あの感覚が、僕の心をくすぐり続けています。

アルファロメオ147GTAのエンジンは、フロントタイヤより前方ぎみに重心があります。
つまりエンジンが、フロント・オーバーハングして載せられています。
フロントが重くて、リアが軽めという、判り易い仕組みです。

僕は、アルファロメオ147GTAを、バックギアに入れて、フル加速をしたことが、何度かあります。
アルファロメオ147GTAを、バックで逆さまに走れば、往年の空冷911の走りに似ているのではないかと、試してみたのですが・・・バック走行では、判りませんでした。
こういう遊びが、僕は大好きなのですが、アルファロメオ147GTAは、往年の空冷911を逆さまに走らさせたクルマだと、今でも思っています。
f0056835_15295383.jpg

日産チェリーは、日産自動車で初となる、エンジンが横置きの前輪駆動車でした。

初代チェリーは、1リッターのエンジンと、1.2リッターのエンジンの2本立てで登場しました。
チェリーGL1000は、字の如く、1リッターのエンジンを載せた、2ドアーセダンでした。

僕が乗っていた、チェリーGL1000は新車だったのですが、チョットした渋滞に巻き込まれてしまうと、水温計はどんどんと上がって行き、120度もあっという間に過ぎ、最後には水温計も振り切るというクルマでした。
そのままの状態でいると、ボンネットの先端と、ボンネットと左右のフェンダーの隙間から、白煙が舞い上がります。

ラジエーター内で沸騰した冷却水が、ラジエーターキャップの隙間から溢れ出していて、それが湯気となって、ボンネットの先端と、ボンネットと左右のフェンダーの隙間から、白煙が舞い上がっているように見えるワケです。

強制的に回る電動ファンが付いていても、全く役が立っていないクルマでした。
ラジエーターキャップは、新品に何度となく取り替えましたが、効果はありませんでした。

僕は、このチェリーGL1000を、チョイ乗り用のクルマとして頻繁に使用していました。
何度ものオーバーヒートを経験した僕は、最終的に、このチェリーGL1000の乗り方を極めました。

それは、水温計が120度まで上がるギリギリまでは我慢して、120度を過ぎたら、渋滞している道路から、一目散で脇道に入り、一目散で空いている道路を捜して、一目散で100キロ以上出すという、一目散だらけの解決方法でした。
そして100キロ以上で数分間走ると、水温計の針はだんだんと下がってきます。

ラジエーター本体の温度を、フロントグリルの隙間から入ってくる強風で、一気に冷やすことが、一番の解決策だということを、遅まきながら発見したのでした。
速度が速ければ、速いほど、ラジエーターにあたる風の勢いも増すので、速度は大切でした。

この方法を覚えた僕は、チェリーGL1000に乗っていて、渋滞に巻き込まれるということに、恐怖感を抱かなくなりました。
もう少しで、噴出すという感覚を掴むまでは、何度となく失敗を繰り返しました。
この感覚をマスターすると、水温計が上昇することが、快感にさえ思えてきました。

唯一、とても不便なことがありました。
渋滞している道路から、一目散に脇道に入り、一目散に空いている道路を捜し、一目散に100キロ以上出し、その後の数分間走って辺りを見渡せば、そこは僕の全く知らない場所ばかりということでした。

100キロで3分走れば、5キロ進んでいます。
100キロで5分走れば、8キロ強進んでいます。

渋滞している道路から、一目散に脇道に入って、一目散に空いている方の道路を選択した場合には、間違いなく、渋滞している道路の裏道ではありません。
言い換えれば、渋滞している道路から脇道に入って、混雑している脇道を選択して走って行くと、それが渋滞している道路の裏道となる可能性が高くなります。

僕には、100キロ以上のスピードという、自分へのノルマがあるので、空いている脇道を選択して走っていました。
チェリーGL1000の最高速度は140キロほどだったので、100キロ以上を保つというノルマは、ある意味では、とても楽しいことでした。

唯一、問題だったのは、チェリーGL1000に乗ると、本当に行きたいところには、あまり行けなかったということでした。

何度も書きますが・・。
クルマは壊れて、自分の思い通りにならないものだと思って来ました。
自分の思い通りにならなくて、時として、ご機嫌をそこねるのが、クルマの魅力だと思って来ました。
ですから、僕は今でも、このチェリーGL1000は大好きです。

オーバーヒートで、思い出すクルマとしては、BMW320iもあります。
このBMW320iは、初代の3シーリーズです。

先代にあたる、BMW2002シリーズも、僕の大好きなBMWでした。
BMW2002ターボは、2リッターで170馬力のクルマでした。
ターボチャージャーにインジェクションの組み合わせでした。

BMW2002ターボは、当時の僕の憬れのクルマでした。
全幅が160センチ強で、全長が4メートル強のクルマでした。
オーバーフェンダーを装着していても、13インチのホイールという古いお話しではありますが・・・・。
f0056835_15564714.jpg

BMW2002ターボは、1年ほどしか生産されなかったので、当時でも貴重な車でした。
ケンメリのスカイラインGTRも、同じ意味での貴重車ですが、生産台数が少ないということは、いつの時代であっても、心を揺すぶる何かがあります。

当時の僕は、ソレックスのキャブレター仕様のBMW2002tiの発展型である、インジェクション仕様のBMW2002tiiが、超貴重車であった2002ターボよりも、憬れの対象になりえるBMWでした。

現実とは、思い通りに行かないもので、シングルキャブのBMW2002に巡り会い、例によって、1ケ月のみ乗っていました。
インジェクション仕様の130馬力のBMW2002tiiを夢みていた僕としては、100馬力のBMW2002は、こんなものかと思いました。

僕は、この時に、欲しいクルマがあって、その欲しいクルマのグレードまでが、決まっている場合は、どんなムリをしてでも、当初の欲しいグレードのクルマを購入しないと、その後悔の気持ちは、購入後にますます増長していくということを知りました。
このことを、若かりし頃に知ったことは、とても良かったことだと思っています。
僕が乗っていたBMW2002も、画像と同じソリッドのオレンジでした。
f0056835_1614180.jpg

BMW2002を手放したあとも、BMW2002tiや、BMW2002tiiは、チャンスがあるごとに率先して乗りました。

思い返せば、BMW2002を所有していたという記憶よりも、BMW2002tiやBMW2002tiiを所有していたという記憶が残るほど、好んで乗っていました。

2ドアーセダン(僕にとってのクーペは、使い方として2ドアーセダンというイメージの中にありました)のクルマと、2シータースポーツカーという組み合わせでの生活が、生意気にも大好きだったのですが、意外な経験をすることになります。

それは、初代アウディ80GLを運転した時でした。
4ドアーセダンへの興味は全くなかったので、アウディ80GLの魅力に陥るなんってことは、考えてもいませんでした。

BMW2002のベースは、BMW1502ですから、その基本設計は60年代でした。
アウディ80GLは、70年代の登場ですから、アウディ80GLは、その全てが、とても斬新なクルマに思えました。

4ドアーセダンといえば、快適フル装備のクルマをイメージしていた僕にとって、僅か80数馬力で、快適装備はエアコンぐらいしか装着されていない、こんなアウディ80GLに惹かれるとは思ってもいませんでした。

4速マニュアルのアウディ80GLのエンジンは、気持ちが良いほど上まで回りました。
これは、当時の国産車のツインカムのエンジンでも味わえなかった、フィーリングでした。

前輪駆動のフロントタイヤは、クラッチを多少荒くつなげば、キューとホイールスピーンしてスタートします。
1速から2速にシフトアップした時にも、フロントタイヤはキューと音を立てていました。
当時は、トラクションコントロールというものがないので、スタート時や、2速にシフトアップした時のホイールスピーンは、クルマのパワーを直接感じられる、一番簡単な方法でした。

言い換えれば、そのクルマの絶好調時の、スタート時のホイールスピーンする長さや、2速にシフトアップした時のホイールスピーンの力強さを、覚えておけば、数万キロ走行した、中古車のヤレ具合が、簡単に判ることになります。
当時のクルマは、フル加速した時のホイールスピーンの様子と、手放し走行でフル加速と、フル減速を繰り返して挙動を試したりすると、そのクルマの持つ大きな問題点は概ね暴露できました。
状態の良い個体に巡り会ったら、その個体の乗り味を、詳細に記憶しておくということが、とても大切なことでした。

当時は、ハブベアリングの耐久性があまりよくないという時代でした。
クルマの全部の窓を全開にし、少々距離があるトンネルを目指します。
そして、ある程度の速度を保ち、アクセルペダルを踏まない惰性のスピードで、トンネルに進入して行きます。
トンネルの中で、ステアリングを左に緩やかに長めに切って、次に、右に緩やかに長めに切ってと、これを繰り返します。
この時に、シューというかすかな音がタイヤ付近から、聞こえていると、ハブベアリングの息が絶える時期が近いことになります。

ハブベアリングが壊れると、クルマが直進状態の時に、連続的なシューという、比較的大きな音がします。
壊れたハブベアリングのクルマは、ステアリングを、左右に切ると、連続的なシューという音が途絶えます。
ステアリングを切れば、音は止まり、戻すと音がするようになります。
ハブベアリングは壊れていくと、段々と音が大きくなっていくので、不具合を早期発見するのには、トンネルでの走行が適していました。

クラッチペダルの遊び調整が、ギアをバックに入れて、思いっきりバックして、思いっきりブレーキを踏む・・・これを何度も繰り返していくと、クラッチペダルの遊びの位置が変わっていくというクルマがあることも知りました。
今では、あまり役立たない、色々なことを、当時は学びました。

現代のクルマは、トラクションコントロールが装着されていたり、学習機能があったりと、パーツの殆どが電子制御されているクルマが多いので、僕的には、新車時の性能が覚え難くなりました。

僕が、どんなクルマでも、最低1000キロは運転しないと、そのクルマが、僕には判らないというのは、1000キロは走らないと、僕自信が、そのクルマのことを覚えられないからです。

僕の中古車の購入方法は、欲しいクルマを捜して買う方法ではなく、縁があったクルマを購入するという方法です。
つまり、どんなクルマと縁があるのかは、想像も出来ないし、想像もしていません。
今までも、●▲■というクルマの話しが出てきて、それに縁を感じたら購入してきました。
つまり、今、チャンスを得て運転させて頂いているクルマと、同一車種のクルマを、いつの日にか購入する可能性が少なからずあります。

クルマは見ただけでは判らないと教えてくれたのが、アウディ80GLでした。
そして、同一車種内で、もっと欲しいクルマがあったら、2番目以降のクルマは購入しない方が良いと教えてくれたのが、BMW2002でした。

僕にとっては、このBMW2002に該当しないクルマであり、過去に乗ったことのないクルマであり、そのクルマの排気量が少なめな場合は、直ぐに触手が動きます。
なんの根拠もなく、僕の経験からだけで、僕が学んだことは、排気量が大きくなれば、それに比例するように、パーツも工賃も上昇していくということなので、排気量が少なめなクルマは、衝動買いの対象になり易いワケです。

そして、そのクルマを購入するか、しないかという判断は、誰から持ち込まれた話なのか、そして誰が乗っていたクルマなのかということも、大きく左右されます。
そして、最終的な判断は、その価格は、現在の買い取り相場から考えて妥当なものなのかです。
僕は、この諸条件に当てはまれば、そのクルマという現物を見ないでも、即座に購入します。
諸条件に当てはまらずに、購入を断る場合も、返事は即座にしています。
即座ということが、最も大切なことだと僕は思っています。
中古車も新車も、交渉に時間を掛ければ、人より割安には、購入出来ないと、僕は信じて疑わない人です。

初代アウディ80GLは、4ドアーのクルマも楽しいということを、イヤというほど、僕に教えてくれたクルマでした。
そんなアウディ80GLとは、結果的に数年をともに過ごしました。
アウディ80GLは、故障は皆無と言い切れるほど、信頼性の高いクルマでした。
クルマは見た目だけで、判断してはいけないと教えてくれた、僕のアウディ80GLは、画像と同じ、BMW2002と同じ、ソリッドのオレンジでした。
(手前はアウディ100です)
f0056835_16402444.jpg

歴代のアウディの中で、どのアウディが一番好きかと聞かれたら、旧車好きな僕は、悩まずにアウディ100クーペSと答えます。
当時の最大級のクーペは、今の時代では、かなりコンパクトなクルマです。
このアウディ100クーペSを、デートクルマとして使用出来たら、なんと楽しいことだろうと・・・こんなことを、いつも考えています。
f0056835_1644723.jpg

f0056835_18565490.jpg

アウディ80GLの魅力に、引き寄せられた僕は、数年後にアウディ100GL5Eを購入しています。

故障は皆無と言い切れるほど、信頼性を寄せていたアウディ80GLでしたが、アウディ100GL5Eは、期待に反して、よく壊れました。

僕のアウディ100GL5Eは、右ハンドルでした。
壊れた原因の殆どが、右ハンドル化による悪影響を受けた箇所でした。
壊れたのは、右前足回り、パワーステアリング関係が殆どでした。

時おり、連続的にカタカタと音を発生する右フロントの足回り部分は、輸入元で何度組み直して頂いても、結局は直りませんでした。
この壊れるということは、僕にとっては、不思議と新鮮に感じられて、クルマはやっぱり乗ってみなければ、何も判らないということを、再確認させてくれた、楽しい出来事でした。

史上初のガソリン5気筒エンジンを搭載した、アウディ100GL5Eには、そんな素敵な思い出があります。

何度も書きますが・・。
クルマは壊れて、自分の思い通りにならないものだと思って来ました。
自分の思い通りにならなくて、時として、ご機嫌をそこねるのが、クルマの魅力だと思って来ました。

一番下の画像は、ドライビング・ランプがないので、アウディ100GL5Eではなく、アウディ100です。
画像の上段は、僕の大好きなアウディ100クーペSです。

丸目4灯のアウディ100の後継車として誕生したのが、角目2灯のアウディ100でした。
こうして、今の時代に振り返って眺めて見ると、丸目4灯のアウディ100の方が、僕的には、とても格好良く見えてしまいます。
旧車は、丸目2灯、もしくは丸目4灯が基本なのかも知れませんね。

アウディ100用のエンジンをベースに改造し、そのエンジンを30度傾けて搭載したクルマがポルシェ924です。
ボッシュ製のKジェトロニックという言葉を、僕が知ったのは、ポルシェ924からです。
f0056835_16493567.jpg

ポルシェ924は、ギアボックスと、デフが一体構造のトランスアクスル方式で、ポルシェ史上、初の水冷エンジンのクルマでした。

ポルシェ924は、ワーゲン・ポルシェ914の後継車と一般的には認知されていますが、僕の中では、ポルシェ924は、ワーゲン・ポルシェ914の後継車ではありません。

続きます・・・。

by seiuchi-porsche9 | 2006-09-10 17:23 | クルマ雑学(クルマ雑談)
2006年 06月 16日

クルマとの失踪日記!(Time Is On My Side)

ポルシェパレードでブログの更新が止まっていました。
ポルシェパレードからは、既に3週間近くが経とうとしています。

ここで、一気に今までに溜まってしまった出来事を書いておかないと、ブログの投稿と出来事の時差が、あまりに大きいことに、今さらながら気付いたのでありました。
記憶が不確かなので、日時は判る範囲になりますが・・・・。

(1)5月6日にTaragonaさんから、お誘いをして頂き、常磐道・守谷PAでお見合いしました!
f0056835_13384619.jpg

納車待ちのshingoさんも来ましたが、そういえば、彼は既に(5月27日)納車されていました。
遅ればせながら、shingoさん納車あめでとうございます!

彼の愛車ポロは、カーナビと物々交換という古典的な方法で、何故か僕の手元に届き、今では僕の愛車になってしまいました(笑)
f0056835_1344664.jpg

これから夏を迎えると、エアコンが効かないクルマは辛いというのが、物々交換した第一の理由で、増車しちゃいました。
f0056835_13454932.jpg

一時は、このミニの購入を真剣に考えたこともありました。
f0056835_16443771.jpg

ガルウィングは永遠の憧れなのですが、仕事に使うのにはチョット派手過ぎることと、価格的にもまとまらず・・・こんな感じでしたが、購入後にイジクリ回すところがない・・・これは、僕にとっては大事なことなんです。
f0056835_16471688.jpg

話は戻って・・・・助手席に納車待ちのsputnik987さん(じゅんいちさん)を乗せて、Taragonaさんと常磐道⇒外環⇒東北道と走ってみました。
ポロは、はるか後方ですかね・・・。
走行車線で手を振る、Taragonaさん!
f0056835_13492958.jpg

追い越し車線でも手を振る、Taragonaさん!
f0056835_1350535.jpg

こうして、お茶&ドライブの楽しい半日を過ごさせて頂きました。
Taragonaさん、遊びに来てくださってどうもありがとうございました。

(2)5月23日にtoday216さんから、お誘いをして頂き都内の某ホテルで『軽い食事』を楽しみました。
5月23日は、today216さんの納車された記念すべき日でもありました。
あいにくの雨だったのですが、雨を全く気にしないココア内装のtoday216号には、感服いたしました。

today216号、986Moku号(数日前に手放してしまい、今は987S納車待ちの身となっております・笑)、そしてセイウチ号になります。
遅ればせながら、today216さん納車おめでとうございました。
f0056835_1474320.jpg


(3)6月3日に、today216さん・クニオさん・ビンゴさん3台の『慣らし東北の旅』の『お見送りお誘い』をして頂きました。
集合場所の東北道・蓮田SAに、Moku号(助手席にsputnik987さん)&セイウチ号(助手席にjzpowerさん)の2台のボクスターで駆けつけましたが、何故か置いてきぼりをして頂き(笑)、都賀西方SAにて合流しました。

納車待ちだった、jzpowerさんも既に納車されており、僕のブログの怠慢さを改めて感じています。
遅ればせながら、jzpowerさん納車おめでとうごじました。
f0056835_14263997.jpg

最近は、こういった適当に撮るワザが身につきました!
f0056835_14312929.jpg

小雨だというのに・・・。ココア内装も気にしない雄姿にアッパレ!!!!!
f0056835_14341339.jpg

『慣らし東北の旅』だというのに、●ー探の速▲表示が消えました!
f0056835_14363444.jpg

today216さん・クニオさん・ビンゴさん・・・・どうもありがとうございました。

(4)同じく6月3日。東北道を鹿沼ICでトンボ返りしたMoku号&セイウチ号は、BOXTER'S PLEASURE・僕星団の4周年記念ツーリングが行われる軽井沢に向ったのでありました。

集合場所に到着した時は、既に300キロ以上を走行していたということもあって、とてもハードだったけれど、楽しい一日でありました。

いつものことながら、ボクスター(僕星)という単一車種だけの、趣旨がとても判り易いツーリングは心の底から楽しめます。(画像はMokuさんから借用)
f0056835_1448488.jpg

ツーリングは本当に楽しいですね!
f0056835_169411.jpg


(5)某日。gopさんから、御紹介して頂いたショップを見学しに行きました。
今でも大好きな117クーペに会いにいったというワケです。
f0056835_14543181.jpg

どことなくアルファロメオ・ベローチェを思い出させるべレットGT。

オレンジのボディーに、艶消しマッドブラックのボンネット・・・・これが僕の中でのベレGの憧れなのですが、997GT3RSのオレンジバージョンを見た時に、ベレットGTRを思い出したのは、やっぱり年寄りだからなのでしょうね(笑)
ベレットGTRは、ここにはなかったけれど・・・・。
手作り時代の117クーペと同じ4気筒1584ccのDOHCに、ツイン・ソレックス・キャブレターを装着、120psと14.5kgm。970kgと1トン未満は当時のお約束事でした。
0-400mが16.6秒という時代のお話ですが・・・・。
f0056835_14573321.jpg

裏手にも宝の山を発見!
f0056835_15183564.jpg

僕は、この7連メーターに憧れて育ったので、この内装は今でも究極なのです!
XEのローズウッドのパネルに憧れていた当時のことが、昨日のことのように感じます。
gopさん、素敵なショップを、御紹介して頂きありがとうございました。
f0056835_1521528.jpg

このショップには、こんなクルマで行きました。
親友M君が、最近手にした380SL・84年式。
(携帯画像の上に、雨がついてしまっています)
f0056835_15232845.jpg

ワンオーナーで25000キロの個体です。
行きも帰りもステアリングを握ったのは、僕でした。
f0056835_15255053.jpg

とても綺麗な個体で、22年前のクルマとは思えません。
f0056835_15274258.jpg

YANASEのスッテカーに日焼けすらありません。
f0056835_15282318.jpg

メルセデスのメッキの出来は、何年経っても劣化し難くて、これは本当に凄いことだと思っています。
f0056835_15302223.jpg

良き時代の室内とトランクが同色仕上げ。
f0056835_15311295.jpg

現在の交通の流れでも不自由なく、走れる380SL。
僕は80年代前半まで、450SEに乗っていたのですが、あの速かった450SEが、今の交通の流れの中で乗ってみると、どんな風に感じるのかなぁ~と思いました。

今の僕が大好きなメルセデスは、Sクラスとミディアムクラスしかなかった時代のメルセデスです。
もう少しだけ枠を広げれば、190の時代までになります。

当時は、嫌いなクルマNO1だったメルセデス!ずーと好きには成れなかったけれど、古いベンツは、今の僕にとっては、大好きなクルマに変わってしまいました。
380SLに乗って・・・今も手元にある、92年190・2.3と93年320TEは、僕の一生物になることが決定づけられました。

このスッテカーの意味が判る人は、かなりの重症ですね・・・。
f0056835_15321782.jpg


(6)某日。yellowminispiritsさんのお誘いで『大勝軒』へラーメンを食べに行きました。
『あつもり』という、つけ麺で麺自体もあったかくしたもので、美味しかったです。
yellowminispiritsさん、どうもありがとうございました。
f0056835_15522359.jpg


(7)4月某日。そういえば、僕の987が1万キロを越えました。
(現在は13000キロ超えていますが)
f0056835_15561399.jpg

ガソリンの残量が多いのが、珍しいと、自分で思っています。
僕は給油する時間も惜しむほど、休憩するのが嫌いな人です。東京→大阪位ならばノーストップで走ります。先日のポルシェパレードの帰り道に、またしてもギリギリまで走ってしまいました。

(東名。浜名湖GSにで)
オンボードコンピュターは、20キロ以下で表示が出なくなります、
懲りない僕は年に一度はガス欠をしてJAFの御世話になっています。
高速でのJAFのロードサービスはピザ屋さんの宅配よりも早いのが自慢だそうです。
(JAFではハイオクの手配が出来ないのですが、20リッターまで給油して頂けます)
f0056835_1622696.jpg

987を1年点検にも出しました。とある方から、1年のお祝いに素敵なものを頂きました。
f0056835_1635443.jpg


こんなふうに、色々な出来事があったのですが、実はまだまだ書ききれてません。
ということは、これも続くになるということで、宜しくお願いいたします。

続く・・・・・。

by seiuchi-porsche9 | 2006-06-16 16:15 | ポルシェ全般
2006年 04月 01日

周り回って!(今は昔)

いきなりですが、僕は中古車が大好きです。
今までに実に沢山の数の中古車を乗り継いで来ました。
その数は常識の範囲をはるかに越えていることは間違いがないと思っています。
つまり、人にお話しするのが恥ずかしいほどの台数ということです。

学生時代に、中古並行専門の怪しいクルマ屋でバイトをしていたことがありました。
女の子に囲まれるのではなく、中古車に囲まれて生活をしていました。
そんな環境だったので、クルマ複数台所有体制は20歳の頃に構築されています。。
卒業して就職をし、初めて頂いた給料の少なさに唖然とした程、学生の頃には稼ぎがありました。
裏を返せば、当時の中古並行車が暴利の固まりのようなクルマだったということにもなります。

車種は書きませんが、当時、店頭で250~300万の中古並行物の原価は、日本の保安基準に適合させる為の緒改造費やガス検に合格させる為の諸費用を含んでも90~150万位だったと思います。
当時の欧州モノの中古並行車で、特に走行距離が進んでいる玉は、アウトバーンを筆頭に多量に撒かれた塩カリの関係で下回りは錆びだらけで無惨なものが殆どでした。

それをリフトアップして、黒のアンダーコートを塗りたくって誤魔化したりしていました。
室内はマジックインクやマニュキアや靴墨を巧みに使用してリペアしていました。
この作業は、今でも僕の特技になっていますが、いずれにせよ数ヶ月で色落ちしてしまいます。

敢えて書いてしまいますが、メーター戻しも当たり前の世界でした。
メーター自体を戻さない方法もありました。

たとえば5台の同一車種の在庫があるとします。
ガワ(外装)の良い順番に売値は高くなれるハズなので、ガワが一番良い個体のスピードメーターと、5台の中で一番距離が少ないメーターを交換します。
そして内装パーツも他の4台の中でもっと綺麗なものがあれば、それを取り外して組み直していけば、上辺だけの極上物が出来上がります。

2個1(ニコイチ)という言葉は有名ですが、現実には3個1(サンコイチ)もあれば、このように5個5(ゴコゴ)もあります。

ご存知のように、2個1や3個1になるのは、事故車を起こす場合が殆どです。
起こすという言葉の意味は、致命的な故障を抱えてしまったクルマや、事故によって不動になってしまったクルマや、燃料漏れ等で炎上してしまったクルマ・・・・・つまり死んでしまったり眠ってしまっているクルマから、良いとこ取りをして、1台のクルマとして生を与える・・・・・つまり眠りから目覚めさせるというのが語源のようです。

現代では、旧車を復元させる場合にも同じような方法が行われたりしますが、この場合はベース車両があって、用意した部品取り車からパーツをモギ取って仕上げて行くワケで、基本的な考え方は同じであって、目指す方向も同じであっても、その趣旨は大幅に違うことだと思っています。
単純に旧車の場合では、レストアをするという単語の中にククッテしまった方が誤解がないかも知れません。

近年は、盗難車に事故車のシャシーナンバーを貼り付けたりする場合もあるようなので、怖い世の中になったものだと思っています。
また起こすという言葉は、単純に1台の事故車を社会復帰させる場合にも使われたりするので、同音異語の言葉の一種と僕は受け止めています。

話しは戻って、5個5あるいは4個4から更なる価値を見出す方法も存在します。
4台のクルマに搭載されている4本のスペアタイヤを利用すれば、新品同様のホイール&タイヤで、1セット1台分が出来上がるワケで、これを悪用する方法です。
抜いてしまった4台4本のスペアタイヤを、あらかじめ用意しておいた鉄チンや社外品のホイール4本に載せ代える方法です。

こうすれば、タイヤ&アルミホイール4本/1台分が出来上がるワケで、それを別のルートで処分してしまう。
このように、考えられることは何でもアリアリの世界が、当時の業界の一部には存在していました。
僕は学生でバイトだったので、主犯格にはならなくても共犯者に近かったと深く反省しています。

今になって判ったことは、良い人の廻りには良い人が集まって、良い人の集団が出来るということでした。
反対に悪い人の廻りには悪い人が集まり、それなりの集団が出来るのも判りました。
僕は後者の集団に属していたと、気付くのには若すぎたのだと思っています。
そして、それが間違った甘えだったということも、今になれば判ります。
悪は栄えたことがない・・・この諺の通りに、社長は夜逃げして、数年後に倒産しています。

売り手側の、ありとあらゆる変化球を見てきたので、いざ買い手になった場合には、そうそう騙されるような自分でなくなったことも事実です。
世の中に中古車購入の達人なんて、僕は存在しないと思っています。
達人になってしまったら、もはや店頭で中古車を購入することすら出来ないハズだと思っています。
達人でない僕でさえ、店頭で中古車を購入した経験が殆どありませんので、この考えはあながち間違いではないと思っています。
店頭で購入すれば必ず損をするものがクルマです。
損をすることが判っていながら購入する人が、僕には達人には思えないので、クルマはやっぱり楽しむためのものだと思っています。
f0056835_13221172.jpg

僕は、95年に知り合いの大先輩Hさんから、94年型のE36M3を譲って頂いたことがあります。
(このE36M3は、今、振り返って思い出しても最高に楽しいクルマの1台でしたが、それについてはいつか書くことにします)

この譲り受けたE36M3は新車並行モノでした。
販売元(つまり輸入元)は、数々のクルマ雑誌に広告を掲載していた、とある大きなショップでした。

このE36M3に乗って、軽井沢に行ったことがありました。
軽井沢に仕事があって、商品説明の為に某メーカーに勤務していた、2人の20代の女性MさんとKさんを、助手席と後部座席に乗せて、僕はルンルン気分で関越道を北上して行きました。
96年のことだと記憶していますので、僕も若かったハズでルンルンになっていたのでしょう。

関越道を走行中に、突然としてステアリングを左に持っていかれました。
それは、追い越し車線から一気に路肩に持って行かれるような強烈な感じでした。
そこそこのスピードで走行していたので、アクセルオフのみで減速しつつステアリング修正しました。
速度がそこそこ落ちてきたと思ったら、次はいきなり、クルマが前後にバタン!ドタン!状態になりました。

僕が路肩にクルマを停車させて降りてみれば、案の定バーストしていました。
左後ろのタイヤのエアーが完全に抜け切っていて、扁平率10前後の超扁平タイヤが出来上がっていました。
タイヤの巾も更に広がりホイール巾を完全に超えています。
パンク以外は何事もなかったので一安心なのですが、タイヤは見事なまでに討ち死にしてしまいました。

僕は、昔から壊れるクルマばかり乗っていたので、こんな出来事ぐらいでは、まるで動揺しません。
壊れるクルマはまだましで、壊れまくるクルマの経験も多いので、壊れることには、快感すら感じます。
過去の経験から考えても、これは単なるバーストで、僕の手でタイヤ交換をすれば終わりです。

リアトランクからジャッキーとホイールレンチとスペアタイヤを取り出します。
そしてタイヤの交換をし、バーストしたタイヤをトランクに収めれば作業は終了です。
昔は前後のタイヤのサイズが同じだったクルマが多かったので、頻繁にローテーションした経験もあるし、タイヤを外してタイヤハウスの中までワックス掛けをしたり、外したホイールと一緒に混浴を楽しんだりしていた人なので、タイヤ交換の1本ぐらいでしたら楽しみの延長線上になります。

そういえば、996GT3が納車された、その日の夜に左のリアタイヤをバーストしています。
この時も最初は動揺しなかったのですが、途中から慌てまくってしまいました。
つまり、996GT3には車載工具というものが一切載っていないのでした。


スペアタイヤが搭載されていなければ、車載工具も必要とするハズがなかろう?
これがドイツ人の発想のようです。

車載工具さえ搭載されていれば、バーストしたタイヤと一緒にタクシーに乗り込み、最寄のGSへ行く!
これが、日本人である僕の場合の発想です。

自分の出来る範囲の事は、自分の手だけで行わないと気がすまないタイプの僕の場合は、JAFに頼るとか、エマージェンシーに頼るとかは、いつも最終手段になります。
ガス欠は原因がハッキリしているので、即座にJAFのお世話になっています。
JAFではハイオクの用意がありませんので、レギュラーになりますが。

JAFに頼る前に、996カレラに乗っている親友N君に電話をしました。
結局、彼に996カレラで来て貰いました。
996カレラに搭載されているジャッキーとホイールレンチを借用し、タイヤを外してスタンドに持ち込み、そこでパンク修理して貰い帰宅しました。

翌日、新品タイヤに交換しました。
こうして、僅か80数キロで命途絶えたリアタイヤでしたが、今でも僕の部屋のオブジェとして誇らしげに存在価値を主張していますが、僕には巨大で邪魔な存在価値しか見い出せていません。
そうして、996カレラ用の車載工具一式を購入し、僕が使うまでは未使用だった親友N君の車載工具一式と入れ替えたのは言うまでもありません。
それ以来、僕のGT3は幸か不幸かパンクしていませんが。

いつものことながら、横道に逸れました。
E36M3の話でした。
タイヤ交換を完璧なまでに完了した僕は、男らしく誇らしげに路肩から目的地である軽井沢に向って走り出しました。
さあぁ、美味しいランチに向って全開だぁ!

走り出した突端に、交換した左前のタイヤから何かを引き擦るような音がしていることに気付きました。
『シューシュー』こんな感じの音が聞こえてきました。
スピードを少し上げると音は大きくなっていき、『シューシュー』と鳴り響く間隔が短くなっていきます。

そうです、何かを引きずっていることは間違いがありませんでした。
もはや走れるような状況ではないことに気付きました。
僕は、またまた路肩にクルマを停めて交換したタイヤを見ました。

僕は思わず笑ってしまいました。

つまり、やられていたんです。
4個4から更なる価値を見出す方法。

タイヤ&アルミホイール4本/1台分にして別のルートで処分してしまう・・・・これです。
しかも最悪な方法で、17インチのM3用のアルミホイールを抜いて、戻したのが16インチのホイールだったということです。
装着した時にタイヤが細かったので、スペア用のホイールは違うのかな・・・ぐらいにしか思っていませんでした。

昔、そんなことをしたことなんて、その時点では思い出せなかったし、トランクから出した新品のスペアタイヤが、そんな運命を辿って来たなんて、想像も出来ませんでした。
数だけ合わせるような引き抜き方法は邪道で、インチとPCDだけは合わせるのが最低限のマーナです。
偉そうなことは言えないけれど、僕の中では、これだけは守っていました。

17インチから16インチに履き替えた為に、キャリパーの一部分がホイールの内側と干渉してしまい、『シューシュー』と音を立てて擦っていたというワケです。

世の中って凄く平等なのだと、僕は思っています。
悪い事をすれば、いつの日にか、必ず自分の身に降りかかって戻って来ると思っています。
良い事をした場合は、もともと見返りを望まないことが、良い事なハズなので、自分に戻って来ないかも知れません。
でも悪い事をすれば、必ず自分に戻って来ると、僕は思っています。
やっぱり、戻って来てしまったので、快く自分の置かれた状況を素直に受け入れようと思ったら、笑いが出て来てしまったのです。

こんな事が起きてしまった場合は、前オーナーの大先輩Hさんに責任を転嫁するのは筋違いです。
前オーナーが、大先輩ではなく、後輩であったとしても責任の矛先を向けるものではなく、前オーナーに、この出来事さえ伝えるべきことではないと、僕は思っています。

全オーナーは、単なる善意の第三者であることはモチロンのことなのですが、このE36M3を査定価格で譲って貰っているという大前提があります。
査定価格とは専門店等の買い取り価格を示します。
物流用語で言えば下代のことで、反対に上代とは売値を指します。
査定価格と下取り価格とは、全く別のものなのですが、混同していらしゃる方も多いようですが、この説明は省かさせて頂きます。

個人売買は、引き渡された、その瞬間から全ての責任は購入者側にあります。
こんな些細なことで、相手に不快な思いをさせてしまえば、次の機会がなくなってしまいます。
査定価格で購入したことに感謝することはあっても、クレームをつけることはターブーだと思っています。

では、このE36M3で入れ替えられたスペアタイヤ&ホイールは販売元に交渉出来るのか?
これは、単純にムリです。
理由は簡単で、新車を納車する時点で、ホイールを抜き去った業者さんです。
非の全てが業者側にあっても、それを証明するものは、今やなにもありません。
『納車した時には、あったハズですが』これが業者のファイナルアンサーです。
時間がムダだし、仲良くしたい相手でもないので、諦めたほうが得策だと思いました。

こんなことが正々堂々と行われていた時代もあったのですが、E36M3の94年モノで経験したことは以外のことでした。
学生の頃に知り合った多くの人達が、今でも沢山この業界にいらしゃいますが、僕の顔を見ると『よく戻したね!』と、今では、まるで合言葉のようです(笑)

最後に、僕のパンクしたM3の結末を報告させて頂きます。
もはや完璧なまでに、走行不能になっています。
JAFに頼ることになるのですが、こんな場合では、JAFに対して、こちらの要望は正確に伝えないと二度手間になってしまう可能性が高くなります。

『パンクしたから、キャリアカーで来て下さい!』
これだと、殆ど通じなく、何度も状況説明しないといけなくなります。
もうサイズを忘れてしまいましたが、バーストした17インチのタイヤサイズと銘柄を伝えて、このタイヤを売っているショップまでキャリアカーで運んで欲しい!電話で伝えた理由はバーストしたタイヤは粉々に飛び散ってホイールだけの状態で、スペアタイヤも搭載していない!
こんな感じなんですが、かなり実情とは違っています。

でも、この方が絶対早いんです。
壊れまくっていたクルマに乗っていたので、JAFのお世話になったことが何回もあります。
何度も経験すると、自分の要求を一番早く伝える方法が自然に身についてきます。
つまり、細かなところがウソつきになっていくのですが、本筋の要件は伝わっているので、ロードサービースマンも納得してくれます。

関越道ですので、30分位でJAFのキャリアカーは到着しました。
路肩で、僕の運転で自走してキャリアカーに載せました。

ここで、ひとつ問題が発生しました。
キャリアカーって3人乗りなんですね!
JAFの人、そして僕たちは3人です。
1人+3人=4人です。
4人-3人=1人です。
要するに1人が乗れないということです。

JAFの一人はキャリアカーの運転手で、僕らは、♀2の♂1です。
これは必然的に誰の目から見ても、♂1が溢れます。
♂1は僕です。
JAFのオジサンは、無情にも、こう言いました。
『お客さん、自分のクルマに乗っていてください』
かくして、僕はキャリアカーに搭載されたBMWの助手席に乗ったのでした。
向った先は、高崎ICで降りた付近にあるというタイヤショップでした。

走行車線を走行中のキャリアカーの荷台に載っているBMWから見る車窓は不思議なものでした。

キャリアカーを追い越して行く観光バスがいました。
観光バスの乗客が、楽しそうに僕に手を振ってくれました。
僕も思いっきり作り笑顔をして手を振りましたが、もうまな板の上の池の鯉状態で、恥ずかしいとも思わなくなり、心から手を振れました。
多分、あの人達は、高速道路を走行する度に、『昔、トラックの荷台に載ったクルマから手を振っていた変わった人がいたんだよ』って語るのだと思います。
ある意味、とても素敵な経験をしたなぁと、今では思っています。

キャリアカーが高崎ICで本線から離れ、料金所に着きました。

『お客さん、通行券を渡してください』
知らなかった!まるで知らなかった!
こんな場合でも高速料金支払うとは、知らなかった!

かくして、僕は助手席のドアーを開けて、料金所のオジサンに通行券を渡し、通行料金を支払ったのでした。
これって、最高の経験でしょうかね?

by seiuchi-porsche9 | 2006-04-01 23:57 | クルマ雑学(クルマ雑談)
2006年 03月 21日

ボクスター!ポルシェ986!


f0056835_121152.jpg
僕はポルシェを数字で呼ぶのが大好きです。

ポルシェだけではなく、数字で呼べるクルマは沢山あります。
『おクルマは、何にお乗りでしょうか?』
こんな質問をされるのは、本来好きではないのですが、そんな時は
『320です』と答えています。

320で有名なのは、BMWの320だったり、メルセデスの320だと思います。
BMWの320にもM仕様もあるし、歴代の3シリーズの全てを意味します。
4発もあれば6発もあるので、単純には説明がつかない名称がBMW320です。

メルセデスの320は、320Eだったり、E320だったり、G320やS320だったりするワケですが、93年以降のメルセデスであることは、多少のマニアならば想像できます。
同じ320でも直6だったりV6だったりするワケで乗り味は大幅に違います。

さらにワゴンもあったりするので、320という数字の意味する巾は大きいと思っています。
僕が、『320です』と答えると殆どの人達は『そうなんですか』とおしゃいます。
日本人は知り合って間もない時に、話題がなくなると何故かクルマの話をしたがると、僕は感じています。
自分がクルマに対して興味がない場合であっても、この話題を持ち出そうとします。
僕はクルマの話題ならば、何時間でもOKなのですが、大方の人が話題にしたいファミリカーについては知識がなく不得意です。

単に320と答えることで、クルマの話題を避けようとしている自分がいます。
『320はBMWですか?ベンツですか?』こんな言葉が相手から戻ってくると、クルマの話題で盛り上がれます。
僕にとっての320という数字は、一種の『踏み絵』みたいなものだと思っています。

前書きが長くなりましたが、ホテルや日本旅館を利用したとき、フロントにクルマを預けてしまう場合が時々あります。
この時に『おクルマの車種は?』と確認される場合が多々あります。
BMWとメルセデスは、キドニーグリルやバイエルン、スリーポインテッドスター・・・これが水戸黄門の印籠と同じ効果を発するので、クルマの色だけ補足説明しておくだけで全てが解決するようです。

ポルシェの場合が難しいのです。
ポルシェのイメージは空冷時代の911の印象が強すぎるのだと思います。

大手のホテルならば、996、997、986、987を見分けられるでしょう。
この4車種が、少なからずポルシェに思われない可能性があるのは、観光地の巨大ホテルや日本旅館利用時だと思っています。
特に僕の場合は、996も986もテックアート製のライトカバーを後付してしまっていることが、相手側の車種選定マニュアルから外れてしまっているようなのです。

預ける時ではなく、預けたクルマをフロントまで廻して貰う・・・相手にしてみれば、この時こそクルマを探すのが大変になるワケです。

『ドブネズミのような濃いグレー、車高が低くて黒い幌のクルマ。後ろのトランクに大きく986って書いてあります』
ポルシェという言葉を使わずに、これで全て解決するようです。
f0056835_122655.jpg

18インチカレラホイールをボディ同色のシールグレーに塗装。
無知だったのですが、結果的には550SE(スパイダー・エディション)と同じ仕上げでした。

純正スポーツシャシーにH&Rでローダウンしてありますが、個人的には気に入っています。
つまり僕の好みのポルシェの乗り味で、かなり硬いです。
987のスポーツモードよりはるかに硬いので、賛否両論は成り立たず、否が圧倒的多数だと思っています。
僕は少数派に属することが大好きですが・・・。

ルームミラーを996用に交換してあります。
理由はボクスター用の逆さ台形よりも後部確認の範囲が広がるのではないかと試してみました。
結果はロールバーがあるので、それほど変わりませんでしたが、気分的には見易くなったと感じています。
f0056835_1224183.jpg

テックアート製のヘッドライトカバーを装着しています。
改造テーマは『ワル』だったので、その間違っているであろう方向性を理解して頂ければ、なかなか成功していると思っていただけるかも知れません。

さらに別のテーマとして『道路と同化する』がありました。
阿蘇山の駐車場での撮影なのですが、アスファルトとシールグレーが同色化していると、自分では思っています。
高速道路で道路と同化して消え去って行く。
不謹慎ながら一番の目的がこれでした。
f0056835_123776.jpg

外装を目立たないように仕上げていくと、内装は遊んでみたくなりました。

僕はナビと意見の不一致が起こることが頻繁なので、センターコンソールを思い切って外してしまいました。
視覚的に足元が横に広くなり、ダシュボードが薄く横に長く感じるようになりました。
つまり室内側から車高が低く横幅が広いクルマに乗っているイメージになりました。

標準のセンターコンソールを取り外すと、センターコンソールが納まっていた部分だけジュターンが貼られていません。
この小さなジュターンは純正パーツとして数千円で販売されていますので、外したり戻したりは以外に簡単です。
ナビを諦めて、思い切ってセンターコンソールを外したことが、後日、予想外の効果を生み出しましたが、これは次回に紹介させて頂く予定です。

テクイップメントのアルミニウムルックを装着しています。
ステアリングホイールはテクイップメントのアルミニウムルックでオプションが存在しますが、僕は肌触り優先でノーマルのままにしてあります。つまりステアリングホイール以外はテクイップメントのアルミニウムルックがフル装備されています。

パーキングブレーキレバーは996カレラ用を流用していますので、PORSCHEのロゴ入りです。

オーディオはアルミ素材のフェースで左右対称のデザインの商品を物色した結果、カロのDEH―P7を選択しました。
標準装備と全く機能が一緒という意味のない交換なのですが、これはデザイン的に譲れない部分でした。
P7という名前にやられたのも言うまでもありませんが・・・・。

僕が装着している、このテクイップメントのアルミニウムルックのパーツのいくつかはAGの試作品です。
とあるルートから特別に入手しているのですが、AG製のワンオフ試作品なので凄く気に入っています。
その手の専門店に持ち込めば簡単に出来上がってしまうものですが・・・。
ペダルはアイメック製になります。
f0056835_1235014.jpg

今でも、標準か?アルミニウムルックか?で悩んでいるものがあります。
それは黄色で囲まれたセンターエアベントです。
アルミニウムルックに換装すると、凄く派手な印象になります。
標準に戻すと、また寂しく感じてしまったりで、この繰り返しです。

この画像では、灰皿もアルミニウムルックになっていますが、僕は喫煙派なので標準の灰皿を使用しています。
f0056835_124316.jpg

スピードイエローの内外装は、とてもポップな感じで素敵です。
(画像提供Mさん)
f0056835_125113.jpg

f0056835_125267.jpg

こんな感じで大好きな986と接しています・・・。
面影があるような、ないような・・・・・。
モデファイは自己陶酔の世界ですから・・・・。

by seiuchi-porsche9 | 2006-03-21 14:09 | ポルシェ986ボクスター
2006年 02月 08日

1969年!

月末で、混雑している銀行の窓口で順番待ちをしている僕の携帯が鳴った。
こんな所で電話に出てしまうのは・・・・という思いが一瞬僕の頭を過ぎったのだけれど・・・・誘惑に負けてしまった。
電話の相手はM君だった。彼との付き合いは、あるパーティーで出会ったことが始まりだった。
あるパーティーというのはポルシェ関連のもので、僕等二人は招待客だった。
当時のM君の愛車は964RSで、僕が964カレ2だったので93年のことだと記憶している。
こんな具合に、記念すべき年月を思い出すときに必ずクルマと関連させるのは、僕の悪い癖だ。
彼とは14年間も付き合っていることになるワケで、お互いが年をとったのは言うまでもない。

彼の電話での一声は『BMの6の前って何だけ?』

すかさず僕『3.0CSI』

すかさず彼『そうだよね。その3.0CSIがあるのだけれど・・・』

しばし沈黙した僕。
何故って、『あるのだけれど・・・』という言葉は、彼の場合だと二通りの解釈が出来るから・・。

買ってもいい?もしくは、買わない?の二通りなのだけれど、これは全く異なった行為なのだ。

でも彼は流石に付き合いが長い親友だった。僕の数秒間の沈黙の理由を全て読みきっていたのだ。

彼は『現物見に行かない?どっちが買ってもいいじゃない。』

僕が一番望んでいた言葉が何なのかを彼は知っていた。
また負けちゃったと心の中で思いながら

『見たい。出来れば走ってみたい』

そんな単純な約束だけで・・・・・。
f0056835_741132.jpg

現車を見てチョット違っていたのは、3.0CSIより更に古い2000Cだった。

僕ら前向きだけが取り得なので、4発の2000は維持費かからなそうで最高じゃない・・・・僕らはクルマ馬鹿です。

1969年型(最終型)
BMW2000C
水冷直列4気筒SOHC
フロント縦型搭載
シングルキャブ
100馬力
フロアー3AT
フロント/マクファーソンストラット独立
リア/トレーリングリンクアーム独立
ステアリング/ウォームナット
4530×1675×1360
ホイールベース2550
f0056835_7411937.jpg

1969年型・・・・僕は学生時代に、イヤってほど60年代のクルマに乗った。
免許取得が70年代前半なので、手っ取り早く乗れるクルマは60年代ばかりだった。
学生時代の殆どを都内某所の中古並行専門の怪しいクルマ屋のバイトで過ごしていた僕にとっては、60年代のクルマは手当たり次第に乗れる環境だった。
MGA,MGB,MGBGT,MGC,MGミゼット、トライアンフスッピトファイアー、スタッグ、TR3、TR4、TR5、TR6・・・・・この2つのメーカーを思い出しただけでもこの台数になってしまう。

そして、当時乗れなかったのがフェラーリ、マセ、ランボ、ポルシェ、ベンツ、BMW。
ずば抜けて高価だったからという単純な理由から。

夢がかなって60年代のBMWのステアリングを握る。
このステアリングの細さは懐かしさも忘れて唖然状態・・・。室内全体がイタリアンなのに更に唖然、これBMW?
これは帰宅してから調べて判ったことだけれど、BMW2000Cは、ミケロッティ、ベルトーネ、ジウジアローの影響をモロに受けていたイタリアンデザインがベースだったのです。

フロントバンバーに取り付けられたLUCASの角型のドライビングランプとフォッグランプが僕を泣かせる。
そう、この時代は左右に別々の機能を持った補助ランプを装着するのが、お約束だったのだ。

記録簿付きの23万キロ走行のエンジンが直ぐにかかって、妙にガッカリする僕。
排気ガスが臭くない、インジェクションやシングルキャブは扱いやすいと再認識する。
さあスタートだ。ステアリングが重い、348やテスタの重さとは違う更なる時代を感じさせる重さだ。
ラックアンドピ二オンに慣れてしまっては旧車好きにはなれない。
ウォームナットの重たいステアリングは切り出しても直ぐに反応しない。判り易く書くとステアリングの遊びが極端に多い感覚だ。
試乗インプレションなんって何もない。37年前のクルマを自分が運転していることだけで感無量だ。
0→100㍍も20秒切れないだろう、でも運転するのは最高に楽しい。
ただひとつ交差点を曲がる時は大変だ。パワーステに慣れてしまっているので、切り初めが遅れてしまうのだ。
更に前述したウォームナットの重たいステアリングが遅れを助長させるのだ。
裏道の細い路地は絶対に行けない。行けないのではなく、行きたくないのだ。

ほんの短時間の試乗だったけれど、現代の交通に参加するのには勇気がいるクルマだと感じてしまった。裏を返せば、僕の独自の理論、0→100㍍が10秒強以内の旧車でなければ、僕にとってはストレスを感じてしまって日常の足としては使えないが再認識できたということだ。

そんなワケで僕はクルマも購入も降りたのだけれど、果たして彼はどうすのだろうか?
僕は購入しない方に賭けている。
何故って、親友だから感覚も同じハズだから・・・・・。



追伸 彼は僕のブログの存在を知りません。

by seiuchi-porsche9 | 2006-02-08 00:26 | BMW